東京物欲物欲日録

A Yamagatan in TOKYO


1999年5月〜8月


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5月某日 妻が長男のためにミニ鯉のぼりを買ってくる。私は家で子守。
5月某日 歌舞伎座。今月は團菊祭。昼の部の三本「菅原伝授手習鑑 車引」「土蜘」「髪結新三」を見る(3階B席\2520)。いずれをとっても歌舞伎の面白さを満喫した。超満員。
終わってから、築地を経て勝鬨橋。勝鬨橋を渡ってはじめて月島へ。ただようソースのにおいが食欲をそそる。どの店も外に行列ができるほど繁昌している。並んでいるのは若い人びと。とくに女の子が多い。“もんじゃ”に人気があるのか、下町としての月島のブランドイメージが若者を集めるのか。
月島から相生橋を渡り、門前仲町へ。そこから地下鉄東西線にて早稲田下車、高田馬場まで歩く。博多一風堂にてラーメン。【本日の歩数計:12,538】
5月某日 仕事上の必要から紀伊国屋書店新宿本店へ。初めてかと思ったら、以前東京に遊びに来たときに立ち寄ったことがあったことを思い出す。ただ東京に住んでからは初めて。余計な本まで買ってしまう。
その後戸山へ。戸山公園は緑にあふれている。そのまま戸山を素通りし、天下一品@高田馬場でラーメン。
食後、面影橋にて神田川を渡り、目白不動金乗寺へ。これで江戸五色不動のうち、目赤・目白を制覇。金乗寺には丸橋忠弥のお墓。墓地の一番奥まったところにあった。そのほか、“日本最初の図書館”といわれる「青柳文庫」の創設者青柳文蔵のお墓も。その跡が仙台にあるのでこの名前を知っていた。岡村敬二氏によれば青柳文蔵は、「仙台東山の儒医で、書籍二万巻を蔵し藩公に乞い土地をえて書庫を作りそれを「青柳文庫」と名付けて医学館に設置した人物」(『江戸の蔵書家たち』)。なぜ彼のお墓が高田にあるのかはわからない。
学習院下から都電に乗って家路へ。【本日の歩数計:11,619】
5月某日 昼休み、湯島から足をのばして清水坂を下り、神田明神へ。裏参道の急な階段を登りきった先にある境内は、今年三年ぶりに行なわれるという神田祭にあと一週間余りに迫った雰囲気が濃密にただよう。
5月某日 赤羽駅の京浜東北線上りホームに立つと目に飛びこむ紅谷書店の看板。古書目録などでも気にかかる古書店だった。はじめて赤羽駅を出て行ってみる。赤羽駅東口近くの、迷路のような狭いアーケード街の奥まったところに紅谷書店はあった。
寺山・澁澤・種村・乱歩・虫太郎・十三など好みの本が並ぶ。歴史書も豊富。買いたい本は数多あれど、我慢。『太陽』のバックナンバーを一冊だけ(1985年4月号「特集 襲名市川團十郎」)購う。
それにしても赤羽駅周辺は西口と東口の雰囲気が大きく違う。
5月某日 JR神田駅から南下して外濠沿いを歩き、日本橋方面へ。常磐橋という明治10年に築造されたアーチ橋があって、周辺には石垣も残っている。上には高速道路、周辺には高層ビル。いま読んでいる陣内秀信さんの著書『東京』の影響がモロに出ている。
日銀を横目に見て日本橋に出る。丸善に立ち寄る。さらに南下して銀座の人混みをすり抜け、東銀座へ。歌舞伎座近くの古書店奥村書店に立ち寄る。歌舞伎をはじめ芸能関係の古書の宝庫。
