−第九章 運命の出会い・前編−
時は満ちた。場所はギルドア山。
”蒼き彗星の勇者”フォルスは、有翼族を率いる男を倒すために。
”魔王”アレウスは、そのフォルスと会うために。
”泉の聖女”レーテは、大いなる運命を背負った二人の勇者に会うために。
三つの運命の糸は、ついに一つになる・・・・
1
”泉の聖女”レーテ・・・・
ギルドア山は、エルデニア王国のほぼ中央に位置する山だ。背の高い樹に一面覆われているが、山頂付近だけ禿げ上がったように地面がむき出しになっている。
盛夏を迎え、木々の纏(まと)う緑の葉は一層その深みを増している。ギルドア山を包み込んでいる緑の衣は、やがて秋を迎えると黄色に一斉に様変わりする。何処の山でも見られる紅葉の風景だが、ギルドア山の葉は、まるで黄金のような色に変わるのだ。
昔の人々は、神がこの山にやってくるから黄金色になると信じていた。そのため、秋になると神に捧げる盛大な祭りが行われたそうだ。
今でもその祭りは続けられているが、もはや宗教的な意味は失われている。
いつしか祭りはギルドア山だけではなくエルデニア全土の都市でも行われるようになり、それと共に祭りの内容も変化した。日頃の生活の疲れを癒し、人々の親睦を深めるための祭りへとなっていったのだ。
そのギルドア山に、レーテ達三人は来ていた。先頭を歩くのはレーテ。その後ろに、魔導師のゼノンとドラゴンのメイラが続く。
精霊ウインディアとしての記憶を取り戻したレーテは、アレウスに会うためにギルドア山にやってきた。そしてもう一人、レーテが探している若者がいる。この二人の運命の糸は、ここで一つになるはずなのだ。
そのレーテ達は、なだらかな坂道であるものを発見した。ゼノンは腰をかがめ、注意深く観察する。
「人が通った後に間違えないと思います。それも、かなりの大人数ですね」
地面に残る大量の足跡を見つめながら、ゼノンは答えた。
わずかに靴の形が認められることから、獣ではないことが分かる。しかも地面はかなり荒らされているから、十人や二十人ではないのは確かだ。少なくとも、数百人はいるだろう。
「そうですか。”ジャスティス”がこの山の有翼族を攻めるという噂は本当だったのですね」
レーテは山頂の方を見上げる。ギルドア山についてから、ずっと感じていた巨大な”気”。それは、魂を握りつぶすような邪悪な気である。やはり、この山に有翼族を率いるアシュラがいるようだ。
そしてその近くに、まったく別の二つの”気”が感じられる。その気は、魂を優しく包み込み、安らぎを感じさせる。
(アレウス・・・・。そしてフォルス・・・・。彼らに間違えない)
二人が近くにいるというだけで、レーテは胸が高ぶる。
「急ぎましょう、ゼノンさん。三つの気が一つになろうとしています」
「アレウス様は間違えなくここにいるのですね」
ゼノンも気持ちが高ぶっていた。久しぶりにアレウスに会えるという喜び。そして、初めて知った彼に待ち受けている運命。その二つが、ゼノンのなかで激しく渦巻いていた。
「はい。確かに彼の気を感じます」
「分かりました。参りましょう」
ゼノンは一つ大きく頷き、レーテに返事をする。
「ふぅー・・・・」
大きく息をつき、ゼノンは額ににじむ汗を拭く。
盛夏を迎えたこの季節に、山を登るのは骨の折れる仕事であった。ほぼ真上にある太陽は、容赦なく照りつけくる。せめてもの救いは、背の高い木にさえぎられ、直接日光が当たらないことだろう。
「暑いですね」
レーテも、同様に汗をにじませていた。暑さのせいか、白い肌がやや赤みがかっている。
「まったくです」
ゼノンは水袋を取りだし、一口飲んだ。先程小川で汲んできた水だから、冷たい水が喉を下っていくのがしっかりと感じられる。
「季節というのもやっかいなものね」
一方メイラは、いたっていつも通りだ。さすがにドラゴンなのか、暑さには強いようである。
「魔界には季節がないですからね」
ゼノンの言うとおり、魔界には季節というものがない。もちろん暑い場所や寒い場所はあるが、その気候はずっと変わることないのだ。
「私は始め驚きましたよ。今はこんなに明るいのに、時間が経てば真っ暗になってしまう」
ゼノンは、この世界に来たばかりの頃を思い出した。
魔界には、昼と夜さえないのだ。天は絶えず灰色の雲に覆われ、世界は薄暗く包み込まれている。
「でも、私は嫌いではありませんよ。アレウス様も言っていましたが、星空は綺麗だと思いますし」
魔界では、星は灰色の雲の上にあると信じられている。だから、その形を見たものは誰もいない。
「そうですね。”混沌”(カオス)から生まれた二つの大地。でも、この二つの大地はまったく違う。いったい何故これほどまでに違うのか、それは私にも分かりません」
宇宙の創世期は、まだまだ謎に包まれている。なにせ、神さえまだ存在する以前のことなのだ。
「永遠の謎かも知れないですね」
