−第十三章 絆(2)・中編−



 カイザ達は階段を駆け下りていた。地震は相変わらず続き、思うように走れない。この階段とて、いつ崩れ落ちるか分からないのだ。一刻も早く、メイラを止めなければならない。

 カイザ達は無言であった。これから仲間と戦わなくてはならないことと、そして殺すことにもなるかもしれないという緊張感に包まれている。

 階段は、いつ果てるのでもなく続く。しかし、周囲の揺れはだんだんと大きくなってきている。もう間もなく目指す神殿に着くはずだ。

 その時、目の前に巨大な扉が現れた。

「これが神殿の入り口か?」

 カイザは、扉に手を触れた。古そうなわりには頑丈な木の扉で、押しても引いても開かない。

「私が呪文で吹き飛ばしましょう」

 その言葉と同時に、ソロンが呪文の詠唱を始める。

「お、おい。いきなり始めるなよ」

 カイザたちは慌てて扉のそばから離れた。

「万物の根源たるマナよ、破壊の炎となれ!」

 ゼノンの呪文が完成し、扉の前で大きな爆発が起こった。扉は見事に壊れ、ぽっかりと大きな穴が開く。

「派手にやってくれるぜ」

 カイザはその穴をしげしげと見つめる。

「行こう」

 カイザは、慎重に中の様子をうかがう。そこは、巨大な礼拝堂であった。カイザが足を踏み入れた途端に周囲の壁にはたいまつが一斉に焚かれて、薄暗く部屋の中を照らしていた。おそらく魔法であろう。

「でかい神殿だなぁ」

 カイザの声が神殿の中にこだまする。天井は見上げるほど高い位置にあった。何故、これほど巨大な礼拝堂を作ったのであろうか。

「メイラだ」

 ラルクは部屋の奥を指さした。神殿の奥では、メイラが狂ったように暴れている。

「行くぞ」

 カイザは剣を抜き、走りながらメイラに近づいていった。

 その様子を、ラルクはチラリと横目で見た。カイザの表情は、いつもと違い緊張に満ちていた。いつも側にいるラルクでさえ、一度も見たことのないほど厳しい表情である。

「私とカイザで突っ込みます、魔法で援助して下さい」

 ラルクは、魔法使いの二人を振り返った。ソロンとゼルフはその場で立ち止まり、それぞれ呪文の準備を始める。

 その時、メイラがカイザ達に気付いた。彼らに注意が注がれたため、激しく続いていた地震が収まる。

 大きな咆吼をあげ、メイラはゆっくりと近づいてきた。彼女の目はもはや普通ではない。完全に我を忘れている。

「行くぞ、メイラっ!」

 気合いの声と共にカイザはメイラめがけて突っ込む。

「ゴブリンが反乱を起こしたときもそうだったけど、奴らは支配している相手が死ねば自分も死んでしまう。何とかメイラを瀕死の状態にして、やつを分離させるんだ」

 カイザに声をかけながら、ラルクもそれに続いた。

 その二人に対して、ゼルフが炎の威力を和らげる魔法をかける。さらにソロンは、メイラの動きを止めるべく電撃の呪文を唱えた。

 ソロンの杖から放たれた電撃の矢は、カイザとラルクの横を擦り抜けメイラに突き刺さる。メイラの身体が青白い光りに包まれた。

 メイラは電撃にも怯むことなく、カッと口を開いて巨大な炎を吐き出した。

「カイザ、よけるんだっ!」

 ラルクの声が飛ぶ。


ゴォォォォォォ!


 メイラの口から伸びた火柱を二人はジャンプしてかわす。炎を浴びた地面が、たちまちドロドロに溶けてしまった。

「あんな炎、まともとに食らったら呪文なんか意味無いじゃないか」

 それを見たカイザは冷や汗を流す。

「あいつらに支配されると、力が上がるっていうのは本当みたいだね」

 二人は左右に分かれ、同時に突っ込んでいった。 

 カイザとラルクから放たれた二筋の軌跡がメイラを襲う。二人の攻撃を、メイラはかわすことすらしなかった。


ガキィーン!


