−序章−
薄暗い洞窟の中を、二人の女性が走っていた。
後ろを走る女性はきらびやかなドレスを身にまとい、その金髪がひときわ輝いている。
前を走る女性は若く、腰のあたりまで伸びた長い黒髪をし、水色のローブを身につけている。顔は透き通るように白く、汗が光っている。
目指す場所まで後わずか。追っ手を振りきり、ようやくここまでたどり着いた。
「テティス様、もう少しです」
振り返って、前の女性が後ろの女性に声をかける。テティスと呼ばれた女性は、無言のまま小さく頷いた。
二人とも、疲労は限界に近づいていた。しかし、ここで足を止める訳にはいかなかった。テティスのおなかの中には、未来の希望が宿っている。その光を、消すわけにはいかない。
なだらかな下り坂を下ると、一つの部屋についた。床には、巨大な魔法陣が描かれている。この部屋こそ、目指していた場所であった。
「ウインディア、急ぎましょう」
テティスは若い女性に声をかけた。
「はい」
ウインディアは答え、二人は魔法陣の中央に向かう。
とその時。
「ふっふっふ。そうはいきませんぞ、テティス様」
部屋の入り口から、低い老人のような声が響く。
「あなたは、死神のゼファー」
声の主の方に振り返り、テティスは驚愕した。部屋の入り口に、一人の男が二人の兵士と連れて立っていた。兵士の背中には、白い翼が生えている。
ゼファーは四天王の一人で、ある偉大な存在の側近であった。暗黒のような黒いローブを身にまとい、フードを深くかぶって表情は見えない。その奥に光る眼だけが、不気味にこちらを覗いている。
「あなたを異界に行かすわけには行きません」
男は、低い声でそう言った。
「どうしても私を殺すつもりのようですね」
厳しい表情でテティスは答えた。
「私は死ぬ訳にはいきません。彼らにとって、おなかの子は希望の未来なのです」
テティスは精神を集中させ、両手を前につきだした。その瞬間、強烈な光がテティスの腕から放たれ、ゼファーたちを襲う。
「ぎゃああああ!」
後ろに控えていた兵士は、叫び声をあげながら消滅した。しかし、ゼファーにはあまり効いていないようだ。
「やりますな、テティス様。それではこちらからも参りましょう」
ゼファーは、手にしていた杖(スタッフ)をふるった。一瞬光がはじけたと思うと、次の瞬間に電撃がテティスを襲う。
「きゃあああ」
テティスは悲鳴を上げてうずくまった。
「テティス様!」
慌ててウインディアが駆け寄る。かなり傷ついているものの、死んではいないようだ。
「大丈夫です」
荒い息をついて、テティスは答えた。
「万物に秘められし聖なる力よ、邪を滅ぼす光となれ」
ウインディアは、目を閉じ呪文を唱える。ウインディアの前に青白い光の玉が現れ、ゼファーめがけて飛んでいく。光の玉が命中したとたん、激しい光を発してはじけ飛んだ。
「ぐあああ!」
ゼファーは悲鳴を上げ、一歩二歩と後ずさる。
「くそー、もう少しのところで・・・。だが、あのお方から逃げ切ることはできませんぞ。必ずや子供を見つけ、始末しましょう。」
ゼファーが杖(スタッフ)を横にふるうと、忽然と姿を消した。
「ウインディア、急ぎましょう」
テティスは立ち上がると、苦しい表情をしながら言った。ウインディアは、テティスを支えながら魔法陣の中央へと向かう。
テティスは呼吸を整え、呪文の詠唱に入った。
「フォン サルミノス ウル イル ベアル
クラス リュール・・・」
しかし、突然テティスは腰を落とした。
「テティス様、大丈夫ですか」
「ウインディア、私はもう呪文を唱えることができません。代わりにあなたがやりなさい」
苦痛に顔をゆがめ、テティスが答える。
「無理です、まだ未熟な私が行えば、失敗するかも知れません」
泣きだしそうな表情をして、ウインディアは首を激しく横に振った。
「大丈夫、あなたならできます。急がないとまた追っ手が来るかもしてません」
励ますように、テティスはウインディアの肩に手を置いた。
「しかし・・・・」
ウインディアはなおも拒む。
「おねがいします」
「・・・・・・」
ウインディアはしばらく考え込むと、力強く頷いた。目を閉じ精神を集中させ呪文を続ける。
「四界を隔てる聖なる光の門よ、我が願いに応じ、その扉を開け」
ウインディアが呪文を唱えると、魔法陣は強烈な光を発した。二、三度瞬くと、光は一瞬で消え、二人の姿は消えていた。
それは、すべての始まりであった。
時代は「新世代」へ向けて静かに動き始めていた
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