−第十二章 絆(2)・前編−



 世界の中央に位置するサラス大陸。この大陸には、三つの王国が栄えている。

 西北に位置する、サルデニア王国。西南に位置するのが、アルデニア王国。そして東に位置し、最大領域を誇るのがエルデニア王国である。

 およそ百年前まで、この大陸にはその名も”サラス”という統一国家が栄えていた。伝説のアトランテアの再来とまで謳(うた)われたこの国は、その当時最も繁栄していた国と言えるだろう。

 ナイル港は世界の貿易の中継地点をして、サラス王国の繁栄を示していた。あらゆる国の船がその港を訪れ、そしてまた航海に出ていくのである。

 ”ナイルで手に入らない物などない”。船乗りや商人達は、口癖のようにこう繰り返していた。

 だがそれほどの大国も、崩壊はあっけないものだった。

 最後の国王となったセリオス王が若くして崩御したため、王位継承者の選定が始められた。その候補者となるのが、三人の幼い王子たちである。この三人は、それぞれ別の王妃から産まれた王子であった。

 三人の王妃はそれぞれ、アルデニア公、サルデニア公、エルデニア公という三人の有力貴族の娘達である。

 もちろん、第一王子が正当な後継者として即位するのが習わしであった。しかし複雑な問題を含み、さらに外戚達の思惑がこれに絡み始めた。

 というのも、第一王子は知的な障害を抱え、第二王子は病弱、しかし第三王子は幼い頃から才覚を発揮し評判が高かったのである。

 それぞれの王妃は我が子こそ王位に相応しいと争い始め、宮廷中を巻き込んだ政争へと発展していった。

 この政争は、次第にその下にいる地方の貴族達にも飛び火していく。

 そして、決定的な事件が起きた。セリオス王の死が実は暗殺であったことが発覚、しかもその容疑者が第一王妃セレーナであったのである。

 この事実を突き止めたのは、第二王妃マリアンヌであった。彼女は直ちにセレーナを捕らえ、王位継承権を目的に国王を暗殺した罪とテュポス教という異端宗教に密かに入信していたとして処刑。さらに第一王子を幽閉した。 

 この功績をもって、マリアンヌは我が王子こそ王位継承に相応しいとし、新たな国王の即位を宣言する。これにより、王位継承をめぐる政争は終わったかに見えた。だが・・・・

 国王暗殺の真犯人が、なんとそのマリアンヌ自身であることがわかったのだ。彼女は罪をセレーナに被せ、継承権を得ようとしたのである。

 セレーナ派の貴族達は幽閉されていた王子を奪還。彼こそ正当な王位継承者だとして、ついに反乱を起こした。

 この内乱を憂(うれ)いだ第三王女とサルデニア公は、サラン王国からの独立を宣言。同じく娘のセレーナを失ったアルデニア公も、第一王子を擁立してサラン王国から独立を宣言した。 

 これにより、この島は現在あるように三つの王国に分かれているのである。 






 ギルドア山での戦いから数日後、アレウス達の姿は”ジャスティス”の隠れ家にあった。 ”ジャスティス”の隠れ家は、山の中腹にできた洞窟を利用して作られている。中はまるで蟻塚のような構造をしており、いくつもの部屋が通路で結ばれていた。

 この隠れ家は、”ジャスティス”の副領であるウィーリュックが山賊時代に根城していた洞窟をそのまま使っている。”ジャスティス”も、もとはフォルスがこの山賊達と作った小さな組織だったのだ。

 アレウス達は、薄暗い洞窟の通路の中を歩いていた。

「それにしても、よくこんな洞窟を見つけたものだな」

 アレウスの声が洞窟の中に響く。

 アレウスは感心するように洞窟を見渡した。洞窟の壁は何かで削られたように滑らかだし、幅や高さも測ったかのように十分な広さがある。

「天然の洞窟じゃないさ。この洞窟は、人が作ったんだよ」

 壁を触りながら、フォルスは答える。

「人が作ったにしてはずいぶん広いな。お前達が作ったのか?」

 狭い入り口から入ってから、もうずいぶん下っている。その間にも、通路はいくつも枝分かれしていた。

「まさか。この洞窟は、”テュポス教団”の連中が作ったのさ」

「テュポス教団?」

 初めて耳にする言葉に、アレウスは首を傾げる。

「魔族の方はご存じないでしょうね」

 そう答えたのは、フォルスの隣を歩いていたレーテだった。

「彼らは、創世神話に登場するテュポスという巨神を信仰しています」

 ”混沌”(カオス)から生まれた二柱の神、”天”(ブレイア)と”地”(ガイア)。彼らが交わり大神ゼノアが生まれ、ゼノアはブレイアを倒して宇宙の支配権を手に入れた。

 そのブレイアの骸から生まれたのがテュポスであり、ゼノアとテュポスは激しい戦いを繰り広げた。最後はゼノアによって、テュポスは地の底(タンタロス)に幽閉されたという。

「テュポス教団は、テュポスこそブレイア様の正当な後継者としています。そのため古代では、異端として迫害を受けていました。そのため彼らはこうやって洞窟を作っり、隠れて祈りを捧げていたのです」

