−第三章 決意−



 ガルアは走った。

 ガルアはリュールの村からアデルの城へ向かう途中、巨大な閃光に包まれ意識を失ってしまった。同じような光を、ガルアはグレア山でも見た。今度の光は、グレア山の光よりも遙かに大きい。

 それから一体どれくらい経ったのかは分からない。しかし目が覚めたとき、その異変に気がついた。ガルアには信じられないような異変であった。しばらくの間、そこに立ちつくしていた。それしかできなかった。自分の目の前の出来事が、ガルアには理解できなかったからだ。

 それから、アレウスに”心話”を送った。しかし、いくら呼べども返事はない。他のシルバーウルフに”心話”を送るが、やはり返事がなかった。

 だから、ガルアは走った。アデルの城に行けば何かが分かる。ガルアは、そう祈った。






 アレウスは夢を見ていた。目の前に、一人の女性が立っている。真紅のドレスを身にまとい、やさしくほほえんでいる。アレウスは、その女性には会ったことがない。その女性は、肖像画でしか知らなかった。彼女はアレウスの母であった。

 アレウスの母ヘレネは、アレウスを産むとすぐに死んでしまった。アレウスの出生には、こんな伝説が残っている。

 ヘレネが出産が近づいたとき、彼女は原因不明の病に倒れてしまった。いかなる魔法をもってしても治すことができず、ついにヘレネは息を引き取った。国王以下すべてモンスターが、彼女の死を悲しんだ。その時、ヘレネの体が光に包まれたと思ったら、なんと息を吹き返したのである。側にいたモンスターは信じられなかった。確かに、息を引き取ったはずであったからだ。すると、ヘレネは子供を産んだ。それが、アレウスなのである。アレウスを生むと、再びヘレネは息を引き取り、その後は二度と息を吹き返さなかった。まるで、アレウスを産むためだけに生き返ったように。

 アレウスには、そんな話は信じられなかった。当たり前である。一度死んだモンスターが、再び生き返って子供を産むなどあり得ない。

 だから、アレウスの記憶には母親の面影がない。母親の姿を見ることができるのは、たった一枚の肖像画だけ。その母が、目の前に立っている。

 アレウスは、ヘレネに向けて手を伸ばした。すると、ヘレネも手を伸ばした。二人は手を握りあう。夢とは思えないほど、肌の柔らかさが伝わってきた。すると、アレウスは抱き寄せられた。アレウスはゆっくり目を閉じ、母の胸に抱かれた。

「母上・・・・」

 アレウスは、全身の力を抜きつぶやいた。生まれて初めて感じる、母のぬくもりである。

「アレウス・・・」

 ヘレネが声をかけてきた。初めてきく母の声。アレウスの心を優しく包み込むような、優しい声。

「アレウス、あなたは大いなる運命を背負った子。魔族にとっても、人間のとっても試練の時を迎えています。旅立つのです。そして、あなたと同じ運命を背負った人間を捜しなさい。そして、この世界を救うのです」

 そう言うと、ヘレネはアレウスから離れた。そして、少しずつその姿が消えていく。

「待ってください。まだ母上と話したいことはたくさんあります。だから、まだ行かないでください」

 ヘレネは、ほほえみを浮かべたまま何も答えなかった。そして、その姿が完全に消えてしまった。

「母上・・・」

 名残惜しそうな顔をして、アレウスはつぶやいた。そして、アレウスもゆっくりと現実の世界に戻っていった。
 
 
 


 アレウスは目を覚ました。辺りを見渡す。どうやらレーテの部屋のようだ。近くにはゼノンが倒れており、ベットの側にはレーテが倒れていた。しかし、テイオという男の姿は見えなかった。あの後、一体どうなったのだろうか。突然、辺りが光に包まれたことまでは覚えていた。その後は、何も覚えていない。

 辺りは、しーんと静まり返っていた。戦いの音も、何も聞こえない。

「ゼノン」

 アレウスは、ゼノンの体を揺すった。

「う、うーん」

 わずかに反応があった。死んではいないようだ。

「ゼノン、大丈夫か」

 アレウスは、ゆっくりをゼノンの上体を起こす。

「ええ、なんとか」

 頭を押さえながら、ゼノンは答えた。

「あの男はどうしたのですか」

「わからん。私が目を覚ましたときにはもういなかった」

 アレウスは首を振って答える。

「レーテは?」

「奥にいる。まだ起きてはいない」

 そう言うと、アレウスはレーテの所に向かった。

「レーテ」

 アレウスはレーテに声をかける。しかし、レーテは答えなかった。

「レーテ」

 アレウスは、レーテの体を揺すった。しかし、それでも目を覚まさなかった。

 口に手を当てると、わずかに呼吸しているのが分かった。死んではいないようだ。また気を失ったのだろう。

「だめだ、また目を覚まさない」

 アレウスは、ゼノンに声をかけた。しかし、ゼノンは窓の外を見つめたまま立ちつくしている。その表情は、驚きに満ちていた。

「どうしたんだ、ゼノン?」

  アレウスは、不思議そうにゼノンを見つめた。

「信じられません。光です、光が満ちています」

「何だって」

 いきなり何を言い出すのだろうかと、アレウスは拍子抜けしたような声を上げた。怪訝(けげん)に思いながら、アレウスは窓の外に目を向ける。

 しかし、外の光景にアレウスも目を見開いた。外が明るかったのである。

「一体どういうことだ」

 アレウスは、ふらふらと窓に近づいていった。そして、窓をいっぱいに開ける。

 空は青く、日の光が降り注いでいた。信じられない光景である。魔界の空は絶えず薄暗く、日の光など差し込んでこない。

 紛れもなく、ここは魔界ではない。それなら何処か。

(まさか・・・・)

