「夏の虫」と聞かれると、あんたはどんな虫を想像するだろうか?
 
  カブトムシ?
 
 カブトムシの言えば、やはりツノである。あのツノが、カブトムシの象徴とも言っていいだろう。
 力強く突き出たあのツノと黒い光沢を放つ身体。大きく成長したカブトムシは、高い値段で売られているという。もし黒猫にツノが生えれば、同じように高値で買ってくれるのだろうか…。 
 
  蝉?
 
 確かに夏になると、いたるところで騒がしく鳴いている。
 ギラギラ照りつける太陽に、ミンミンと鳴く蝉の声。ただでさえ夏は暑いというのに、余計暑苦しくてかなわない。夏に鳴くのはやめてもらって、冬にでも鳴いてもらった方が返って嬉しいと思うのだが。
 
 そしてもう一匹、「夏の虫」を忘れていないだろうか。
 それは、かなぶんである。
 夏の夜、あんたも明かりに群がるかなぶんの姿を見たころがあると思う。窓を開けて網戸にしていたら、そこには2、3匹はかなぶんが張り付いていたんじゃないだろうか。
 今日は「黒猫昆虫記」とでも題して、このかなぶんについて語ってみたい。



 


第十話


  夜、散歩をするのが俺の日課になっている。
 自分の縄張りをチェックする意味合いもあるが、気ままにぶらぶらするのはそれだけでも楽しいし、運動にもなる。
 その運動の一環として、夏の夜に楽しみが一つある。それが、かなぶん遊びだ。
 先ほども言ったが、夜ともなればどの家の網戸にもかなぶんは張り付いているものだ。探すのはそれほど難しくはない。
 散歩の途中で人間の家の庭に失敬し、まず網戸を見てみる。そこに遊び相手が張り付いてたら、いざ行動開始である。
 まず始めに、網戸に張り付いてるかなぶんを落としてやる。
 だがやつらは細い足をしている割に意外と力が強く、ちょっと引っ掻いただけではなかなか落ちないのだ。俺も最初は苦労したが、引っ掻くよりも爪で腹の方を抱えて引き剥がすようにしてやると、なんとか落とすことができる。
 さて落としたかなぶんをどうするのかというと、今度は仰向けにひっくり返す。これで終わりである。
 するとどうなるかというと、起き上がろうとして足をもの凄い勢いでジタバタとさせるのだ。
 だが悲しいかな、やつらの足は地面に届かない。
 ちょうど亀と同じである。手足が背中の方まで回らないのだ。
 足をバタつかせても起き上がれないと分かると、今度は羽を広げて飛ぼうとする。
 しかし、何とか飛ぼうとする姿は必死なのであるが、羽を広げてもクルクルと背中で回るばかり。なんとも面白い姿である。
 まあいつまでもひっくり返しておくのは悪いので、ひとしきり楽しんだ後でかなぶんを起こしてやり、次の遊びへと移る。
 今度は、網戸に張り付いているかなぶんを爪でつついてやるのだ。
 つつかれたかなぶんは、嫌がるようにモゾモゾと移動する。
 またつつく。
 かなぶんはさらにモゾモゾと逃げる。
 もっとつつく。
 するとかなぶんは触覚を広げて羽をブンブンとさせる。
 まるで怒っているようで楽しい。
 俺は調子に乗ってさらにつつこうとした。
 が、ねらいを外れて網戸にザクリと……。
 網戸に爪を引っ掛けてしまい、押そうが引こうが抜けなくなってしまったことがあるのだ。
 なんとしても引き抜こうと、いつまでも前足をジタバタさせる俺。まるでさっきのかなぶんのようだ。
 俺はさっきのかなぶんを見てみた。かなぶんが俺の前足を引き抜くことなんてできるはずもなく、まるで「ザマーみろ」というふうに飛び去っていくのであった……・。



おしまい……




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