「へぇ、人間に中には変わった連中もいるもんですね」

 素直は感想を言ったのはゼノンだった。

「魔族の中には、テュポスなんかを信仰する奴なんかいませんからね」

 ゼノンの弟子であるソロンが、彼の言葉に相づちをうつ。

「現在では、教団の人間は一人も残っていないといいます。もっとも、どこかに潜んでいる者たちがいるという人もいますが」

 隠れて信仰していたため、信者の数がどれぐらいいたのかはっきりはしていない。

「まあ、そいつらが残した洞窟を拝借しているわけだ」

 もちろん、フォルスがこの洞窟を選んだのには実用的な理由もあった。

 第一は、大勢の人数がここで暮らせること。規模からして、この洞窟には千人を超える信者が暮らしていたと思われる。それだけの人数が暮らせるように、もとからこの洞窟は工夫されていた。

 二点目は、要塞として使えること。弾圧に抵抗するため、テュポス教団は洞窟を砦としても利用していたのである。万が一有翼族が攻めてきても、十分に対抗できる。

 至る所に、矢を射るために潜む場所があるし、入り口は狭いので一気に攻め入れられることもない。また洞窟の中なら、有翼族は飛ぶことができない。空から攻撃されることもないのだ。

「ここが、会議をするために使う部屋だ」

 フォルスが一つの部屋を指さした。

 フォルスを先頭に、アレウス達は部屋の中へ入っていく。  





 会議室と言っても、中は質素なものだった。

 丸い木のテーブルに、数脚の椅子がその周りを取り囲んでいる。部屋の四隅にランプがあるだけで、飾りと言えば、壁に掛かった大きな世界地図ぐらいなものだ。

「適当に座ってくれ」

 そう言うと、フォルスはいつもの自分の席に座る。彼の言葉に、残りの者達は思い思いの椅子に腰掛けた。

 もっとも、ドラゴンのメイラは入り口から入れなかったので、外で待っている。シルバーウルフのガルアも椅子には座ることができないので、アレウスの横で地肌がむき出しの床に座る。

「さっそく始めるか」

 足を組みながら、フォルスが口を開く。

「私たちが目指すは、天界にいるゼノア様。その手段を考えなくてはなりません」

 レーテが口を開いた。

「でも、一体どうやって天界へ?」

 ゼノンが訊ねる。

「すいませんが、それは私にも分かりません」

 苦しげにレーテは答えた。

「ですが、テティス様なら必ず力を貸していただけるでしょう」

 レーテが力強く答える。

「だがテティスという女神は、魂と肉体が分離してしまったのだろ。一体どうやって探すのかが問題だな」

 そう言ったのはアレウスだった。

「はい。魂は魔界に、肉体は人間界に分離したと思われます。要はその二つを探し出し、一つにすればテティス様は蘇ります」

「しかしな、その魂が憑依したと思われる母上はもう死んでいるのだぞ」

 アレウスの言葉通り、母ヘレネはすでにこの世にはいない。   

「可能性はまだあります。この世界に”死者の杖”と呼ばれるものがあります。伝説のアトランテアの秘宝とも言われていますが、その杖は死者の魂を呼び出すことができます。ヘレネさんの遺体の前で使えば、憑依したテティス様の魂を呼び出せるはずです」

(”死者の杖”?)

 ふとアレウスの心の中に、引っかかるものがあった。

(どこかで聞いたような・・・・)

 人間界のどこかの村で、死者の魂を呼び出すという杖のことを聞いたことがあるように思えた。

(どこだ・・・・?)

 記憶の霞(かすみ)の向こうから、一人の男の姿が浮かび上がってくる。

「トルネアだ。たしか”死者の杖”はトルネアにある」

「本当ですかっ!」

 レーテは腰をわずかに浮かしてアレウスの方を見た。

「ああ、間違いない」

 トルネアで出会ったガイというワーウルフから、彼の住む村に死者の魂を司る杖があると聞いたことがあったのだ。  

「すると、あとは肉体の方ですね。フォルス、あなたの母親はどうしているのですか?」

「・・・・・・。俺の両親は、有翼族に殺されてしまった」

 フォルスはうつむいたまま答える。

「そうだったのですか。辛いことを聞いてしまってすいません」

「いや、いいんだ」

 あれから、もう三年になる。両親を、そして多くの友達を失ったあの日の惨劇から。

 それからいままで駆け足のように過ぎてきたから、あの日のことを振り返ることはあまりなかった。だがそれでも、古傷のように疼(うず)くときがある。

「そうなると、フォルスの母親もすでに死んでいることになるのか」

「いや、それが違うんだ」

 アレウスの言葉に、フォルスは首を横に振る。

「どうやら、本当の両親じゃなかったようなんだ。俺も死ぬ間際に聞いたことなんだが、俺がまだ赤ん坊の頃にその夫婦に拾われたらしい。何でも海岸で俺が一人で泣いているところを見つけ、代わりに俺を育ててくれたらしいんだ。その時身に付けてたのが、このペンダントだ」

 そう言って、フォルスは首から掛けていたペンダントをはずす。

 そのペンダントは、両親が拾ったときにフォルスがしていたものであるという。表にはなにやら紋章のようなものが彫られており、裏には”フォルス”と刻まれている。両親はこれを見て名前を付けたらしい。