ゼノン自身にとっては興味のわく問題ではあるが、おそらく一生かけても解き明かすことはできないであろう。
それから三人は、無言のまま坂道を上り続けた。暑さは相変わらずであるが、時折さわやかな風が通り抜けていく。
それからしばらくして、メイラが急に立ち止まった。
「どうしました、メイラ?」
隣を歩くゼノンが訊ねる。
「何か、音が聞こえる・・・・」
メイラは、注意深く辺りの様子をうかがっている。
「音ですか?」
ゼノンも耳を澄ませてみたが、辺りに響くのは虫の音だけだ。
「人の叫び声、剣の音、血の臭い。間違えない、この先で戦いが起こっているわ」
「数は?」
「そこまでは分からないわ。でも、かなり大勢のはずよ」
一人一人の声というよりも、ざわめきのようなものが伝わってくる。
「おそらく”ジャスティス”と有翼族が戦っているのでしょう。距離は分かりますか?」
先頭のレーテが振り返る。
「そう遠くないはずよ。たぶん、この林を抜けた山頂辺りだわ」
特別優れているわけではないので、そう遠くまでは聞くことはできない。つまり、戦いが行われている場所は近いというわけだ。
「分かりました」
そう言って、レーテはいきなり駆けだした。
「あ、ちょっと待ってください」
ゼノンは慌てて声をかける。
(やっと彼に会える)
ゼノンの声は、もはやレーテには届いていない。
「メイラ、急ぎましょう」
「ええ」
レーテを追うように、ゼノンとメイラも駆けだした。
2
レーテは全力で林の中を走り抜けた。レーテの耳にも、今やはっきりと戦いの喧噪が聞こえている。
坂を登り終え、あとは平坦な道になった。前方では、”ジャスティス”の戦士と有翼族が激しい戦いを繰り広げている。
レーテは近くに倒れている戦士を見つけ、声をかけてた。
「大丈夫ですか?」
「うう、あんたは・・・・」
男は、右の肩にひどい怪我を負っている。
「いま傷を癒します」
レーテは傷口に手を当て、癒しの呪文を唱えた。傷口はみるみる塞がり、赤い傷跡がわずかに残る。
「すまねえ、助かったぜ」
男は、肩をまわして具合を確かめた。あまりの効き目に男自身が驚く。
「ところで、あんたはいったい誰だ。俺達の仲間じゃねえよな」
どうやら、この男はレーテの顔を知らないようだ。
「私の名はレーテ。フォルスさんに会いに来たのです」
「レーテだって!」
男の叫び声に、前で戦っていた戦士達が一斉に振り向いた。
「レーテ様だ」
まさかレーテが姿を現すとは誰も思っていなかったようだ。辺りから、「レーテ、レーテ」とこだましてくる。レーテの出現に、辺りの雰囲気は一変した。
「すいませんが、フォルスは何処ですか?」
「フォルスなら、さっきアシュラの方に向かっていったぜ」
「そうですか」
レーテはすぐにでも追いかけたい気持ちに駆られたが、目の前では激しい戦いが行われている。どちらかと言えば、こちらが不利だ。
「レーテ!」
その時、後ろからゼノン達が追いついてきた。
「ゼノンさん、ひとまず”ジャスティス”の人たちの協力しましょう。フォルスのところに行くのはそれからにします」
「分かりました。あなたは後ろでけが人をお願いします。我々は前で何とか頑張りますから」
「お願いします」
レーテは頷き、他のけが人のところへ行く。
「メイラ、行きますよ」
「分かったわ」
林の中でも戦いが行われているが、ここでは強力な呪文を使うことはできない。ゼノン達は林を抜けた。
「とにかくできるだけのことはしましょう」
たかが自分たちが加わったぐらいでは、戦況が変わるとは思えない。だが、フォルスという男がアシュラを倒せば、おそらく有翼族も逃げ去って行くはずだ。それまで踏ん張ればいい。
さっそく、彼らの前に二人の有翼族がやってきた。
「何故こんなところに魔族がいる」
二人は、ドラゴンがいることに驚いた。
「決まってるでしょ。あんた達を焼き払うためさ」
メイラは挑発するように、口の中に炎をためる。
「貴様ぁ!」
二人は剣を抜き、メイラに襲いかかってきた。
「援護はいらないからね」
ゼノンにそう言って、メイラは炎を吐く。有翼族は左右に分かれ、メイラの炎をかわした。
メイラは、左から向かってくる有翼族に向けてツメを振るった。その攻撃はかわされてしまうが、避けたところを噛みついた。
「ぐわっ!」
頭をかみ砕かれ、有翼族はメイラの口の中で絶命する。
「くらえ!」
もう一方の有翼族が、怒りにまかせてメイラに刃を突き立てる。だが、メイラの堅い鱗が有翼族の剣をはじき返した。
「ドラゴンの鱗を甘く見るんじゃないよ」
メイラは尻尾を鞭のようにしならせる。その攻撃は、有翼族のみぞおちに入った。
「ぐふっ」
有翼族は腹部を押さえたまま地面に倒れ込んだ。その有翼族に、メイラは容赦なくツメを振るう。
有翼族の頭部は潰れた果実のように粉々になり、大量の鮮血をぶちまける。
「やりますね」
さすがは最強の魔族ドラゴンである。メイラへの援護は必要なさそうだ。
