「らぶエヴァ・リターン」


Kap.V「錯綜」

◆◆◆◆◆◆◆

「策定宙域の障害物排斥確認、
 フォールド可能な領域確保内に100立方メートル以上の隕石、
 スペースデブリの存在は観測されません」

 観測結果を読み上げるアスカ。
 哨戒活動中のレグニッツァが船首を2時方向にゆっくりと回頭させて行く。
「フローターベイルとの相対距離は?」
 ホロスクリーンに現在の状況と予測進路を重ね合わせる。
「FB群体の先頭が現時点で第8惑星の公転軌道手前五百万キロメートルを切りました」
「うむ、十日後にはウルヴァシーとの軌道と交錯するな」

「どうしたの? 深刻ぶった顔しちゃってさ」
 当直任務から交代して休憩室でそのまま床を凝視したままのアスカの頬にコーラの
紙コップを押し当てるキャティ。
「いきなり、びっくりしたじゃないのぉ、キャティ」
 2つめのカップをアスカに手渡すキャティ。
「ありがと」
「ここにきて激務ばかりだからすれ違いでことすら人恋しくなった訳なのかしらん」
 向かい合うように可倒式シートを引き出して座るキャティ。
「別にそんな訳じゃあないわぁ、ただ、ちょっと、ね……」
 両手で包み込むようにして紙コップを持ちながら目を泳がせるアスカ。
「一番いい言葉が見つからないだけよ…」
「……もしかして、浮気の現場でも押えたの?」
 ピクッと動くアスカ。
 やれやれ、相変わらず強情なまま自分に素直になれないのね、と肩をすくめながら
紙コップを空にする。
「それがホントかどうか私には判らないけれど、あの碇君にそれ程の甲斐性はないと
思うけどね、私には」
 アスカの手から口を付けていない紙コップを取り上げながら、
「あったかいスープにしておきなさいよ、こんな気分の時は尚更ね、
 じゃ、後は自分で取ってね」
 とカップベンダーで温かなスープを注文するとウィンクしながらブリッジに戻って
いった。

◆◆◆◆◆◆◆

「シンジ、ちょっと背中をこっちに向けて」
「なんだよ、アスカ、今日は変だよ」
 帰港後、短いオフの時間内に宛がわれた宿舎内で持ち越しの仕事をしているシンジを
訪れたアスカ。
 ソファに座りながら仕事を続けるシンジの横に座り、満足したように横顔を見詰める。
「こうするのよ」
 背中越しにシンジに抱き着き、両腕をシンジの首に廻し、力を抜いて身体をシンジに
預ける。
「アスカ…」
 目を閉じたアスカ。
 廻した手に手をそっと添えるシンジ。
 いつのまにか寝息をたてているアスカ。

◆◆◆◆◆◆◆

 ホロスクリーンにキタキツネが子育てをしている様子が映し出され、巣穴から子狐が
ひょい、ひょい、と顔を出して周囲を伺うように興味深そうに世界を見渡している。
「ま、ここはちゃんとした支店だから味はしっかりしていると思いたいけれどね」
 アスカがメニューパネルを指先でタッチすると、キツネのマスコットキャラクターが
両手で抱えるようにしてメニューのホロ画像を次から次へと運んでくる。
「やっぱり此処に来たのなら具沢山なスープが僕はいいなあ、
 疲れたときなんか、もう身体の中からじわ〜んと来てさ、
 いつの間にかリラックスしてしまうものだよね」
 目まぐるしく動くマスコットが掲げた様々なスープを楽しむように見るシンジ。
「近海ものの魚のスープはどうかしらん」
「あ、ちょっとそれは」
 口を濁すシンジに隠し事でもあるのかと勘繰るアスカ。
「なに?」
「いや、魚のスープはアスカが嫌いなロイム貝が一緒に入っているんだけど、そのね」
 ホロ画像の中央をクリックして食材を示すシンジ。
 苦笑するアスカに頬杖を付きながらオーダーを入れていくシンジ。
「士官学校の帰り、いつも近くのきたきつねで食べていたなぁ」
「あの頃は知る人ぞ知る、という大きな店でもなく隠れた人気の店だったわ」
 食前酒をオーダーするとホロ画像の雄キツネの顔が赤く変わり、千鳥足になって
消えていく。
「あそこの店にはさ、大きな写真が飾ってあったよね」
「そうよ、
 その前で座っていた誰かさんが席を立つ際に後ろの席の可愛い女の子の頭を
 小突いたのよ」
 運ばれてきたオードブルを口に運ぶシンジとアスカ。
「ははっは、そういうこともあったね」

◆◆◆◆◆◆◆

 船団疎開の3日前。

「碇さんは居るかしら?」
 巡航ブリッジ内の航法席で航路情報を入力作業中のアスカの端末回線に着信が
割り込んだ。
「あら、伊吹さんがシンジに何か頼まれたことでもあったの?」
 簡易表示のホロスクリーンを立ち上げて応じるアスカ。
「頼まれた訳じゃないけど、偶然一致したことがあったのよ」
 ウィンドウ表示ではなく、出力した書類の束を振って見せるマヤ。
「判ったわ、シンジの回線に廻すわ」
 それは、
 綾波レイが碇シンジの生き別れた双子の姉であることが判明したことであった。

 きっかけは疎開者のリストを作成していたマヤがデータ照合の矛盾を発見した
ことだった。
 関係者全員のDNAコードと来歴累計情報並びに通航タグを整理していた際に綾波
レイの一部データが破損修復されていたことだった。
 それはよくある問題回復の手段の一つであったが、修復後に回復させたデータの
マスターが存在しない点だった。
 リスト作成作業と並行しながら丹念にアクセス可能な行方不明者データベースに
照合をかけた際、帝国からの帰還者と思ったマヤが帰還者のDNAコード照合を先に
行ったことで30%の確率で近似解答を得たのだった。

