「らぶエヴァ・リターン」


Kap.X「家路」

◆◆◆◆◆◆◆

船殻が破損してしまいシュバルツシルト半径へ引き寄せられていく
哨戒艇ラグニッツァ。

 打開策として綾波レイから提案されたのは後部船殻を切除と共に核融合炉を
爆破してパルス脈動を反動利用し、双曲線域ぎりぎりのスイングバイを行い脱
出加速を獲得、脱出することにしたが、一つ問題があった。
 負傷者救護を優先するために士官はノーマルスーツを着用するのだが船体前
部の生命維持接続用カプラが足りない。船体前部は本来近距離哨戒用に設計さ
れている船殻構造なので充分な生命維持機器が備わっていない。
 だが、それでも計算では宇宙軍との会合域までギリギリしかない。
 既に進発した僚艦を戻すことも出来ない。
 そしてパルス反動の効率を上げる為には不要な船室を全て爆破する必要がある。
 残される後部船殻から非常ハッチを同時に手動操作して相転移状態への移行を
スムースにするために。
 それ故に操作オペレーターが船体前部に戻ることは出来ない。
 船体後部に相転移状態での事象平面の断列を形成するのことによりパルス反
動の大部分は船体前部を吹き飛ばし、脱出に必要以上の加速度を得られる。
 後部船殻では内火艇ハッチ操作室でその操作を行い、内火艇で脱出を図るこ
とを綾波レイが提案してから35分が経過した。

◆◆◆◆◆◆◆

「ワイズミュラー閣下、ハイペリオンからの経過報告に何か?」
 帝国軍後方艦隊駐留惑星のヴァルドリオ。
 緩やかな陽射しが部屋の半分を柔らかに暖める中、副官のジッツフェラルドが
敬礼をした。
「現象が似ておるのでな、増援が必要ではないかと愚考した次第だ」
 銀髪の少壮の将官がゆったりと片手を上げながら述解するように微笑んだ。
「ですが、今からでは該星系への派遣は間に合いませんが」
「今から、ではないのだよ、これから、に間に合わせるのだよ」

◆◆◆◆◆◆◆

 爆破と分離20分前。
 シンジがブリッジに来た。
「大丈夫なの!?」
「右手も動くし、視線入力に問題ないよ」
 左腕と左脇腹を負傷したシンジが苦痛を堪えながら着座する。
 最終カウントダウン2分前。
 ブリッジを見渡すシンジが異変に気付く。
「アスカ、姉さんは?」
「ここよ」
 後部船殻内火艇ハッチ操作室モニターに映し出されるレイ。
「どうしてそこに居るんだ?」
「船殻の損傷でここからしか操作できないの、
 それに生命維持カプラが足りない訳だし」
 自分が怪我をしている意味の残酷さを悟るシンジ。
 負傷者があと一人少なければ、綾波は残らずに済むのに、と。 
「どうして姉さんが」
「私以外のクルーはみんな船の航行に必要よ」
「でも――」
「何も自殺するつもりはないわ、
 ものわかりの悪い姉になって弟の花嫁をいびる小姑になるつもりなのだから」
 航法士官のアスカがカウントダウンを始める。
 顔を伏せて俯いたまま。
「軍との通信可能宙域に入ったらトリマランフリゲートの要請をするよ、
 そうすれば」
「このスーツの生命維持限界の16時間までに戻って来る訳ね」
「そうだよ」
 涙声になるシンジ。
 内火艇で脱出してもパルス反動を利用することは出きる。
 しかし、放射状に飛ばされる為にラグニッツァと離れ離れになってしまい、
回収が困難なまま虚空を永遠に放浪し続けてしまうのは誰の目にも明らかだ。
生還できる可能性はゼロに限りなく近い。

◆◆◆◆◆◆◆

 帝国圏歴   AE−558年
 グレゴリオ歴 AD2015年
 イェオバ歴  EH25541年
 自由連合歴  UC−125年
 LLaPisLs歴  35261年頃
 西伊豆の海岸。
 夕暮れの海岸で緩やかな茜色の太陽を見詰めている少女が一人。
 毅然とした表情の中で瞳は僅かに寂しい光を反射していた。
「?」
 波打ち際から沖よりに2、3mの海面、いや海面より十数cmの間を開けて
中学生の制服を着た少女が浮かんでいた。
「――誰?」
 自分と瓜二つの姿に問い掛ける17歳の綾波レイ。
「私はあなた――。あなたは私――。
 私は私で、あなたはあなた――。
 同じ綾波レイであって、同じ綾波レイではないの――」
 寂寥感を夕陽の翳に隠しながら、呼びかけるように言葉を紡いだ。
「やっと私は終れるのね…」
 溜め込んでいた息を吐き出すように柔らかな表情になっていく17歳のレイ。
「ごめんなさい、私たちはまだ終れないの…。
 私たちが綾波レイという存在である以上、私たちは求めつづけるの、
 ずっと…」
 泣きそうな、そして幸せそうな、微笑を湛えると波の上に居た綾波レイは
波音に消えていった。
「綾波ッ!」
 砂浜を走り駆け寄ってくる碇シンジの声に頷くレイ。
「そう、そうなのね、私は――」

