カイセリ
(1992年4月27日)

カイセリ城より


    カイセリにやってきたのはほんの気まぐれだった。
    カッパドキアから見たトルコ第二峰のエレジェス山の美しさにひかれて、この山の裾野にあるカイセリまで足を伸ばしたのだった。
    町に着き、バスを降りるといきなり絨毯屋らしきお兄さんにつかまってしまった。
    今晩の夜行バスの予約を取りたかったので通り過ぎてカウンターに向かうと、私の前に立ってバスの予約を取りつけ、ついでに荷物も預かってくれるように頼んでくれた。
    そうして気が付くと私はその絨毯屋の店に連れて行かれていたのだった。

    店のソファに腰を下ろすと、まずエルマ茶が出された。
    エルマ茶とはりんごの香りのお茶で、甘酸っぱくてなかなか美味しい。
    そして目の前に次々と色鮮やかな絨毯が広げられていく。
    噂には聞いていたが、絨毯屋の商売の上手さに感心する。
    絨毯を買うつもりはなかったが、話のネタにいろいろ見せてもらった。
    その中に一枚心引かれるキリムがあった。
    草木染めでアンティーク物ということだが、それが本当かどうかはともかく色合いが気に入った。
    一畳くらいの大きさなので、持って帰ることもできそうだ。
    最初200ドルと言われたのを値切って150ドル。しかし、それ以上はなかなか下がらない。
    学生で(ウソ)金がないから(これはホント)と帰ろうとすると、いくらなら買うかと電卓を渡される。
    まず無理だろうと思いつつ「100」と押して返す。
    何で払うかとの問いに「ドルのキャッシュ」と答えると、それならOKと商談成立。
    お兄さんはにこにことキリムを包み、これから町を案内しようと言う。
    ひとりで歩きたい気分だったので断ると、じゃあ夕食を一緒に食べようということになった。

    カイセリの町は、セルジューク時代の遺物が残る、重厚で落ちついた感じの町だった。
    城壁の横の道を歩いていると、ひとりの青年に声をかけられた。
    経済を勉強しているというその青年は、英語を話したいのだと言う。
    しばらく町を案内してもらいながら話しをしていたが、「兄さんの店でお茶を飲もう」と連れて行かれたのは絨毯屋であった。
    ここでも次々に絨毯を広げられたが、「もう買ったから」とお茶だけいただいて早々に退去する。
    そうして気を取りなおして歩き始めると、50メートルも行かないうちにまた声をかけられた。
    町を案内しようというその青年も経済を勉強する学生だと言う。
    絨毯屋の口説き方のマニュアルでもあるのか〜!
    2時間ほどの間に4人に声をかけられた。
    この地方は絨毯の産地らしいが、この絨毯屋の攻撃だけは何とかしてくれ、という気分だった。

    ところで、私が買ったキリムがお買い得だったかどうかは分らないが、納得できる値段で気に入った物が買えたのだからよかったと思う。
    おまけに、この絨毯屋さんには夕食を奢ってもらったうえ、バスターミナルまで車で送ってもらい、更にバスの時間まで近くのホテルのバーでラク酒まで奢ってもらった。
    ラク酒とはトルコ特産の蒸留酒で、独特の香りがあって水で割ると白く濁る。
    ひとりで旅行しているとお酒を飲む機会も少ないので、これがトルコでラク酒を飲んだ唯一の経験だった。
    絨毯屋さんに捕まってみるのも、時と場合によっては悪くないのかも。



    話は前後するが、何人目かの絨毯屋の攻撃を逃れ、カイセリのメインロードを歩いていた時のこと。
    学校らしい建物の前を通りかかった時、ふたりの男の子(10才くらい)が駆け寄ってきて、私に「先生が呼んでいるから一緒に来て」と言う。
    「?」と思いながらもついて行くと、まるい眼鏡を懸けた紳士風の先生が「これから英語の授業なのでそこで何かしゃべってくれ」と言う。
    とんでもない!
    「あいきゃんとすぴーくいんぐりっしゅ」などと言って辞退したのだが、気が付くと教室に連れて行かれていて、いつのまにか教壇の上に立っていた。
    好奇心に満ちた子供達の目。
    こうなると後にはひけない。人間ひらき直ればたいてのことはできるものだ。
    結局、私はそこで一時間ほど授業をしてしまったのだ。
    と言ってもたいしたことをした訳ではない。
    子供達に英語で質問をしたり、子供達の質問に答えたり。
    こんなとき、日本だったらみんな恥ずかしがって手を挙げないのではないだろうか。
    その点、トルコの子供達は元気だった。
    はい!はい!はい!といくつも手が挙がる。
    どこから来たのか、そこに行くのか、家族は、年は、etc.etc.…。Osakaのpopulationは?という問いには情けないことに私は答えられなかった。
    意外と自分の国のことは知らないものだ。
    それから日本の歌をうたって、という要望もあった。
    「traditional or pops?」と尋ねると圧倒的にpopsだったので、最近の歌謡曲は知らないなあと私のカラオケの18番「オリビアを聴きながら」を歌うことにした。
    歌詞はうろ覚えだったが、どうせ誰にも分らないだろうと1番、2番ごちゃまぜでリフレインまでしっかり歌ってしまった。
    最後はみんなで記念撮影。
    その後、職員室で飲み物をごちそうになった。

    それにしてもこの時ほどもっと英語が話せれば、と思ったことはない。
    私より子供達のほうが上手だったくらいだ。
    あんなんで勉強になったかどうか申し訳ないのだが、私にとってはいい経験だった。
    トルコの学校に入る機会なんて滅多にない。
    整然とした廊下と階段、トルコ近代化の父アタチュルクの肖像画のかかった明るい教室。
    建物の構造自体は日本とあまり変らない。
    ちょっと懐かしいような学校独特の張り詰めた空気と、少し埃っぽい日向の匂い。
    何より、きらきら輝いていた子供達の目が忘れられない。


(4/27終)

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