「らぶエヴァ・リターン」


Kap.W「遮断」」

◆◆◆◆◆◆◆

「――こんなに嬉しいことはないよ…」
 レイを抱き締めたまま、ぼろぼろと涙を流すシンジ。
 湧き起こる想いに戸惑いながらシンジの頭を抱え込むようにして両腕で包むレイ。
「欠けていた断片が少しずつ戻っていく感じがするわ……」
 閉じ忘れられた扉の隙間から室内の灯りが漏れて、照明が落とされた夜間の港湾
部ブロックの廊下に光の筋を引いていた。
 その扉の横に背を壁につけるように立つアスカ。
 項垂れるように胸には後ろ髪が掛かっている。
「――どうしてだろう、シンジになんて云ったらいいの?」
 シンジが社会的に家庭的に恵まれていた訳でないことをアスカは充分知っていた。
 家族の繋がりを求めながらも孤独を好む傾向がシンジにはある。
 温かみを望みながらもそれが失われることの不安につい、踏み止まる癖があるシンジ。
 そのことを知りながらも素直になれないアスカ。
 思いがけずに強気な態度をとりがちでシンジとの距離感を感じてしまう。
「私、何やっているのだろう、ここで――」

◆◆◆◆◆◆◆

「葛城ミサト准将、特務艦隊司令を拝命します」
 タカヤ第二艦隊司令の執務室を訪れていたミサトが連合宇宙軍略装のまま、敬礼した。
「まぁ、仕事の話はこのあたりにしてミサト、シンジ君のお姉さんの話、聞いた?」
 執務卓脇のソファーに座りなおしながら紅茶を淹れるタカヤ。
「避難民スタッフの中に居た、と今現在の情報で確認しているだけですが」
「今はそれで充分よ、ここから先は私自身の推測でしかないのだけど、
もしかしたら碇提督は解かっていてシンジ君をウルヴァシーに派遣したのではないのかと」

◆◆◆◆◆◆◆

「フローターベイルの現在の状況は?」
 指揮官席に座った精悍な顔つきの将校が開放ブリッジ下方のオペレータに問い掛ける。
「FB群体の半数は通常空間にデフォールドしています」
「九次元レーダーに微弱な超感接続の痕跡を検知」
「FB先頭の数本がウルヴァシー第五、第六惑星を破壊、
 分裂した惑星本体が重力崩壊しています」
「第二陣が27フォトソセックでウルヴァシー植民本星をまもなく破壊します」
 右手を軽く上げ、残りはホロスクリーンに暫時表示するように促す。
 その軍服は連合のものではない。
「疎開船団の様子は」
「現在のところ、フォールド可能宙域まで通常航行しています」
「混成船団と民間船故に我々のようにはいかぬ、か」
 組んだ足を直しながら随時更新されていくホロスクリーンのデータを凝視する。
「やはり微弱なLE反応が出ているな」

◆◆◆◆◆◆◆

 疎開船団は通商航行が連合圏の担当年だったため、九割以上連合に所属する星系から
かき集められていた。
 連合圏自体の植民星はその版図規模に反して少ない。
 このため、いきおい活発な恒星間航路は育つ筈も無く、もっぱら大規模開発が行われ
ている星系を中心にして宇宙船の建造は行われていた。その中から経済活動に支障が出
るのを憂慮せずに危急の事態として船団が編成されたのである。
 総数は八百隻余りで半分以上は船客定員が六千名に達する近恒星系船型で貨物室を満
載して危険宙域を避けるようにラグニッツァを先頭に僚艦を従えながら歪む宇宙のうね
りの中を進んでいた。