「冗談キツイぜ、おい・・・・」

 カイザは苦笑いを浮かべる。メイラの堅いウロコの前に、傷一つついていなかったのだ。カイザの剣とて強力な魔力を秘めているのであるが、全く歯が立たなかった。

「カイザ、後ろっ!」 

 ラルクの声に、カイザは反射的にメイラから離れる。その刹那、カイザが寸前までいた場所を鋭いツメが横切っていき、その風圧がカイザの髪をなびかせた。

「剣じゃ無理か」

 後ろにステップし、カイザはメイラから距離を取った。

「ラルク、メイラの注意を引きつけておいてくれ。俺とソロンの呪文でダメージを与えるしかなさそうだ」

 そう言って、カイザは剣に魔力を込め始めた。いくら堅いウロコを持っていようとも、魔法ならダメージを与えることができる。

「無茶言ってくれる」

 無防備のカイザに注意を向けさせないように、ラルクはメイラに斬りかかっていった。もとより傷を負わせようとは思っていない。

 そのラルクめがけて、虻でも払うかのようにメイラの拳が飛んできた。始めからかわすことに注意を向けていたので、ラルクはその拳を後ろに下がってよける。ラルクの目の前を、大岩のようなメイラの拳が過ぎていった。

「あんなのを食らったらひとたまりもないな」

 そんなことを考えているうちに、今度は反対の拳が振るわれてきた。同じように後ろに下がってかわしていくが、ジリジリと壁際に追いつめられていく。

(まだかっ!)

 ラルクの表情に焦りが伺える。それを見たメイラは、獲物を追いつめたようにニタリと笑みを浮かべた。

「ぐああああっ!」

 咆哮と共に、メイラは尻尾を鞭のようにしならせる。

「うわっ!」

 ラルクは腰をかがめてよけた。尻尾はそのまま頭上の壁にあたり、爆発音ととにも岩を粉々に砕く。

「ちょっとは手加減ぐらい・・・・」

 顔を上げたラルクの目の前には、炎をためたメイラの口があった。その炎が炸裂した瞬間、意識が飛ぶような感じを受ける。

「間一髪ですね」

 次に意識が戻ったときには、側にソロンがいた。つい今まで自分いた場所は、メイラの炎に包まれている。

「テレポートか?」

 まだはっきりしない意識の中、ソロンに訊ねる。

「そうです」       

 仕留め損なった相手を捜すように、メイラはあたりを見渡してる。そこへ、カイザの呪文が炸裂した。

「くらえっ!」

 カイザが構えた剣をたたきつけると、メイラが踏みしている地面が裂けた。メイラは引き裂かれた地面に後ろの片足を取られ、身動きがとれなくなる。

「ゴアアアアアッ!」

 メイラは足を引き抜こうと身をよじらせる。

「俺が突っ込む。援護してくれ」

 カイザが一人で突っ込んでいった。身動きのとれないメイラは、炎を浴びせようと首をもたげる。

 ラルクとゼルフは、メイラめがけて<気弾>を飛ばした。メイラの頭は見えないエネルギーを受けて、後ろに弾かれる。

「だああああああっ!」

 カイザは剣を逆手に持ち替え、ウロコの薄い腹部に突き刺す。赤い鮮血がメイラの体の中から吹き出してきた。

「電撃よっ!」

 体内に食い込んだ剣先から電撃が放たれる。雷鳴のような音と共に、メイラの身体が青白い光りに包まれて激しい痙攣を起こした。

「どうだ?」

 カイザが見上げた先にあったのは、苦しむメイラの顔ではなく、振りかぶられた拳だった。

「カイザ、よけろっ!」

 声より先にラルクは<気弾>を飛ばす。しかし、繰り出された拳をはじき飛ばすことはできなかった。

 メイラの拳をまともに食らったカイザは、投石車で打ち出された岩のように吹っ飛んで洞窟の壁にたたきつけられる。

「カイザっ!」

 ラルクが叫んだ。

「いかんっ!」

 ゼルフは血相を変えてカイザを助けてに行こうとした。骨が砕けていてもおかくしないほど衝撃に見えたからだ。

「グオオオオオオ!」

 メイラは咆哮をあげると、残っている足を地面にたたきつける。再び激しい揺れが洞窟を襲った。地面にいくつものひび割れが発生し、ソロンがそれに足を取られる。

「くっ、しまった」

 地割れに足を挟んでしまい、引き抜くのに時間がかかりそうだ。

 メイラはさらに咆哮を発し、地割れにはまっている自分の足を引き抜いた。ゴキゴキという骨が砕けるような音を立てて、メイラは無理矢理足を引っこ抜く。そのため、メイラの足はボロボロになっていた。

「何てやつだ」

 片足を引きづりながらも自分に方に向かってくるメイラを見て、ラルクは青ざめる。

「ちっ」

 ラルクは剣を構えるが、どうすればよいのか考えが浮かばない。それに、カイザの方も気になった。

(生半可な攻撃では無理だ)

 すでにメイラの精神は肉体を凌駕している。致命傷でも受けない限り、攻撃の手をやめることはないだろう。

(でもそうしたら・・・・)

 メイラの命はない。


ゴオオオオオオ!


