−第五章 決戦−



 辺りは異様な雰囲気に包まれていた。有翼族に砦を囲んだモンスター達は、今にも襲いかからんばかりに殺気立っている。

 有翼族の砦は、巨大な川の中州に築かれていた。その砦を囲んで、高い塀が威圧するように立てられている。そのため中の様子はほとんど見えず、高い塔のような建物の一部が見えるだけだ。

 その砦には、何と橋が架けられていないし入り口さえない。空を飛べる有翼族にはさして問題はないだろうが、攻める側としてはやっかいきわまりない。川の流れが速いので橋を架けて攻めるしかないのであるが、橋を渡っているところをねらい打ちされかねないので、普通に攻めてはこちらが不利である。

 砦に立てこもる有翼族の数は、およそ1000人だという。対するモンスターの数も1000匹。それに、トルネアの騎士団が500人加わっている。数ではこちらが優位であるが、人間達は有翼族に太刀打ちできないし、先の戦いで負傷している者もいる。この闘いにおいては、モンスター達が主力なのだ。

 有翼族も、モンスター達が人間に味方してさすがに動揺しているようだ。砦を囲む塀の上から、常にこちらを監視している。

 今回の目的は、有翼族を殲滅させると同時に、モニカ姫を救出することだ。ひときわ大きな天幕に集まったトルネアの将軍達は、今回の戦いの作戦を練っていた。その会議には、アレウスとゼノンも参加している。

「まず、あのやっかいな塀をどうにかしなくてはな」

 まず第一にアレンV世が口を開いた。

「塀ごときでしたら、投石機を使って破壊することができます。問題はどうやって川を渡るかです」

 将軍の一人であるニールが答えた。兵力を温存させるためにも、犠牲覚悟の無理な突撃は避けたい。しかし、他に良い案はなかった。天幕の中に、重い空気が流れる。そのとき、それまでじっと目をつむっていたゼノンが口を開いた。

 こうするのは彼の癖なのだ。眠ったようにじっと眼をつむり、素晴らしいアイデアを考え出す。

「川を渡る方法ならあります」

「おお、何か考えがあるのかな?」

 アレンV世はゼノンの言葉に期待する。 

「我々モンスターの中には、炎を吐くことができる者がおります。投石機など使わなくとも、炎で塀を焼き払うことができるでしょう。川を渡る方法も簡単です。川の表面を凍らせて、その上を渡るのです。我々には吹雪を吐くことができるモンスターもおりますし、魔導師達の魔法を使えばおそらくすぐにできるはずです」

「おお」

 会議に参加していた人間達の口から、驚きの声が上がる。

「攻撃は、地上、および空を飛べるモンスターと、地中に住むモンスターの三点同時攻撃で行います。トルネアの兵士達は、モニカ姫の救出を第一に、後方から攻撃を支援していただきたいと思います」

「我々とて前線で戦うぞ。モンスター達だけの任せてはおけん」

 ニールが鼻息も荒く答えた。

「そちらの気持ちも分かりますが、未だに人間とモンスターが共に戦ったことはありません。混乱を避けるためにも、人間の皆さんには後方で待機していてください」

「ふざけるな!お前達のほうが強いのは分かっている。だが、よそもののお前達の言うことを何故聞かないといけない!」

 ニールが声を荒げて立ち上がった。

「落ち着けニール、今は有翼族に勝つことが大切なのだ」

 顔を真っ赤にするニールを、アレンV世がなだめた。

「そなたの考えに従おう。前線はモンスターに任せる」

「分かりました。敵は我々が引きつけますから、その間にモニカ殿の救出をしてください。救出され次第、一気に有翼族をつぶします」

「それは我々に任せてもらおう」

 アレンV世の隣に座っていたカールが立ち上がった。

「モニカ姫の救出は我々近衛兵が行います」

 カールの言葉に、ゼノンはわずかに頷いた。

「これにて軍議を解散する。攻撃の開始は明朝、それまでは明日のために英気を養っておいてくれ」

 アレンV世の言葉により、将軍達は自分たちの部隊の元へと戻っていた。

「それでは我々も失礼します」

 アレンV世に礼をし、アレウス達もモンスター達の元に戻っていく。






 真っ赤な夕日を背にしながら、アレウスとゼノンが歩いていた。足下から延びる二人の影が、地面に巨人のシルエットを描き出す。

「よそ者か・・・・。確かに、私たちが前に出て戦ったら虫が好かぬかも知れないな」

 呟くように、アレウスが言った。

「国王殿の言葉ではありませんが、今は有翼族に勝つことが一番。人間達が戦ったら、いたずらに犠牲を増やすだけです」

「勝てると思うか?今度の戦い」

 アレウスがゼノンに訊ねた。もちろん勝たなくてはならないが、アレウスもこれほど規模の戦いを経験したことはない。正直のところ、心に不安感がある。

「・・・・勝ちますよ」

 やや間を空けて、ゼノンが答える。

「勝ちますか・・・・。いつになく自信があるな。お前が言ったとおり、今回はほとんど最強メンバーを集めたしな」

 今回戦いに参加しているモンスターは、最強の精鋭部隊と言ってもよい。城や周辺の村の警備が手薄になってしまうが、ゼノンはこの戦いに主力をつぎ込んだ。

「問題はどう勝つかです。完膚無きまでに叩く。そうでなくてはならないのです」

「なるほど、この先のことも考えているわけか」

 アレウスには、何となくゼノンの考えが分かった。

「噂というものは、我々の想像を超えて大きくなります。我々の噂はすぐに広まるでしょう。”あの有翼族をたやすく倒したモンスター”として」

「ならば派手に勝たないとな」

「それがアレウス様の仕事です」

「ということは、戦場に出ても良いんだな」

 嬉しそうにアレウスが答える。

「むしろそうして欲しいですね。アレウス様が戦っている姿を人間達にも見せるために」「というと、後方で戦えと言うことか?」

「仕方ありませんよ、後方とて全く相手がいないと言うことはないでしょう。相手は空を飛べるのですから、必ず戦いになります。前線はカイザやソロンに任せて、我々は後方にいましょう」