「本当の両親が誰なのか。そして今どこにいるのか。俺には分からない。唯一の手がかりが、このペンダントなんだ」

 鈍い光沢を放つペンダントは、されど何も語ることはない。

「こんなペンダントだけでじゃ、何も分からないよ」

 諦め混じりの言葉で、カイザが口を開く。

「ほんのわずかなことでも、覚えていないのですか?」

 レーテが訊ねた。このままでは、テティスを探す手だてが全くなくなってしまう。

「すまないな・・・・」

 目を閉じながら、フォルスはただそう答えるしかできない。

「手がかりはまったく無しですか。何か一つでも情報があればよいのですが・・・・」

 ため息混じりに、ゼノンが言った。

 それから誰一人として口を開くものはなく、重い沈黙が続く。

「そうだ!」

 すると、ラルクが珍しく大声をあげて席を立った。

「な、何だよいきなり」

 隣りに座っていたカイザは、驚いて危うく椅子から転げ落ちそうになった。 

「情報屋ですよ。ほら、ナイル港で会ったサザンという情報屋。彼に聞いたら、何か分かるのではないでしょうか」

 サザンとは、ナイル港で出会った情報屋である。フォルス達の居場所を聞くため、情報屋である彼の力を借りたのだ。

「あの男か・・・・」

 アレウスは、露骨にいやな顔をした。彼にはあまり良い印象を持っていない。

「誰だそいつは?」

 フォルスが訊ねる。

「ナイル港であった情報屋さ」

 アレウスは、ナイル港でのことをフォルスに話した。

「なるほど、情報屋なら役に立つかも知れないが・・・・」

 フォルス達”ジャスティス”も情報屋を使っている。主に有翼族に関する情報だが、彼らの情報は驚くほど早く、しかも正確なのだ。

「でも何を聞くつもりだ。こっちは、手がかり一つ無いってのに」

 まったく手がかりのない生き別れた両親など、サザンといえども情報を教えようがないだろう。

「このペンダントのことについて聞けばいい」

 そう言って、ラルクはフォルスのペンダントを指さした。

「特に表に描かれたこの紋章。これを見せれば、何か分かるのではないでしょうか」

 ラルクは自信たっぷりに答えた。

「そうですね。他に手がかりはないのですから、とりあえずその人に会ってみましょう。何か分かるかもしれません」

 レーテもラルクの意見に賛成した。

「ひとまずナイル港に行ってみるか。ここで話を続けていても、これ以上は先には進まないだろうし」

 アレウスの言葉に、残る全員も頷く。


コンコン・・・・


 とその時、部屋の扉がノックされた。

「フォルス、エルデニアの国王から使者が来てるぜ」

 扉の向こうから、ウィーリュックの声が聞こえてくる。

(エルデニアの国王からだと・・・・)

 なぜエルデニアの国王が使者を送ってきたのかと、ふとレーテの方を見る。

 レーテにも分からないのか、彼女は首を傾げるような仕草をした。

「分かった。通してくれ」

 考えていてもしょうがないので、フォルスは使者を通すように言った。

 すると部屋の扉がガシャリと開き、ウィーリュックと共に一人の男が入ってくる。

(間違いない。エルデニアの騎士だ)

 銀色の鎧に身を包んだ男は、まるで国王に謁見するかのように直立不動の姿勢で畏まっている。そしてその肩には、エルデニア騎士団を象徴する獅子の紋章が描かれていた。

「私はエルデニア騎士団のモスリーと申します。フォルス殿へ、エルデニア国王レナード陛下の親書を携えやって参りました」

「俺にレナード王が親書だって」

 何とも唐突な話しに、フォルスは驚いた。

「どうぞ、お目通りください」

 そう言うと、モスリーという騎士は懐に携えた親書を取りだした。 

「なになに・・・・」

 フォルスは獅子の紋章が刻まれた封を解き、羊皮紙に書かれた親書に目を走らせる。

「俺達を城に招くだと?」

 親書を見つめながら、フォルスは訊ねた。

「はい、”ジャスティス”のご活躍を耳になさり、陛下が是非フォルス殿を城に招きたいと」

「そうか・・・・」

 フォルスは親書を元通りに畳み、少し考え込む。

 いままで、エルデニアの騎士団と”ジャスティス”はバラバラに戦ってきた。その両者がお互い協力しあえれば、もっと有利に有翼族との戦いを進められるかも知れない。

「俺は構わないと思うが、みんなはどうだ?」

 フォルスはレーテとアレウスを見る。

「私も構いません。聞くところによると、レナード王はなかなかの人物とか。私も是非一度お目にかかりたいと思います」

「この国の国王に面会できるいい機会だからな。もし許されるなら、私たちも同行させてもらおう」

 レーテはすぐに賛成した。そしてアレウスも、異論はなかった。 

「ということだ。レーテや魔族のアレウス達も同行しても構わないか?」

「もちろんです。”泉の聖女”殿や魔王殿にも会えるとなれば、陛下もお喜びになるでしょう。それでは出発は明朝(みょうちょう)ということでよろしいですかな?」

「ああ、いいだろう」

 エルデニア城までは、十日以上かかる。本当はささやかな宴でも開きたかったが、明日からの旅を考えるとやめておいた方がいいだろう。城に招待されれば歓迎の宴でも開かれるだろうし、楽しむのはその時でもいい。