築地本願寺まで歩いて家路に。【本日の歩数計:10,920】
5月某日 神南備@千駄木にてラーメン。“東京のラーメン屋さん”で情報入手。
5月某日 谷中ルートで通勤。途中、根津の書店で地域雑誌『谷根千』のバックナンバー数冊を購う。帰り、千駄木までひと駅分歩いて家路へ。
5月某日 帰り道、根津から旧藍染川筋の「へび道」を通り、谷中銀座をぶらついて日暮里から家路へ。夕暮れどきの谷中銀座は思った以上の賑わい。途中、根津に牛タンの店を発見。今度昼にでも来てみよう。【本日の歩数計:15,697】
5月某日 長男のお宮参りで日本橋蠣殻町の水天宮へ。レンタカーを借りる。車を運転するのは東京に来てから二度目。しかも都心をドライブするのは初めて。緊張する。借りたのは「電気くん、ガソリンくん」のプリウス。カーナビまで付いている。
堀切で荒川を渡り、向島→本所と隅田川沿いを南下、新大橋にて隅田川を渡る。
水天宮は赤ん坊づれの家族と妊婦で大賑わい。15分ごとにグループ分けされて祈祷を受け付ける。祈祷料3,000円。まわりではお祭り(神田祭?)のお神輿が練り歩いていた。
帰り道は清洲橋で隅田川を渡る。清洲橋は徒歩で渡るのとまた違ったおもむきがある。清澄→錦糸町を通って本所吾妻橋→向島→白髭。運転は半年ぶりなのだがカンはまだ衰えていなかった。カーナビがあると全然知らない街でも安心な反面、ついそれに頼りすぎると周囲への目配りがおろそかになってしまうきらいがある。またプリウスはエンジンが静か。
5月某日 神宮球場にてヤクルト―巨人戦観戦。B指定席3,100円。東京に来てはじめての巨人戦。
今季両リーグを通じての最長試合に遭遇。延長10回表に松井がホームランを打ち、ピッチャーは槇原だったからこれで安心かと思いきや、その裏に痛恨の失点。すでにその時点で10時30分をまわっていたため、それをしおに、がっくりとマウンドに膝を落とす槇原を背にして家路につく。
地下鉄の駅に急ぐ道すがら、背後から「まっ、松井のホームランも見たし、いっか…」というつぶやきが。思わず心のなかで「同感。ついでに、石井のホームランも見たし」。巨人ファンはこうして自分を納得させるしかなかったのであった。
5月某日 仙台の友人たちと歌舞伎座の幕見にて「髪結新三」を観る。1,000円。同じ演目を二度観るのはこれがはじめて。何度観ても面白い。見るごとに新しい見所を発見する。
5月某日 醍醐@向ヶ丘遊園にてラーメン。“東京のラーメン屋さん”で情報入手。天下一品的こってりスープで牛骨を使用しているとか。かなりイケる。
5月某日 POYの仲間と谷中・根津・千駄木界隈を散策。参加者の皆さんお疲れさまでした。【本日の歩数計:14,743】
6月某日 今日は、日暮里から谷中墓地をとおり上野桜木町を抜け、芸大・動物園脇から鴎外荘に出るルートで通勤。上野桜木町ははじめて通ったが、ここもなかなか見所が多い。一時外骨が住んだ町でもある。
6月某日 谷中三浦坂ルートで通勤。谷中墓地を出たところにロケバスらしき車を発見。屋根には木の机をくくりつけている。外へ運び出された段ボール箱には「波瀾万丈 青島幸男」という字。「いつみても波瀾万丈」で青島前都知事を取り上げるのだろうか。それにしても谷中でロケとは何事?
