呆冗記
呆冗記 人生に有益なことは何一つ書かず、どーでもいいことばかり書いてあるぺえじ。


何か悲しい話

 今日は、友人SやTと飲み会である。仕事があろうがなんだろうが、こればかりは優先である。
 会場はSが幼き日、灰皿を叩き割った(かの男は実にドラマチックな人生を送っているのだ。許可が下りたら純文学が書ける!)『狸小路 ライオン』。
 集合するは、某ルーブルはにわ書房(って、このギャグわかる方は『炎の転校生』の愛読者)で日記にあるような書物を購入した私。
 そして、店の前で待っていると騒がしいのがやってくる。
 
「すごいのニャ。日露戦争ニャ。日露戦争がまじめにパソコンの上でできるのニャ」
 店の前で私を見た瞬間にそう叫んだ、某『はい』電気で『日露戦争』『シークエンス・パラディウム2』『キーボードE計画』を購入した友人T。
 そして、もう一人は友人S。
 しかし、集合場所にわずかに遅れて来たSの表情は暗かったのだ。そして、彼の言葉が今回の『呆冗記』のネタになるとは、その時点では想像もつかなかったのである。
 
「遅れてすまん」
 3人の中で唯一、残業手当が付かない職場に勤務するSが遅れたことを謝るなど天変地異があってもあり得ないことだった。
 
「いやあ、まいったよ」
 Sは悲しげにいう。
 
「『阿部謹也著作集 2』を買いにいったんだけどさ・・・」

 Sは現状において某私立高校の商業科の授業をメイン(というか学校の都合でそれしか持っていないが)に持っているが、その専攻は『史学』である。そして、再び歴史の授業ができる日まで密かにそのスキルを磨いているのだ。そんな彼にとっては、『阿部謹也著作集 2』の3分の2までもがすでに持っている『刑吏の社会史』『中世賤民の宇宙』であろうとも残り3分の1のために購入する価値があるのだろう。私が『孔雀王』のコミックの文庫を作者のエッセイが欲しいばかりに買うのと同じ(同じか?)意識と思われる。

 「『阿部謹也著作集』は書棚にないんだよね」
 店内に入りSは注文した麦酒のジョッキをあおると言った。
 
「前回の1巻目もなくってさ、探してもらったときに、ストッカー(本棚の下の引き出し。このあたりの話を知るのは書店アルバイターとその友人のみ)から出してもらったんだよね」
 3人で頼んだミックスピザにこれでもか。これでもかとタバスコをかけながら続ける。Tは完全な甘党。これでTはこのピザを食うことはあるまい。私も食えるかどうか・・・。
 「で、今日もなくてさ。レジのお姉さんに聞いたら『在庫なし』という話だったからさ。1巻目買ったときに出してもらったストッカーにないかなって開けてみたわけ」
 気をつけよう。元本屋バイトの執念深さ。

 しかし、ストッカーをあさるのはあんまり一般人はしない方がいいと思うのだ。

 「お客様、何かお探しですか」
 そう、店員さんが来たのは当然のことといえよう。
 「あ、『阿部謹也著作集 2』をレジで聞いたら在庫がないという話で、前に1巻目買ったときにこのストッカーから出してもらったものだから。ないかなと思ったものですから」
 おそらくはにっこりと戦利品を差し出すS。恐るべきはI一族の15年ぶりの赤ん坊。Sの本質は名古屋のKさんが見抜いた通り、貧乏人ながらボンボンなのである。
 そして疑問を口にしたのだそうだ。
 「どうして、書棚に並んでないんですか。この本、売れるでしょうに」
 
「万引きの被害も多いんですよ」
 社員の方はそう言われたのだそうだ。

 「おい、上杉、泥棒した本で得た知識が身になると思うか?」
 Sは3杯目の大ジョッキを傾けて言った。
 
「自分分で買わないゲームはやっぱりおもしろくないかもしれないニャ」
 いいかげん、中ジョッキ一つで酔っぱらっているTが相づちをうつ。
 
「自分だけは騙せない。そう思うんだけどなあ。阿部謹也さんの書籍なんてまじめに学術書。趣味の本だろう。趣味をそんな行為で汚していいのかよ」
 これについては私も同感である。果たして6,200円の本は自分の一番好きな趣味を汚すに値する金額なのだろうか。
 そう思う私も生活の苦労を知らぬ甘ちゃんなのだろうか。

 追伸 翌日、Tからこの件について興味深い示唆をもらった。
    
「あのニャ、例の本だけどニャ。古本屋にたたき売るんじゃないかニャ。どーもそんな気がするニャ」
    なんだかかえって暗然とする気がする。
(00,1,8 00,1,9修正)


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