第十一話:ジュリアナ号事件


あれは高校2年のとき。

 ロシア船籍のジュリアナ号が新潟港沖で座礁し、恐らく金銭的問題のこじれから曳あげが出来ず、へさきを宙に向けたまま何か月もの間無残な姿をさらしていた。私の自宅裏の関屋浜からも7〜8Km先のその様子は良く見えた。

 私と同級生のFは学校の帰る道筋、色々話し込んでいるうち、その関屋浜にたどり着いた。ジュリアナ号を眺めるうち、近くまで行ってよく見てみようということになった。取り敢えず学生鞄を断崖の上に置き、崖を降り、砂浜を歩いた。晩秋の海辺には誰もいない。思春期の二人には話すことはたくさんある。時のたつのも忘れ歩くと、ジュリアナ号はもう目の前。さすがに目前にみるジュリアナ号は迫力があった。二人はしばし嘆息し眺めた後、またもとの道を引き返した。いつしか陽はとっぷりと暮れ、小雨は次第に本降りになった。寒い。びしょびしょの二人はコートの襟を立て、歩き続けた。そして恐らく、もう夜の9時くらいにはなっていたのだろう、すっかり闇に包まれた断崖を上がって行くと・・・・・・

置いたはずの鞄がない。

あれ、おかしいなときょろきょろしていると、突然3〜4台のパトカーに一斉にライトで照らされた。

「自殺者が戻ってきたぞ!」の声と共に次々に駆け寄る警察官。「君達、大丈夫か!?」「怪我はないか?」などと次々に質問攻め。

「あの〜何かあったんでしょうか?」きょとんとして尋ねる私。

「さっき近所の人から、崖の上に鞄が二つあり、どうやら学生の心中らしいと110番通報があった。今から捜索するところだったんだ。君達怪我はないか?」

「はぁ、あの、鞄は・・・・」

「遺書がないか、今調べている。」

「遺書はありません」

「そうか、何が入っている?」

「辞書が・・」

「何?辞書?遺書じゃないのか。この非常時にシャレをいうな、シャレを!」


おまけ1:この時の辞書(英和辞典)は雨のせいでごわごわになり、すっかりひきづらくな     ってしまい、困った。

おまけ2:この時Fは警官に、「すみません、学校には言わないでください。」と言った。     優等生って見栄をはるもんだなあ、と内心あきれた。


ホームへ   机草子の目次へ   第十話へ戻る  第十二話へ