−第一章 予感−



「この林を抜けた所です」

 先頭の男は、振り返って目指す場所を指さした。

 十個ほどの影が、腰の高さまで伸びた雑草をかき分けながら進んでいた。ここはグレア山の山頂に近い林の中。 背の高い木々が生い茂り、あたりはかなり薄暗い。もっとも、どこへ行ったとしても薄暗いのは一緒である。なぜなら、ここは魔界なのだから。

 魔界の王アレウスが謎の光を目撃したのは、ちょうど狩りをしていたときであった。狩りは娯楽のためだけではなく、剣や弓の鍛錬のためでもある。王族の人間にとっては、ある意味勤めでもあるのだ。

 王の地位についているものの、アレウスはまだ18年しか生きていない若者だ。プラチナのように光沢のある髪を肩まで伸ばし、眉はまるで彗星のよう。その下に光る双眸(そうぼう)は、獅子のごとく鋭い。

 狩りの途中で天が突然光ったと思ったら、二つの光が現れて山頂付近に落ちていった。その光を調べるため、共と一緒に山頂を目指していたのである。

「何だと思う」

 アレウスは、隣を歩いていた巨大な狼に尋ねた。

「わからんさ。雷でないとは思うがな」

 狼の名はガルア。その身体は、アレウスの肩の位置まである。もちろんふつうの狼ではない。シルバーウルフと呼ばれる種族のモンスターであり、生まれた日が一緒であることから、アレウスとは兄弟のように過ごしてきた。

「もしかしたら、誰かが魔法の実験でもしているのかも知れないな」

 少なくとも、そう考えるのが一番合っていそうな気がする。魔導師達は、新しい魔法を見つけようとしばしば実験などをするからだ。

「こんな山奥でか?」 

 アレウスの推測を否定するかのように、ガルアは答えた。

「だったらお前はどう思う。他に何か思いつくのか?」

「だから分からないと言っただろう。行けば何か分かるはずだ」

 ガルアとてあのような不思議な光を見たことはない。魔法の実験を言われればそう思えなくもないが、やはり不自然だ。

 そうこうしているうちに、ようやく林を抜け高台にたどり着いた。背の高い雑草はなくなり、かなり歩きやすくなる。

 先頭を歩いていたダークエルフは、辺りをぐるぐると見渡す。すると、彼の注意が一点に集中した。

「アレウス様、誰かが倒れています!」

 そう言って、彼は前方を指さした。

 全員の視線が一斉にその方向を見る。すると、確かに誰か倒れているのが見えた。アレウス達は注意深く近づいていく。

「誰だ、こいつは・・・」

 起こしてみて、アレウスは不思議そうに言った。どうやら女であるようだ。長い黒髪と透き通るような白い肌が特徴である。姿はアレウスのような王族のモンスターに似ている。王族は、神の姿に似た選ばれた種族である。しかし、アレウスは彼女を見たことがない。 もう一つ、ダークソーサラーやダークプリーストも神の姿に似ているが、彼らの額には水晶が埋められている。しかし彼女の額には、水晶がない。

「ゼノン、どう思う」

 アレウスは、隣にいたダークソーサラーに尋ねた。

 ゼノンは昔、幼いアレウスの教育係をしていた。両親を早く亡くしたアレウスにとって、彼は父親代わりであり、よき理解者であった。現在は相談役としてアレウスのもとで手腕を発揮している。

「私にも分かりません」

 ゼノンも困惑した表情で答えた。彼にとっても、初めて見るものだった。

「とりあえず死んではいないようです。おそらく気を失っているのでしょう」

 かすかだが、脈が確実にあった。



がさっ!



 とその時、近くにあった草むらが揺れた。全員の注目が集まる。すると、何者かが草むらから現れた。

 姿は、倒れていた女性と似ているが、顔つきは男だ。そして背中には翼が生え、手には槍(スピア)を持っている。謎の女性に気がつくと、突然すさまじい形相で向かってきた。

「アレウス様!」

 空を切るような早さで向かってくる敵に、ゼノンは慌ててアレウスに声をかける。

 アレウスはとっさに身構えた。狩りの途中だったため、武器は背中の弓と腰の短剣だけだ。弓を射る時間はないと判断し、腰の短剣を抜く。



きぃぃぃん!