仕事帰り、銀座松屋に立ち寄る。的場均Jと加藤和宏Jのサイン会があるというので、顔を見にだけ行く。
松屋を出て、5月末に開店したという元楽@銀座にて楽ラーメン。やはりうまい。
※その後7/4に「いつみても波瀾万丈」で青島幸男編放映。何のシーンが谷中で撮影されたのか、見てもわからず。
6月某日 昼はがんこ@本郷三丁目。店主さんから「今日は何にしますか」と聞かれるまでに毎週通っている。
会期終了まであと10日ほどに迫った「ピカソ展」を観に上野の森美術館へ。午後8時までやっているので、仕事帰りに行くことができるのはありがたい。個人的にはマグリット・ダリのようなシュルレアリストが好み(だから近々新宿三越で開催される「ダリ展」はとても楽しみ)。でも、今日ピカソを観て、その色彩の美しさと奔放多様な画法、旺盛な創作活動に由来する多作さに感嘆する。
6月某日 茅場町にある某ラーメン店へ。マスコミに登場しない行列店として著名らしい。
茅場町→八丁堀から中央大橋を渡り佃島へ。佃島の住吉神社。背後には超近代的超高層マンションが林立。住吉神社をめぐる堀割の雰囲気がいい。
佃大橋→築地を通り、歌舞伎座へ。「夏祭浪花鑑」を観る。大向こうのかけ声が少ないともの足りなさを感じる。【本日の歩数計:11,403】
6月某日 仙台市立博物館で開催中の特別展「東北の戦国時代 伊達氏仙台への道」を観るため仙台へ。東京駅新幹線ホームで大林宣彦監督を見かける。
仙台到着後、腹ごしらえのため天下一品@一番丁へ。味はもちろん、相変わらずのゆで卵食べ放題にも満足。仙台の天下一品はやはり東京よりおいしく感じる。あーあ。これで四日連続ラーメン。
食後歩いて博物館へ。展示を観たあと、午後は関連企画「バトルトーク 学芸員の見た戦国武将」を拝聴する。好企画。
帰りも歩いて仙台駅へ。仙台在住当時、駅から博物館や大学のある川内地区に歩くなんて苦行以外の何物でもなかったが、今やまったく苦にしなくなった。東京に移って最大の変化か。
駅でおみやげを探す。いつも買う萩の月は見送り、同じ菓匠三全が発売している「ずんだ餅」「ずんだまんじゅう」を購入。「ずんだ餅」の方は冷凍の生もの。だだちゃ豆を使用しているというだけあって、帰宅後食して、そのとんでもないおいしさに舌を巻く。これからの仙台土産は「ずんだ餅」か。
帰りの新幹線では牛タン弁当にビール。これがまた格別。なにものにもかえがたい。実は仙台での楽しみのひとつがこれだったりする。満足満足の仙台行。
6月某日 仕事帰り、友人と会うため秋葉原まで歩く。本郷→秋葉原、ほとんど下りのゆえか、かなり近く感じる。
6月某日 昼休み、白山神社まで足をのばす。「あじさい祭」の開始間近で、すでに色とりどりのアジサイが咲き始めていた。白山界隈は大学もあってか、予想以上に若者の街という雰囲気。
6月某日 二週続けて仙台。ほとんど始発に近い新幹線で仙台に入り、終発に近い便で東京に戻る慌ただしさだったため、天一も食べず、ずんだ餅も買えず。酒席も中座せざるをえず、友人たちとゆっくりバカ話に花を咲かせることもできなかった。不完全燃焼。また二週間後に行くので、そのときこそ。
6月某日 日暮里北口→観音寺築地塀→大円寺→へび道→根津神社ルートで通勤。所要時間30分。
6月某日 日暮里南口→玉林寺ルートで通勤。くそ暑いなかバリバリ歩いてきたせいか、その後一日中だるかった。
