野良猫生活も楽ではない。
勝手気ままに暮らせるからさぞや楽だろうと思っていたら、それは大間違いだ。
例えば道を歩いていたら、他の野良猫と喧嘩になったりガキに乱暴されたりもする。病気になっても、病院に連れていってくれる人間はいない。
そして一番厳しいのが、食生活である。
人間の家で飼われている猫は、飼い主が毎日餌をくれるから良い。だが俺たち野良猫には、毎日餌をくれる人間なんていやしないのだ。
必然的に、自分の力で食べ物を探すしかないことになる。
以前、俺の食生活の一端を語ったことがあると思う。食べ物を探して、コンビニを回っているという話だ。
だが、いつもコンビニで食べ物が貰えるとは限らない。食べ物を貰えれば幸運といった具合で、店員に追い払われることだって少なくないのだ。
コンビニで食べ物が貰えないとなると、別な方法で食べ物を探さなければならない。
例えば虫を捕まえて食べたりするのだが、これも確実ではない。見つからなかったり、捕まえるのに失敗してしまうこともあるからだ。
だが一箇所、確実に食べ物がある場所がある。
それはゴミ捨て場だ。
ゴミを漁るのは確かに忍びないが、背に腹は代えられない。こっちだって食わねば死んでしまうのだ。
今日は、コンビニの話しに続いて俺の食生活について語ろう。
第十一話
ある日のこと、コンビニで食べ物を貰えなかった俺は、ゴミ捨て場へとやってきた。
一口にゴミ捨て場と言っても、狙い目のポイントとそうでないポイントがある。
狙い目のポイントは、アパートのゴミ捨て場だ。特に一人暮らしの人間がたくさん住んでいるようなアパートが良い。
一人暮らしをしている人間はずぼらな性格のやつが多いのか、ゴミを捨てる日を守らない人間が多い。だから、大抵いつもゴミ捨て場にはゴミ袋が捨てられている。
これが周りに一軒屋の多いゴミ捨て場だと、逆にみんなゴミを捨てる日っている。こうなるとゴミはすぐに収集車に集められてしまうから、ゴミ袋が残っていることもない。
だから狙い目なのが、一人暮らしがたくさん住んでいるアパートのゴミ捨て場なのである。そういったゴミ捨て場をいかに探すかは、日々の情報収集にかかっている。
俺のやってきたゴミ捨て場は、狙い通りゴミ袋がいくつも溜まっていた。ゴミを捨てる日を守らない人間に感謝である。
そのゴミ捨て場は、周りを網で囲い、正面は二枚のネットをカーテンのように合わせていた。ゴミを捨てる場合は、そのネットを両側に開いてゴミを入れるのである。動物が下から簡単に入られないように、ネットの一番下には鉄のパイプが括られており、重しのような役割をしている。
人間はそれで効果があるように思っていたようだが、はっきり言って甘すぎる。
俺はネットの二枚にネットに合わせ目に身体をねじ込ませ、ゴミ捨て場の中に入った。猫の身体の柔らかさを侮ってはいけない。
そしていよいよ、食べ物の物色である。ここで重要なのが、食べ物を漁っても周りを散らかさないことだ。
愚かな猫は、食うことばかりに気にしてしまって周りを散らかし放題にしてしまう。こうしてしまうと、次から人間はゴミを漁らせないように対策を練ってしまう。人間だって馬鹿ではないから、真剣に対策を考えられてしまってはこちらも手出しできない。こうして、せっかく見つけた場所をフイにしてしまうのだ。
いかに人間を油断させておくか。それも重要なのである。
さて話を続けると、俺はまず手始めに一番手前のゴミ袋を漁ってみることにした。
ゴミ袋も、爪で引っ掻けば簡単に破ることができる。ゴミ袋を破った瞬間、食べ物の匂いが中から漂ってきた。
俺は更にゴミ袋を破き、中に前足を突っ込んだ。
外から見ると缶詰のような物が見えたので、まずはそれを取り出してみることにした。
缶詰を外に出すと、蓋には魚の絵が描かれていた。魚の缶詰である。しかも蓋の奥には、まだ中身がほとんど残っていたのだ。
俺は魚の缶詰ひっくり返して中身を外に出し、一つ口に入れた。
だがその味は、全身の毛が逆立つほど苦かったのである……。
一口で分かった。この魚の缶詰は腐っていると。
よく見てみると、缶詰のそこには’99.02.08’という数字が書いてあった。つまりこのゴミを捨てた人間は、前世紀に賞味期限が切れている缶詰を食おうとしたのである……。
食う前に気付くよな、普通……。
食べかけの缶詰が捨てられていた理由が、それでよく分かった。
そのゴミを捨てた人間の食生活にある種の恐怖を感じ、俺は別のゴミを漁ることにした。また腐ったものを食べさせられたら、堪ったものではない。
俺は右側にあったゴミ袋に移り、同じように袋を破いた。
だがその瞬間、ガチャリというガラスが音を立てたような音が聞こえたのだ。嫌な予感が俺の頭の中に広がった。
俺は恐る恐るゴミ袋を更に破いた。すると、中から割れたガラスコップが転がってきたのだ……。
絶句という言葉があるが、あの時俺はまさに言葉を失った。もし何も考えずに前脚を突っ込んでいたらグサリである。
ゴミを捨てる日を守らないのは良い。そのおかげで、俺は食べ物を手に入れることができるのだから。だがせめて、ゴミの分別ぐらいは守って欲しいものである。
不安を覚えつつ、俺はもう一つ隣にあったゴミ袋に目をやった。
次は何が出るのだろうか……。
ツチノコなんて出てきやしないだろうか……。
まさかな……。
あの時、俺の頭の中には様々な恐怖が渦巻いていたのだ。その恐怖を何とか押さえながら、俺はゴミ袋を破いた。そのゴミ袋から出てきたのは……、
茶色い蛇だった。
なんだマムシか。良かった、現実に存在する蛇で。
……んなわけねぇ〜だろ! なんでゴミ袋の中から蛇が出くるんだ!
俺はそのゴミ捨て場から退散することにした。もはや食欲なんてカケラも残っていなかったさ。
だが振り返ると、ゴミ捨て場の正面には二人の人影があった。若い男と女だ。
女の方がもの凄い目つきで睨みながら、俺を指さしてこう言った。
「あの猫です。この前ここを散らかしたの」
無論俺には身に覚えがなかった。そのゴミ捨て場を漁ったのはその時が最初だったし、どんな時でもゴミ捨て場を散らからないように気を付けていた。女が見たというのは、おそらく別の猫だったのだろう。
男と女が会話を続けた。
「本当にあの猫が散らかしたんですね?」
「ええ、間違いありません。確かにあの時の猫は黒かったですから」
ちょっと待てっ! この世界に何匹黒猫がいると思っているんだっ!
「よし、僕がとっちめてやりますよ」
俺の叫びが伝わるはずもなく、男は俺を捕まえようとネットを開いた。女に良いところを見せようと思っていたのか、男はやけに張り切っていた。
あんな奴らの恋のきっかけになるなんてさらさらゴメンだったので、俺は意を決して男に飛びかかった。もちろん驚かせるためである。
男が「ひい」と叫んで怯んだ隙に全速力で逃げ出し、そのまま立ち止まることなく走り続けた。あれ以後、もちろんあのゴミ捨て場には行ってない。
な、野良猫生活も楽じゃないだろ……?
おしまい……
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