「そうだな。ひとつ派手に暴れてやるか。」

 アレウスの胸に、新たな闘志がみなぎる。




 陽が地平線の彼方から昇る。朝の到来を告げるかのごとく、数十羽の小鳥が木の枝にとまって歌を歌うように鳴き始めた。しかし、川の対岸に集まった異形の集団に気づくと、再び飛び去ってしまった。

 モンスターの攻撃に警戒してか、砦の有翼族達も注意深くこちらの様子をうかがっている。それに、空にも何十人の有翼族が飛んでいた。

「アレウス様、準備は整いました」

 ゼノンがアレウスの元に報告にやってきた。

「よし。始めろ」

「はい」

 ゼノンが〈テレポート〉の呪文を使って再び前線に戻っていった。

「これより攻撃を開始します。目標は砦の塀です。行け!」

 ゼノンの号令と共に、数十匹のドラゴンが飛び立った。ドラゴン達の羽ばたきによって、土埃が舞い上がる。

 当然のごとく、砦から有翼族達が飛び出してきた。砦の上空で、激しい空中戦が展開される。

「グリフィンとヒッポグリフを援護に向かわせなさい」

 ゼノンの指示に従い、翼を持つモンスター達が援護に向かっていった。 






「くそー、きりがない!」

 目の前の有翼族に炎を浴びせ、ドラゴン部隊を率いるジェラルドは悪態を付いた。

 朝陽を浴びて、彼の黒い鱗は時折銀色に輝く。全身にはいくつもの傷を負っているが、これはこの戦いで負ったものではない。彼が曰(いわ)く、名誉の勲章だそうだ。魔法で癒してもらえばきれい消えるのだが、戦いで負った傷を彼はそのまま残している。

 砦の塀に炎を吐こうにも、有翼族が次々に襲いかかってくるので、とてもではないが近づくこともできない。ジェラルドは鋭いツメや尻尾を振り回すが、反撃とばかりに矢を受けて傷を負った。

「邪魔だ!」

 目に怒りの炎を浮かべ、ジェラルドは有翼族に噛みついた。有翼族の頭が砕け、砦の中に落ちていく。

 すると今度は二匹の有翼族が現れた。

「全くしつこい奴らだ」

 ジェラルドは炎を吐いたが、有翼族は素早くかわした。有翼族はジェラルドの左右に回り込み、同時に槍を突き出す。ジェラルドは二人の槍を素手でキャッチし、渾身の力を込めて槍を交差させた。二人の有翼族はものすごい勢いでぶつかり合い、そのまま気絶する。