「私も魔族の恐ろしさを思い知らせてやりましょう」
ゼノンは魔導師の杖を構え、呪文の詠唱を始めた。それと同時に、ゼノンの額に埋め込まれた”魔石”が赤い光を放つ。
”魔石”の魔力を使えば、呪文の威力を高めることができるのだ。もっとも、その分だけ消耗も激しくなる。
「万能なるマナよ、星屑(ほしくず)のかけらとなり、炎の鉄槌を下せ」
ゼノンは、持てる最強の魔法を唱えた。天からいくつもの隕石が飛来し、後方に控えていた有翼族の集団の上に降り注ぐ。〈メテオ・ストライク〉も呪文だ。
突如襲いかかってきた隕石に、有翼族達は大混乱に陥る。炎から逃れようとする者、翼を広げて飛び去ろうとする者、さながら地獄絵図のようである。
その後に残ったのは、焼け野原になった地面と、黒こげになった有翼族の死体の山であった。
「あなたが一番派手に暴れてない?」
さすがにメイラも、その光景には驚いた。
「はは、これぐらいしないと有翼族は倒せませんからね」
そう言って、ゼノンは大きく肩で息をつく。
「いきなり飛ばしすぎじゃない?」
「なに、まだまだ大丈夫ですよ」
ゼノンは早くも次の呪文の詠唱を始める。
「なるほど、休んでもいられないわけね」
有翼族達は、ゼノンを狙おうとこちらに向かってくる。
「あんた達を援護するぜ」
すると、ゼノン達の周りに”ジャスティス”の戦士達が集まってきた。
「万能なるマナよ、すべてを焼き尽くす灼熱の炎をなれ」
ゼノンが〈フレア〉の呪文を唱える。巨大な炎の固まりが、有翼族達を襲った。さらに、メイラも炎を吐く。
二人の起こした炎が、多くの有翼族を飲み込む。生き残った有翼族達は、魔法を警戒してお互いに距離を取っ向かってきた。
「来るぞ!」
”ジャスティス”の戦士達はそれぞれ武器を構え、有翼族を迎え撃つ。たちまち、大人数が入り乱れる乱戦になった。
「これでは攻撃呪文は使えないですね」
ゼノンは攻撃のための呪文を諦め、”ジャスティス”の戦士達に補助魔法をかけていく。素早さを上げる呪文のほか、武器や鎧に魔力を与える呪文など使って戦士達の戦力を強化していった。
熾烈な戦いは、いつまでも続いていった。”ジャスティス”の戦士達が、一人また一人と有翼族の刃に倒れていく。しかし、彼らは最後まで諦めることはなかった。
一方のメイラも、さすがに動きが鈍り始めてきた。そして有翼族の刃が、堅い鱗を切り裂く。
「次から次へと、キリがないわね」
もはや炎の威力も見る影もない。メイラは、返り血で真っ赤になったツメを振るい続ける。
しかし、疲労のためか大振りになってしまった。有翼族はその攻撃をかわし、メイラの懐に飛び込む。有翼族は剣を逆手に持ち替え、力の限りメイラの身体に刃を突き立てた。
「ぐうっ!」
有翼族の剣は、深々とメイラの身体に突き刺さる。
「やったわね!」
メイラは怒りを燃やし、再び猛烈な炎を吐いた。有翼族はまともに炎を浴び、真っ黒い塊と化す。
メイラは突き刺さった剣も抜こうとしないまま、狂ったように有翼族に向かっていった。
気付いたときには、辺りの有翼族は一人残らず死んでいた。だがそれと同じ、いや、それ以上の数の人間も死んでいる。
「ゼノンさん、大丈夫ですか?」
レーテがゼノンのもとにやってきた。彼は地面にしゃがみ込み、激しく息をついている。
「もう魔力は残っていません」
ゼノンは立ち上がろうとするが、身体に力が入らない。
「私の気力を分けましょう」
レーテは短く呪文を唱え、ゼノンの身体に触れる。レーテは軽い疲労感を覚えたが、その変わりゼノンの疲労が幾分回復した。
「ありがとうございます。私はもう大丈夫ですから、メイラの傷を回復させてください」
ゼノンは、全身傷だらけのメイラを指さす。
「分かりました」
レーテはメイラのもとに駆け寄り、癒しの呪文を唱えた。
「すまないね」
メイラはレーテに一言礼を言う。
「森のなかで戦っていた有翼族は全滅させました。ですが、こちらもまともに戦える人間はほとんど残っていません」
「ふふ、できればもう逃げて欲しいけどね・・・・」
メイラ達の前には、まだまだ有翼族達が残っている。残った人数で彼らの相手ができるかどうかは微妙なところだ。
だが、メイラの願いは通じなかった。決着をつけるべく、残ったすべての有翼族が向かってきた。
「そうはいかないか・・・・」
メイラはもはや覚悟を決めた。
「せっかくアレウス様の側まで来たんですけどね」
ゼノンも、魔導師の杖を構える。強力な呪文だったら、おそらくあと一回しか使えないだろう。
レーテも、迫り来る有翼族達を前に厳しい表情をしている。
とその時、有翼族達のまっただ中で巨大な炎が膨れ上がった。
「なにっ!」
ゼノンはあまりの出来事に驚きの声を上げる。今の炎は、メイラでもなければゼノンでもない。一体誰が起こしたのであろうか。
すると、有翼族達の左手から人間の集団ががいきなり現れた。
「あれは!」