 ラルクの躊躇を見透かすように、メイラは炎を吐いた。ラルクは地面を転がりながらその炎を避ける。

(ダメだ、迷っていたらこっちがやられる)

 気持ちを切り替えようとメイラを睨み付けるが、かえってそれが心の中の葛藤をさらに膨れ上がらせた。

(殺せるのか、同じ魔族を?)

 自分の心に問いかける。

(でも、やるしかないっ!)

 ラルクは振るわれるメイラのツメをかいくぐり、首筋あたりに剣を突き立てた。メイラは身体を振るわせて吠える。

「メイラっ!」

 ラルクの動きが一瞬止まる。そこに隙が生まれた。メイラの尻尾がラルクのからを直撃する。

「ぐああっ!」

 ラルクは剣を地面に落とし、腹を抱えてうずくまった。全身に衝撃が走り、息をするのも苦しい。  

「くそぉ・・・・」

 頭上には、メイラの大木のような前足がある。それで踏みつぶそうというのだろうか。

(ダメか・・・・)

 ラルクは覚悟を決め目を閉じた。




ズズーン

 メイラの足が地面にめり込んだ。土煙が舞い上がる。

(・・・・・・。生きている?)

 真横で大きな衝撃が起こったので、ラルクは恐る恐る目を開ける。なんと、メイラの足はラルクをそれて何もない地面を踏みつぶしてるだけだった。

「どうして?」

 ラルクは顔を上げてメイラの様子を探る。そのメイラは、激しく頭を左右に揺りながら苦痛に顔をゆがめていた。

「もしかして、まだ理性が残っているのか?」

 そうとしか思えなかった。苦しみもだえるメイラの姿は、彼女を支配せんとする力と、それに抵抗しようするメイラの理性が戦っているように見える。

「メイラっ!」

 ラルクは呼びかけた。

「グガガ・・・・ググググググ。ラ・・・・ラルク・・・・」

 メイラははっきりと、ラルクの名を口にした。

「メイラっ!」

「ラ・・・・ルク。早く・・・・私を・・・・殺して・・・・」

 一言ずつ、メイラは口の奥から紡ぎだしていく。

「グアアアアアア!」

 そしてまた、メイラは狂ったように炎を吐き出した。メイラの心の中では、壮絶なせめぎ合いが演じられているようだ。

「分かったよ、メイラ」

 胸を押さえながら、剣を杖代わりにラルクは立ち上がる。その側に、カイザの治療に向かっていたゼルフがやってきた。

 ゼルフはラルクの傷口に触れ、癒しの呪文を唱える。

「ありがとう。カイザは?」

「俺なら大丈夫」

 ぎこちない歩き方で、カイザがこちらに向かってきていた。骨をやられているのかも知れない。

「メイラを瀕死にするなんて無理だ。みんなを、そしてメイラ自身を救うには息の根を止めるしかない」

「そうみたいだな」

 カイザが、鋭い目つきでこちらを睨み付けるメイラを見つめる。先程かいま見せた理性は、また精神の奥底に閉じこめられてしまったようだ。

「私がメイラの注意を引きつけます。まだ彼女の理性が残っているうちに、おねがいします」      

 ゼルフはスクッと立ち上がると、手にしていた戦鎚(ウォーハンマー)を捨ててメイラに近づいていった。

「メイラ、聞こえるか」

 ゼルフは両手を広げ、メイラに呼びかける。メイラはその無防備は獲物を引き裂かんと、ツメを振るおうとする。

「いまその苦しみから解き放ってやるからな」

 メイラの前足はゼルフの頭上で止まった。ゼルフを引き裂こうとする力と。それに抗(あらが)おうとする力が拮抗し、前足はブルブルと震えている。

「行くぞ、ラルクっ!」

「ああっ!」

 ラルクの剣が輝きを放ってメイラの腹部を捕らえた。そしてこそには、メイラの心臓があった。