 しかし、敵は尽きることを知らない。すぐに新手がやってきた。

「勘弁してくれよ」

 さすがのジェラルドもうんざりくる。その時、援護に入ったグリフィン達が到着した。グリフィンを率いるのは、バスラという隻眼のグリフィンだ。

「こいつらの相手は俺達が引き受ける、お前達は塀を頼む」

「すまない」

 有翼族をグリフィン達に任せ、ジェラルドは目の前の有翼族を倒し急降下した。

「敵に構わず塀を焼き払え!」

 ジェラルドの命令を受け、他のドラゴンたちも急降下を始めた。その近くでは、グリフィン達が必死に彼らを援護している。しかし、数では圧倒的に不利だ。

「ハーピーやガルーダの部隊も出しなさい」  

 戦況を見つめながら、ゼノン忙しく指示を飛ばす。 






「無理に相手をするな、威嚇するだけでいい!」

 ドラゴンたちを援護しながら、バスラは吠えた。仲間から次々の返事が返ってくる。

「おらー!喰われたい奴は来てみろ!」

 ナイフのように尖ったツメを光らせ、バスラは吠えた。そのバスラに、一人の有翼族が向かってゆく。

 バスラはツメを横に払ったが、有翼族はひらりとかわしてバスラの腹に向けて剣を突き出す。バスラは翼を羽ばたかせてかわしたが、羽根が何枚か飛び散った。

「自慢の羽根をよくも傷つけてくれたな」

 バスラは有翼族の頭を捕まえると、鋭いくちばしを喉に突き立てた。有翼族は断末魔を上げることもできず落下していく。

「おらー、次はどいつだ!」

 バスラの咆哮が戦場にこだましす。とその時、突然辺りの有翼族達が砦に引き返し始めた。

「何だと、どうなってるんだ?」

 有翼族の突然の撤退に、バスラは茫然となる。 






 ジェラルド率いるドラゴンたちは、砦の塀の間近まで迫っていた。地上では、ダークエルフ達が召喚したサラマンダー達がすでに炎をはき始めている。

「よし、炎をはけ!」

 ジェラルドが塀に向かって、灼熱の炎を吐き出した。それに続けて、他のドラゴンたちも一斉に炎を吐き出す。

 たちまち、兵の周辺は真っ赤になり始めた。アレウスのいる地点にまで、その熱気が伝わってくるような勢いだ。

 しかしその時、空がにわかに曇り始めた。

「雨か?」

 アレウスは、それを見上げた。砦の周りには、灰色の雲が厚くたれ込めている。異常とも思える天候の急変に、アレウスは驚いた。

 すると、突然すさまじい嵐が起こった。

「一体どうなっているんだ!」

 突風と豪雨、さらに稲光が同時に砦の周りを包んだ。

「人間界の天候はどうなっているんだ」

 激しい豪雨に、アレウスは眼を糸のように細めた。砦の上空では竜巻も起こっている。

「アレウスあれを見ろ」

 ガルアが声をかけてきた。

「こんな雨では何も見えん」

 アレウスは、ガルアに非難の声を上げる。

「砦の上で、有翼族が杖を操っている。これと関係があるのではないか」

 そう言われても、アレウスには何も分からない。

 すると、轟音と共に、川が決壊した。大量の水が陣地にあふれる。

「ゼノンに撤退するように伝えろ。一度引き上げて体制を整える」

 アレウスの叫びも、激しい嵐に完全にかき消されていた。






 突然襲った嵐は、上空にいたモンスターを完全に飲み込んだ。風に翼を折られる者、稲妻の直撃を受けて黒こげになる者、どうすることもできずただ嵐に飲み込まれていた。

 砦の塀を包んでいた炎も完全に消えてしまい、水に弱いサラマンダー達も次々に姿を消していく。

「ジェラルド、一旦引き上げるぞ!」

 何とか嵐に耐えながら、バスラは叫んだ。

「奴ら無茶しやがる」

 嵐に飲まれているのはモンスターだけではない。逃げ遅れた有翼族も混ざっている。

「川の水が決壊した。アレウス様は軍を撤退させたようだ、俺達も戻るぞ」

「それまで飛べればいいがな」

 顔をしかめながら、ジェラルドは翼を見つめた。

「その傷は!」

 ジェラルドの翼には、有翼族の矢が刺さっている。何とか飛べそうだが、ジェラルドは激痛をこらえているようだ。

「心配するな、行くぞ」

 ふらふらしながらも、ジェラルドは前に進む。しかし、そこへ稲妻がジェラルドを直撃した。

「があああああ!」

「ジェラルド!」

 ジェラルドは真っ逆様に地面に落ちていく。バスラは翼を激しく羽ばたかせ、落ち行くジェラルドを何とか足でキャッチした。

「くそー!」

 バスラは力の限り翼を羽ばたかせる。

「バスラ・・・・、俺を置いて行け。このままではお前も助からん」

「てめえを置いて行けるか。仲間のところに戻るまで死ぬんじゃねえぞ!」

 嵐の中を、バスラはただひたすら跳び続けた。友を助けるために。   




 天幕の中は、重苦しい雰囲気であった。人間とモンスターそれぞれの代表者が集まり、話し合いが行われていた。しかし、皆一様に口をつぐんでいる。

 攻撃に参加したモンスターの半数が死に、残った者もほとんどが重傷を負っている。ドラゴン部隊を率いていたジェラルドもその一匹だ。バスラに運ばれてきたジェラルドは、生きているのが不思議であるほど傷ついていた。幸いダークプリーストの呪文で傷は回復した者の、当分は戦えそうにない。

 先の戦闘では、思いも寄らない攻撃で退却を余儀なくされた。加えて地面には水が溜まって、とてもではないが攻撃を行える状況ではない。モニカ姫の安否を気にして、すぐに攻撃すべしという意見も出た。しかし、有翼族は空を飛べるのである。ぬかるんだ地面の上で闘っても勝ち目はない。かといって空を飛べるモンスターが闘ったとしても、先の戦闘のように嵐を呼ばれるだけだ。

「とにかく、”天空の杖”をどうにかせん限りわれわれに勝ち目はない」

 アレンV世は、ゆっくりと口を開いた。そして、砦の頂上に見せびらかすように立っている杖をにらみつける。あの杖を見せつけることで、自分たちの士気を落とそうと考えているのだろう。

 天空の杖の秘密は、従軍していた老魔術師が知っていた。あの杖を使えば、天候を自由に操れるとのことだ。

 その昔、日照りが続いて食糧が不足したことがあったらしい。その時、謎の老人が現れ

天空の杖を使って雨を降らせたそうだ。しかし、老人はいつの間にか姿を消し、二度と現れなかった。人々は、海に沈んだ伝説のアトランテア王国の末裔ではないかと噂したそうだ。

 そのような伝説の杖がいかにして有翼族の手に渡ったかは分からないが、とにかくあの杖をどうかしない限り、こちらとしては攻めようがない。

「一つ、策があります」

 ゼノンが、腕を組んだまま発言した。例のごとく、彼は会議が始まってからずっとうつむいたまま目を閉じていた。

「まず、魔導師が〈ダークネス〉の呪文をかけて城の周りを闇で包みます。その後、地下に穴を掘ってシルバーウルフ達を砦に侵入させます。目的はただ一つ、”天空の杖”を奪うことです。シルバーウルフは暗闇の中でもものが見えますから、有翼族が動揺している隙に”天空の杖”を奪うことができるでしょう」

 そう言うと、ゼノンは周りを見渡した。

「なるほど、なかなかの作戦だな」

 アレン三世が感心するように答える。

「よし、早速実行しよう」

 アレウスは席を立ち上がった。

「しかし、モンスターだけでは数が足りません。そこで、人間の魔導師も協力していただきたいのですが」

「もちろんだとも、遠慮なく使ってくれ」

 アレンV世はすぐに答えた。

「感謝します」

 ゼノンは小さく頷いた。






 アレウスの前には、人間とモンスターの魔法使いが集まった。

「・・・・以上が今回の作戦だ」

 アレウスはそう言って話を締めくくった。

(ガルア、そっちの準備はどうだ?)