「おい、この人を部屋まで案内してやってくれ」

 フォルスは扉の外で控えていた”ジャスティス”の戦士に声をかける。

「あいにく客人用の部屋はないんだ。無愛想な部屋だが、くつろいでいってくれ」

「お心遣いありがとうございます」

 エルデニアの騎士はフォルスに向かって頭を下げ、会議室をあとにした。

「とりあえずこれで話し合いはお開きだな。私たちも明日のためにゆっくり休むか」

 アレウスが席を立つ。

「そうだな。みんなの部屋も用意してあるから、そこで休んでくれ。あと、出歩くときは迷わないように注意してくれよ」

「そう、こいつみたいに迷わないようにな」

 ウィーリュックが横から口を出す。

 ああ言ったフォルスも、この洞窟の全体像を把握しているわけではない。もっぱら外に出て有翼族と戦っているから、この洞窟にいるのはあまりないのだ。

「う、うるさい。はやくみんなを案内しろ」

「へいへい。みなさん、こっちですぜ」

 ひょうひょうとした顔をしながら、ウィーリュックは部屋を出ていく。       

「ふっ、軽口ばっかり叩いて・・・・」

 一人残されたフォルスは、ドサッと椅子に腰掛けた。木でできた椅子が、キシキシと悲鳴を上げる。

「ふぅ・・・・」

 ゆっくりとため息をつきながら、フォルスは部屋の中を見渡した。

「何回もここで、あいつと言い争ったな」

 何かを決めるとき、決まってこの部屋を使った。

 そして、戦いに出向く前の緊張感。仲間を失ったときの悲しみ。戦いに勝利したときの喜び。様々な思い出がこの部屋には残っており、その時の光景がひどく懐かしく思い出される。

「それも、今日でお終いか・・・・」

 フォルスは両手を頭の後ろで組んで静かに目を閉じた。

「一晩で足りるかな。三年間を胸にしまい込むまで」

 精一杯詰め込もう。フォルスはそう思っていた。 






 翌朝、まだ朝靄に包まれた洞窟の入り口にアレウス達は集まった。それをウィーリュック達が見送る。

「それでは、参りましょうか」

 白馬にまたがったエルデニアの騎士が声をかける。アレウス達は馬に拍車をかけ、ゆっくりと出発し始めた。

 だがその中でフォルスだけが、思い詰めたような表情をしたまま馬上でうつむいていた。

「アレウス、俺はちょっと用事があるから先に行っていてくれないか。すぐに追いつくから」

 心に何かを決めたのか、表情を引き締めてフォルスはアレウスに声をかける。アレウスはその目を見て、無言のまま頷いた。  

「すまない」

 フォルスは馬を返すと、ウィーリュックの方へと戻っていく。 

 ウィーリュックは、自分の方に戻ってくるフォルスを何事かと見つめた。

「どうした、忘れ物でもしたのか?」

 突然戻ってきたフォルスに、ウィーリュックはそんな言葉を投げかける。

「ああ、忘れ物だよ」

「はぁ?」

 下馬したフォルスからは、気が抜けてしまいそうな答えが返ってきた。

「今日から、お前が”ジャスティス”の団長をやってくれないか。俺はもう、ここへは戻ることはないだろう」
「・・・・・・」  

 フォルスの言葉に、ウィーリュックは表情一つ変えずに口を噤(つぐ)んでいた。

「・・・・そいつはできねぇな」

「なぜっ?」

 逆に驚いたのは、フォルスの方であった。

「例えお前がどこにいようと、お前が有翼族と戦っている限り”ジャスティス”の一員さ。そして”蒼き彗星の勇者”たるお前しか、団長に相応しいやつはいない。お前は”ジャスティス”だけじゃない、人間全員の希望の光りなんだ」

「ウィーリュック・・・・」

 フォルスは何かを口にしようとしたまま、唇を振るわせていた。

「俺達は仲間じゃねえか」

 ウィーリュックはフォルスの肩に手を乗せる。

「そう、いまさら団長がどうのこうのなんて関係ねえよ。俺達は有翼族からこの世界を救うって絆で結ばれた仲間だからな」

 ”ジャスティス”の戦士達も、フォルスに笑顔を見せる。

「お前達・・・・」

 こみ上げてくるものを押し止めようと、フォルスはうつむいた。

「旅立ちに涙はいらねぇ。勇者は、常に強くあれ・・・・」

 フォルスを力づけるように、肩に置いた手に力を込めた。

「ふっ・・・・」

 フォルスは目頭を拭うと、顔を上げていつもの凛とした表情をみんなに見せる。

「俺からの最後の命令だ」

 フォルスの言葉に、一同はまるで騎士のように直立不動の体制を取った。

「どんなことがあっても諦めるな。そして、必ず有翼族に勝て」

「おおっ!」

 フォルスの言葉に応えるように、戦士達の間から木々を振るわせんばかりの声が返ってきた。

「よしっ」  

 フォルスは大きく頷くと、勢いよく馬に飛び乗った。そして一言拍車をかけると、朝霧を切り裂くような嘶(いなな)きと共に駿馬は駆けだした。

(あばよ、”蒼き彗星の勇者”・・・・) 

 霧の向こうに消えていくフォルスの背中に、ウィーリュックは最後の別れを告げる。






 フォルス達一行が着いた王都エルデニアは、ナイル港に次ぐサラス大陸の大都市である。人々のありふれた会話や、品物を取り引きする声など活気に満ちている。有翼族の襲撃など忘れてしまいそうなほどのにぎやかさだ。