6月某日 仕事の帰り、新宿三越南館三越美術館Presented by Salvador Dali Museum@St.Petersburg)で開催中の「ダリ展」を観る。個人的には、超写実的なダリの絵のマティエールをこの目で確かめたかった。いやまいった。凄すぎる。先日の「ピカソ展」といい、今やイヤホンガイドは美術展覧会においては当たり前のサービスになっている。目を絵から離す必要がなくて便利なのだろう。「ピカソ展」に増して若者多し。
帰途、武蔵@新宿でラーメン。さすが現在話題ナンバー1の店だけのことはある。25人約30分待ちだったが、待った甲斐のある美味しさ。
6月某日 歌舞伎座。幕見にて「鎌倉三代記」を観る(\900)。終わったあと、元楽@銀座でラーメン。
6月某日 以前向ヶ丘遊園で食べておいしかった醍醐青山に支店をかまえたという情報を得て、さっそく仕事帰りに立ち寄る。探し当てるまでかなり迷ったが、店舗自体は青山通りのわかりやすい場所にあった。紅醍醐を食す。やはりおいしい。
6月某日 先輩の大学のゼミ旅行、谷中・根津・千駄木散策に同行させてもらう。夜は上野で食事。
6月某日 格安チケットを求め、帰途歩いて今日も上野へ。久しぶりにアメ横を歩く。
6月某日 友人の結婚披露宴に出るため仙台へ。いったん山形の実家に行き、はじめて遠出をした長男(2ヶ月半)を預けて仙台に入る。途中、笹谷トンネルがもう一つ掘られはじめていたことと、サクランボ狩りのためか、山形自動車道が仙台方面からの車で大渋滞だったことに驚く。
披露宴はたいへんよかった。何年か前の研究室の同窓会のおもむきもあった。ただ、個人的には、はじめてスピーチという大役を仰せつかったこともあって、疲れた。
6月某日 仙台からそのまま東京へ帰る。時間の都合で今回も天下一品は見送り。その代わり「ずんだ餅」は購入。昼飯に。やはりおいしい。毎日食べても飽きないかもしれない。
6月某日 仕事帰り、銀座に行き、元楽にてラーメン。食後、腹ごなしに築地、さらに勝鬨橋まで歩き、隅田川の川風にあたる。聖路加病院界隈を散策して帰宅。
6月某日 思い立って東京ドームの巨人―ヤクルト戦を観戦しに行く。ドームは2度目。ドームの巨人戦は初めて。C指定席2,300円。中に入ると巨人の先発は岡島。先日神宮に行ったときは三沢が先発。「“谷間の男”と呼んでくれ」
が、谷間に花が咲くこともあった。巨人戦観戦5戦目にして初勝利。中継ぎの三沢(勝利投手)と木村がお立ち台という超シブい試合であった。
7月某日 仕事の帰り、醍醐@南青山でラーメン。食後、表参道をそのまま原宿まで歩き、山手線で巣鴨まで。
巣鴨は、今度の週末にまた山形まで帰るので、そのお土産を物色するためであったが、成果はなし。とげぬき地蔵周辺の商店街をぶらつく。
7月某日 一週間滞在中の妻と長男を迎えに山形に。気ままな一人ぐらし中の不摂生がたたってか、夏かぜでダウン。
7月某日 体調がすぐれないにもかかわらず、“POY”の山形のラーメン店人気投票で一位だった龍上海へ行く。当初は「冷たいラーメン」発祥の栄屋分店を目指したが、見つけることができなかったため。
7月某日 咳と鼻水が止まらないなか、東京に戻る。
