5月2日 トドラ渓谷

    朝、ホテルを出ると、まず銀行でお金を替えた。
    手持ちのディラハムが底をつきかけていたので、これで一安心。
    ここの銀行は日本円のトラベラーズチェックが使えたのが嬉しかった。
    次に、リコンファームをしようと電話局を探したが、工事中のようで建物が見当たらない。
    公衆電話はあるのだが、小銭は手持ちがあまりないし、カードを買おうにも料金がいくらかかるか分からない。
    どうしようと思案していると、近くにいたおじさんがカードを渡してくれた。
    利用した分だけ支払えばいいらしい。
    Aさんが電話してくれて、無事リコンファーム終了。
    事務的な手続きが終わって気分がよくなった私達は、トドラ谷を目指して、オアシスの中の道を歩き始めた。

オアシスのナツメヤシ

    今日も快晴で、オアシスの中は気持ち良かった。
    トドラ谷までは2時間強のピクニックだ。
    ナツメヤシの葉から陽はこぼれ、オリーブの枝を渡る風が心地よい。
    けれども、若い男性にすれ違うたびに、案内しようと声をかけられるのには閉口した。
    私達は自分のペースでゆっくり歩きたいのだ。
    その度に断っていたのだが、そのうちに3人の男性が後を付いてきているのに気づいた。
    脇の道に入ってやり過ごし、これであきらめたかと思ったら、どうやら先で待っているようだ。
    これから先は人通りも少なくなるし、少し気味が悪くなった。
    特に下心なしに案内してくれようとしているのかもしれないが、こんな気分ではせっかくのオアシスの道を楽しむことはできないだろう。
    結局歩くのはやめてタクシーで行くことにした。
    オアシスの道を歩くのはとても楽しみにしていたので残念だった。

    道路まで戻り、トドラ谷へ続く道との交差点でタクシーを待つ。
    やって来たのはボロボロのトラックだった。一応乗合タクシーのようだ。
    トドラ谷まで行くかと聞くと「乗れ」と手招きされたので荷台に乗りこむ。
    中は両側が座席になっていて、すでに何人もの人が乗っていた。
    窓がなくて外の景色が見えないのが残念だった。
    車はいくつもの集落を通りすぎ、その度に人が入れ替わる。
    人だけでなく荷物もいっぱい詰め込まれ、荷台は足の踏み場もなくなってゆく。
    途中はそんな風にぎゅうぎゅう詰めだったが、終点のトドラ谷まで乗っていたのは私達ふたりの他には親子連れふたりだけだった。




    トドラ谷はこの辺りの観光の目玉だ。
    高さ200メートル以上の切り立った断崖に囲まれた渓谷。
    トラックを降りて川のほうに歩くと、目の前に巨大な岩壁がそびえる。
    その間の川を石づたいに渡っていくと、広い河原に出た。
    両側にはそそり立つ岩壁。大きすぎて感動しようにも実感が湧かなかった。
    観光バスがここまで乗りつけていて、この河原には観光客がいっぱいいた。
    河原の右手に大きなホテルがあったので、ここで休憩することにした。
    もともと歩いてくるつもりだったので、時間はたっぷりある。
    河原に出ると、日陰を探してぼんやりと雄大な景色を楽しんだ。
    さて、どうやって帰ろう。
    道もよくわからないし、先ほどのことがあるのでふたりではちょっと不安だ。
    一緒にオアシスの道を歩いてくれそうなグループを探してみたが、日本人らしいのは団体で来ているおじさん、おばさん達だけ。
    といって、またタクシーに乗るのも、途中の景色がもったいない。
    結局車道を歩いて帰ることにした。

    そうして歩き始めるとすぐ、横を通りすぎた小型バスから声がかかった。
    さっきの日本人のおじさん、おばさん達だ。
    「町まで戻るなら乗っていかない?」という言葉に甘えて乗せてもらうことにした。
    途中、景色のいい所で降ろしてもらって、後は歩けばいい。
    この人たちはツアーで来たのではなく、仲間同志でフリーで旅行しているらしい。
    いい年のおじさん、おばさん達だったが、元気いっぱいだった。
    途中、オアシスを見下ろす眺めの良い場所で降ろしてもらう。
    「気をつけてね〜」との声を残してバスは去って行く。


    眼下の渓谷は濃い緑に覆われている。その向こうに赤いクサルが見える。
    クサルとは城壁で囲まれた村のことで、この景観にエキゾチックな雰囲気を加えている。
    陽の照りつけるアスファルトの道を歩きながら、あのオアシスの中は気持ちいいんだろうなあとまだ未練がましく思う。
    けれど、オアシスの中からはこの雄大な景色は楽しめないのだと思いなおす。
    カメラを手に夢中で歩くうちに、気がつくと朝トラックに乗り込んだ交差点まで戻っていた。


    ―――ティネリールの町は、豊かな自然に囲まれた美しい町だった。
    人々はきさくで親切だったが、親切とおせっかいは紙一重ということを実感してしまう町でもあった。
    わずらわしさを感じることも多かったのだが、それ以上に嬉しいこともたくさんあった。
    最後の夜もイシューやラシードとミントティを飲みながら時を過ごした。
    アラビア文字を教えてもらったり、逆に漢字の書き方を教えてあげたり。
    最後にイシューからベルベルのお守りだというペンダントをもらった。
    またいつか訪れてみたい。そして今度こそオアシスの道を歩いてみたいと思った。
(5月2日おわり)


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