−第四章 旅立ち−



 アレウス達が人間界に来てから、10日ほどがたった。調査隊も次々と帰還し、現在それぞれの報告をもとに会議が行われている。

 人間界に移動したのは、アデルの城を中心に3日ほどへだたれた大地であった。その部分の大地が、そっくり人間界に移ってしまったのである。そこから外は、広大な海が広がっていた。

 しかし、唯一東の大地が別の大陸につながっていた。そしてその先には、人間の城が確認されている。だが、アレウス達がこの世界に来てからだいぶ経つのに、人間達の姿は確認されていない。何故だろうかと、アレウスは不思議に思っていた。

 一方、モンスター達の混乱もだいぶ収まってきた。一時は大勢のモンスターが大挙してこの城にやってきたほどだ。目が覚めたら、いきなり光りに包まれた世界だったのだから無理もない。

 アレウスも事態を何とか説明しようと各地を奔走(ほんそう)したが、理解を得られたかは定かではない。

「とにかく、その城に使者を送りましょう」

 ゼノンがそう提案した。

「しかし、有翼族の襲撃におびえている人間の前に突然現れれば、かえって混乱させるだけだろう」

 アレウスはそう答えた。結局は、その問題にぶつかるのである。

「ですが、いつまでもそうは言っていられません。もしかすると、われわれを敵と思って襲ってくるかも知れません」

「分かっている。だから、私たちが敵ではないことを示せばいいのだ」

「どのようにですか?」

「簡単だ。私たちが有翼族と闘っているのを人間達に示せばいい。そのために、私は旅に出ようと思う」

「何ですって!」

 ゼノンは驚きのあまり席を立ち上がった。アレウスの発言に、部屋全体も騒然となる。会議に参加していたモンスターは、口々に反対し始めた。

「アレウス様は王ですぞ。それはなりません」

 ゼノンも慌てて反対した。

「もちろん、一人で旅立つとは言っておらん。さっきも言ったように、下手に大勢で現れれば人間達を混乱するだけだ。だからこそ、はじめは少数で行動した方がいい。そのために旅立つのだ」

 アレウスは、力を込めてそう言った。

「しかし、アレウス様ではなくても・・・」

 そのようなことならば、他に任せるべき者はたくさんいる。 

「・・・・先日、私の夢に母上が現れた」

 アレウスは、目をつぶって言った。

「母上は私に言われた。世界を救うため旅立てと。人間にとっても、魔族にとっても、有翼族は倒さねばならないのだ」

 アレウスは、静かに語った。

「ヘレネ様が・・・」

 ゼノンは、ヘレネのことを思い出した。彼女はいつも優しい微笑みを浮かべ、ゼノンに優しく声をかけてくれた。彼女が死んだその日、ゼノンは生まれて初めて涙を流した。そして誓った。彼女の子アレウスに、一生捧げようと。 

「それに、私のように人間に近い姿をした者の方が混乱は少ないはずだ。したがって、連れていく者達も人間に比較的近い姿の者を選ぶ。」

 そう言って、アレウスは会議を終わらせることを示すように席を立ち上がった。 

「皆の者、分かってくれるな」

 アレウスは、一同を振り返った。アレウスにも危険であることは分かっていた。しかし、一度決めた決心を変えるつもりはなかった。

「ゼノン、後のことは任せる」

 アレウスは、ゼノンの方に振り返りそう言った。

「アレウス様、一つ約束してください。必ず帰ってくると」

「ああ、約束しよう」

 アレウスは、力強く頷いた。






 翌日、アレウス達は旅だった。共についていくのは、6人である。シルバーウルフのガルア。ダークエルフのラファール。双子の剣士、カイザとラルク。ダークソーサラーのソロン。ダークプリーストのゼルフ。 