◆◆◆◆◆◆◆

 船団疎開から5日目。

 ウルヴァシー星系の太陽風も重力の影響も少なくなった宙域を進む船団。
 安定した事象平面でのフォールド航法に備えて船団各船での最終調整を迎えようとし
ていた。

 船団の位置確認や座標選定、進捗の度合いや指揮伝達系統の再確認に追われ緊張感が
張り詰めるブリッジから仮眠に入るために休憩デッキに下りていくアスカ。
 疲労が溜まっているのか目の色は沈んで精彩に欠けている。
 シンジは何処だろうか?
 とノーマルスーツ左腕のインカムを操作して艦内各層のサーチを行ってみる。
 通常航行とフォールド航行に反転突入した以降ではシンジの仕事はこれといってない。
 船団各船の連携を重視しなければならないこのような状況では技術士官の出番は限定
されてしまうのだ。
 フォールド航法基幹部と船団全船の情報リンクの統合作業は既に終了していた。
 シンジがブリッジに戻ってくるのは反転航法の操船前だ。
 レストルームでビタミンタブレットを受領して部屋に戻ろうとして第六展望ラウンジ
への通路を横切る際にシンジがレイと談笑している姿が目に入ってきた。
 そのまま廊下を惰性で漂うアスカ。
 ハンドレールが終点に着き、エレベータで自室のあるデッキに斜めに降りていく。
 自室の前まで来ても虚ろに立ったまま、ドアを開けずに額をドアに押し付けるアスカ。
 失った日々を取り戻すかのようにアスカよりもレイとの時間を優先するシンジが歯痒い
アスカ。
 それを仕事の重責の中、唯々諾々と理解している自分に我慢できないアスカ。
 労いの言葉をかけて欲しい時にきちんとかけて欲しい、それだけでもいいから疲れた
私を構ってよ、見てよ、傍に居てよ、こみ上げてくる想いに拳で思わずドアを殴りつけ
てしまう。
「アスカ? どうかしたの?」
 シンジの今更ながらのタイミングの悪さに理性のヒューズが飛んでしまうアスカ。
「どうかしたのだなんて、シンジ、どうしてそんな言い方が出きるのよ」

◆◆◆◆◆◆◆

「ダメです、現域状態を維持出来ません、このままでは!」

 フローターベイルの空間転移域は予測以上に広範囲に波及して時空連続象面の歪曲
座標が疎開船団のフォールド航法領域を侵食したことにより、ブラックホール域に強
制デフォールドされてしまう疎開船団。
「そんな、この宙域にブラックホールが存在するのは何万年も先の話よ、
 僅か数週間で恒星が重力崩壊するなんてありえないわ」
 想像を越えた状況に歯噛みするアスカ。
「船団の被害状況を確認、急げ!」
「本艦、救援に後退します」
 晴天の凪いだ海原から極寒の暴風雨圏に遭遇してしまった小船の如く進路が交錯し、
うねる重力波に翻弄され、軋む船体、エネルギーの爆風にプラズマを帯びる船体、機
関部が停止する船体。
「被害甚大なれども航行には支障なし、か」
 疎開船団指揮官シュトロハイムが組んだ足を代えながらホロスクリーンを一瞥した。
「よし、本艦は船団最後尾に位置して擬似フォールドを展開、
 一時的に重力干渉を弱めて船団の脱出を図る」

 慌しくなる船内。
 フォールド基幹部の設定変更を行うシンジ。
 機関要員達が必要なエネルギーのバイパス経路の突貫工事を開始していく。
 ゆっくりだが潮に曳かれ、浜辺から沖に流されていくようにブラックホールの喉許に
確実に寄っていく船団。
「双曲線半径まで残りコンマ7光秒」
 船内モニターのインカムから流れるアナウンスが切迫感を強めていく。
「双曲線半径まで残りコンマ6光秒、シュバルツシルト半径まで12光秒」
 ギシギシと船体の悲鳴が次第にオクターブを上げていく。
「後部は私が引き継ぐから、あなたは対消滅チェンバーとの連動を確実にして」
「綾波…、判ったよ、僕は僕にできることを頑張るよ」
 綾波の技術スキルが半端でないことはこの際、有り難かったが、正直、巻き込む様で
シンジは逡巡した。
「じゃあ、姉さん、危険と感じたらなるべく早く逃げてね」
 そして、殿を務め、船団崩壊を乗り切ったが――。
「左前方に近接警報、ダメです、避けきれません!」
 船団から剥がれ落ちたソーラーセイルや放熱板、リフレクターシェルが重力干渉を
一時、遮断したことから陥没に吸い込まれる水のようにラグニッツァ周辺を鉄砲水の
ように流れていく。
「外壁損傷、後部基幹系シェルツェンが剥れています、このままでは――」
 鈍い震動が二回、船体を震わせた。
「推進剤貯蔵ベイb−5からe−32までにかけて圧力断による飽和爆発発生」
「機関部の状況は?」
「ダメです、後部船体推進部は不能です!!!」
 叫び返すアスカのインカムに追い討ちを掛ける言葉が届いた。
 シンジが今の爆発で負傷したと。

『ティキ、起きている?』
 体内ノードに呼びかけるレイ。
≪メイカーの修復状況は芳しくありません、私も診断のみしか機能できません≫
 苦悶の表情を浮かべたまま傷付いたノーマルスーツを脱ぎ、私物のアタッシェケース
から取り出したリングカプラを左右の手首に嵌めていく。
≪血圧が若干低下しています、合理判断モードに遷移しますので返答のみになります≫
『いいわ、これから話すことについてだけでいいわ』

 

          続劇         -PasterKeaton©2001-


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