 心話を送って、アレウスはガルア達の様子を訊ねる。

(こっちの準備は整った。始めてくれ)

 地下で待機するガルアからすぐに返事が返ってくる。

「ゼノン、向こうの準備は大丈夫みたいだ」

 アレウスは、ガルア達の準備ができたことをゼノンに知らせる。

「それでは、呪文の詠唱に入りましょう」

 ゼノンは魔術師達に声をかけた。

 ゼノンの言葉に従い、魔導師達は持ち場に着くために川の対岸に散っていく。砦はかなり大きいので、完全に闇で覆うには魔導師を総動員しなければならなかった。。

 準備が整ったことを確認すると、魔導師達は一斉に呪文の詠唱を始めた。砦の周りに、魔導師達の低い声がこだまする。

「 万物の根源たるマナよ、光を遮る闇の衣となれ」

 呪文が完成し、一斉に魔法の杖をふるう。すると、砦全体を闇が包んだ。

(ガルア、行け!)

 心話を送って、アレウスはガルアに合図をする。






 合図を同時に、ガルア達は一斉に飛び出した。砦の中は騒然となっている。いきなり目の前を闇に包まれたのだから無理も無い。闇の中ではお互いぶつかり合い、混乱はさらに広がった。

「落ち着け、とにかく明かりをつけるんだ」

 誰かが叫んだ。しかし、周りがよく見えないため明かりをつけるどころではない。それに、例え明かりをつけたとて闇の呪文の前にかき消されるだけだ。

 同時に、何人かは空へ向けて飛び立っていた。しかし、闇を出るとそこにはモンスター達が待ちかまえていた。闇から出たところを不意打ちされ、すぐに有翼族達は闇の中へ引っ込んでいく。

(ねらいは”天空の杖”だ。そのまままっすぐ進め)

 心話を使い、ガルアは他のシルバーウルフに指示を送る。泥で足場は悪いものの、シルバーウルフ達は混乱をよそに飛ぶように走っていった。

 しかし、走り回る有翼族達をかわしていくのはなかなか難しい。外からではわかなかったが、”天空の杖”のある塔には敵が密集していた。それだけあの杖は有翼族にとって切り札であるのだろう。

(かまわん、突っ込め)

 持ち前の跳躍力を活かし、シルバーウルフ達は塔をどんどん登っていく。しかし、運悪く一匹が逃げまどっていた有翼族に激突してしまった。

「だ、大丈夫か?」

 てっきり味方にぶち当たったと思っていた有翼族は、仲間を抱え起こそうとシルバーウルフに手をかけた。そして異様な手触りを感じたとき、その有翼族が大声を上げる。

「敵襲だ!モンスターがいるぞ!」

「ちっ!」

 シルバーウルフは有翼族の喉に噛みつき、彼を即死させた。しかし、彼の一言で砦の中はさらに騒然となる。

(早く”天空の杖”を奪え!)

 ガルアはスピードを緩めず、塔の頂上を目指す。だが、杖の側にはすでに一人の有翼族がいた。

 ガルアは構わず杖を奪い取ろうとする。しかし、有翼族も決して杖を離そうとしない。

「奴らのねらいは杖だ!」

 有翼族は杖をつかんだまま、稲妻を呼び寄せた。

「なに!」

 ガルアはすんでのところでかわしたが、稲妻は激しい音を立てて有翼族に直撃する。ガルアは杖に走り寄り、口にくわえた。

「音のあったところをねらえ!」

 暗闇の中、音だけを頼りに有翼族達は槍を投げ始めた。

「くそっ!稲妻を呼んだのはそのためか」

 ガルアの周りからは、有翼族達が次々と槍を投げつけてくる。何本かはかわしたが、ついに膝に一本槍を受けてしまった。

「ぐっ!」

 ガルアの動きが一瞬止まる。そこへ、ガルアの頭めがけ手やりが飛んできた。もはやかわすことはできない。

「だめか」

 しかし、身を呈(てい)すようにして、一匹のシルバーウルフがガルアを守った。

(早く行け)

 苦しみながら、彼は心話を送ってきた。

(すまない)