7月某日 風邪が治りきらないのをおして、東京ドームへ。日本ハム対千葉ロッテ。風邪をひく前からローテーションを計算し、今日がロッテ・ジョニー黒木の先発日だと読んで、行くことを決めていたから仕方ない。おまけに日ハム側は岩本が先発。このカードで最高の組み合わせではないか。奮発してA指定席4,100円。前から8列目。
結果は期待の黒木が6回6失点でKO。岩本の好投で日ハムが勝利。でも黒木と岩本の投げ合いを見ることができて満足。
7月某日 久しぶりに日暮里→谷中ルートで通勤。【本日の歩数計:13,273】
7月某日 完治しないまま↑のようなことをやっていたため、風邪がぶりかえし、ダウン。反省。
7月某日 大学の後輩が来訪。以前仙台の古書店で目をつけていたものの購入できなかった吉田健一『定本落日抄』(\1,800)を買ってきてもらう。感謝。
7月某日 『「超」整理法3』を読んでいたら、単純な私は仕事場の机の上を片づけたくなった。しかし飽きっぽい私はそれも中途半端に終わった。
7月某日 歌舞伎座の七月猿之助歌舞伎のチケットを入手するため新橋の金券ショップへ行く。しかし収穫なし。そのまま銀座八丁目のラーメン勇へ。塩ラーメン+味玉を食した後、東銀座歌舞伎座前まで歩いて帰途につく。
7月某日 職場のビア・パーティでビールを補給し、ほろ酔い気分になっていざ東京探索へ。
本郷から秋葉原を通りすぎ、浅草橋まで歩く。神田和泉町三井記念病院界隈が第一目標。その後南へ折れ、神田川に出、美倉橋・左衛門橋、そして浅草橋まで。このあたり、江戸時代には出羽庄内藩酒井氏の中屋敷・下屋敷があった。中屋敷があったあたりに「鶴岡株式会社」なる企業のビルが建っている。これは単なる偶然なのか。偶然だとしたら出来すぎだ。【本日の歩数計:19,504】
7月某日 歌舞伎座にて猿之助歌舞伎「慙紅葉汗顔見勢 伊達の十役」を観る。猿之助の一人十役・早替り・宙乗りが見物。筋自体は以前観た「伽羅先代萩」「かさね」と重なるのであるが、猿之助のスピーディな早替りに魅せられる。指定席を購入しそびれ、15時から幕見席(\900+\900+\700)の列に並んだのだが、その甲斐があった。
7月某日 長男が生後100日をむかえた。お食い初めを赤飯と尾頭付きで祝う。
7月某日 電車を乗り継いで高輪泉岳寺へ。さすがに参拝客が多い。浅野内匠頭および義士のお墓を詣づ。小ぎれいに整備されている。泉岳寺の裏道を北にのぼると、突き当たりに鬱蒼とした木々が。地図を見ると高松宮邸なり。天神坂をぐっと下って(つまり高松宮邸周辺は高輪の台地ということ)覚林寺(清正公)へ。左手には立派な明治学院大学の建物群がそびえ立つ。
覚林寺から北へ、白金三光坂辺へ出る。このあたりに出羽米沢藩上杉氏の下屋敷があった。いま「三光起業(株)」の敷地となっていたが、高い塀に囲まれ、なかは高松宮邸以上に鬱蒼としている。きっと大名屋敷当時の面影を残しているに違いない。
三光坂を下り(つまり上杉下屋敷も白金台地上)、古川へ向かう。住所は白金だが、台地の麓にあたっており、言葉通りの「下町」的雰囲気がただよう。古川に架かる四之橋を渡り、古川沿いに歩いていると、偶然ホープ軒を発見。そこで昼食。
食後古川沿いを三之橋まで歩き、そこから東に折れて三田に。慶應義塾大学の脇を抜け、三井倶楽部の西側、同所の木立によって昼間でもなお暗い(街灯がともっている!)坂を上ると、左手に超モダンなオーストラリア大使館の建物。三井倶楽部の敷地と対照的なり。