そして先頭の男を見て、ゼノンは我が目を疑った。
「ソロン!」
間違えない。その男は、弟子であるソロンであった。
3
「ゼノン様ぁ!」
ソロンは、ゼノンに向かって大声で叫ぶ。さらにその後ろには、ガルアとラファールが続いていた。
(アレウス様と一緒ではないのか・・・・)
アレウスがいるのであれば、彼らがここにいるのも分かる。しかし、そのアレウスの姿が見えない。
(そんなことより、今は有翼族を倒さなくては)
些細な疑問をすぐに押し込め、ゼノンはすぐに頭を切り換えた。彼らがいれば、有翼族に勝てるかも知れない。
ゼノンは、ソロンに向けて〈テレパシー〉を送った。
(ソロン、地上の敵は他に任せて上空の敵を狙うのです)
(ゼノン様、何故こんな所にいるのです)
(話はあとです。ドラゴンに変身して、空の敵と戦いなさい)
(わ、分かりました)
ゼノンはソロンとのテレパシーを切り、自分もドラゴンに変身する。
「私たちは空の敵を相手します。地上は頼みました」
そう言って、土埃を上げながらゼノンは飛び出していく。
「私は空の敵と戦います。二人は地上の敵をお願いします」
ソロンも、ドラゴンに変身して空に向かって飛び上がった。
「行くぞ」
ガルアは、ダークエルフのラファールに声をかける。
「ああ」
そう言って、ラファールは肩に掛けた弓矢を手にした。
ガルアは、そのまま有翼族に突っ込んでいく。
ラファールは風の妖精”シルフ”と召喚し、有翼族の間を滑るように飛び回せる。そこへ、ガルアが素早い動きで駆け抜けていった。
それだけのことだが、有翼族を混乱させるには十分であった。
その混乱に乗じて、メイラを先頭に”ジャスティス”の戦士達が一斉になだれ込んでくる。
ガルアは持ち前の素早さを活かし、有翼族の攻撃を翻弄(ほんろう)してた。その大きな体からは信じられないほどの身軽さを見せるたびに、銀色の毛皮が鮮やかに波打つ。
ガルアは有翼族の背後を取り、首筋に噛みついた。ガルアの口元から、噴水のように赤い血が噴き出す。
有翼族を仕留めたことを確認したガルアは、次なる敵に向かって襲いかかっていった。今度の敵は、手に弓を持っている。
そのことなどお構いなしに、ガルアは向かっていった。有翼族は、そのままガルアに向けて矢を射ってくる。
「そのほうがやりやすい」
相手が弓使いなら、懐に入ればこちらの勝ちである。ガルアは有翼族の矢を軽々とかわし、一気に相手との距離を詰める。
不利を悟った有翼族は、慌てて翼をはためかせた。
「逃がすか!」
ガルアは十分にバネをため、有翼族めがけてジャンプした。だが、すねの辺りに傷を付けただけで、有翼族を上空に逃がしてしまった。
ガルアの手の届かないところまで飛んでいった有翼族は、そこから矢を射ってくる。その矢をガルアは難なくかわすが、ここからでは、手も足も出せない。
だがその時、有翼族の背中に別の矢が突き刺さった。
「があっ!」
その矢は、一寸の狂いもなく翼の根元に突き刺さっている。
ガルアは辺りを見渡した。すると、ダークエルフのラファールが弓矢を構えて立っていた。
ダークエルフは、弓の名手としても知られている。彼らはエルフの森にしかない特別な木で弓矢を作り、それには特別な魔力が込められているのだ。
翼を傷つけられた有翼族は、傷口を押さえながら落下する。ガルアはタイミングを合わせてジャンプし、有翼族の喉に牙を突き立てた。
ガルアはそのまま有翼族を引きずり下ろし、喉を食い破る。有翼族は、断末魔を上げることもできず絶命した。
さらに上空でも、二匹のドラゴンが有翼族を圧倒している。ツメや牙、さらに炎も浴びせ、有翼族を倒していった。
最初の混乱が戦いのすべてを決したと言ってもよい。”ジャスティス”の戦士達は最後の気力を振り絞り、ついに有翼族達に勝利した。
といっても、とても喜べるような状況ではなかった。この戦いで命を落とした者達は、生き残った者達の数倍はいる。
”ジャスティス”の戦士達は勝利を祝う気力もなく、ただ黙々と仲間の屍(しかばね)を埋葬していった。
「お前はレーテとか言う女だな。アデルの城で休んでいたはずだが、いったい何故ここにいる?」
ガルアが、地面に座り込んでいたレーテに声をかけた。この戦いだけで、彼女は何回癒しの呪文を唱えたであろうか。彼女ほど優れた癒し手がいなかったら、死者はさらに増えていただろう。
「アレウスに会うために・・・・ここに来ました」
ゆっくり息を整えてから、レーテは答える。
「なぜ俺達がここにいると・・・・?」
「詳しい話はあとでいたします。それより、アレウスは何処に?」
「アシュラという男と戦っているよ。フォルスと一緒にな」
「・・・・・・。そうですか」
何とか歩くことができるまで回復し、レーテは立ち上がる。
「私をアレウスさんのところまで案内してください」
「分かった。こっちだ」
ガルアの向かう先には、数人の戦士達がアシュラと戦っていた。