 ガルアは痛む膝を何とかこらえながら、ひたすら走った。有翼族達は依然と塔の頂上に向けて槍を投げつけている。

 ガルア達が地下への穴に走り込んだのと同時に、〈ダークネス〉の呪文もその効果が消えた。






「よくやったな、ガルア」

 ダークプリーストであるゼルフの手当を受けているガルアに、アレウスは声をかけた。

「何とか奪ってきたぞ」

「まさしく、何とかという感じだな」

 傷ついているガルアを眺めながらアレウスは言った。

「しかし、これで敵の切り札はなくなりました。今度はあちらがこの杖の恐ろしさを体験していただきましょう」

 笑みを浮かべながら、ゼノンは”天空の杖”を見つめた。

「というと、何か良い考えがあるのか」

「まあそんなところです」

 そういって、ゼノンはアレンV世のところへ向かった。もちろん、新しい作戦を伝えるためである。  






 その夜、サラマンダーと火矢の攻撃で砦の塀は焼け落ちた。攻撃が終わった後、またもや信じられない気象の変化が起きた。




 昨日まで緑の野原だったこの場所は、一夜にして白銀の世界へと様変わりしてしまった。一晩中吹き荒れた吹雪は、砦の周りに白い綿毛の絨毯を敷き詰めて過ぎていった。 

 砦を囲んだ全軍が、信じられないような顔つきでその景色を眺めている。皆、雪を見るのは初めてではない。しかし、この季節に雪を見るのは初めてであった。寒さの苦手なモンスターは、互いに身を寄せ合っている。

 もちろん、この雪は天空の杖の力によって降ったものだ。杖の使い方は、至って単純であった。杖に彫られていた呪文を唱え、変えたい天候を言うのだ。すると杖がにわかに光り出し、その力を発揮する。

 ゼノンの立てた作戦は次のようなものである。まず、砦に雪を降らせる。その後、オーガーなどの体の大きなモンスターで突っ込む。彼らの突撃により雪は踏み固められ、足場が安定するをいう寸法だ。決して闘いやすいとは言えないが、泥の上で闘うより遙かにマシである。

「これだけあれば十分だろう」

 アレウスは、ゼノンに声をかけた。

「そうですね。一夜にして風景を一変させてしまうとは、まさしく伝説の杖です」

 そう言って、ゼノンは”天空の杖”を眺める。

 そこへ、アレンV世が近衛兵と共にやってきた。彼も、突然の積雪にかなり驚いているようである。

「いよいよですな」

 アレンV世がアレウスに話しかけた。彼らの目の前には、モンスターの全軍が集まっている。

「有翼族は必ず我々が倒します。モニカ姫の方は、よろしくお願いしますぞ」

「もちろんです」

 アレンV世は力強く頷いた。

 アレウスは一歩前に出ると剣を天に掲げ、全軍に向けて声を発した。

「ただいまより攻撃を開始する。有翼族は一人も生きて帰すな!」

 アレウスの言葉に、モンスター達は鬨(とき)の声をあげる。

「出撃ぃ!」

 号令と共に、アレウスは剣を振り下ろす。モンスター達は、先を争わんばかりの勢いで、砦に向かっていった。バスラ率いる空中部隊も、砦めがけて飛んでいく。それを迎え撃つように、有翼族達も砦の中から出てきた。

 戦闘の火蓋が、切って落とされる。






 雄叫びをあげながら、まずオーガーやミノタロスが突っ込んでいった。手に持った棍棒を振り回しながら、有翼族達を文字通り粉砕していく。頭を砕かれた有翼族達は、白い雪を真っ赤に染めていく。

 巨漢のモンスター達の脇を、サーベルタイガー達が風のように駆け抜けていった。有翼族の攻撃を軽やかにかわし、自慢の牙を突き立てる。

 ガネーシャ達は大地を振るわせながら突っ込み、次々と砦を破壊していく。彼らの太い足に踏みつけられた者達は、真っ赤な肉塊になっていった。

 ラファール率いるダークエルフ達は雪の大地から魔狼フェンリルを召喚し、吹雪を起こさせる。彼らの通った後には、有翼族の氷の彫像が並んだ。

 蟻の姿をしたミュルミドン達は、地面に落とし穴を掘って有翼族を誘い込む。穴に落ちた有翼族は、彼らの強力な顎の前に骨まで砕かれた。

 空中でも激しい戦いが行われている。バスラは友の復讐に燃えていた。見つけた有翼族達に片っ端から襲いかかっていく。ハーピー達は鋭いツメを、ガールダ達はくちばしを武器にそれぞれ敵を相手していく。

 その乱戦の中にカイザの姿もあった。カイザは、ひときわ大きな有翼族と戦っている。それを守るように、ラルクとソロンが後ろにいた。

「向こうの決着はまだつかないか?」

 二人の敵を相手にしながら、ラルクは後ろのソロンに訊ねる。

「まだですよ。完全に二人の世界に入っています」

 カイザと有翼族の戦いは、全くの五分であった。二人とも、お互いの戦いに集中するあまり全く周りを見ようとしない。そのおかげで、ラルクとソロンは周りの有翼族を相手にする羽目になった。

