第十話:働き者のA先生
外科のA先生は働き者で有名だった。
緊急手術といえばいつも真っ先に駆けつけるのはA先生。その敏速さには、後輩の医師達は誰もかなわず、尊敬のまとであった。
その日は外科の医局の飲み会。
居酒屋で飲めや歌えの真っ最中、病院からのポケベルが鳴った。緊急手術だ。いくら酔っ払っていても、自分達が駆けつけなくてはいけない。
呼んだタクシーが来るまでの間、残しては損とばかりに、食べかけのどんぶりを慌ててかきこむ者、残ったビールをぐっと飲み干す者が多いなか、彼等をを尻目に真っ先に店を飛び出したのは、やはりA先生だった。
ところがA先生が飛び出したとたん、キーーという車の急ブレーキの音に続いて、ドスンという鈍い音。
後輩達が慌てて飛び出すと、哀れ、A先生は車にひかれていた。
「先生、大丈夫ですか?」
弱々しくうなづくA先生。足をやられたらしい。
「今、救急者を呼びますからそのままじっとしていてください。手術は僕らでやっておきます。」
「た、たのむ」
A先生に救急車の手配をした後輩の医師達は次々にタクシーに乗り込んだ。
「今度ばかりはさすがのA先生も僕らに任せざるをえませんね」
タクシーのなかで後輩達は噂した。
ところが、年末の忘年会シーズンとあって、道は大渋滞。車はちっとも進まない。あちこちで救急車のサイレンが聞こえる。イライラは募る一方。
車のなかで駆け足したい位だった医師達は、普段の倍も時間がかかってようやく病院につくと、車から転がり落ちるように飛び出し、我先に手術室へと向かった。
ところが手術室に到着し、慌てて手洗いを始めると
「あら、先生方、手術はもう始まってますよ。」と看護婦。
呆気にとられた医師達が手術室を覗くと、なんと、そこには、さっき車にひかれたA先生。
「はっはっは。また俺のほうが速かったな!」と高笑いするA先生。
「先生!救急車で運ばれたんじゃあなかったんですか?」
「その通り。ここに運ぶように指示して、応急手当した。この通りぴんぴんさ。」
「じゃあ、途中で僕らを追い抜いていった救急車には、先生が・・・」
「はっはっは。おまえらまだ修行が足らんぞ!」
再び高笑いするA先生であった。