第五話
動物には発情期というものがある。
繁殖が可能な時期になると、どこかソワソワして、異性を求めたくなるあの現象だ。
俺たち猫も例外ではなく、ちゃんと発情期はある。
猫の場合は、まず雌の方から発情する。
最初に発情期を迎える時期は雌猫によって様々のようだが、重じいさんの話によれば、大体生後7〜8ヶ月程で迎えるらしい。
最初の発情期を迎えた雌猫は、その後2〜3ヶ月の周期で発情期を迎えるとのことだ。
さすがは博識を誇る重じいさん、雌猫のことまで学がある。
俺が「なかなか詳しいじゃないか」と聞くと、重じいさんは「ふぉっ、経験が違うからな」と答えた。
重じいさんの言う”経験”が人生の経験なのか、はたまた別の経験なのかは定かではない。
じいさん、もしかしたら昔は色事の方も盛んだったのかも知れない。そう思うと、俺は深く追求することに多少のためらいを感じたのである。
さて、発情期を迎えた雌猫はどこか落ち着かなく、低い唸り声を上げたりする。
あんたも、夜中に人間の赤ん坊のような泣き方をする猫の声を聞いたことがあるかも知れないが、あれなどは発情している雌の声だと思って間違いない。
また尿も独特の匂いを持つようになるのだが、人間のあんたに口で説明するのはなかなか難しい。とにかく、それらしい匂いと思ってくれればいいだろう。
重じいさんによれば、尿に含まれる”フェロモン”と呼ばれる成分の効果らしいのだが、匂いで異性を惹きつけられれば便利なものである。
俺もフェロモンを使えば、プレイボーイとして名を馳せることができるのであるが……。
あっ、いや……、それはともかく、発情期に入った雌猫の声や尿の匂いを嗅ぐと、今度は俺たち雄猫が発情する。
だから俺たちの交尾は、雌が主導といえるだろう。雌が発情期にならなければ、俺たち雄は交尾をさせて貰えない。
逆にいつもまわりに発情期の雌猫がいれば、いつでも準備は万端、臨戦態勢というわけだ。
発情期の雌も雄を求め、その間に気に入った相手が見つかれば、いざ交尾となるわけである。
ある時、俺も発情中の雌猫に近づき、ニャアニャアと甘く囁いた。人間の女をも魅了する、俺の伝家の宝刀である。
そうしたら、その雌はこう言ったんだ。
「ごめんなさい。わたし、くどい顔の猫ってタイプじゃないの」
フラれた……。
おしまい……