4
”魔王”アレウス・・・・
アレウス達一行は、慎重にギルドア山の東側の斜面を登っていた。
アレウスは流れる汗を拭うと、恨めしそうに空を見上げる。現在、太陽は真上にある。日陰はほとんどないので、至る所から汗が噴き出していた。
こんなにも苦労しなければならない理由は、山の西側に大勢の有翼族がいたからである。近く”ジャスティス”攻めてくるとサザンが言っていたので、その警戒をしているのであろう。そのため、アレウス達は急な東側の斜面を登ることにしたのである。
そして見つけたのが、いま登っている道だ。
この道はダークエルフのラファールが発見したのであるが、道と呼べるものではなかった。幅は狭く、至る所で尖った岩が飛び出している。おまけにここだけ木が生えていないので、まともに日光が降り注いでいた。
だが、頂上に向かうにはこの道しかないのだ。他は急な崖になっているので、とてもではないが登れるものではない。
「こんなことなら、もっとマシな格好をして来るんだったな・・・・」
一番後ろを歩くカイザが、珍しく泣き言を言う。
「まったくだね」
隣を歩くラルクも、かなり参っているようだ。
それも無理はないだろう。悪路を登っている上にこの暑さだ。重い鎧を着ている彼らには、厳しい状況かも知れない。
口には出さないものの、アレウスも同じ気持ちを抱いていた。
それから悪路に苦戦することしばしの間、一行の前にようやく山頂が見えてきた。山頂は崖になっていて、向こう側に向かってなだらかに下っているようだ。
「やっとだな・・・・」
アレウスも、自然と安堵のため息がこぼれる。
「アレウス様、あれを見て下さい」
その時、ラファールが何かに気付いた。
「ん、なんだ?」
「人間がいます」
ラファールが指さす先に、かすかに人影が見える。人数は二十人ほどだ。武装しており、崖の下を覗いている様子が伺える。
「何だあいつらは?」
「恐らく、”ジャスティス”の連中ではないでしょうか」
ラファールが答える。こちらにはまだ気付いていないようだ。
「どうする?」
アレウスがソロンに尋ねる。
「”ジャスティス”の人間なら好都合です。接触してみましょう」
「そうだな」
アレウスは、ゆっくりと慎重に近づいていった。向こうも、戦いの前で気持ちが高ぶっているかも知れない。
「おい、お前達は”ジャスティス”の者か?」
アレウスの声に、人間達は慌てて振り返った。そして、弓矢を構える。
「私は敵ではない。私たちは”ジャスティス”の人間に会いに来たんだ」
アレウスは敵意がないことを示すため、手を広げる。そして、他の仲間が後ろから出てきた。
相手は、慎重にアレウス達の方をうかがっている。そしてリーダーらしき人物が前に出てきた。
「お前達は誰だ」
かなり迫力のある声である。30代半ばほどであろうか、鎖かたびらを身にまとい大きな剣を腰に帯びている。
「私の名はアレウス、魔族の王だ」
「魔族だと・・・・」
アレウスの答えに、男は一層鋭い目を向ける。男はアレウスの近くまでやって来て、そこで立ち止まった。
「そう言えば、北の大陸では見たこともない連中が現れ有翼族と戦っていると聞くが。トルネアで有翼族の砦を落としたというのはお前達のことか」
「そうだ」
どうやら、”ジャスティス”の人間は自分たちのことを知っているようだ。
アレウスの答えに興味を持ったのか、男が近づいてきた。アレウスは平静を装いつつも、いつでも剣を抜けるように警戒を続ける。
二人の間に、緊張感が高まっていった。
「俺の名はウィーリュック。あんた達の噂は聞いている。まさかこんなところで会えるとは思っていなかった」
さっきとはうって変わって、男は愛想笑いを浮かべながら握手を求めてきた。
「そ、それはよかった」
男の態度の急変にアレウスは一瞬あっけにとられたが、快く握手に応じる。
「私たちは、フォルスという男に会いに来た。”ジャスティス”がこの山の有翼族を襲うと聞いてやって来たのだが」
「フォルスなら、前線で戦っているいるからここにはいないぜ。俺達は、敵の背後を突くため別行動していたのさ」
ウィーリュックは、”ジャスティス”の作戦を説明した。西側で正面から攻めて敵の注意を引き、背後からアシュラをねらうのである。
崖の下では、すでに戦いが始まっていた。深い森の側で、”ジャスティス”と有翼族の激しい戦いが行われている。
そこからわずかに離れたところに、数人の有翼族を引き連れた八つ手の男がいる。
「あの男がアシュラか?」
「ああ、そうだ。今日こそ奴の首を取ってやる」
ウィーリュックは、憎悪に満ちた視線をアシュラに向ける。
「俺達も加わってかまわないかな」
アレウスが尋ねた。彼らについていけば、フォルスに会うことができると思ったからである。
「こっちからもそう願いたい。あんた達が加わってくれれば、敵を倒すこともたやすくなるだろう」
ウィーリュックは喜んで答えた。