「おおかた笑っているだろうな」

「よく分かりますね」

 ラルクの言うとおり、カイザは笑いながら戦っていた。彼は、相手が強ければ強いほど燃える。

「双子だからな」

 ラルクは一方の敵の胸を突き刺し、返す刀でもう一方の敵を斬りつけた。

「お見事です」

 血しぶきを吹き上げながら敵が雪の上に倒れるのを見て、ソロンは手を叩いた。

「まだまだ終わってないぞ」

 今度は五人の有翼族がやってくる。

「あいつらは私が相手をしましょう」

 ソロンは魔導師の杖を構え、呪文の詠唱を始める。

「万能なるマナよ、氷雪の嵐となりて吹き荒れよ」

 ソロンの〈ブリザード〉の呪文が完成し、灼熱の炎さえも凍らせるような吹雪が有翼族を包み込んだ。

 それと同時に、ソロンも大きく肩で息をする。戦いが始まってからというもの、呪文を使い続けたので疲労が溜まったのだ。

「大丈夫か?戦いはまだ終わっちゃいないぞ」

 ラルクが自分の魔力を分け与える呪文をソロンにかけた。すると、あっという間にソロンの息が整う。

「ありがとうございます」

 ラルクに礼を言い、ソロンは再び呪文を唱えた。今度は魔導師の杖の先から電撃が放たれる。 

 一方そのころ、カイザも敵の有翼族と戦っていた。

「お前、やるな」

「貴様こそ」

 剣を合わせて組み合ったまま、二人はにらみ合っている。

 すると、有翼族は足でカイザを突き飛ばした。カイザはたまらず後ろによろけて、無様にしりもちをつく。

「だああああ!」

 そこへ有翼族が猛然と襲いかかってくる。カイザは素早い判断で雪を握りしめ、有翼族に投げつけた。  

「くっ!」

 有翼族の動きが一瞬止まり、片手で雪の玉を払いのけた。

「〈ルーン・ブレイド〉!」

 そこへカイザが呪文を唱えた。カイザの剣から放たれた魔法の剣が、有翼族の腹に突き刺さる。

「うらぁぁぁぁ!」

 間髪を置かず、カイザは有翼族に突っ込む。

「これしきの傷!」

 有翼族は激痛の顔をしかめながら剣を振り下ろしてきた。カイザは横にステップをしてかわそうとしたが、雪に足を取られバランスを崩す。有翼族の剣が頭の脇を通って左肩に命中した。鎧の肩当てが吹き飛び、鮮血が吹き上がる。

「ぐうっ!」

 カイザは歯を食いしばって痛みをこらえ、剣を逆手に持って有翼族の腿(もも)に突き刺した。

 有翼族は悲鳴を上げて倒れる。カイザは左肩をだらりと下げたまま、有翼族の心臓を一突きした。有翼族は一瞬からだをビクッとさせ、動かぬ死体となった。

「ラルクに治してもらわなくちゃな」

 左肩を押さえながら、カイザは次なる戦いを求めていった。




 後方でも、激しい戦いは続いていた。

 その真ん中で、アレウスは狂える獅子のごとく次々と敵を倒していった。ゼノンにはあまり無理をするなと言われているが、敵がそれを許してくれなかった。

「やけに私のところに集まってくるな」

 もはや一体何人の敵を切ったのかは覚えていない。辺りには、有翼族とモンスターの死体がいくつも転がっている。

「アレウス様の首を取って名を上げようとでもいうのですかな」

 後ろにいたゼルフが答えた。彼が後ろで援護してくれるおかげで、アレウスは安心して戦うことができた。たとえ大きな傷を負ったとしても、ゼルフならすぐに治してくれる。それに、彼は戦士としての腕前もかなりあった。戦鎚(ウォーハンマー)を振り回し、有翼族を返り討ちにしていく。

(確か魔界で会ったテイオという男も、私のことを邪魔な存在と言っていたな。一体どうして・・・・)

 アレウスはふと考えたが、すぐに引っ込めた。今はそんなことを考えているときではない。アレウスは気持ちを改め、戦いに集中した。

 人間達も、モンスター達に刺激されてか善戦していた。

 将軍のニールは、配下の騎士と共に二本の小剣(ショートソード)を操る有翼族と戦っていた。傍らには、二人の騎士が倒れている。いずれもこの有翼族に倒された騎士達だ。

「同時にゆくぞ」

 ニールが騎士に声をかける。

「はい」

 騎士は大きな声で頷いた。

 二人は有翼族の脇に回って同時に剣を振り下ろした。しかし、その攻撃は簡単に受け止められてしまう。

「続けろ!」

 二人はなおも剣を振り続けるが、有翼族は二本の小剣(ショートソード)を巧みに使って、攻撃を受け流していった。

 有翼族は騎士の隙をついて片方の小剣(ショートソード)を胸に突き刺した。

「ぐふっ!」

 戦士は口から血を吐く。

「大丈夫か!」

 ニールが慌てて声をかけた。

「まだまだ!」

 騎士は心臓を貫かれながら有翼族の片腕をつかむ。

「今です!」

「おお!」

 ニールは素早く剣を振り下ろした。身動きがとれない有翼族は、ニールの剣に倒れる。それと同時に、騎士もまた雪の大地に倒れた。

「しっかりしろ!」

 ニールは騎士を抱え起こしたが、その傷は一目で致命傷と分かった。

「将軍・・・・。死んでいった仲間の敵(かたき)・・・・取れそう・・・・ですね」

 安らかな顔を浮かべながら、騎士の眼は闇に包まれた。






 一方そのころ、カール率いる近衛兵もモニカの目の前まで来ていた。部屋の奥で手足を縛られているモニカの前に、三人の有翼族が立っている。

「姫様を救出に来た、覚悟しろ!」

 カール達は剣を抜き、一斉に斬りかかっていく。カールは三人で槍を持った有翼族も相手した。

「相手は槍使いだ、懐(ふところ)に飛び込め」

 近くの相手に対して槍は攻撃しずらい。接近戦は槍使い相手にするときの定石だ。

 しかし、相手がそれを許してくれなかった。鋭い槍裁きで、決して近づけないようにする。

「私が先に突っ込む。お前達は私のあとから攻撃しろ」

 そう言って、カールは単身に有翼族に向かっていった。予想通り、有翼族が鋭い突きを放った。カールはその攻撃を盾の正面で槍を受け止める。しかし、強い衝撃がカールの身体を突き抜けていった。       