 カイザはメイラの頭めがけて飛び上がる。

「メイラ、すまない」

 最後の一言をかけて、カイザの剣はメイラの眉間に深々と突き刺さった。

「ガアアアアアア!」

 メイラが悲鳴を上げる。そしてメイラの身体から、彼女を支配していた影が分離した。

「ば、ばかな。ギャアアアッ!」

 影は急激に膨張すると、断末魔を残して破裂した。 

 ようやく精神の支配から解放されたメイラは、ゆっくりと崩れ落ちる。メイラの巨大が地響きを起こした。

「み、みんな・・・・」

 わずかに首をもたげてメイラは最後の言葉を振り絞る。

「ありがとう。そして、すまわかったわね・・・・」

 その言葉を最後に、メイラは血の海にその身体を横たえた。メイラの身体から、命のぬくもりが急速に消えてゆく。

「ちくしょー!!」

 心の底からわき上がる思いをぶつけながら、カイザが剣を地面にたたきつける。その眼には、光るものがあった。

「カイザ・・・・」

 双子のラルクでさえ初めて見るカイザの涙であった。そして、静寂が訪れた。




「ふっふっふ・・・・」

 突然いくつかのたいまつの炎が消え、重苦しい空気の中どこからともなく女性の声が漂ってくる。

「だれだっ!」

 鋭い視線を、ソロンは声のする闇の中に向ける。まるで自分の存在を知らせるように、闇の中の相手は気配を消そうとしていない。

「お見事ねぇ。自分たちの仲間を殺した感想はどう?」

 相変わらず姿を見せず、声だけが闇の奥から聞こえてくる。

「姿を見せないかっ!」

 ソロンは杖をふるって電撃の呪文を放った。

 電撃の矢は闇の中ではじける。その時、青白い閃光の向こうに妖しげな笑みを浮かべる女性の顔が浮かび上がった。 

「ずいぶんな挨拶ねぇ。魔族は礼儀というものを知らないのかしら?」

 コツ・・・・コツ・・・・という足音を立てながら、その女性は姿を現した。

 身につけている衣は血のように赤く、盗賊を思わせるような袖の短い身軽な格好をしている。そして何よりも視線を向けさせるのが、額にある第三の眼である。

「だれだっ!お前は」

 ラルクは剣の先端をその女性に向けた。どう見ても味方だとは思えない。

「ふふっ、歓迎してくれないようねぇ。あたしの名はソーラ。偉大なるゼノア様の僕(しもべ)・・・・」 

「ゼノアだとっ!」

 ラルクは剣を構える。

「そんな物騒なものを向けないでくれるかしら。べつにあたしは争いに来たわけじゃないんだから」

 ソーラはまるで意に介することなく、氷のように冷たい微笑を浮かべながらこちらに向かってくる。

「メイラを操らせていたのもお前かっ!」

 近づいてくるソーラに、ラルクは一歩二歩と後ずさる。彼女の全身から発せられる一種異様な”気”が、ラルクに警戒心を起こさせていた。

「何を子犬のように怯えているの?言ったでしょ、あたしは争いに来たわけじゃないって」

「くっ、質問に答えろっ!」

 心の中を見透かされ、それを振り払うかのようにラルクは叫ぶ。

「そうよ。聞いたでしょ、この城を破壊するためだって。どうやら失敗したみたいだけどね」

 ソーラの言葉に、カイザがピクッと反応した。

「お前が、メイラを操らせていたのか・・・・」

 剣を握りしめながら、カイザは一歩一歩ソーラに近づいていく。

「怒るのは勝手だけどねぇ、あたしは争うつもりはないって・・・・」

「んなもん関係あるかぁ!」

 ソーラの言葉を途中で遮り、カイザは叫び声を上げて彼女に向かっていった。

「ふふっ、すぐに頭に血が上る男って嫌いね」