 一行は東へ向かって進んだ。目指すは、人間の城である。




 一行は、東を目指し森を進んでいた。先頭を歩くのは、ダークエルフのラファールである。彼は旅になれており、旅慣れぬアレウスにとっては頼もしい存在であった。

 すでに、人間の土地に入っている。ラファールは森に住むモンスターだけあって、動物の足跡や糞からあらかじめ危険を避けることもできた。彼によれば、住んでいる動物は魔界と変わりないそうだ。見慣れた鳥や小動物などが、時折その姿を現した。

 ラファールに後ろに、アレウスとガルアが続いた。そして、その後ろにソロンとゼルフが続く。

 ソロンは、ゼノンの弟子である。黒いローブを身につけ、手には魔法文字(ルーン)が刻まれた杖を持っている。魔術師にしては、彼は体力があった。朝から歩きづめであるにもかかわらず、平気な顔をしている。才能のある若者のようで、ゼノンに自ら弟子入りを志願にしたそうである。ゆくゆくは、ゼノンのあとを継いで魔術師団を束ねることになるだろう。

 ゼルフは、高位の司祭である。また、薬草に関する知識も豊富で、病気になったときなどアレウスもたびたび世話になった。アレウスが幼いときに、一度命を助けられたこともある。一見すれば怖い顔つきをしているものの、性格は非常に温厚だ。

 しんがりを勤めるのは、双子の剣士カイザとラルクである。共に王族のモンスターで、アレウスの従兄弟にあたる。兄カイザは、魔法も操る魔法剣士(ルーンナイト)である。そして弟ラルクは、治癒魔法を使える聖騎士(パラディン)である。双子にも関わらず、二人の性格はまるで反対である。カイザは非常に行動型で、後先を省みない。一方ラルクは、常に冷静で決して無茶な行動はしない。そんな二人であるが、非常に仲はよく常に一緒にいる。

 あと少しで人間の城に着く。結局、人間に会ってもどうしたらいいのか分からなかった。混乱を避けるため、人間に近い姿のモンスターを選んだ。しかし、魔界から来たと言ったところで、果たして信じてもらえるだろうか。最悪の場合、牢獄につながれてしまうかもしれない。アレウスは、不安に思っていた。

 その時。

「アレウス様、戦いの音が聞こえます」

 後ろを振り返って、ラファールが言った。

 しかし、アレウスには何も聞こえない。ダークエルフは優れた聴覚をしている。彼らは、かすかな音でも捕らえるのとができるのだ。

「行ってみよう、案内してくれ」

「はい」

 そう答えると、ラファールは走り出した。皆もそれに続く。

 アレウスにとっては、絶好の機会であった。もし有翼族と闘っている人間を助ければ、自分たちが味方だと示せる。アレウスは、旅の疲れも忘れて走った。




 アレウスの期待通り、そこでは人間と有翼族が闘っていた。有翼族の数は十五人。対する人間の数は、およそ二十人。一人、後ろに控えていた有翼族が少女を抱えている。人間達は明らかに苦戦していた。地面には何人か人間が倒れている。

「助けに行こう」

 アレウスは、人間達の応援に向かった。まだ、こちらには気付いていないようである。

 ソロンは呪文の詠唱を始めた。そして、人間達と闘っている有翼族の後方に向かって〈ヒート〉の呪文を唱える。たちまち、三人の有翼族を炎が包んだ。二人が死に、残る一人も瀕死の状態である。

