Paster Keaton Essay「Airs」

EPISODE:12 ガイエスブルク(荒鷲の要塞)

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 枯死した塩色の樹林と黒い湿地の中を走る道とキートン。

咽せるほどの湿気、照りつける太陽。
陽気なカリビアンダンスミュージックを喚き続けるカーラジオ。
遥か前方の景観はこの1時間何も変化しなかった。
そのさらに1時間前からもさほど変わらなかった。
カリブ海から吹き込む熱帯性の気団が水蒸気の巨大な固まりを
マグダレナ川河口域の湿地帯に乗せていくからだ。
その白んだ空が動き出した。
動く?!
いやせり出してきている、何かが。
強烈なカリブの日差しの奥にうごめくもの、それは霞んだこの
大地の中に圧倒的威容を誇らんとするもの。
5700mを超過するSt.マルタ山を頂に抱える山岳地帯である。
デルタの果てるところには、急峻な稜線の立ち上がりにそびえ
立つ山嶺。その存在感は高層ビルに立ち塞がれた雰囲気すらある。
だが、ここからは山頂を見ることは叶わない。
手前の山々の峰峯が覆い隠してしまう。
「あと、1時間もかからないな」
笑いかけることでドライバーに後少しだねとキートンは同意を
とった。

麓の海岸線を走れば決して豊かではない木々の緑が車窓を紡ぐ。
地中海性乾燥気候に似た風土から来るものなのか緑は生い茂って
いるわけではない。低地では降水量の少なさ故か街路樹よりも
高さは低い。寧ろ高地が水蒸気団とぶつかるため艶やかな葉を
生い茂らせている。
勿論、サンタマルタ州の海岸線が全てこういった情景なのでは
ない。マラカイボに近い海岸線では降雨量も多く、数十mに達
する森林地帯が続く。総ての自然は丘陵や河川、街並み、稜線
の高低により孕む湿度と気温により変化するものなのである。
ロダデロの自宅となるレジデンシア(一種のリゾートマンション)
に到着したキートンは見かけよりも軽い段ボール箱を玄関前まで
運ばせた。
「さてと、何から食べようか」
ダイニング一面に開封しながら購入リストと照らし合わせを始めた。
全てを食べきれるのか。

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1994年5月、アメリカ合衆国のとある州

 走り出してから小一時間ほどだったが給油のためにスタンドに
キートンは立ち寄った。ガソリンを給油し終えると併設されている
小屋に入った。
店内は薄暗くはなかったが、日本の一昔前の雑貨屋の趣である。
10時を少し過ぎただけなので小さなチップス菓子とジュースを
買うキートン。同じツーリングをしている氏もキートンに倣った。
店前に腰掛け、菓子を食べる二人。
目の前を通る車輌は少ない。
店の周囲を見やると花を咲かせている木がある。
あの木は何だろう。

キートンが眺めていると橋本氏が写真を撮ってと云ってきた。
「撮るんですか?」
「こういう店はそうそうないでしょう」
「そうですね、1枚で良いんですね」

ドドッ、ドドッ、ドドッ、ドドッン。
Vツインの排気音を確かめ、キートンと橋本氏は再び走り出した。
アクセルを煽り、シフトアップを繰り返して車速を高めていく。
小気味良いビート音と爽やかな風を切りながらキートンは苦笑した。
「そういやあ、コロンビアでは1回しかバイクにのらなかったなあ」

◆◆◆◆◆◆◆

 1990年6月、Lodadero(ロダデロ)

「スクーターですか?」
「そう、レンタルして乗る」
「でも、国際免許は取得してこなかったんですけど」
「大丈夫、スクーターでは不要だよ。あそこにある(自動車の)
レンタル会社で出来る」
「はあ」
 キートンが国際免許を取得しなかったのは事故による補償問題を
警戒してなのだが、スクーターとは思いもつかなかったのだ。
「クレジットカードは?」
「持っていません」
「えっ」
「作っていないんです」
「そりゃだめだよ、国際免許証よりクレジットカードがないと
(金銭上の)保証にならいんだよ」

ロダデロの街

to be continued !!


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