 笑みを崩すことなく、ソーラはその場で立ち止まる。

「うわああああああっ!」

 カイザの剣が空を切り裂く。ソーラは残像を残し、一瞬でカイザの背後に回った。

「食らえっ!」

 カイザは身体を反転させ、身体ごとソーラに向かっていった。今度もソーラは残像だけを残し、カイザの横に回る。すれ違いざまに足を払って、カイザを転倒させた。

「ふふっ、無様ねぇ。まるで闘牛みたい」

 ソーラは見下すような視線をカイザに向けた。

「だまれっ!」

 カイザは地面に倒れたまま、剣から光りの刃を飛ばす。

「ぐはっ!」

 光りの刃が身体を擦り抜けた直後、ソーラはカイザの背後に現れて顔を踏みつけた。

「あなたこそ少し黙っててもらえるかしら。すぐカッカする男も嫌いだけど、うるさい男はもっと嫌いなの」

 ソーラはゴミでもひねり潰すように、カイザの顔を靴の裏でグリグリと踏みつける。そして、先程傷を受けた胸に蹴りを入れた。

「っ!!」

 カイザは目と口を大きく開けたまま、一言も発することなく胸を押さえてうずくまる。

「ソロン、あいつは魔法でも使ってるのか?」

 ラルクがソロンに訊ねる。

「いえ、その気配はありません。あの女はもとから驚異的は素早さを持っているのでしょう」

「そういうこと・・・・」

 カイザの顔を踏みつぶしていたソーラが、突然ラルクたちの前に現れた。

「うわっ!」

 二人は慌てて後ろに飛びすさる。

「あなた達にいつまでもかまってる暇はないの。そこをどいてくれるかしら」

「何しにここに来たんだ?」   

 一瞬でも気を抜かないように注意を払いながら、ラルクは問いかける。その時、初めてソーラの顔から笑みが消えた。




「テュポスって巨神を知ってるかしら?」

「ええ、創世時代にゼノアと戦って地の底(タンタロス)に幽閉されたという巨神のことですね」

 ソロンが神話を思い出しながら答えた。

「そう。そしてこの神殿は、テュポス教団の隠れ神殿なのよ。地上の神殿は、いわば見せかけにしか過ぎなかった」

 地上の城を建てた人物は、この地下神殿の存在を知ることはなかった。そして長い間放置されていたのである。

「昔は地上にある城に匹敵するほどの規模だったけど、いまはほとんど土砂に埋もれてしまっている。なぜこれほどまで大規模な神殿がここに必要だった分かるかしら?」

 ソーラの言葉にラルクたちは黙りこむ。

「この神殿の下には、テュポスの幽閉された地の底(タンタロス)が存在しているの。教団の信者たちは、ここでその
テュポスを復活させる祈りを捧げていた」

「なんだって!」

 ラルクは慌てて地面を見つめた。

「教団の連中はなぜテュポスなんかを復活させようなどと?」

「彼らの”終末思想”よ」

 ソロンの問いかけにソーラはラルク達の背後の壁に描かれた巨大な壁画に目を向けた。百の竜の頭をもち、天を覆うほどの翼を持つ巨神、テュポスの壁画である。

「最後の審判が行われ、堕落した人間は滅び、テュポスを信仰する信者のみが来世へと転生すると信じていた。しかしテュポス教団は異端として迫害され、滅びの道を進んでいたのは他ならぬ彼ら自身だった。だからこそ彼らはテュポスを復活させ、自らの手で審判を起こそうとしたのよ」

 思いもよらぬ真実に、ラルクたちは言葉を失う。

「口惜しいけど、いまの我々の力だけでは人間や魔族を滅ぼすことは無理かも知れない。そこでテュポスに暴れてもらうことにしたわけ。さすがに人間すべてを消し去ることはできないでしょうけど、いくつかの国は滅びるでしょうね」