 街の中心の丘には、このエルデニア王国を治めるレナード王の居城がある。独立以前に建造された歴史ある城だが、数年前にレナード王が改築し、優美さの中にも重々しい堅固さがあった。

 この国の騎士団は、その勇猛さで世界中に知られている。有翼族の襲撃に勇敢に立ち向かい、この国を守ってきた。”ジャスティス”のような小回りは利かないが、正面から闘えば間違いなく世界最強の騎士団である。

 そして、なんと言っても国王レナードである。エルデニア公の血筋は、代々名君を輩出することで有名だ。その中でもレナードは、百年前の内乱でサラン王国から独立を宣言した王子と並ぶほどの名声を得ている。

 アレウス達は、兵士に案内され城門までやってきた。するとアレウスは、その城門を見てふと疑問に思った。

「城の門のわりにはやけに小さいな」

 アレウスの言うとおり、城門はそれほど高くなく、飾り気もほとんどない。城門と言えば、いわば城の顔である。来訪者にその荘厳さを示し、城を象徴するような建築物だ。

「レナード陛下が急に代えられたのです。何でも、一度に大量の有翼族の進入を防ぐためらしいのですが・・・・」

 兵士も、やや頭をひねりながら答えた。

 確かに、城の門を低くしたところでさしたる効果は望めそうにはない。有翼族は空からも襲ってくるからだ。固定式の強弩でもそろえた方がよっぽど有効に思える。

「すいませんが、そちらの方は・・・」

 申し訳なさそうに、兵士はメイラの見上げた。確かに、体の大きなドラゴンでは頭がつかえてしまいそうである。まさかドラゴンが訪れようとは思うわけないだろうから、無理もない。

「分かりました。私は外で待っているとしましょう」

 仕方なさそうにメイラは答えた。

「残念だったね、美味しい物が食えなくて」

 カイザが妙に嬉しそうに言った。

「そうね」

 メイラも笑って答える。

「別に我々は宴に呼ばれたわけじゃないんだ。一国の王に会えるわけだから・・・」

 いつも通り、ラルクが眉をひそめて注意した。

「分かってるよ。もしもの話だって、もしもの」

 最後までラルクの小言を聞いていると長くなるので、こちらもいつも通り聞き流す。

「どうぞ中へ」

 兵士は門を開けさせ、中に案内する。

「すまないが外で待っててくれ」

 別れ際アレウスがメイラに言った。メイラはうなずき、アレウスを見送る。

 さすがに古い建物だけあって、城の中の装飾はすばらしかった。一つ一つが自己主張しつつも、見事に空間と混ざり合っている。

「まるで神殿のようですな」

 一つ一つに装飾品に目を移しながら、闇司祭ゼルフは懐かしそうな表情を見せた。

「なるほど。確かにそう思えるな」

 入っていきなり大きな広間があるあたり、城というより神殿を思わせる。外観とは違い、荘厳さではなく神聖な雰囲気を感じさせた。

「この城は、神殿を改築して建造されたと伝えられています。本当かどうかはわかりませんが」

 案内の騎士が説明を加える。

「神殿をか・・・・」

 改めて装飾に目を移し、アレウスは納得したように頷いた。

 しばらく歩くと、謁見の間に着いた。案内の騎士は用件を衛兵に告げ、呼び出しを待つ。程なくして呼び出しがあり
、扉がゆっくりと開いた。

 いっぱいに開かれるのを待ち、アレウス達は王座へ向かって進み始めた。頃合いを見てアレウスは片膝を着き、他の者もアレウスに習う。

「よくぞ参られた。さあ、面を上げてくれ」

 レナード王が朗らかな声をかける。その声に従い、アレウス達は立ち上がった。

 レナードは金色の長髪を肩まで伸ばし、彫りの深い顔に豊かな口髭をたくわえていた。真紅のマントを身につけ、あざやかなブルーの上衣がよくあっている。その名声にたがわず、レナードは近づきがたいようなオーラを放っているように感じられた。

「そなたが伝説の勇者フォルス殿だな」

 レナードは、アレウスの隣りに立つフォルスに視線を向ける。

「そなたの活躍は私も常日頃耳にしている。つい先日も、ギルドア山の有翼族をうち倒したとか。”蒼き彗星の勇者”フォルス。そなたに会えて嬉しく思っている」

 レナードは目を細め、フォルスの訪問を歓迎した。

「俺・・・・、いや、私もレナード陛下にお会いできて光栄です。陛下のご高名に比べたら、私などまだまだ・・・・」

 このような場に離れていないのか、フォルスの口調はどことなくぎこちない。

「ははっ、そう固くならず楽にしてくれ」

「失礼・・・・」

 一目で悟られてしまったためか、レナードの言葉にフォルスはわずかに笑みをこぼした。

「有翼族を倒せたのは俺達の力だけではありません。こちらにいるアレウス達魔族の力があればこそです」

 そう言って、フォルスはアレウスの方を向いた。

「おお、そなたが魔族の王アレウス殿か」

 レナードは一層目を輝かせて、アレウスに視線を移す。

 アレウスの方も、真っ直ぐにレナードを見つめた。目と目を合わせたまま、お互いの間に沈黙の時がしばし流れる。

「私はエルデニア国王レナード」

「魔族の王アレウスです」

 お互いの人物を見抜いた二人に、多くの挨拶はいらなかった。

「そなた達魔族の活躍も聞き及んでいる。北の大陸では、魔族の力で有翼族をうち破ったとか。そなた達の活躍を目にして、我々人間達も新たな希望を胸に立ち上がるものも多くいるようだ。最近では有翼族の脅威がかなり減っていると聞いている」