「そろそろ時間だ」
ウィーリュックは胸のポケットから砂時計を取りだした。間もなく完全に砂が落ちようとしている。
”ジャスティス”の戦士達は、それぞれ準備を始める。
「ん?あれは・・・・」
するとウィーリュックが、崖の下を身を乗り出して覗く。
見ると、男がたった一人でアシュラに向かっていった。
「あの馬鹿、また先走りやがって!」
ウィーリュックは、いきなり立ち上がって叫んだ。
「どうした?」
アレウスはわけも分からず、ウィーリュックに訊ねた。
「フォルスが一人でアシュラに向かっていっちまいやがった」
「するとあの男が・・・・」
アレウスは、たった一人でアシュラに向かっていく蒼髪の若者を見つめた。
「ああ、フォルスだ」
ウィーリュックは急いで剣を抜き、斜面を全力で下っていった。
「カイザ、ラルク、ゼノン。私たち四人はアシュラのところへ向かうぞ。ガルア、ソロン、ラファールの三人は、人間達の援護に向かってくれ」
アレウスも剣を抜き、仲間達に指示を与える。そして、ウィーリュックを追って斜面を下っていった。
5
”蒼き彗星の勇者”フォルス・・・・
一人の若者が、ギルドア山の山頂を見つめている。その鋭い双眸からは、何者にも屈せぬ炎のような意志が伝わってくる。
「フォルス、そろそろ時間だぜ」
皮の鎧を身につけた長身の男が、彼のもとにやってきた。
「ああ」
若者は短く答える。
”蒼き彗星の勇者”。彼は、人々からそう呼ばれている。いつからそう呼ばれ始めたのか、彼にも分からない。だが、今ではその名を知らぬ者はいない程まで広まっている。
フォルスにとって、名誉などいらなかった。彼が戦う理由はただ一つ、有翼族をこの世界から消し去ること。それが、”ジャスティス”を作った理由なのだ。
「ジャスティス・・・・。今度こそ、アシュラを倒す。お前の敵は必ずとるからな」
フォルスは、天に向かった囁(ささや)いた。
今から三年前、この場所でフォルスは友を失った。友と言っても、一緒にいたのはわずかの間だった。ただ一つ同じだったのは、共に有翼族を倒そうという志(こころざし)を持っていたことだ。
フォルスは後ろに振り返り、崖の下を見下ろす。そこには、千人を超える”ジャスティス”の戦士達が集まっていた。
三年前の結成当初は数十人程度であった”ジャスティス”は、今ではこれほどまでに大きくなっている。共に戦っていなくとも、同じように有翼族達に立ち向かおうとしている人間は世界中にいる。
「いいか、今度の戦いは今までとは訳が違う。相手はあのアシュラだ。そして、この山には数多くの有翼族が潜んでいる。だが相手がどれほど強敵であろうと、勇気を失わずに戦うんだ。俺達は今までそうして有翼族と戦ってきた。みんなの健闘を祈る」
「おお!」
フォルスの言葉に、”ジャスティス”の戦士達は大気を震わせんばかりに鬨(とき)の声を上げた。
「出撃ぃ!」
フォルスの号令と共に、”ジャスティス”の戦士達は一斉に山頂を目指して進み始めた。誰も、恐れを抱いている者はいない。寄せ集めの集団であるかも知れないが、その志気はは決して城の騎士団に劣ってはいなかった。
「行こう、アシュラは必ず倒す」
フォルスは剣を抜き、彼らに遅れまいと駆けだした。
時を同じくして、山頂では有翼族達が集結していた。彼らの前では、八本の腕を持つ大男が岩に腰掛けている。
その彼のそばに、一人の有翼族が飛んできた。彼は男の前に降り立ち、片膝をつく。
「アシュラ様、奴らが動きました」
「そうか」
「数はおよそ千。山の西側からこちらに向かってきます」
「ふんっ、蟻ごときが何匹集まろうと変わりない」
アシュラは、地面に唾を吐きながら答える。
「先頭には、やはりあの男がいました」
”あの男”と言う言葉に、アシュラの表情がわずかに動く。
「フォルスとかいうガキか・・・・」
「はい、そうです」
「あいつには俺も用事があるからな。ちょうどいい機会だ」
そう言って、アシュラは左の一番上にある腕を見つめた。その付け根には、一度切断されたような太い傷がハッキリと残っている。三年前、フォルスに負わされた傷だ。
アシュラはゆっくり立ち上がり、あらん限りの声を振り絞る。
「一人残らず殺すんだ!そしてフォルスを血祭りに上げ、俺達に盾突こうなんて考えの愚かさを思い知らせてやれ!」
アシュラの声をととに、有翼族達が一斉に羽を広げた。そしてまるで渡り鳥のように、一糸乱れぬ隊形で山を下っていく。
(勇者の伝説も今日で終わりだ。必ず貴様の息の根を止めてやる)
アシュラは目の前に幻のフォルスを思い浮かべ、そこに拳を振り下ろした。
6
地響きを上げて進む”ジャスティス”の戦士達は、山頂付近まで迫っていた。この辺りまでは背の高い木が生い茂っている林が続いているが、それから先はむき出しの地面が続いている。
「フォルス、有翼族が来るぞ!」
先頭を走る男が、大声で叫ぶ。フォルスは顔を上げ、前方を見た。