 ソーラはラルクたちの方に向き直って、再び妖艶な笑みを浮かべた。

「そ、そんなことさせるわけないだろうっ!」

 ラルクは剣の切っ先をソーラに向ける。

「どうあっても邪魔しようと言うのね。だったら容赦はしないわよ」

 ソーラが拳にはめていたグラブから、電気を帯びた鞭が垂れ下がる。その鞭は、まるで生命を持った生き物のようにニョロニョロと動いていた。

「なんだ、あの鞭は?」

 見たこともないような鞭に、ラルクは戸惑いを隠せない。

「どうしたの?そっちが来ないならこっちから行くわよ」

 ソーラが腕を動かしてもいないのに、両手の電撃の鞭はまるで蛇のようにラルクたちに向かってきた。

「ソロン、よけろっ!」

 ラルクたちは横にステップして鞭をよける。しかし、鞭は突然軌道を変えて二人の方に向かってきた。

「馬鹿なっ!」

 ラルクは剣で払おうとしたが、鞭はそれをよけるようにしてラルクに襲いかかる。鞭は二人の首に巻き付き、強烈な電撃を放った。

「がああああああっ!」

 電撃の音と共に二人の叫び声が響く。

「てやぁ!」

 ゼルフが戦鎚を振り上げてながらソーラに向かっていった。

「何人来ようと同じこと」

 ラルクに絡まっていた鞭が二つに分裂し、新たな鞭が生まれる。鞭は一直線にゼルフに向かっていった。

「はっ!」

 鞭に絡まれることを覚悟で、ゼルフは<気弾>をソーラに向けて飛ばす。目に見えない衝撃がソーラに迫るが、彼女はまるで予期していたかのように残像を残して<気弾>をかわした。そのソーラの動きに会わせて、電撃の鞭が飴細工のように伸び縮みする。

「むうっ!」

 鞭はゼルフの身体に巻き付き、グイグイと締め付ける。      

「さあ、あなた達の合唱を聴かせて」

 ソーラはさらに電撃を激しくする。鞭がその輝きをさらに増した。

「うわあああああっ!」

「がああああああっ!」

「ぐああああああっ!」 

 三人は黄金色の光りに包まれ、悲鳴を上げながら床に倒れる。

(何とかしなくては・・・・)

 遠のこうとする意識を何とかつなぎ止めながら、ソロンは必死に考えをめぐらせる。

(先ずはこの鞭を何とかしないと)

 この鞭をかわすことは不可能。しかも電気を帯びているので、一度絡まったらソーラに近づいていくことができない。

(それなら・・・・)

 ソロンの頭の中で一つの考えが浮かぶ。ソロンは歯を食いしばりながら、<シェイプチェンジ>の呪文を唱えるべく、なんとか集中力を高めようとした。

 ソロンが変身しようとしたのは、雷鳥という魔族だ。その名の通り体内に雷の精霊力を宿しており、電撃を吸収することができる。

「万物の根源たるマナよ・・・・」

 ソロンが呪文の詠唱を始める。それを見たソーラは、わずかに口元を緩めた。

「我が身を別の姿に変えたまえ」

 ソロンの身体が青白い光りに包まれ、雷鳥へと変身していく。だがその瞬間、突然ソーラの鞭に変化が起きた。ソロンの身体にからみついていた鞭が、電撃ではなく炎を吹き上げたのである。

「なにっ!」

 電撃ではなく炎に包まれては、雷鳥でもどうしようもない。ソロンは金切り声を上げながら、地面に落下する。変身が解けてもとの姿に戻ったソロンの身体は、全身に火傷を負っていた。ソーラはソロンの捕らえていた左腕の鞭を引っ込める。  

(なぜ・・・・?)

 ソーラは、どうして自分が雷鳥に変身するのが分かったのだろうか。その疑問がふと頭に浮かんだ矢先、

「あたしは他人の心を読むことができるの。この”心眼”でね」

 ソロンの疑問に答えるように、ソーラは額にある第三の眼を指さした。

「なんてことだ・・・・」

 驚異的な敏捷性と、変幻自在の鞭、さらに相手の心をも読むことができるような相手に、どうやって戦えばよいのだろうか。 

「そろそろ、仕上げと行きましょうね」

 ソーラはラルクとゼノンを捕らえている鞭の出ている右腕をそのままに、空いている左腕から4本の鞭を出した。炎を帯びた鞭と、冷気を帯びた鞭のそれぞれ2本ずつである。

「最高のハーモニーを聴かせて頂戴ね」

 2種類の鞭が、ラルクとゼノンに絡みつく。二人の叫び声は暗闇の空気を振るわし、たいまつの炎をなびかせるようであった。鞭の束縛から解放された二人は、糸の切れた人形のように地面に倒れ込んだ。

