WildWestEvangelion
第九話「フォルタレーサ」


「いつか必要になるだろうと思っていたのでね、ウォーレンに預かって貰っていたのだよ」

 懐から鍵を取り出し、スーツケースに巻かれた鎖の錠をそれぞれ外していく冬月。
「でも、あの家の中には無かったわ」
 レイの問いに対して悪戯を白状するようなばつの悪い笑みを浮かべながら
「済まんな、二人には。湖傍の先住民達の祠に隠していたんだ」
 と詫びながら解かれたスーツケースを二人の前に差し出した。
「戦士を祀るには相応しいと思っていてね」


 愛馬を疾駆させてカロラドに最も近い停車場に到着した保安官の加持。
 時間はもうすