遠い旅

15



 数日後、夕食を兼ねたお茶をふたりで楽しんでいると、ロビンが申し訳なさそうに「王太子殿下がいらしてます」と取り次いできた。他の随員たちとの晩餐を済ませたらしいリカルドに、ヘルムートは露骨に顔をしかめた。
「よぉ」
 ヘルムートのしかめ顔にもリカルドは平然と片手を上げた。
「どうしてこの時間に来るかな」
「安心しろ、俺は満腹だから」
 ヘルムートの脇に立つと、ロビンが椅子を勧めようとするのを片手を振って断る。
「これを見せに来ただけだ。おまえんとこの魔法使いはどうした」
 封蝋を砕いてある封筒を懐から出すと手渡した。
 さあ、とヘルムートは肩をすくめながら封筒を受け取り、封蝋の欠片に残る 印璽しるしを見る。
「あいつがいいと言ったら、帰っていいぞ」
「やれやれ……やっとか」
 封筒の中の紋章入りの書状には、ヘルムートに斬り付けた貴族たちは死罪の上、家は財産没収、大公は当主の座から降ろして首都から遠い王家の城に幽閉、とある。さらにリカルドと王家にフローリン金貨で百万を支払い、ラングレー公爵家にはやはりフローリン金貨で五十万を払うと書いてあった。
「——ふーん」
 そう呟くとヘルムートはリカルドに手紙を返した。まぁこんなものだろう。そばで心配そうにしているエリスに笑いかける。
「エリス、大丈夫だよ。僕に怪我をさせた人たちをここの王様がちゃんと叱ってくれて、僕にもちゃんと謝ってきたって手紙だから」
「あ……よかった……です」
 ほっとしたように涙ぐむのをやさしく頭を撫でる。
「そうなんだよ。なかなか家にヘルムートを連れて帰れないで不安だったろうけど、もう帰れるからね」
 口調をやさしく変えてリカルドも口を添える。
「は、はい……、王子さま、ありがとうございます」
 手の甲で涙をぬぐうと、エリスはにこっと笑ってリカルドを見上げる。それを見てヘルムートはイラッとした。
「じゃ、リカルド、僕らはお茶の途中だから」
 突っ慳貪な口調で言うと、にやりと笑ってきた。
「ああ、お邪魔虫は退散しよう。じゃあそっちは打ち合わせとけよ、ヘルムート」
 片手を振ると、リカルドはさっさと部屋を出ていった。

 こうしてヘルムートはエリスと(そして憎たらしい魔法使いも)一緒に帰ることとなった。
 お供の一行はリカルドたちと一緒に次の訪問地を経由して後から帰ることとなる。
 決着のだいたいの話を聞いたレスターは「まったく貴族さまときたら」と呟いたようだったが、それが死罪についてなのか賠償金についてなのかは不明だった。彼は彼でこの街で知り合いにあったりして有意義に過ごしていたらしく、特に不満を漏らすこともなかったからだ。
 帰りの馬車をまた魔法で作った時、レスターはヘルムートに無表情に言った。
「この馬車、中の会話は俺に筒抜けだからな」
「……なんだって?」
「俺の魔法のなかで寝起きするんだから当然だろう。いちゃいちゃしてると俺に筒抜けだから、そこんとこわきまえておけよ」
 魔法使いを追い出してエリスと二人きりになれる、と思っていたヘルムートには衝撃だった。
「オルスコット、おまえ……」
「まさか治りかけとは言え怪我人がお姫を押し倒したりはしないだろうがな。それに一日や二日、品行方正に暮らすのも悪くはないだろ」
 フンと鼻を鳴らしてさっさと積み込む荷物の確認に立ち去る憎たらしい魔法使いの背中を、ヘルムートは忌々しく睨みつけた。


 数日後の夜明け前、王都の外れ、セロンの町の早起きな住民は、天気も悪くないのに響く雷のような音に空を見上げて流れ星のようなものが町外れの森に落ちるのを目撃した。しかし夜が明けてから恐る恐る見に行くと、なにも痕跡が無いのに数人は落胆し数人は安堵したという。

おわり     


次のページ 前のページ 【小説目次】へ戻る トップページへ戻る


此処のURLはhttp://www2u.biglobe.ne.jp/~magiaです