 アレウスは、敵の突きを短剣で受け止めた。敵は素早く空へ舞い上がり、再びアレウスに向かってくる。アレウスはねらいを定めて、短剣を突き出した。しかし、敵はいきなり下降したと思ったら、急上昇してアレウスのめがけて突っ込んできた。アレウスは一瞬の判断で身をかわしたが、腕に傷を負い敵は再び舞い上がった。

「くそ!」

 アレウスは、腕の傷を憎らしそうに睨んだ。

 そこへ、巨大な陰が敵に向かっていった。

 驚くような跳躍力を見せ、敵に向かっていく。ガルアであった。敵は不意をつかれ、かわすことができなかった。敵の肩に自らの牙を食い込ませ、地面に引きずりおろす。

 このチャンスを見逃さず、アレウスは敵の胸に短剣を突き立てた。

「ぐわあああ」

 敵は断末魔をあげると、口から血を吐き倒れた。

 アレウスは荒い息をつき、短剣を鞘に戻す。

「すまないな、ガルア」

「戦いでは一瞬でも気を抜かぬことだ」

「ああ」

 アレウスは衣の肩の生地を破くと、傷口に巻き付けた。

「アレウス様、大丈夫ですか!」

 ゼノンも声をかける。

「ああ、心配いらない」

「この者達は一体・・・」

 地面に倒れる二人を、ゼノンは交互に見つめる。

「私にも分からん。とりあえず、こいつらを城まで運んでおけ。この女が目覚めたらいろいろ聞きたいことがあるからな。それから、辺りも調べておけ。まだ何かあるかもしれん」

「分かりました」

「先に城へ帰る。後は任せたぞ」

「はい」

 アレウスはゼノン達を残し、ガルアと共に城へと向かった。しかし、彼らを待っていたのは、驚くべき知らせであった。
 
 
 


「ゴブリンどもが反乱だと!」

 アレウスの声が謁見の間に響いた。

 アレウスはグレア山から帰ると、ダークプリーストから治癒の呪文をうけ傷を治し、服を着替えて謁見の間へやってきた。そこへ、ゴブリンが反乱を起こしたという知らせが届いたのである。

「一体どういうことだ!」

 アレウスは、報告を促す。

「は、はい。先日、リテイア山の麓にあるクレアの村が、ゴブリンの集団に襲われました。突然に襲撃に不意を打たれ、村は壊滅させられました」

 使いとしてやって来たリザードマンが、アレウスの勢いに押されながら答える。

「たかがゴブリンに不意を打たれたぐらいで、一つの村が壊滅させられる訳がなかろう」

 アレウスは信じられず、あきれたような顔をする。

 ゴブリンは赤肌のモンスターで、洞窟などで集団で暮らしている。力はそれほど強くなく、従属心も強くて反乱など起こすはずがない。

「生き残ったモンスターの話によりますと、ゴブリンとは思えぬほど強かったと申しております。警告を無視し、まるでとり憑かれたように破壊を繰り返したそうです」

 信じられないのはリザードマンとて同じだ。しかし、多くのモンスターが傷を負って逃げてきたのも事実なのだ。

(グレア山の事件と何か関係があるのだろうか)