 カールはとにかく防御に徹し、ジリジリと有翼族に近づいていく。残る二人の近衛兵も、有翼族の脇を通って背後に回った。

「いけ!」

 三人は一斉に攻撃する。

 しかし、有翼族はわずかに口元を緩めると、翼を広げて飛び上がった。

「なにっ!」

 勢い余ったカールは、有翼族の背後から攻撃してきた近衛兵とまともにぶつかってしまった。   

「ちっ」

 鼻っぱしらを押さえながら、カールは舌打ちをする。

 有翼族は空中を旋回しながら、頭上から槍で攻撃してきた。カール達は盾で頭を守りつつ、何とか反撃を試みる。しかし、空中での有翼族の動きは予想以上に早かった。近衛兵達の攻撃をひらりとかわし、鋭い一撃を放つ。その攻撃で、一人の近衛兵が喉を貫かれて絶命した。

 さらに有翼族は大きく翼を広げると、何本もの羽根を飛ばしてきた。慌てて盾で防ぐが、そのために視界を奪われ、再び鋭い一撃を受けて近衛兵の一人が死んだ。

「くそ!」

 残ったのはカールのみ。カールは何度も剣を振り回すが、有翼族にことごとくかわされてしまう。

 とその時、どこからともなく放たれた電撃が有翼族を突き刺した。

「ぎゃぁぁぁ!」

 有翼族が悲鳴を上げながら鈍い音を立てて床の上に落ちる。カールは訳も分からず、ただ茫然とする。

「今だ!」

 その声に、カールは我に返った。床の上でのたうち回る有翼族に、とどめの一撃を食らわせた。

「大丈夫ですか?」

 カールの後ろから、三人の人間がやってきた。二人が騎士で、一人は魔導師だ。彼らは残る近衛兵の援護をして、見事に有翼族を倒した。

「お前達は?」

 カールは窮地を救った男達に訊ねた。

「陛下の命を受け、近衛隊長殿を救いにやって参りました。姫様を救出しだい、魔法で我が陣まで送るように言い使っております」

 騎士の一人が答えた。

「おおそうだ、姫様を助けなくては」

 カールは急いで部屋の奥に向かった。そしてモニカの手足を縛っている。ロープをナイフで切る。

「カール!」

 モニカが涙を浮かべてカールに抱きついた。

「ありがとう、助けに来てくれて」

「姫様、もう大丈夫です。さあ、ここから早く出ましょう」

「ええ」

 涙を拭いながら、モニカは立ち上がる。

「我々はここに残り有翼族を倒します。近衛隊長殿も姫様と共にお送りします」

 そう言って、魔導師は呪文の詠唱を始めた。

「ちょっと待て。そなた達、名は何と申す」

 カールの言葉が終わらないうちに、魔導師の呪文は完成した。近衛兵とモニカ姫は青白い光りに包まれ、次の瞬間には大きくはじけて消えてしまった。

「まったく、こんな回りくどいことしなくていいんじゃないのか。せっかくの手柄だっていうのに」

 騎士の一人がなにやらつぶやいた。

「今回はあきらめろよ。姫様ぐらい人間に助けさせてやろう」

 もう一人の騎士がなだめるようにいう。

「そうですよ。もっとも、私の魔力もほとんどなくなってしまいましたけどね」

 魔導師は疲れたような表情をしている。

「もう私も魔力を分け与えることができないぞ」

「構いませんよ。最後の魔力を使っていいものを見せて上げましょう」

 そう言うと、魔導師の身体はドラゴンに変身した。彼が使ったのは、〈シェイプチェンジ〉という呪文だ。この呪文を使えば、自分の望むものに変身することができる。

「なるほど、魔力が無くなっても戦えるということか」

 騎士の一人が感心する。ドラゴンは天井を突き抜けながら、空に登っていく。

「おい待てよ、俺達の魔法はどうなるんだ!」

 もう一人の騎士が叫んだ。

「そのうち切れますよ。そうしたら元の姿に戻れます」

 そう言い残し、ドラゴンは戦場に消えていった。   






 モニカ姫救出の報は、アレンV世を大いに喜ばせた。しかしカールが訊ねても、彼らを助けた騎士達のことはアレンV世は知らず、結局騎士達のことは謎に包まれたままであった。

 そしてついに、劣勢を悟った有翼族達は東の空に消えていったのである。  

 大勝であった。砦の周りでは、勝ち鬨を上げる声がいくつも聞こえる。人間にとっても、モンスターにとっても、大きな勝利であった。   




「やはり、行かれるのですかな?」

 アレン三世の声が響く。

 戦いが終わってから数日後、アレウス達の姿はトルネア城の謁見の間にあった。玉座にはアレンV世がきらびやかなマントを身につけ座っている。そしてその隣には、先日救出されたモニカ姫の姿もあった。