 突然の新手に、有翼族は混乱した。そして、アレウスの方に五人の有翼族が向かってくる。

「来るぞ」

 アレウスは、剣を抜くと先頭に立った。

「待ってました」

 そう言って、カイザが横に並んだ。戦いができる喜びからか、顔には笑顔を浮かべている。

 魔法使いは後ろで待機し、残る五人が一対一で闘う。

「気をつけろ、油断するなよ」

 アレウスは皆に注意を与え、戦いが始まった。

 アレウスは慎重に構えた。以前の戦いでは、不覚を取ってしまった。二度と繰り返すわけにはいかない。

 アレウスに向かってきた有翼族は、手に小槍(ショートスピア)を持っていた。アレウスの前まで来ると、翼をはためかせ地面に降りる。

「魔界の者か?」

 有翼族は尋ねてきた。

「そうだ」

「やはりこの世界に来ていたのだな」

 有翼族は小槍(ショートスピア)を握り直すと、アレウスに向かってきた。アレウスは慎重に受け止め、相手の隙をうかがう。しかし、相手も隙がない。アレウスは、一度胴へフェイントを入れると、素早く肩をねらって剣を振るった。ねらいは違わず、相手の肩を切り裂いた。うっとうなって、相手は肩を押さえる。そこへ、とどめの一撃をたたき込んだ。相手は、血しぶきをあげながら倒れた。

「よし」

 アレウスは勝利を確信し、仲間の方を見る。

 カイザとラルクの二人も、ほぼ同時に相手を倒した。ガルアとラファールの二人も、優勢に闘っている。

「カイザ、ラルク。人間達を助けに行くぞ」

 アレウスは、二人に声をかけた。二人は返事をして、あとに続く。

「くっ、退くぞ」

 劣勢を悟った敵は、空に向かって跳び始めた。

「逃がすか!」

 カイザは呪文を唱え始めた。〈ルーン・ブレイド〉の呪文が完成し、カイザの剣から放たれた呪文が一人の敵を貫く。敵は、たまらず地面に落ちた。残りの敵は、遙か彼方へ逃げてく。

 ちょうどその頃、ガルアとラファールの二人もそれぞれの相手を倒していた。

一方、人間の方は半数近くが倒れていた。生き残った人間も、それぞれかなりの傷を負っている。

 すろと、人間の男が、魔法によって動けなくなった有翼族に向かっていった。

「姫を何処へ連れていった!」

 男は、大声で有翼族に迫った。

「砦さ。あの女には、ちょっと用があるんでな」

 そう言い残すと、有翼族は息絶えた。 

「ちっ」

 男は舌打ちし、がっくりと肩を落とす。 

 そして男は、思い出したようにアレウスに近づいてきた。30台半ばほどの、がっしりとした体格の持ち主である。

「何処の方々かは存ぜぬが、助太刀感謝いたす。あなた方のおかげで、われわれは助かった」

「有翼族は、私たちにとっても敵。礼にはおよばん」

 そう言うと、アレウスは後ろを振り返った。

「ゼルフ、傷ついている者を手当してやれ」

 ゼルフは、傷ついている人間達に駆け寄り癒しの魔法を唱える。 

「私は、トルネア王国の近衛騎士カール。して、あなた方は一体何者ですかな?」

 カールは、やや疑いの面もちで尋ねた。観察するような目つきで、アレウスを見つめる。 その問に、アレウスはとまどった。

「話せば長くなるのだが、われわれは魔界から来た」

「魔界?」

 カールは首を傾げた。アレウスを見つめる目が、いっそう厳しくなる。

「先に言ったように、われわれも有翼族と闘っている。私たちは、人間の敵ではない」

 カールは沈黙を守ったまま、アレウスの仲間を見回す。

「分かりました。あなた方は、われわれの命の恩人。是非、国王陛下にお合わせしたいが、いかがかな」

「よかろう。案内してくれ」

 カールはうなずき、部下に声をかける。

(とりあえず問題は解決したな)

 まさか、国王に会うことができるとは思ってもいなかった。最初の一歩としては、まさに最高である。

 アレウス達はカールの案内のもと、トルネア城へと向かった。




「どうぞ、こちらの部屋でお待ち下さい」

 兵士に従い、アレウス達は案内された部屋に入っていった。

 ここはトルネア城。アレウス達は、トルネア国王アレンV世に会うためにやってきた。二日前に、有翼族に襲われていたトルネアの兵士を救ったからである。

 カールの話によれば、有翼族は城の近くに砦を築いたらしい。この城に攻めてくると感じたアレンV世は、兵を派遣した。しかし、初戦でトルネア軍は大敗してしまったのである。