 アレウスはしばし考え込んだ。魔界で反乱が起こるなど、滅多にないことである。

「分かった。私が行こう」

「アレウス様自らが行かずとも」

 近くにいた魔導師が慌てて反対した。

「少し気になることがある、お前は兵を集めておけ」

「しかし、相手は得体の知れぬゴブリン。危険です」

 調査なら、アレウスが行わなくとも他にモンスターはいる。魔導師としては、アレウスを危険にさらすことはできなかった。

「聞こえなかったのか?心配せずとも無茶はせん。お前は兵を用意しろ」

「分かりました」

 魔導師もアレウスの性格はよく知っている。あきらめた魔導師は、準備をするために下がった。 

 アレウスも準備のために自分の部屋に戻る。






「どう思う」

 アレウスは、鎧を身につけながらガルアに尋ねた。

「ゴブリンが単独で反乱を起こすなど考えられん。恐らく、陰で操っている奴がいるはずだ」

「そうだな」

 ガルアの答えに、アレウスは小さく頷いた。アレウスにも、それしか考えられなかった。

「今度こそ魔導師が関係しているかも知れないな」

 ほかモンスターを操るとすれば、おおよそ魔法としか思えない。古代には、完全に精神を支配できる魔法があったといわれている。

「まっ、そう考えれば簡単かも知れないな」

 不思議な事件をすべて魔法のせいにしてしまえば、とりあえず納得はできる。もっとも、根本的な解決にはならないが。

「私だって少しは考えているさ」

 ガルアの答えに、アレウスは文句を言う。

「いろいろ考えるより、とにかく現場へ行こう。そうすれば、何か分かるかもしれん」 

 ガルアは目を閉じてそう言うと、部屋を出ていった。

「それもそうだな」

 アレウスは、笑みを浮かべて後に続く。

 それから間もなく、ゴブリンの討伐隊がリテイア山に向けて出発した。
 
 
 


 リテイア山は、アデル城から北へ二日ほどの距離にある。標高はそれほど高くはないが、植物が豊富で、野生の動物などもたくさん生息している。普段は静かなこの山も、今は100匹を越えるモンスターの殺気に包まれている。

 アレウス達はゴブリンに襲われた麓の村で準備を整え、ゴブリン達が住む洞窟に向かっていた。麓の村はひどい有様で、ほとんどの建物が崩れ落ちていた。確かにゴブリンは集団で行動するが、一つの村を廃墟にするほど戦闘に優れているわけではない。

 アレウス達は、綿密に作戦を立てていた。洞窟に住むゴブリンは、およそ100匹。今回は、それと同程度のモンスターを連れてきている。ゴブリン相手にはいささか多すぎるが、彼らは一つの村を破壊しているのである。また、洞窟は彼らにとって城である。用心に越したことはない。

 まず、ジャイアントワームやミュルミドンといった穴を掘るのが得意なモンスターが、ゴブリンの洞窟に向かっていくつかの穴を掘る。兵を5つの部隊に分け、そこから一斉に突撃するのである。不意をつけば、ゴブリンは混乱し組織的な反撃はできなくなる。

 アレウスは入り口の前にある林に身を潜め、静かに時を待った。穴には、それぞれシルバーウルフを配置してある。彼らは”心話”と呼ばれる特殊な能力を持っており、お互い心で通じ合うことができる。突撃に際しては、彼らの能力を使ってタイミングを合わせるのである。実は、アレウスもガルアとだけ”心話”を使うことができる。きわめて希なケースであるが、幼い頃から一緒に育った二人には自然にできるようになった。

「準備が整ったようだぞ」

 隣にいたガルアが声をかけた。

 アレウスは小さく頷くと、後ろに控えているモンスター達に合図を送る。

「いくぞ!」

 アレウスは剣を抜くと、声を上げた。後ろのモンスターも後に続く。見張りのゴブリンは二匹。アレウスは右、ガルアは左のゴブリンをねらう。不意を打たれたゴブリンは、慌てて襲撃を知らせるため奥に向かって叫んだ。その隙を逃さず、アレウスは王家に代々伝わる魔法の長剣を振り下ろした。傷は肩から胸まで達し、仰向けになって倒れ動かなくなった。

 一方ガルアの方も、素早い動きでゴブリンに飛びかかる。ゴブリンは奇声を上げてもっていたナイフを振り回すが、ガルアの牙がゴブリンの喉を捕らえた。そのままガルアは喉を食い破り、ゴブリンはおびただしい血を流して息絶えた。

 間髪をおかず、アレウス達は洞窟の中になだれ込む。至る所から叫び声が聞こえ、すでに乱戦になっているようだ。アレウス達は、まっすぐ王(ロード)のもとへ向かった。






 予想以上にゴブリン達の抵抗は激しかった。アレウスの部隊は、すでに半数近くになっている。その原因は、やはりゴブリンの異常な強さであった。まるで血に飢えた獣のごとく目が血走り、腕力の素早さもゴブリンとは思えないほどである。

 なだらかな坂を下りると、広い部屋に出た。奥には、豪華な扉がある。ロードはこの奥にいるようだ。

 扉の前には、三匹のゴブリンがいた。何故か武器を持っていない。アレウス達に気づくと、突然目を閉じた。

 アレウスが疑問に思っていると、突然ゴブリン達の手から炎の玉が飛んできた。

「ばかな、魔法が使えるのか!」

 アレウスは、驚きを隠せなかった。魔法を使うゴブリンなど聞いたことがない。

 兵士達も動揺しているようだった。その場に立ちつくしている。

(いかん、このままでは魔法の餌食だ)

