Paster Keaton Essay「Airs」

EPISODE:2 空と海と山との間に

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ロサンゼルス発メキシコシティー経由のAvianca航空のボゴタ便のB-707は、
国際線ターミナルに今となっては旧式なナロウボディを横付けした。

1989年10月6日

 日本の航空各社共に使用しなかった機体。
 日本航空が使用したのはダグラスDC−8。
 往年のルフトハンザ、エールフランスやパンナムの使用機と云えば熟年層の方は
御存知かも知れない。

Avianca

 午前11時を過ぎたとあって標高の高さを意識させない程の気温に上昇していた。
 強い日差しが高原植生の樹木ばかりでなく温帯地方の樹木の群落をコンコース前に
賑やかな様子を見せている。

 註:アンデンス山嶺の北端はマラカイボ付近だが、ボゴタ以北より高原大地:高原段
   丘が始まる。上空からのこの大地の変化を眺めるのは圧巻である。

 降りたった乗客の殆どがターミナル外へ出払ってまで待っても、持参した手荷物の内、
トランクだけが出てこない。ここに至り、キートンはをBaggage Claimに丁重に届け出た後、
外へと出た。
 久しぶりの海外。
 日本とは違う人々の営みが空港の随所に散見される。
 この国に来るもの、出ていくもの、戻ってくるもの、帰らぬもの、善意と悪意と欲望と良心
とが織りなす歴史と想いのタぺストリーは、何を見せてくれるのだろうか、と。
 出迎えたのは現地駐在者3名で、2台のタクシーに荷物を分けて分乗した。

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 古いアメ車のタクシーがどことなく南米の雰囲気にあっていると思い、エアコンが不要な
気候の中、窓ハンドルを回して開け風の奔流に顔を浸した。
ボゴタ郊外

 空港から首都中心部へと向かう車窓は草原が広がる郊外の放牧された長閑な田園風
景から住宅地へと変わり、高層ビルが居並ぶ官庁街/繁華街へと移ろいでいく。
 気候が違い、生活習慣が違えばその国々独特の体臭といってもいい風貌を醸し出して
いるもので町並みの色や光線の映り具合さえも他の国では味わえない、この国だけの彩
りとなっている。

 1日の中に四季がある。

 日本以外の国ではそう表現する旅行ガイドブックがあるが、それは半分正しく、半分は
的外れだ、キートンは人々の服装から類推した。
 自身の服装はスーツでありながら、寒さを感じる事はない。
 だが、道行く人の中には上着を脱いだ者、コートを羽織る者、セーターだけの者など、
人それぞれ、おもいおもいの格好だからだ。
 四季という言葉を生活の中に感じ入れているのは中緯度帯の温帯性気候の中の更に
限定された地域であり、二季、三季や五季と分別出来る国や地域が在るかも知れない
からだ。

Colombia全図

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ボゴタ車窓
 「空が高い」

 仰ぎ見る心に、キートンは独白した。
 木々の葉の色も、草々の風に靡く模様も、花達さえも薄い大気と強い日差しの中で
独特の色合いを醸し出している。

 50年代の丁寧に整備された旧車から下駄代わりに使用されている最近の車まで
様々な種類が通りを往来している。
 晴れた日などは気づかないものだが一度雨が降り、渋滞に巻き込まれたりすれば
不完全燃焼の排気ガスが籠もり、湿気と相まって鬱な車内になる。
 ここの標高は2500を超すのだ。酸素は薄い。

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 ダウンタウンの喧騒を抜けて、閑静な住宅街へと2台のタクシーは進んだ。
 一方通行のため何度か交差点を曲がり、5階建の煉瓦色のビル前に止まった。
 外壁が煉瓦造りの5階建てのビル、別段珍しいものではない。
 モルタル外壁の店舗など珍しくもないだろう。
 ただ、色調は落ち着き、くすんだ路面が雰囲気を落ち着かせているのか。
 電柱と街灯の少なさ、立て看板の見あたらないことが元々の文化の違いを充分
認識させる。
 まさしくヨーロッパの街角と変わりない。
(キートンはアジアの街の雰囲気も好きなのだが)
 駐在員の1人がタクシーから降りて手招きする口調で、ゆっくりと破顔した。
「ここがそのビルです」

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「階段を使ったぐらいでは酸欠にはなりませんよ」
 既に小一時間ばかり経過していた。
 身体が慣れ始めているようだ。
 しかし一息ついた際のコカ茶の爽快感が他のどの薬味より効果的なのだが、
麻薬の類を試したことのないキートンにはその時は分からなかった。
(注:今も試してはいない)
 その夜、ホテルにて

「よしっ」
 窓外に望む山嶺の頂きに被さる月を見ながら呟いた。

to be continued !! [Go Next!]


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