 人形のようにまだ幼さの残る顔立ちだが、”トルネアの宝石”とまで言われた母の美しさを受け継ぎ、姫にふさわしい気品が感じられる。

「ああ、まだ私たちにはやらなければならないことがある」

「そうですか、残念です」

 戦の後の処理も一段落し、アレウス達は、旅を続けることにしたのである。

 すでにモンスター達の半数は城に戻り、残るモンスター達もこの地域一帯を巡回している。当分の間は、有翼族の襲撃もないだろう。

「あなた達は我が国を救ってくれた英雄。感謝の言葉もない」

「私たちの願いは、人間達とよい関係を築くこと。人間に災いをもたらす有翼族は、我らにとっても敵。当然のことをしたまでです。」

「もちろん、あなた方との友好はいつまでたっても消えることはありません。」 

 犠牲は大きかったものの、アレウスの願いはこれで第一歩を踏みしめたことになる。これからは、これをもっと広げて行かなくてはならない。

「アレウス様、私からもお礼を言います」

 モニカがアレウスの側にやってきて深々と頭を下げた。

「聞けば姫殿はアレン殿に無断で城を飛び出したそうですな。兵士が心配なのも分かるが、あまり父上を心配させてはいけませんな」

 どうやら、モニカはカールに頼んで強引に城を抜け出したようなのだ。城の姫にしてはずいぶん無茶なことをするものである。

「あら、アレウス様も王の身で旅をしていらっしゃるのでしょう。城に残った皆さんのことが心配にならないのですか」

 まるでからかうようにモニカは答える。

「まったくです」

 アレウスの後ろで、ゼノンが小声で相づちを打った。

 アレウスはゼノンをにらみつけ、困った表情で答える。

「もちろん心配はありますが、これは自分で決めたことなのです。それに、王である私が直接訪れることで、私たちのことを信頼して欲しいのです」

「そうなのですか」

 モニカは納得したようなしないような顔をする。

「そうだ、アレウス様にこれを差し上げましょう」

 そう言って、モニカは首にかけていたペンダントをはずした。

「これは・・・・」

 アレウスは手にとって眺めてみた。なにやら竜の紋章のようなものが描かれている。ドラゴンなどこの世界にいるはずがないのに、どうしてだろうか。

「これは私の家に古くから伝わるものです。受け取ってください」

「そんなものはもらえない」

 アレウスはモニカペンダントを返そうとした。

「お守りだと思ってもらってください。私の命を助けてくださったのだもの」

 モニカは強引にペンダントを握らせる。

「しかし・・・・」

「お願いします・・・・」

 モニカの瞳がじっとアレウスに向けられる。アレウスは何となく息苦しさを覚えた。カールもこの瞳で迫られたのだろう。

「分かりました。有り難く頂きます」

 ついにアレウスは折れてしまった。

「ありがとうございます」

 モニカは満面の笑みを浮かべて喜んだ。そして、足取りも軽く元に席に戻っていく。

「アレウス殿、これからどうなさるおつもりかな?」   

「先程頂いた地図によれば、ここから東にエルバートという国があります。とりあえずそこに行こうと思います」

 この世界の地図を得たことにより、かなり動きやすくなった。様々な大陸や国があるが、それらの国を回りつつ有翼族と戦って行くつもりだ。母が言った、同じ運命を持つという人間にもそのうち会えるかも知れない。

「東にあるドストの村に、ガイと言う男が住んでいます。一度会ってみて下さい」

「ガイ?一体どういう男ですかな?」

 アレウスが訊ねる。

「会えば分かりますよ」

 意味ありげは笑みを浮かべて、アレンV世が答えた。

「それから、南の大陸では”ジャスティス”という組織が有翼族相手に闘っていると言います。その組織のリーダーであるフォルスは、”蒼き彗星の勇者”と呼ばれるほどの凄腕の剣士だそうです。若干18歳の若者にして、100人の有翼族と戦っても負けないと噂されています。噂の真偽はともかく、アレウス殿の力になれるはずです。是非お会いしてください」

(フォルス・・・・)

 何故か心に響く名前だ。18歳といえば、自分と同じ年である。

「フォルスですか、分かりました」

「南の大陸には、エルバート王国のアルサード港から行くことができます。この手紙をベリーと言う男に見せれば、船を出してくれるでしょう」

 そう言って、アレンV世はアレウスに一通の手紙と渡した。

「お心遣い感謝します」

 アレウスは礼を言い、手紙を受け取った。

「それでは、出発します」

「是非またこの城にいらしてください。いつでも歓迎いたします」

 アレウスとアレンV世は固い握手を結んだ。そしてアレウスはアレンV世に別れを告げ、謁見の間を退出する。






 アレウスは城下に広がる街の出口までやって来た。去りゆく旅人を送り出すように、大きい門が開いている。

「それでは私も城に戻ります」

 ゼノンともまたお別れだ。

「そうだ、レーテはどうしている?」

「未だ目を覚ましません。今回はずいぶん時間がかかりますな」

 この世界に来て以来、ずっとレーテは気を失っている。

「ひとつの大陸をまるごと移してしまったんだ。無理もないか」

 始めにレーテが魔界に来たときは、自分自身と彼女に襲いかかってきたという有翼族だけ。それでもしばらく気を失っていたのだから、今回は相当時間がかかるかも知れない。

「何かあったら知られてくれ」

「分かりました。それでは失礼します。ソロン、アレウス様のことを頼みましたよ」

 ゼノンは呪文の詠唱を始めた。

「任せてください、ゼノン様」

 ソロンが力強く答える。

 そしてゼノンの呪文が完成し、青白い光りを発して消えてしまった。

「よし、出発するぞ」

 アレウスは背負い袋を担ぎ、門の下をくぐり抜けた。初春の到来を知らせる柔らかな風が、旅人達を優しく迎える。 



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