そこから神明坂を下り、ふたたび古川に架かる中之橋を渡って麻布に入る。狸穴公園で水分補給のためひと休み。急な狸穴坂を上って正面の郵政省飯倉分館(もと上杉氏中屋敷跡)に出たところでギブアップ。榎坂を下り地下鉄神谷町駅から帰途につく。途中ロシア大使館周辺に多数の警官が物々しく立っていたが、何かあるのか。
今日のもう一つの目的だった六本木の荷風旧邸「偏奇館」跡は他日を期すべし。【今日の歩数計:13,138】
※帰宅後藤森照信氏著『建築探偵神出鬼没』を見たら、「三光起業(株)」の敷地というのは“日本の時計王”服部金太郎氏旧邸との由。納得。
7月某日 先日のリベンジ。神谷町駅を出発点に、坂を上ってホテルオークラ隣の大倉集古館へ。伊東忠太の設計にかかる。次に目の前のアークヒルズに目を奪われそこに向かう。サントリーホール前にある“カラヤン広場”は毎朝「やじうまワイド」で目にしているだけに、嬉々としてして記念撮影。
六本木通をくぐって南部坂を上り、アメリカ大使館宿舎と赤坂氷川神社にはさまれた起伏の激しい道を抜け、檜町公園でひと休み。ここは長州藩毛利氏の中屋敷跡。「清水園」と名付けられた名園だったらしい。今は子供たちが遊び回るごく普通の公園だが、庭園時代の名残とおぼしき池ではのんびりと釣りを楽しむたくさんの人々が。周辺は豪邸豪邸また豪邸。
上って下って乃木坂に出る。乃木神社旧乃木邸を見て、乃木坂駅から帰途につく。
…と、ここまで来てから、リベンジの目的だったはずの荷風偏奇館跡をすっかり忘れていたことに気づく。アークヒルズを見上げているうちに頭から消え去っていた。あーあ。もう一度行かねば。【今日の歩数計:11,407】
7月某日 先日浅草橋まで歩いたとき、本郷通沿いに博多ラーメンの店を見つけて気になっていた。“東京のラーメン屋さん”で検索したら「福のれん」という店で、評判も悪くない。昼休みにさっそく足をのばす。美味い。思わず替玉を注文して腹一杯に。
帰途池袋ジュンク堂書店に立ち寄る。時間とお金が欲しい。
7月某日 有楽町の日本劇場にて「STAR WARS EPISODE1」を観る。スピード感最高。ヨーダやジャバ・ザ・ハットが若い。もう一度、今度は違う劇場で観てみたい。
7月某日 蔵前元楽にてラーメン。銀座の新店より脂が多い。「持ち帰りぶためし」があったので聞いてみたら、暑いので出していないとの由。残念。
厩橋を渡る。猛暑のなか、隅田川の涼風颯々。厩橋から南下し、横網東京都立慰霊堂・震災復興記念館に行く。ここも伊東忠太の設計。記念館内に陳列されている品々が関東大震災の被害の甚大さを物語り、圧倒される。安田庭園を廻って両国から家路へ。
7月某日 仕事帰り秋葉原まで歩く。途中、福のれんにて夕食。
秋葉原では電気カミソリを購う。“DANCING baby”も。
7月某日 昼休み、小石川散策。菊坂を下り蒟蒻閻魔を北に、善光寺坂を上って伝通院まで。小石川で偶然「春夏冬(あきない)亭」というラーメン屋を見つけ、昼食。安藤坂を下ったものの荷風生家跡をまたもや見過ごす。善光寺坂沿いにある露伴邸跡も見過ごす。伝通院の佐藤春夫のお墓も見つけられず。
7月某日 週末妻の実家に帰るので、仕事帰りそのお土産を買いに巣鴨に行く。
7月某日 昼食はがんこ@本郷三丁目。最近福のれんという博多ラーメンの店を見つけ、今後通うことに決めたが、やはりがんこも美味い。昼食時、週に二度ラーメン屋か?