◆◆◆◆◆◆◆

 見守るように付き添うように霞む少女姿の綾波レイがレイの右手に手を添えた。
「シンジは泣き虫ね、小さいときと同じで、いつも私がなだ―――」
 カウントゼロで分離、爆破、パルス反動で加速する船体。
 核パルスのノイズで通信が中断してしまう。
 無常に通信リンクが繋がったままなのでピロリリリ〜と接続確認シグナルが
ブリッジに鳴り響く。
 数分後、通信リンクが回復したがモニターは暗黙したまま。
 フォールド航法突入で反転するまで残り僅か。
 微かな声がスピーカーからこぼれた。
『…寒い…わ…』
 ブツっとリンクが途切れ、モニターが消える。
「ビーコンの受信範囲を過ぎました、
 内火艇は3.8フォトソセックで加速中、回収範囲をまもなく逸脱します」
 後方モニターにちいさな輝きが瞬いた。
 ふと自分のコンソールコムに私信が入っている事に気付くアスカ。
 秘話モードで開くとレイからの映像メールだった。

「ロストシップの発動を現出、事象面の界嶺域が変動していきます」
 計測官からの報告にハイペリオン艦長が司令を下す。
「機関全速、直ちに確保せよ」

◆◆◆◆◆◆◆

『ねえ、姉さんには夢があるの』
 出発前夜、港湾部のラウンジで紅茶を飲むレイにシンジが尋ねる。
『夢、夢ね…、わからないわ…
 こころの中に欠落した部分をいつも感じるの、
 でも、それがあるからこそ、私が私で居られる気がするの』
『僕はそんなのはイヤだな、気のせいでもいいから埋めておきたいと思うから』
『アスカさんと一緒に居たいのはそのため?』
 一瞬、息を詰まらせ、目を瞬かせ、視線が中々さだまらないシンジ。
『よく判らない…
 一緒に、そばに居てくれているなら、それが、アスカが怒っていても、
 泣いていても、一人で居るよりいい気がして…、
 アスカの気持ちに気付けなくてケンカばっかりだけどね』
 照れ臭そうに手で頬を掻くシンジ。
『…それでいいと思うわ…』

◆◆◆◆◆◆◆

 疎開船団と連合宇宙軍との会合宙域まで24光分手前。
 予定よりも21分早く護衛艦隊が出迎えてきた。
 旗艦と状況交信を行いだした矢先、大型艦がすぐ傍にデフォールドアウト
してきた。
「あれは帝国の深次元探査戦闘艦のハイペリオンだわ」
「何故こんなところに?」
 非礼を詫びる通信がモニターに割り込み、シンジとアスカは泪を流した。
 あの直後、周囲32.1光秒の宙域が偏移消滅してしまった。
 ブラックホールは流入の分水嶺を越えたことにより自然消滅した。
 船団の再編成は半日後には完了した。
 遺棄される事が決定され、自沈することになったラグニッツァ。
 ウルヴァシーの観測状況を相互確認するためにハイペリオンを訪れる
ことになったシンジ達。
 ランチに乗ったアスカの表情が憮然としたままなので思わず苦笑するシンジ。
「一言文句をいいたそうな感じだね」
「当たり前じゃない、こっちより何倍も性能がいい船をもっているのだから、
 ああなる前に助けて欲しかった、と誰も思うわよ、普通はね」

 事務続きを終えて迎賓室に迎えられた一行にハイペリオン艦長のカーライル
提督が挨拶した。
「実は、ここで貴方方に御願いしたいことがあります、特に碇シンジ殿――」
 案内を受けて通された格納庫の中央部は独特の輝きを放つ何かが置かれていた。
「これは、一体…」
 白く燦然と輝く物体に近付くと遮蔽フィールドがあるらしく、弾かれるように
遮られれた。
「姉さん?」
 膝を抱えた天使のように綾波レイがそこにいた。
「彼女はロストシップのテクノロジーに護られていた。
 我々にも意向があるのだが、やはり肉親に報告しべきだと思ってね」
 カーライル提督が堅苦しい表情を崩す。
 そして、全ての経緯を悟ったシンジから涙が一滴こぼれて漂っていく。
「…さあ、帰ろうよ、姉さん、みんなが待っているよ」
「…ええ」
 翼を広げ、降り立つように足をついたレイがシンジの手をとった。

          おわり         -PasterKeaton©2001-


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