 そこでアレンV世の娘モニカが、兵士を励ますため前線に向かったのだ。しかしその途中で、有翼族に襲われたのであった。

 客間に入ったアレウス達は、おもいおもいにソファーに座った。ソロンは、調度品に興味を持ったらしく、手にとって眺めている。カイザは、ワインのボトルを見つけじろじろとのぞき込んでいた。

「人間界にも、ワインはあるんだな」

 そう言うと、カイザは蓋を開け口を付けた。

「なかなかじゃないか」

 カイザはうまそうに再び口を付けた。

「みっともない真似はよせよ」

 ラルクが注意する。カイザは、やれやれを言った表情でワインを元に戻す。

「アレウス様、人間達にどのように話すおつもりですか?」

 ソロンがとなりに座っていたアレウスに訊ねた。

「ありのままを話すさ。人間達だって魔界の存在ぐらいは知っているはずだ、変に隠すより事実のみを話したようがいい」

「しかし信用してもらえるでしょうか?」

 アレウスにもそのことが心配だった。

「信用するかしないかは私にも分からん。少なくとも、我々が敵ではないことが分かってもらえれば十分だ」

 いきなり異界の住人が姿を現すのだ、信用しろと言う方が無理かもしれない。

 その時、部屋のドアが開いた。

「お待たせいたしました。これから、陛下がお会いになります」

 アレウス達は席を立ち、兵士のあとに続く。






 謁見の間には、国王アレンV世の他に、魔術師が二人とカールが控えているだけだった。戦の最中であるから、主だった者は前線に出ているのだろう。

 アレンV世は長いあごひげをたくわえ、頭には金の王冠をかぶっていた。

「この度は、我が国の兵士を救ったと聞いておる。誠に感謝いたす。何でもあなた方は、魔界から来たとか」

 国王らしく、彼の声は重々しかった。

「私は、魔界の王アレウス。ある事件のため、この世界に来てしまった」

「ある事件とは?」

 アレンV世の問いに、アレウスはこれまでの出来事を簡単に説明した。

「本当に、魔界なるものが存在したのだな。伝説とばかり思っていたが」

 アレンV世は、あごひげに手をやりながらそう言った。

「して、魔界に迷い込んだ人間とは、一体いかなる者かな?」

「レーテという名前らしい。現在は気を失い我が城で保護している」

「レーテですと!」

  アレンV世は、席を立って驚いた。

「知っているのですかな?」

 アレウスは尋ねた。

「レーテ殿と言えば、人間の先頭に立って有翼族と闘うために決起を促していると聞く。彼女がいなかったら、人間達は有翼族の前に滅ぼされていただろうと言われている」

「そうだったのか」

 アレウスは、初めて知った。有翼族が彼女をねらっていたのも、そのためであろう。

「アレウス殿、どうか私たちに力を貸していただきたい。有翼族達はこの城の近くに砦を構え 、この城に攻めてこようとしている。そして、我が娘モニカもさらわれてしまった。われわれには、有翼族に勝てるだけの力がない。」

 アレンV世は、アレウスに頭を下げた。側に控えていた魔導師が、驚きの声を上げる。いかにアレウスが魔界の王であるとはいえ、一国の王が頭を下げたのである。彼とて、自分の力で有翼族を破り娘を取り戻したいはずだ。しかし、それはとうてい無理であった。だからこそ、恥を承知でアレウスに助けを求めたのである。アレウスには、彼の気持ちが伝わってきた。

「その気持ち、しかと受け止めました。必ずや、有翼族を倒して見せましょう」

「おお、ありがたい」

 アレンV世は、再び頭を下げた。

「これから準備に入ります。国王も、ご同行下さい」

「分かりもうした」

 それから、二人は協議に入った。その一方で、ガルアは心話を使って、ゼノンに戦を知らせた。

 この戦、勝たねばならない。アレウスはそう思った。そうすれば、モンスター達は人間界に受け入れられるはずだ。

 それから数日後、モンスターの大群が、有翼族の砦近くに集結した。決戦まで、あとわずか。



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