「猫に小判」、という諺がある。
 猫が小判を持っていても使い道がないことから、価値のある物を持っていても持ち主によっては何の役にも立たないという意味だ。
 だが俺は強く主張したい。
 猫にだって、小判の使い道はあるっ!



 


第七話


 ある日のことだ。
 俺はコンビニで昼メシを貰って、いつものように散歩に出掛けた。
 いまのご時世、コンビニなんてものは駅前でなくてもあるから、しばらく歩けばすぐに閑静な住宅街に風景が変わる。
 いつも同じ道を散歩していてもつまらないから、俺はいつも真っ直ぐ進む十字路を右に曲がってみた。自分の知らない道を歩くと行くのは、どこかワクワクするものである。
 そのまま真っ直ぐ歩いて行くと、塀に穴の開いた家を見つけた。塀は高いし穴の向こうには植木があったので、どんな家が建っているのか分からない。
 こういう穴を見つけると、なんだか無性に入りたくなる。俺は木の塀を潜り、植木の中をかいくぐってその家へと入っていった。
 そうしたらどうであろうか。そこにあったのは、いかにも古そうな木造平屋の一軒家。
 別に汚いという意味の古さではない。どこか歴史と風格を感じさせるような、そんな古さだった。田舎の農村にあるお屋敷といった佇まいであろうか。
 こんな住宅街に場違いのような印象を受けながらその屋敷を眺めて歩いていると、ふと俺は何かを踏んづけた。
 一体何かと足元を見てみると、何とそこには小判が。
 何を馬鹿なことを言っているんだこの黒猫は、と思うかも知れないが本当なのだ。別に埋まっていたわけでもない。まるで犬の糞のように、そう言ってしまっては汚くなってしまうが、そこにあったのである。
 それに俺だって驚いた。いきなり小判を見つけたのだから。
 どうしてあんな所に小判が落ちていたのか考えてみたが、よく分からない。その家の人間も見当たらない。
 分からないものをずっと考えても仕方ないから、俺は別のことを考えてみた。それが、「猫に小判」という諺である。
 確かに俺たち猫に小判の使い道はない。小判を持ってコンビニに行っても、おにぎりの一つだって買えやしないだろう。
 だが、それだったら犬や猿だってコンビニに小判を持って何も買えやしないではないか。なにゆえ俺たち猫だけに使い道がないと言われなければならないのだろうか。
 なんだか頭に来るから、俺は小判の使い道を考えてみた。
 まず、その堅さを使えないだろうか。
 例えば、堅い小判を使って爪を研ぐことができる。小判は小さいから片方の足で小判を押さえて、俺は爪を研いでみた。
 小判で爪を研ぐなんて、なんと贅沢なことだろうか。これなら獲物の喉を一撃で…うっしっし。
 なんて思いながらニヤけていたら、自分の足を引っ掻いてしまった。
 最初の獲物がまさか自分自身になろうとは……。
 堅さの他にも何か使えないだろうか。そう思ってキラキラと光る小判を見つめていると、俺はあること思いついた。
 そんなとき、ふと俺の視線の脇で動く影があった。その家の人間かと思って顔を向けてみると、そこには一匹の茶色い猫がいた。
 普通の猫をふたまわりは大きくしたようなその巨漢の猫を、俺は知っていた。名前はトラ吉という。喧嘩っぱいことで悪名高いトラ吉には、俺も散々被害を受けていた。
 まるでバケツのようなエサ箱に顔を突っ込んでエサを食べているところを見ると、どうやらその屋敷の飼い猫だったようだ。塀に開いていた穴も、おおかたトラ吉がぶち破ったものだろう。
 俺はたったいま思いついた新発見を試し、日頃の恨みを晴らす絶好の機会と思い、食事中のトラ吉の目の前に躍り出た。
 トラ吉はのそりと顔を上げて俺の方を見る。
 俺は先手必勝とばかり、小判を振りかざした。俺が発見した小判の利用法とは、太陽の明かりを反射させ、相手に目くらましを食らわせるという素晴らしいアイデアだ。
 これでトラ吉は怯むに違いないと勝利を核心した俺の目に、小判の光りがピカッと。
 うわっ、自分で目くらましを食らってしまった。どうやら小判を向ける角度を間違えてしまったらしい。
 そのあと食事を邪魔されたトラ吉の鉄拳を受けたのは言うまでもない。目がくらんだ俺は逃げることもできないまま。ボコボコにされてしまった……。
 ほうほうの体(てい)でその屋敷から出た俺は、それでも小判をくわえたまま使い道を考えた。
 小判といえば、もともとは貨幣として使われていた物である。やはり金としての使い道を考えたい。
 だが今は金としては使うことはできない。せいぜいコレクションするか、売って今のお金に変えるかどうかだ。
 昔はどのように使っていたのかと考えた俺の頭の中に、ふとある光景が浮かんできた。
 ある時俺が重じいさんの所に行くと、重じいさんは飼い主のじいさんと一緒にテレビを見ていた。時代劇らしく、ちょんまげ姿の男が映っていたのであるが、その男が驚くべき行動を取ったのである。
 なんとその男は、懐から穴の開いた銅銭と取り出すやいなや、悪人に投げつけたのである。
 それを見ていた重じいさんは、大層喜んでいた。
 これだっ! 
 俺はそう確信した。小判を投げつけ、獲物に痛手を負わせるのである。
 俺はそのことを聞かせてやろうと、重じいさんのところに走った。
 息を弾ませながら、俺は小判を見つけたこととその利用方法を重じいさんに語った。
 すると重じいさんは「ほぉ、ほぉ」と顔をほころばせて、俺の見つけた小判を目の前にかざして楽しそうに見つめていた。
 俺が小判を投げてみないかと言うと、重じいさんは獲物を見つけるように、だがのんびりと、あたりを見渡した。
 そして重じいさんの動きが一瞬ピタリと止まった。俺は息を飲んだ。
 次の瞬間、じいさんとは思えないような鋭い動きで小判を投げつけると、柱をつたっていたゴキブリに見事命中したのだ。
 俺は歓声を上げた。あのすばしっこいゴキブリを、百発百中で仕留めてしまったのだから。
 猫は小判を役立てることができる。それを重じいさんが証明してくれた。
 でも、俺が見つけた小判はゴキブリの死骸でグチョグチョさ。
 うう……。



おしまい……




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