 有翼族の襲撃が、以前よりも少なくなってきているのは事実であった。フォルスやレーテの活躍で立ち上がる人々が増えたこともあるし、なにより魔族の出現がいままでの大勢を逆転させたといってもよい。

「我々魔族が目指すものも、この世界から有翼族を駆逐すること。さらに、人間達と友好関係を築くことができればよいと考えている。この世界を救うために、共に戦っていけるように我々も人間達に協力してゆきたい」

 一目見ただけで、レナードは優れた人物であることはわかる。王者の風格といおうか、そんなものがひしひしと感じられるからだ。

「もちろん、そなた達の協力はこちら願い出たいぐらいだ。我が国の騎士団も決して有翼族相手に引けを取らなかったが、決定打を与えることはできなかった。魔族と我々人間が共に手を結べば、必ずや有翼族をうち倒すことができるだろう」

 レナードは目を細めて喜ぶ。

「そうですな」

 この人物なら心強い味方になるだろうと、アレウスも喜んだ。

「レーテ殿の名声も聞いておるぞ」

 続いてレナードは、アレウスの後ろで控えめがちに立っていたレーテに視線を向ける。

「”泉の聖女”といえば、”蒼き彗星の勇者”と並び称せられるほど。我が国にも、そなたに憧れて騎士団に入ったものも多いらしい。差別するわけではないが、女性の身で人々に立ち上がる勇気を与えたそなたに私も賞賛を送りたい」

 レナードの言葉通り、特に若い騎士達から羨望の眼差しを一番に受けていたのがレーテであった。

「今回の戦いは、限られた勇者だけで勝つことはできません。人々が立ち上がることが、一番大切なのです」

 いつものようにレーテはそう言った。レーテにとって、それは信念に近い。

「もちろん、我々は勇気を捨ててはいない。人々は立ち上がり、有翼族の脅威は少なくなってきている。いままで追い込まれる立場だった我々は、いまこそ反撃に転ずる番なのだ。有翼族をこの世界から駆逐し、真の平和を取り戻すのだ」

 レナードは拳を上げそう宣言した。

「今宵はそなた達を歓迎する宴を催したいと思う。束縛するつもりはないが是非出席してくれ」

「喜んで出席いたします」

 むろんアレウス達には断る理由はない。いままで激しい戦いを繰り広げてきたのだから、たまには宴に興ずるのもいいだろう。   

「それでは準備が整うまで、しばらくお待ちいただきたい」 

 謁見の間の扉が開かれ、再び先程の案内の騎士が姿を現した。アレウス達はその騎士のあとに続いて、謁見の間を後にする。





 アレウス達が案内された客間は、ひどく質素なものだった。場所は地下なので窓もなく、部屋の中には装飾がほとんどない。それまでの城のイメージとは、全く違ったものであった。

