第九話
「にゃ〜ん」
若い雌の甘い声が、雄を呼んでいる。
「にゃ〜ん」
雄はこの声に誘われ、そして巡り会う。
「にゃ〜ん」
雌はより良い雄に、雄はより良い雌に惹かれ、求める。
「にゃ〜ん」
発情期の雌は、一種悪魔だ。その声には魔力が秘められている。こうやって雄の心を惑わせ、恋の虜(とりこ)にする魔力が。
「にゃ〜ん」
この声にいざなわれ、俺は民家の庭で一匹のトラ猫に出会った。
「にゃ〜ん」
腰を落として丸くなり、誘うようにこちらを見つめている。少しの間、俺達は見つめ合っていた。相手を見定めるように。
「にゃ〜ん」
雌が低くくぐもった声を発した。受け入れたサインだ。
俺はゆっくりと雌に近づいていく。ここからは言葉は要らない。交わすのは、お互いの情だけ。
俺は雌の背後に回り、腰を落とした。そしていよいよというその時、
「うるせえ、あっち行け! しっしっ!」
家の中から禿げ親父が顔を出し、怒鳴ってきた。
その声に驚いて、雌は一目散に逃げていく……。
良いところを邪魔すんじゃねえっ!
おしまい……
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