 それはシンジが三歳の時。

 父ゲンドウが宇宙軍勤務時、敵対勢力との交戦域が碇ユイの住まう宙域へと及ぶに
至り撤退途中乗艦した難民船に流れ弾が飛来した。撃破された船体から広がる破壊を
防ぐために各甲板、各居住ブロック毎に隔壁が閉鎖されていく。
 重力制御が切れると同時に気圧の変動、流出空気の暴風が難民達を船外へと吸い出
していく。
「お母―さんっ!!」
「シンジ、レイッ!」
「お母さん、シンジ、いやぁぁぁっ」
 容赦なく三人を隔壁が次々と分け隔てていく中、クルーに抱き留められるシンジ。
 その数秒後、艦は爆発し、生存者は一割に満たなかった。
 離れ離れになった三人。
 シンジは連合圏に、ユイは帝国圏に救出されたのが確認されたが、レイだけは行方
不明となっていた。
 シンジが七歳になった時、就学児童福祉法の適用を受けて艦隊作戦情報室に任官す
ることになった葛城ミサトが扶養対象者としてシンジの面倒をみることになった。
 身長とほぼ同じ大きさのスーツケースを曳きながら官舎のチャイムを二回鳴らした
シンジを迎えたのは、とろんと寝ぼけ眼で下着姿のままのミサトだった。
「わる〜い、わるい、君がシンジくんねぇ、ふわぁあ〜あ、葛城ミサトよ」
 ミサトの士官学校の先輩であるタカヤ作戦課長が落ち着かない猫の首に鈴を着ける
つもりだったのか、日常生活の逸脱者であるミサトを矯正するつもりだったのかは不
明だが、周囲の期待に反してミサトの生態に変化は訪れることはなく、出来の悪い
ガサツな姉と如才ない小さな弟の関係となった。
 士官学校同期の装甲擲弾兵勤務のマリー・グランディスが開口一番、
「有史以来、初めてミサトの住む場所に床が現れた」
と毒舌を奮い、タカヤが
「反面教師としてはこれ以上の人材はいないが、ベッドを共にした男の数が一個師団を
 上回ると豪語するこれ以下の人材も居ないだろう」と言葉を繋いだ。

 時は過ぎ、母とレイと捜すために軍を目指すが15歳の時に唐突な和平が成立した。
目標を失うが士官学校でアスカと知り合う。
「ねえアスカ、今度のクリスマスパ−ティーのペアは決めたの?」
「アスカ目当ての男子が2ダースは来るわよ」
 寄宿舎に戻る坂の途中、悪友たちがアスカをネタにかしましく喋りだす。
「無駄無駄、アスカはね、覇気がなくて深刻ぶるのが似合うのがタイプなのよ」
「へぇ〜え、あっ、判ったわ、あの子ね」
「そうそう、例のあの男の子よ」
 冷やかす悪友に頬を紅潮させながら否定するアスカ。
「もう、そんなんじゃないってば」
 三年後、任官と共に抑留・拿捕者帰還の第四陣で母ユイが還ってきたが生死不明の
レイだけが残った。
 気の遠くなるような作業の中、母系遺伝する特徴ある配列を示した人物に碇ユイが
居た。取り寄せた碇ユイの全DNAコードと辛うじて保管されていた幼少時のDNA
診断カルテ、そして碇シンジのDNAコードを照合させた結果、遺伝子組換え箇所が
存在するが配列モデルの近似が得られたのだ。

◆◆◆◆◆◆◆

 住み慣れた高層フラットから疎開用に梱包した荷物はL4ケースの半分にも満たな
かった。
『当然ね、兵器として組上げられたパーツとしての私以外、
 その場に存在するもの以外は何もないもの、
 想い出も、過ごした時間も場所も人との繋がりも川のように留まってはくれないわ……』

 疎開者達が宇宙港から順次オービタルシャフトを経由して軌道上に繋留された疎開
船団に移動するに従い、レイも港湾関係者宿泊施設に一時移ることになった。
 偶然ながらシンジと同じフロアだった。
「ヤマちゃんもミーナ君も一緒の船に乗るのだから大丈夫のなよ」
 出国手続きをするため両親が一時はなれて駄々をこねている弟をなだめるように諭す
ちっちゃなお姉さん。
 片膝をつきべそをかいた男の子の顔をそっと拭くレイ。
「大丈夫よ、みんなみんな元気で遊べるよ、
 出発して6回目の食事をしたら、もう船の旅も終るのよ」
「お姉ちゃんも港の人?」
 女の子が尋ねる。
「そうよ、みんなが無事になるように仕事をしているのよ」
 精一杯のぎごちない笑みを浮かべたが小さな姉弟には通じたようだ。
「ほら、お父さんお母さんが呼んでいるわ」
 手を振り見送るその姿にデジャブを憶え、軽い偏頭痛が襲う。
 宿泊施設に戻り、軽くシャワーを浴びて簡易ベッドで横になり外部ホロスクリーンで
船団の状況を確認する。
 そこに先ほどの情景がオーバーラップして重なる。
 凝視を続けていくと次第に鼓動が高まり、目の焦点が虚ろになっていく。
 ホロスクリーンの一部にニュース画像が過去の船団による疎開の事例を流しだしていく。
 不意に部屋の照明が明滅した。
 港湾施設の疎開作業による供給経路の定時切り替えだ。
 ホロフォンのベルが着信を知らせだした。
 体内ノードは沈黙したままだ。
 これらが偶然重なることでレイの心の中で何かが弾けた。
「――私って…」

          続劇         -PasterKeaton©2001-


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