 そう思ったアレウスは、一人で突っ込んでいく。兵士達も我に返り、アレウスの後に続く。

 接近戦になれば、魔術師はどうすることもできない。ゴブリン達は、断末魔をあげて死んだ。

 アレウスはドアを蹴破り、中へ入った。

 中には、ロードと十匹ほどのゴブリンがいた。どこから運んだのか、ロードは玉座に座っていた。

「貴様ら、覚悟はできてるだろうな」

 アレウスが獅子のごとく吠える。

「それはこっちのセリフだ。お前達こそ覚悟はできてるのか?」

 ロードは低い声で答えた。

「ゴブリンが、喋った・・・」

 アレウスには信じられなかった。ゴブリンは、言葉を使うことができない。普段は鳴き声でコミニケーションを取っているのだ。

「貴様、一体何者だ」

「答える必要はないな」

 ロードはそう答えると、巨大な蛮刀を構えた。そして、戦いが始まった。

 アレウスはロードと一騎打ちになった。他の者も、それぞれゴブリンを相手にしている。

 アレウスは慎重に剣を構える。ゴブリンロードも、間合いを取りつつ剣を正面に構える。隙のない構えである。お互いに距離を取ったまま動けずにいた。

 先に動いたのは、ロードであった。奇声を上げながら突っ込み、蛮刀を振り下ろす。

 アレウスは後ろにステップしてかわすと、ロードはバランスと崩した。そこへすかさず連続攻撃を浴びせる。アレウスの長剣が、白い軌跡を残して次々と襲いかかる。

 しかし、ロードも巧みに蛮刀を使い攻撃を防ぐ。そして、剣を交えたままにらみ合いになった。

「やるな、小僧」

 にやついた顔をして、ロードは答えた。

「戦いの最中に声をかけるとはな」

「余裕だからだよ」

 ロードは力任せに押してきた。アレウスは力負けし、後ろによろける。そこへ、ロードがぶんという音とともに蛮刀を振り下ろしてきた。

 なんとかアレウスは目の前で受け止めた。しかし、ロードはさらに力を掛けてくる。徐々にアレウスは押され、腰が落ちていく。

「はっはっは。もう終わりか」

 ロードは勝利を確信し、関心の笑みを浮かべる。

 すると次の瞬間、アレウスはふっと力を抜きしゃがみ込んだ。そして、足払いを放つ。

 ロードはかわすことができず、しりもちをついて倒れた。アレウスは長剣を横に払い、ロードの蛮刀をはじき飛ばした。

「戦いの最中は油断しないことだ」

 アレウスは、ロードめがけて長剣を振り下ろす。

 しかし、剣が目の前に迫ったとたん、ロードのからだから何かか飛び出してきた。ロードはそのまま気を失って倒れた。

「何だお前は」

 アレウスは注意深く相手をうかがう。相手は、まるで霧のように空中に浮かんでいる。その中心には、顔がうかんでいる。

「ふん、やはりゴブリンでは無理だったか。まあ、お前達の力を計るには良い機会ではあったがな」

「私の質問に答えろ。お前は何者だ」

 アレウスは不気味な霧に向けて剣を突き付けた。

「答える必要はない。いずれお前達は滅びるのだからな」

「何だと。どういうことだ!」

「いずれ分かる」

 そう答えると、音も立てずに消えてしまった。

 アレウスは、硬直したまましばらく動けなかった。剣を握ったまま虚空を見つめる。

「こっちもカタがついたぞ」

 ガルアの声に、アレウスは我に返った。

「奴が消えたと同時に、ゴブリン達も気を失って倒れた。恐らく奴に支配されていたのだろう」

「奴はいったい何なんだ」

 アレウスの声には力がなかった。

(グレア山の事件をいい、この事件といい、何故訳のわからん連中が突然現れだしたんだ。そして、奴がさっき言っていたことは・・・)

 アレウスが分かったことは、何かとてつもないことが起ころうとしていることだけだった。



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