 案内をした騎士は、部屋で待っているように言ってから姿を見せていない。

「トルネアの時とは正反対だな」

 カイザがそう不満を漏らした。そして、乱暴にソファーに腰を下ろす。 

 以前トルネアの城を訪れたときは、もっと大層なもてなしであった。自分たちが魔族であったにも関わらずだ。

 しかしエルデニアでは、およそ客をもてなすとは思えないような無愛想な部屋に押し込められている。レナードの方から招待しておきながらも。

「ゼノン、おかしいとは思わないか?」

 アレウスがゼノンに訊ねる。

「そうですね」

 ゼノンはゆっくりとソファーに腰を下ろし、小さく頷く。

「確かに、この扱いはおかしな」 

 フォルスの表情も、いくぶん不満げであった。  

「それもありますが、今回のこと全体がですよ。レナード王は、なぜ”ジャスティス”の隠れ家にアレウス様やレーテがいることを知っていたんでしょうか」

「さぁ、始めから知っていたんじゃないのか」

 そんなことなどどうでもよいと言った表情で、フォルスは答えた。

「それはおかしい。元々ギルドア山を攻めるのは”ジャスティス”だったはずです。魔族やレーテがいることなど誰も知るはずがありません」

「そう言われてみれば、そうだな」

 フォルスは腕組みをして考え込んだ。

「エルデニアの騎士が隠れ家に親書を持ってきたことも覚えていますか。我々魔族やレーテがいることに驚きもしなかった」

「じゃあ何か?始めから知っていたとでも」  

「おそらくそうでしょう。そうなると問題は・・・・」 

 ゼノンの目が鋭さを増す。

「なぜこの城に招いたか、ですね?」

 ゼノンの正面に腰掛けるレーテが、表情を固くしながら訊ねる。

「その通りです」

 レーテの言葉にゼノンは頷く。

「確かに俺もおかしいとは思ったんだ。いままで、レナード王が俺達を城に招くなんて事をしたことはないからな」

 フォルスも、実際にレナードに会うのはこれで始めてであった。

「私の杞憂(きゆう)に過ぎないかもしれません。謁見の間でレナード王を見た限りでは、何かを潜めているようには見えませんでした」 

 表情や目、仕草などをよく見ていれば、その人物が嘘をついているかどうかはすぐにわかる。少なくとも謁見の間でのレナードには、それは感じられなかった。

「とにかく誰か呼んでみよう。いつまで待たせるつもりなんだ」

 辛抱の限界が切れたのか、カイザは扉のところまで行きノブのところに手をかけた。しかし、ノブを回すことは出来なかった。

「どうなっているんだ。鍵でもかかっているのか?」

 どんなに力を込めても、ノブは回らない。

「おい、誰かいないのか!」

 カイザは扉を激しく叩いた。しかし扉がきしむ音が響くばかりで、返事は帰ってこなかった。

「誰か来ますっ!」

 突然、部屋の一点を見つめてレーテが立ち上がった。それからすぐ、まるでテレポートしてきたように部屋の中央に突然レナードが現れた。

「退屈かな?」

 現れたレナード王は、明らかに様子がおかしかった。不気味な笑いを浮かべ、異様な気を発している。

「貴様っ、一体何者だ!」

 フォルスは素早く剣を抜いた。レナードは動じた様子もなく、相変わらず笑みを浮かべている。

「何者かに操られています」

 レーテも杖を正面に構えた。レナードの全身を取り巻く邪悪なオーラが、離れていても伝わってくる。

「ひっひっひっ。さすがはレーテどの、よくぞ見破りましたな」

 レナードは、さらに不気味な笑いを浮かべる。そしてレナードの身体から、蛇のように吊り上がった双眸と裂けた口を持つ影が現れた。

「貴様、まさかあの時の」

 アレウスが叫び声を上げた。

「そう。まだ名を言ってなかったな。俺の名はジェミニ。あの時、お前を殺しておかなくて残念だよ。今やお前は我々にとって脅威だ」

 アレウスがまだ魔界にいたとき、ゴブリンが反乱を起こすという事件があった。その時ゴブリンを操っていたのが、このジェミニなのである。

「私もあの時お前を殺せなかったのが残念だ」

 アレウスは、ゆっくりと長剣を構えた。

「そう焦るな。私はお前達にいいことを伝えに来たのだよ」

「聞くつもりはない」

 アレウスは、一歩の二歩と間合いを詰める。

「なかなか面白い話だ、まあ聞け。もう間もなくこの城を大地震が襲う。この城は建造されてかなり月日がたっているため、実はかなり脆いのだ。恐らく大きな被害が出るだろう」

「なぜ地震が起きると分かる」

「お前達が連れてきたではないか」

 その答えに、アレウスははっとした。

「まさか、メイラ!」

「そう、あのドラゴンを操って地震を起こすのだ」

「そのために、メイラと私たちを引き離したのか」  

「すべてこちらの計算通りだよ。やはり頭を使わなくてはな」

 そう言って、レナードは自分の頭を指さした。

「現在、この城には騎士団の精鋭を集結させてある。そいつらは、城もろとも潰れてもらう。そしてそこへ、有翼族が攻撃をする。もはやこの国も終わりだ。お前達も、城と共に瓦礫の下で潰れるがいい。はっはっはっ!」

