第六話
ある日の昼下がり、俺は田中さんの家の駐車場で毛繕いをしていた。
すると、駐車場の柵の向こう側を一匹の猫が通りかかった。まだ若そうな、雌の三毛猫である。
こんな時、人間の軽そうな男なら、「ねぇねぇ、どっかに遊びに行かない?」などと下心丸見えのヘラヘラ顔で女を誘うことだろう。
だが大人の俺は違う。重じいさんが言っていた。男は視線で語れと。
俺は毛繕いをサッとやめると、右45度の視線でその雌猫を誘った。
だが三毛猫は、まるで逃げるような勢いで向かいの家の狭い門をくぐり抜け、どこかへ行ってしまった。そこまで露骨に拒否することもないんじゃないかと思うのだが、その日もまたフラれてしまった。
話しは少々強引だが、俺たち猫はあの三毛猫のように、狭い場所にも入っていくことができる。
どうしてそんなことができるのかというと、俺たちは骨が柔らかくできているからなのだ。
だから、狭い門の下をくぐり抜けたり、柵の間を擦り抜けたりすることができるというわけだ。知っていたかな?
どうして骨が柔らかくできているから詳しく知らないが、俺たち猫は同じネコ科のライオンと比べて身体が小さいから、敵に狙われる危険がある。しかも俺達の先祖は森に住んでいたというから、木や草の密集した場所でも逃げられるように身体が変化したのでないだろうか。生物の身体の特徴は、おおむね生存に関わることだしな。
さて、三毛猫に逃げられてからしばらくして、今度は人間の女が二人通りがかった。見た目とこんな昼間に出歩いているところを見ると、大学生ぐらいであっただろうか。
片方は、ショートヘアーを茶髪に染めていた。青いシャツにジーパンというラフな格好で、活発そうな印象を受ける女だった。
もう一人の女は、白いワンピース姿に赤いリボンのついた麦わら帽子を被っていた。そして何よりも、麦わら帽子から伸びるストレートヘアーが眩しい。
黒髪のストレート。やはり大和撫子はこうでないと。
「見て見て、黒猫がいるよ」
茶髪が俺を指さしながら、大和撫子に声をかけた。
「本当だ。ねぇ、こっちに来てくれるかな?」
「やってみれば?」
「うん」
大和撫子はチチチと舌を鳴らしながら、手の平をヒラヒラとさせて俺を誘った。
綺麗な大和撫子なら、誘われなくたってこちらから飛び込んでいくさ。
俺は喜んで彼女のそばに走り寄っていた。が……。
ズボッ
なんと柵に頭がはまってしまったのだ。どうやら目測を誤ってしまったようである。我ながら本当に情けない。
「ははっ、こいつ柵にはまってる。猫がはまってる姿なんて初めて見たよ」
茶髪が俺の恥ずかしい姿を面白がっていた。
これ以上恥はされせないと柵を抜けようとしたのだが、俺の頭はビクとも動かなかった。
押してもダメならば引き抜いてみようと思いっきり力を入れたのであるが、僅かに後ろに下がっただけでまた動けなくなってしまった。
「あはははっ! 見てよこいつの顔、思いっきりブサイクじゃん」
無理して顔を引っ込めからなのか、俺の顔は相当変になっているようである。茶髪はゲラゲラと笑い始めた。その隣では、大和撫子もクスクスと笑っている。
畜生ぅ……。
おしまい……
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