「来たな」
前方からは、空を覆い尽くさんばかりの数の有翼族が向かってきていた。予想通り、この山にいる有翼族の数はかなり多い。
「林の出口で迎え撃て」
フォルスはよく通る声で指示を出す。林の中で戦えば、樹が邪魔になって有翼族は空から攻撃することができなくなるからだ。
「分かった」
仲間から次々と返事が返ってくる。あれだけの数の敵を前にしても、平静さを保っていることにフォルスは満足した。
フォルスは仲間達の間を擦り抜け、先頭に出た。戦いときは、フォルスは常に先頭で戦うことにしている。その方が仲間達の志気を高めることができるし、なにより一人でも多くの有翼族を相手できる。
「行くぞ!」
フォルスは気合いの声を上げ、剣を正面に構えた。フォルスの持つ剣には、強力な魔力が込められている。魔法のオーラを発しながら、銀色に輝いていた。
まず、二人の有翼族がフォルスに向かってきた。共に手には小槍(ショートスピア)を持っている。
フォルスは、果敢にも向かってくる有翼族に突っ込んでいった。二人の有翼族は、同時に小槍(ショートスピア)を繰り出す。
フォルスは、わずかに首をひねっただけで有翼族の攻撃をかわした。紙一重という言葉そのままに、有翼族の槍はフォルスの顔面すれすれを通り抜けていった。
「てやぁ!」
勢いを少しも殺すことなく、フォルスは剣を真横に振る。さらに息をつく暇なく、下から剣を振り上げた。
ほとんど同時に、二人の有翼族は血しぶきを上げて地面に倒れた。断末魔を上げる暇さえ与えず、フォルスは一瞬で二人を倒してしまったのである。
「次だぁ!」
今度の相手は三人。しかし、フォルスはお構いなしに突っ込んでいく。
「人間ごときが、図に乗るな!」
有翼族の一人が、巨大な槍(ロングランス)を突き出す。フォルスはジャンプをして槍をかわすと、何と槍を上から踏みつけた。
「なに!」
重さに耐えられなくなった有翼族は、そのまま前につんのめるような格好になった。
「うおおおお!」
フォルスは雄叫びを上げながら、三人の有翼族の間に切れ込んでいく。
「く、くそ!」
完全に浮き足だった有翼族に、もはや勝ち目はなかった。まるでかまいたちのごとく、風のようにフォルスは有翼族の間を擦り抜けていった。
フォルスの持つ魔法の剣から放たれる斬撃は、まるで彗星のように有翼族達を駆け抜ける。”蒼き彗星の勇者”と言う名前は、ここから来ているのだ。
三人の有翼族は重なり合うように地面に倒れ、乾いた地面の上を真紅に染める。
その時、フォルスはいきなり頭上から襲われた。勢い余って、少し林から離れてしまったようだ。
頭上を見上げると、有翼族が翼を広げて羽根を飛ばしてきた。その先端はナイフのように鋭いので、当たり所が悪ければ命を失うこともある。
フォルスは剣を使って何とか羽根を弾くが、相手が上空のいるのではどうすることもできない。
さらに、空に注意が向いている隙に新たに二人の有翼族が向かってきた。
「ちっ」
フォルスは舌打ちをした。このままでは、挟み撃ちも同然である。
だが、上空の有翼族の胸にいずこから放たれた矢が突き刺さった。その矢は心臓を貫き、有翼族は地面に墜落した。
フォルスは林の方を振り返る。すると、木の上から一人の男が手を振っていた。その男は、手に大型の弓をもっている。
その弓は、猟師などが使う自動弓に独自の改良を加えたものだ。破壊力や命中性において、比較にならないほど優れている。
(ありがとよ)
正面から敵が迫っているというのに、フォルスは木の上の男に向けて親指を立てて合図をした。
それからフォルスは、ゆっくりと振り返る。二人の有翼族は、両方とも剣をもっている。今度のフォルスは、攻撃をかわすのではなく受け止めた。
「ガツッ」と言う鈍い音を立てて、彼らの剣はぶつかり合った。二人の有翼族に押されながらも、決してフォルスは力負けしていない。
有翼族は再び剣を振り上げ、次の攻撃に移った。フォルスは横にステップして、右側の有翼族の攻撃を受け止める。今度はフォルスが力を込め、相手を押し込んだ。力負けした有翼族は、バランスを崩してよろける。
「残念だったな」
フォルスは、容赦なく剣を振り下ろした。有翼族の首が勢いよく跳ね上がる。さらに残った一人も、たった一撃で倒してしまった。
「ふん、たった一人の人間ごときに手こずりおって」
そんなフォルスの戦いぶりを見ていたアシュラは、面白くなさそうなな表情を浮かべている。
「おい、俺の武器を持ってこい」
アシュラは、一人の有翼族にそう命令した。
「ア、アシュラ様が出られるのですか?」
驚きからか、命令された有翼族の声はうわずっている。
「これ以上奴らを好きにさせておけるか。さっさと持ってこい」
「は、はい」
有翼族は急いでアシュラの武器を用意する。
アシュラの武器は、手の数を同じく八つある。それを同時に使った戦法が、アシュラの戦い方だ。
「やはりあいつを殺すのは、この俺しかいないな」