 ジェミニは、大きく口を開けて笑い声を上げた。
「もはやこいつに用はない。そろそろ失礼しよう。お前達の死体を拝めなくて残念だよ」 

 そう言うと、ジェミニはレナード王の体から離れ姿を消した。束縛から解放されたレナードは、糸が切れた人形のように力無く倒れる。





「レナード王」

 レーテがレナードのところに近づく。

「ううっ、そなたはレーテ殿。私は一体?」

 レナードは、頭を抱えながら低くうなった。どうやら操られていたときの記憶はないようだ。

「レナード王は操られていたのです。それよりも、大変なことになっています」

 レーテは、レナードに有翼族の襲撃を伝えた。

「そいつはいかん。早く何とかせねば」

 レナードは頭を押さえながらヨロヨロと立ち上がる。

「でも、部屋の鍵が開かないんです」

 フォルスが、ドアを指さした。

「鍵がかかっているのなら、力ずくで開けるまでさ」

 カイザが剣を抜き、扉を斬りつけ始めた。しかし、木でできているはずの扉には傷一つつかない。

「ちくしょう、どうなってんだよっ!」

 顔を真っ赤にして斬り続けるカイザであるが、渾身の力を込めて放った突きも簡単に弾かれ尻餅をつく。

「恐らく、魔法がかかっているのでしょう」

 扉に触れながら、ゼノンは何やら呪文の詠唱を始めた。扉にかかっている魔法を解除する呪文だ。
「むっ?」

 しかし手の平に集中した魔力は、鈍い光りと共に消え失せてしまった。 

「どうしたんだ、ゼノン?」

 アレウスが訊ねる。

「呪文が発動しません。恐らく、この部屋には魔法を打ち消す結界が張られているのでしょう。私たちが逃げられないように」

 ゼノンは部屋の中を見渡した。このような結界には、その発動体が必ずあるはずだからだ。弟子のソロンもそれに気づき、ゼノンと同じように部屋の中を見渡した。

 しかし、発動体らしき物はどこにも見つからない。ソロンの方に目を向けるが、首を横に振って答える。

「ちっ、用心深いこった」

 フォルスは舌打ちをしながら、壁を蹴りつける。すると、いとも簡単に壁の一部が剥がれ落ちてしまった。

「なっ、なんだ?」

 フォルスは驚きながら後ずさる。

「見た目以上に脆いようですね」

 レーテが杖の先で壁を叩く。ある程度力を込めると、壁はボロボロと崩れた。

「本当に大きな地震がきたら崩れてしまいそうだな」

ゴゴゴ・・・・


 そう言った刹那、足下から地鳴り音が響いてきた。それと共に、床が小刻みに震え始める。

「アレウス、来るぞ」

「ああ」

 ガルアの声に、アレウスは腰を低くして揺れに備えた。


ゴォォォォ・・・・・・


 まるで猛獣の咆哮のごとく、地鳴りはアレウス達を包み込んだ。一歩一歩近づいて来るかのように、咆哮はどんどんと大きくなっていく。そして、襲いかかってきた。


ガガガガガーン・・・・・・


「始まった」  

 巨人にでも殴られたのかと思うほど、いきなり下から部屋全体が突き上げられた。フッと身体が浮くのが感じられる。

「なんて揺れだ、立っておれん」

 隣では、ガルアが波打つ床に足を取られていた。何度も身体を持ち上げられ、何とかバランスを取るので精一杯のようだ。

「くぅっ!」

 あまりに揺れに、皆がどうなっているか確かめる余裕もなかった。その間にも地鳴りはさらに大きくなり、もはや部屋全体が悲鳴を上げているようだ。その音に混じって、椅子やテーブルが横倒しになる音、ガラスの花瓶が割れる音が、遠くから聞こえてくる。


バキバキバキ・・・・


「なっ、何が起こった!?」

 アレウスは叫んだ。

「亀裂ですっ!壁と天井に」

 誰かの叫び声が返ってきた。アレウスは首をめぐらせ、状況を確かめる。すると、壁と天井に大きな亀裂が入り、そこから砂が落ちてきていた。

「いよいよまずいな」

 アレウスは何とかしようと周りを見渡した。しかし、全員揺れに耐えようと必死である。どうにかしようにも、揺れが激しく立つことさえままならない。


ドドドドドッ!


 次の瞬間、轟音と共に天井が崩れた。それと共に、大量の土砂が降ってくる。

「上もやばいみたいだな」

 このままでは本当に生き埋めにされてしまう。アレウスがそう思ったとき、今度は壁が崩れ落ちた。すると壁の向こう側に、階段らしきものが現れる。

「皆さん、あれ!」

 レーテが声を上げる。皆も階段に気がついた。

「みんな、あそこまで急ぐんだ!」

 アレウスが叫んだ。天井の亀裂はさらに広がり、今にも崩れ落ちそうだ。全員が、床を這って階段を目指す。最後にレーテが部屋を出た瞬間、天井が抜け部屋は瓦礫の下となった。

「危なかったな・・・・」

 アレウスがため息をつく。しかし、揺れはまだ続いている。

「ここは?」

 アレウスは階段を見渡す。壁には、びっしりと壁画が描かれていた。法衣を纏(まと)ったたくさんの人が歩いているので、宗教的な壁画であろうか。

「エルデニアの城は、遙か昔に立てられた神殿を改築して立てられたそうだ。城の中の雰囲気もそんな感じであろう。もしかしたらその神殿には、地下に隠れた別の神殿があったのかもしれん。この階段は、恐らく地上と地下の神殿を結ぶものだろう」

 壁画を見つめながら、レナードが答えた。

「メイラは恐らくその地下神殿だな」

 アレウスは、暗闇へと続く階段の奥を見つめた。

「二手に分かれよう。一方は、地上へ行きジェミニを倒す。そして一方は、地下へ行きメイラを殺す」

「あのドラゴンを殺すのか!」

 フォルスが驚きの声を上げた。

「この地震をおさめなければ、この城が崩れるんだぞ。そうなれば私たちだけではない、この国の騎士団も総崩れになるんだ。そこへ有翼族が攻めてくるのだ、いまはあいつを助ける方法を考えている時間はない。」

「馬鹿な、最後までその方法を考えてやるのが王の務めってもんだろうっ!」

 フォルスはアレウスに突っかかっていった。

「いや、違うな・・・・」

 胸元を掴むフォルスの腕に手を触れながら、アレウスは答えた。   
「神ならぬ身に、すべての命を救うことはできない。一人でも多くの命を救うこと、それが王の使命。例えそのために犠牲を出すことになってもだ。そして一番大切なのは、犠牲になった者のことを心に刻み込むことだと思う。犠牲となった存在がいるということを忘れないこと、それがせめてもの供養」

 救ってやれるなら、もちろん救ってやりたいと思う。だがその前に、王として果たすべき使命があった。

「アレウス・・・」

 自分の腕を掴んでいる手を通して、痛いほどアレウスの苦悩が伝わってきた。それを感じて、フォルスは何も言えなかった。

「カイザ、ラルク、ゼルフ、ソロンは地下に行ってくれ。他の者は私と共に上の城を目指す」

 アレウスの言葉に、全員が頷いた。 

「時間がない、急ごう」

 掛け声と共に、アレウス達は二手に分かれて走り出した。

「メイラのことを頼む」

 別れ際に、アレウスはカイザたちに声をかける。その言葉は、たった一つのことを意味していたわけではない。
 カイザは走りながら、後ろを振り返って小さく頷いた。もとより希望を捨てたわけではない。




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