7月某日 がんこ@末広町にて昼食。がんこ@本郷三丁目と甲乙つけがたい。
そこから歩いて神田神保町へ。初めて東京古書会館の古書即売展に行ってみる。本好きおじさんたちの楽園。三省堂にも立ち寄る。古書店めぐりは暑さのため断念。【今日の歩数計:8,339】
8月某日 妻の実家(岩手県)に里帰り。長男は初の岩手入り。
8月某日 久しぶりに日暮里→谷中ルートで通勤。谷中墓地から三崎坂を下り、途中にある全生庵に立ち寄る。三遊亭圓朝と山岡鉄舟の菩提寺。いまちょうど圓朝まつり開催中。圓朝蒐集の幽霊画が一般公開されているが、開場の10時までまだ時間があったので次回を期すことにする。
最近“東京のラーメン屋さん”で話題の大喜@湯島にお昼。美味しいと評判のごまだれ冷しと餃子3個が今日のランチ(\850)だった。【今日の歩数計:16,142】
8月某日 歌舞伎座にて八月納涼歌舞伎を観る。八月は三部制なので奮発して三階A席で(\3,150)。「勧進帳」は八十助弁慶/勘九郎富樫の緊迫感あふれる内容(「勧進帳」を観るのは幸四郎弁慶/團十郎富樫についで二度目)「半七捕物帖 人間万事廻り燈籠」は勘九郎二役の軽妙で爆笑を誘う楽しい芝居で、満足。
歌舞伎座におもむく途中、昭和通と晴海通の交差点でナイルレストランのナイルさんを見かける。店が目と鼻の先にあるのだから当たり前か。
はねてから銀座元楽にて夕食。はじめてつけ麺を注文してみる。たとえ暑くとも、個人的には普通のラーメンが好き。
8月某日 がんこ@末広町にて夕食。今日はこってり。
そのまま秋葉原まで歩き、総武線にて両国へ。江戸東京博物館に行き、企画展「永井荷風と東京展」を観る。充実した展示で、荷風という作家の魅力をあますことなく伝える。午後7時から関連企画である川本三郎氏の講演会「永井荷風と東京」を聴く。興味深い内容だった。詳しい感想は「裏日録」にて。
8月某日 日暮里→谷中ルートで通勤。全生庵再訪。まず三遊亭圓朝と山岡鉄舟のお墓に詣づ。次に本堂のなかで一般公開されている圓朝蒐集の幽霊画を拝観(拝観料\300)。迫力満点の幽霊画と室内の寒すぎるほどの冷房との相乗効果で猛暑を一瞬忘れる。知っている画家としては、円山応挙・月岡芳年・河鍋暁斎・高橋由一・伊藤晴雨などの絵があった。
8月某日 仙台でラーメンの食べ歩きをしているという後輩が史料調査に来たので、昼に福のれんに案内する。満足してくれた。こちらも満足。
8月某日 郷里山形の地酒を求めに、仕事帰り四谷に行く。しかし品切。
せっかく四谷まで来たので、そのまま迎賓館の横を過ぎ、弁慶堀沿いを歩き赤坂に出る。さらに日枝神社の山を上り下りして国会議事堂前から帰途につく。
8月某日 仕事帰り、新宿伊勢丹の古書市に行く。地下街の食料品についフラフラとつられそうになる。
8月某日 福のれんで昼食。今日は替玉を我慢してランチメニュー。ラーメンに高菜ごはん。うんめぇー。やみつきになりそう。
8月某日 小遠征で昼食は根津九曜という牛タンの店。前々から目をつけていたが、『谷根千』で絶賛していたので思い切っていってみる。麦飯・とろろ・牛タン・テールスープの九曜定食で980円。うまい。
仕事帰り、銀座に行く。銀座元楽に行きたい気持ちをグッとこらえる。
8月某日 歌舞伎座にて「勧進帳」「半七捕物帖」を再見。二度目ということで、「勧進帳」は八十助の舞踊に着目、「半七…」は勘九郎のアドリブの妙を楽しむ。
今日は銀座元楽にて元ラーメン+ぶためし。満足。
8月某日 東京ドームの巨人戦チケットを求めて、新橋辺をさすらう。ビームシートのチケットをゲット。
8月某日 東京ドームにて巨人戦観戦(対横浜)。上原の快投により快勝。心は爽快。我が乏しき巨人戦観戦史のなかで最も満足のいく試合だった。
8月某日 山形に帰省する。
8月某日 冷やしラーメンの発祥店といわれるJR北山形駅西口の栄屋分店に行く。満足。
8月某日 仙台に行き、知人宅に宿泊。ヨドバシカメラにて新しいデジタルカメラを購入する。
8月某日 仙台に一泊して山形に戻る。