Paster Keaton Essay「Airs」

EPISODE:9 北北西に針路をとれ

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「飛び込みでうまくホテルに泊まれるかなあ」
 空港からバランキージャ市街中心部へと進むタクシー内でやれやれ、
といった表情で毒づいた。
 午後の便の出発が遅れ、空が薄曇りであることもあって夕方なのに
辺りは暗くなり始めている。
 今乗っているのは50年台半ばのフォードだからトランクの容量は
結構ある。色褪せた塗装が年式以上に古さを強調する。日常の足とし
て利用するのだから外見ばかりを気にしていられない。
 明朝、サンタマルタへの道中に使用するタクシーが日本車のような
小型車ならトランクに段ボール箱が入りきるかどうか疑わしい。
 大きな荷物を載せて都市間の移動など、日本やヨーロッパならとも
かくも、この国では素直に検問でチェックして貰う方が無難である。
 だが、開箱してどう説明するのか?
 商売するのか? と訊いてくるのだろうか、それともだ、不審物が
隠されていないか全て箱外に一度出してしまうのであろうか?
「嗚呼、楽しい未来だなあ…」
 こうなればキートンもやけである。
ClassicCar
 運転手に頼んだ近くの(といってもタクシーで10分近くは走行しただろう)
ホテルに辿り着いた。
 早速、宿泊の交渉開始である。
 フロントにて英語で交渉を開始するが生憎、受付の女性は英語は不
得手らしい。
「…Geeee(う〜ん、困った)」
 と、受付の女性が先刻、受け付けた宿泊の男性に英語が話させるか
どうか尋ねている。大丈夫とのことらしい。
 早速、宿泊の交渉を背が高めの男性を介して始める。
 覚えのないスペイン語の単語が混じるが、直訳ではなく、意訳され
ているのが話し方から伺える。笑顔で受け付け嬢が了承した事とデポ
ジットの手続きをキャッシャーで行うよう告げてきた。
「Muchos grasiyass(どうもありがとう)」
身体全体で感謝を表したのは云うまでもない。
(後にN.Y.にて観光ガイドと英語・スペイン語のチャンポンで会話を
 成立させてしまうのだが、割愛)

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 手続きさえ済ませてしまえば次なる仕事、それは食事だとキートンは
考える。宿泊階のレイアウトと非常口、設備を確認してレストランの場
所を見取り図から探す。
「2階か」

 ロビーの階上,2階にはバーやカフェ,レストランが集まっているようだ。
 朝食をとるカフェの奥、中庭、いやプールサイド際にオープンテラスの
レストランがあるようだ。
「海が近いけど、雨、降らないよな」
 頭上の空模様を確かめようと仰ぎ見るが漆黒の満天には雲は無さそうだ。
 あるテーブルの椅子に座り、辺りを見回しているとボーイが給仕を伺いに
近寄ってくる。
「さて、呑むぞ、食べるぞ、たっぷりと」

Sunset

◆◆◆◆◆◆◆

「このホテル、メキシコの番組が入っている」
 その番組はメキシコの放送局のものだ。
 バランキージャはカリブ海沿岸の観光都市でもあるこの地では国際空港が
併用され、中米各国からの便が多数乗り入れているからだ。その中でメキシ
コからの便が最も多い。
「しっかし、アメリカの(ケーブルTVの)衛星放送は見れないみたいだ」
「(ドラマの)展開が遅すぎて、つまらんなあ」
 これは中南米の人々の気質によるものなのか、どうにも、とにもかくにも
展開がやたらに遅い。
 例えるのならば日本の昼の連続ドラマ1話分を1時間に延ばして一ヶ月は
持たせる、と想像すればいい。中には数週間見ていなくても話の内容につい
ていけると云う人も居るのだがあながち誇張ではない。
 劇的な展開といっても、交通事故にあって主人公の身内が死亡する(住宅
街での事故。南米各国のドライバーはスピード狂が多いが、住宅街には減速
用の大きなバンプを設けているのでそんなに飛ばさない。だったら死ぬか、
ちょっと当たったぐらいで!)くらいだし、ご丁寧に遺言を言うまでは生き
ている。とほほ――。
 註:バンプ
 公共施設や学校、病院、住宅街の交差点に施工された減速用の段差。
 幅30cm、高さ10cm程の段を右側1車線一杯に設置:世界の標準は右側通行。

 テレビを見るのを辞めるとすぐ深い眠りに入るキートン。
 夜空は幸い、晴れたままだった。

to be continued !!


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