完全武装したアシュラは、ゆっくりとフォルスに向かって歩いていった。
「アシュラだ!」
誰かがそう叫んだ。アシュラという言葉に、フォルスはすぐに反応する。
「何処だ!」
フォルスは忙しく視線を動かした。そして、忘れもしないアシュラの姿が目に飛び込んでくる。
アシュラは、ゆっくりとこちらに向かってきていた。それを阻止しようと何人かの戦士が向かって行くが、全員返り討ちに当てしまった。
「そいつに手を出すな!そいつの相手は俺がする!」
フォルスは、我を忘れてアシュラの方に駆けだした。
(やっと見つけたぞ)
フォルスの心にあるのはただ一つ。友を殺した者への復讐心だけであった。
7
「アシュラぁ!」
フォルスは吼(ほ)えた。すでにフォルスの目には、アシュラしか映っていない。
「ふふ、三年前と同じだな」
アシュラは顔をにやつかせる。あの時も、あの若者は同じように自分に向かってきた。あの時は思わぬ不覚をとって取り逃がしてしまったが、今度こそ必ず息の根を止めるつもりである。
「くらえー!」
フォルスはアシュラめがけて剣を振り下ろした。フォルスの剣から、いままでにないほど巨大な彗星が放たれる。
アシュラは、その攻撃を難なく受け止めた。
「久しぶりに再会したんだ。挨拶くらいしたらどうだ」
「これが俺からの挨拶だ!」
今度は剣を横に払い、アシュラの首筋を狙う。その攻撃を、アシュラは身をかがめてかわした。
フォルスはさらに攻撃を続ける。アシュラの上体を狙って、あらゆる攻撃を加えていく。「ふっ、少しはできるようになったな」
その言葉ほどアシュラも余裕はなかった。確実にこの若者は成長している。いま叩かなければ、将来大きな災いになるだろう。
「だが、お前では俺には勝てん」
アシュラも、フォルスの攻撃の隙をついて鋭い反撃を始めた。
二人の戦いは一進一退を続けるが、次第にアシュラの攻撃がフォルスの鎧をかすめるようになった。さらに、飛ばしすぎたのかフォルスの剣の勢いが鈍り始める。
アシュラはこのチャンスを逃すまいと、八本の腕を使って激しい攻撃を繰り出す。
この攻撃には、フォルスもたまらず防戦一方になる。例え一つの攻撃を防いでも、残りの腕で攻撃してくるのだからかわしようがない。
フォルスは、距離を取ろうとバックステップをした。
だが、アシュラはそれさえ許さない。フォルスを追いかけるように、アシュラはどんどん前進してくる。
フォルスがさらに後退しようと地面を蹴ったとき、踏ん張りきれずバランスを崩してしまった。
「これで終わりだなぁ!」
アシュラはフォルスめがけて剣を振り下ろす。
「くっ!」
フォルスは偶然つかんだ小石を、アシュラの顔面めがけて投げつけた。
「なにっ!」
アシュラは思わず顔面を覆う。そのせいで、アシュラの視界が一瞬闇に包まれた。
「うおおおおお!」
フォルスはアシュラに飛びかかる。かわせないと思ったアシュラは防御を固めた。
金属のぶつかる激しい音が上がる。
フォルスは、そのままアシュラの後方に飛び降りた。
「しまった!」
フォルスの狙いは、初めから背後を取ることだったのだ。アシュラは防御を諦め、攻撃することを選んだ。
「アシュラぁ!」
「フォルスぅ!」
二人の剣が交差する。そして、鮮血が飛び散った。
フォルスの剣はアシュラの喉元にあった。そして、アシュラの剣はフォルスの肩に深々と突き刺さっている。一瞬でも逡巡(しゅんじゅん)していたら、アシュラの命はなかったであろう。
「ふふふ、俺の勝ちだな」
アシュラは剣を振り上げた。
「さらばだ!」
アシュラが剣を振り下ろす。
(駄目か・・・・)
フォルスはもはや観念し、目をつぶる。
キィーン
その時、金属がぶつかり合う音が聞こえた。
「何だと!」
アシュラは驚きの声を上げる。フォルスは、何事かと目を開けた。そこには、一人の男がアシュラの剣を受け止めていた。肩まで伸びた長い髪が、陽の光を浴びてプラチナのごとく輝いている。
「き、貴様は何者だ!」
例えフォルスに集中していたとて、誰かが近づいてくれば気配で分かる。気配を消して近づくなど、相当の達人でなければできない芸当だ。
「私か?」
アシュラの攻撃を受け止めながらも、その男は顔色一つ変えない。
「私の名はアレウス。”魔王”アレウスだ」
「アレウスだと!なぜ魔族がここにいる!」
さすがのアシュラも動揺を隠せない。
(この男があの魔族・・・・)
フォルスは地面に倒れたまま、自分の前に立つ男を見上げる。
アレウスは力を込めてアシュラを押し返した。アシュラは二歩三歩と、後ろによろける。
「決まっているだろう。お前を倒すためだ」
アレウスは、切っ先(きっさき)をアシュラに向けた。魔力を帯びた長剣が、戦いの始めを告げるかのごとくまばゆい光を放つ。
つづく・・・・
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