 答えは一つである。しかし、そんなことはあり得ない。

「とにかく、外の様子を調べてみよう」

 アレウスは、力無くゼノンに話しかけた。

「そういたしましょう」

 ゼノンもまた、動揺しているようだった。無理のない、アレウスにもどうすればいいのか分からないのだから。




 レーテの部屋を出ると、廊下にはたくさんのモンスターが倒れていた。気を失っている者もいたが、死んでいるものもかなりいる。しかし、不思議と有翼族は一人もいなかった。一体何処へ行ったのだろうか。だが、そんな疑問は、目の前の現実に比べれば些細な問題であった。

 アレウスとゼノンは、生きている者を一人ずつ起こしていった。目を覚ました者達は皆、外の異変に気がついた。全員、ただ呆然と外を眺めている。皆、初めて日の光を見るのだ、当然であろう。中には、おびえて隠れだす者もいた。

 アレウスは死んだモンスターの埋葬を命じ、ゼノンをつれて自分の部屋に向かった。これからのことを話し合うためである。

 もっとも、アレウスにはどうすればいいのか分からなかった。魔界に帰る道はないのである。頼みのレーテも気を失っている。たとえ目を覚ましたとしても、帰れる保証はない。

 恐らく、レーテの力は意識的に発揮されるものではないはずだ。レーテが魔界に来たときも、そして今回も、レーテが力を発揮したのは彼女が追いつめられたときである。魔界に帰れる可能性は、ないに等しい。

 そんな現実が、アレウスの肩に重くのしかかっていた。とにかく、いつまでも動揺はしていられない。王として、何か手を打たなくては混乱が広がるだけだ。

 アレウス達が部屋へ向かう途中、突現目の前に巨大な影が現れた。考えにふけっていたアレウスは、危うくぶつかりそうになる。

「アレウス!」

 影が声を上げた。

「ガルアじゃないか。生きていたのか」

 現れたのはガルアであった。そう言えば、ガルアのことをすっかり忘れていた。

「それはこっちのセリフだ。何故”心話”に答えないんだ」

 ガルアは、非難する口調で言った。

「さっき目が覚めたばかりなんだ。”心話”に答えられなかったのは、恐らく気を失っていたからだろう」

「それより、外のことには気がついているか?」

「ああ、そのことでゼノンと話し合うつもりだ。お前も一緒に来い」

「分かった」

 三人は、アレウスの部屋へと向かった。しかし、その足取りは重かった。






 会議室の空気は重かった。有翼族との戦闘で、多くのモンスターが命を落としてしまった。傷ついている者もかなりいる。 

「とにかく、調査隊を出すべきです」

 ゼノンはそう切り出した。アレウスもまずそう考えた。とにかく、周りの様子を確かめる必要がある。

 「ドラゴンなど、空を飛べるモンスターを調査に出そう。人間を発見次第、彼らと交渉を始めるしかないな」

 もはや、自分たちは人間界の住人の一部である。人間と共に暮らすには、まず相手を知る必要がある。

 しかし、その方法は難しかった。見ず知らずのモンスターがいきなり現れれば、人間達を混乱させるだけである。どのように自分たちの存在を知らせるか。そして、どのように共に暮らしていくのか。問題は山積みである。

 結局、問題は解決されないまま会議打ち切られた。とにかく、今は調査が先であった。その後のことは、状況次第である。

  翌日、ドラゴンなど空を飛べるモンスターによって近隣の調査が始められた。何匹かでグループを作り、それぞれの調査結果をまとめて周辺地域の状態を調べる。

 一方、城に残ったモンスターは、有翼族の攻撃に備え警備に当たる。この世界では、すでに有翼族の侵攻が始まっているという。昼夜を問わず見張りが続けられた。






 ある夜、アレウスは自分の部屋にいた。テラスに出て、星空を眺める。あれだけ明るかった空は、闇に包まれている。魔界の空は、絶えずよどんでいた。しかし、人間界の空は時間と共に変化する。アレウスの頭上には、数え切れないほどの光が輝いていた。

 なんて美しいんだろう。アレウスは、そんな光景を見て羨ましく思った。人間達は、いつもこんな景色を見ているのだろうか。

 人間と共存するにはどうしたらいいか。何となくであるが、アレウスには入り口が分かってきた。人間達は、有翼族の驚異におびえている。人間には太刀打ちできず、このままでは滅ぼされてしまうらしい。しかし、モンスターには、彼らを倒すだけの力がある。人間を助けるためにモンスターが力を貸せば、人間もモンスターを認めてくれるだろう。

 そう考えながら、アレウスは母の言葉を思い出した。

「世界を救うため旅立て」

 そう母は言い残した。アレウスは、早く人間に会ってみたくなった。この世界を救うため旅に出たいとも。

 だが、王をいう立場上それはできない。しかし、アレウスにはそれがたまらなく悔しかった。

 「一体どうしたらいいのですか、母上・・・」

 アレウスは、空に向かってつぶやいた。しかし、アレウスには分かっていた。それを決めるのは自分であると。

 アレウスは部屋に戻ると、ベットに横になった。そしてその胸には、一つの決意が固まっていた。



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