『一瞬の微睡み』



 

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 いつも闇が目の前にあった。いつも心のなかに孤独を抱えていた。
捜し求める手が掴むのは、いつも虚しさと絶望と悲しさばかり。

 ......夜よりもなお昏きもの。暁よりもなお眩きもの.........。
 この力を解放したら、全ては終わる。己の翼に宿る滅びの力を解放すれば。
(ヴァル)
 目を開く。声がする。懐かしい声....。ああ、やっと....やっと迎えに
来てくれた。
(ヴァル)
 光の中に駆けてくる姿が見える。懐かしい笑顔。
 彼は両手を広げた。迎え入れるために...........。




 雪が容赦なく叩き付けてくる。
「寒いよ.....さむ......」
 もう、声も出ない。目の前の山のように積み重なった一族の死体が雪に埋
もれていく。
 冷たく暗い夜が来る.......。まぶたが重く........なって........。


 あたたかい.........いい匂いがする...........まるで春の野原みたいな
.......お陽さまの匂い......。
(よい眠りをね、坊や)
 柔らかなぬくもり。ふわふわの枕がきもちいい..........。


 ....ああ、いい気持ち....。眠くて、でも、よく寝たから翼をのばしてみよう。
「うーん.......」
 背筋をそらし、翼を思いっきりのばす。背中から目覚めて、起き上がる....
....え?
 見知らぬ天井が見える。見知らぬ子が脇で丸くなっている。タンポポみたい
な色の髪の毛......こんな子、一族にいなかった.......。

 一族。噎せ返る血の臭い。殺されて山のように折り重なった死体。死体....
....した...。
 悲鳴が咽喉を駆け上がる。
「目が覚め.......大丈夫......大丈夫よ」
 もがく身体を、誰かが抱きしめてくれる。こわい。たすけて。殺さないで。
「大丈夫、こわくないから、だいじょうぶ........」
 おかあさん、おかあさん、おかあさん.........。
「おかあ.......さ.........ん......」
「ええ、ええ、もうこわくないわ」優しい手が背中を優しく撫でてくれる。
「もう大丈夫、泣かないで、坊や」
 抱きしめてくれる手は優しくて、抱かれた胸からは温かく懐かしい匂い。
「おかあ.......さん」
 しゃくり上げこぼれる涙を細い指が拭ってくれる。ああ、おかあさんだ。も
う平気。もうこわくない。
「さあ、朝までまたお休みなさい」
 優しい囁き。まぶたに温かいものが触れる。「おまじないよ、お休みなさい
坊や」
 よかった........おかあさんがいる........。


 あれは遠い昔、幼い頃の唯一の救い。たった一つ、俺が守りたかったもの。
俺が守ることの出来なかったもの........。


 
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