「だ、大丈夫ですか・・・・?」

 かすれそうな声で、ソロンは二人に声をかける。二人からの返事は帰ってこなかったが、激しく胸を上下させているので気を失っているわけではなさそうだ。

「ふふっ」

 目をつぶって二人の叫び声を聴いていたソーラは、口元を緩めると再び目を開いた。

「最初から大人しくしていれば、傷つくこともなかったのにね」

 ソーラは倒れているラルクとゼノンを踏み越え、テュポスの壁画描かれている壁に向かって歩いていく。

「まだまだ・・・・」    

 ソロンは、自分の方に近づいてくるソーラに向けて手をかざそうとした。

「おやめなさい。無駄よ」

 ソーラは構わず歩き続けた。彼女の言うとおり、ソロンの身体は硬直したように動かない。ソロンが心の中で舌打ちするなか、ソーラは彼の側を通り過ぎていった。

「テュポスはゼノアと戦ったのだろう。お前達の思い通りに動くとは限らないぞ」

「そうね」

 ソーラはテュポスの壁画に触れながら、ソロンの言葉に答える。

「別にテュポスが我々の思い通りに動いてくれなくても構わない。要は暴れてもらえばいいだけ」  

 ソーラは胸の前で印を結び、低い声で何やら呪文のようなものを紡ぎ始めた。それに呼応するかのように、壁画が淡い光を放ち始める。



どくん・・・・



 心臓の鼓動を思わせるような音が、地の底から響いてくる。



どくん・・・・どくん・・・・



 さっきよりの力強く、鼓動は響いてきた。洞窟全体が、再び小刻みに揺れ始める。



どくん・・・・どくん・・・・どくん・・・・



「それじゃあ、あたしはこれで失礼するわね。あなた達も早くしないと巻き込まれるわよ」

 ソーラは別れを告げるように手を振りながら、闇の中に消えていった。

 洞窟の揺れは、次第にその激しさを増していった。天井からはパラパラと細かい石が落ちてくる。

「早くしないとマズイな」

 ソロンは短く呪文を唱え、まずカイザの所へ<ショート・テレポート>する。カイザは口からわずかに血を吐きながら、気絶していた。

「ぐぅぅぅぅぅぅ」

 ソロンは歯を食いしばりながら、鋼鉄のように重く動かなくなった腕を上げてカイザの身体に触れる。

「はぁ、はぁ、はぁ・・・・。もう少しだ」

 揺れが一段と激しさを増す。さらに地の底からは、身の毛もよだつような不気味なうめき声も聞こえてきた。

 ソロンはもう一度ショートテレポートを使う。ソロンとカイザの身体は、一瞬にしてラルクとゼルフの側に移動した。

「大丈夫ですか?」

 ソロンが倒れている二人に声をかける。

「ゼノンの呪文で何とか。でも奇跡ってのはあるもんだね、生きてたのが不思議なぐらいだった」

 ラルクが声だけを返してくる。ゼルフも首を動かして頷くような仕草をした。

「ひとまずこの城から離れます。いいですね?」

「それがいいだろうね。こんな姿でアレウス様達の所に行っても、足手まといになるだけだ」

 その時、地面に真一文字の亀裂が走った。天井からは大岩が落下してきて、大量の土砂が降り注いでくる。さらに、不気味なうめき声はどんどん近づいていた。

「皆さん、私の身体に捕まって下さい」

 ソロンに言われるままに、ラルクは肩に、そしてゼルフは腰に手を当てた。

 二人が触れた感触を確かめて、ソロンはテレポートの呪文を唱える。4人は光りに包まれてたちどころに消えてしまった。ソロンがこの城以外で真っ先に浮かんだ場所、それは魔族の城アデルであった。



どくん・・・・どくん・・・・どくん・・・・どくん



 テュポスは、数千年に渡る封印から解放されようとしていることを感じていた。自分の足が、手が、頭が、自由に動く。

 その感触を一つ一つ確かめながら、テュポスは上を見上げた。頭上にある壁を崩せば、地上に出られる。そう、忌々(いまいま)しいゼノアと戦った世界。戦いはまだ、終わっていない。

 そして地上では、人間達が繁栄している。ゼノアにより創造され、自分を崇める信者達を駆逐しようとした忌むべき存在。

 信者達の祈りは通じていた。滅びるのは我々ではない。信者達に苦しみを与えた人間達の罰は、その末裔達に受けてもらう。数千年にも渡って、この暗く冷たい空間に閉じこめられた怒りは、ゼノアに受けてもらう。

 そう、破壊だ。ゼノアが創造したものをすべて破壊し、新しい世界を作り直すのだ。

破壊

破壊

破壊

破壊

破壊

まるですべての生命が同時に発したような凄まじい咆哮をあげながら、テュポスは立ち上がった。




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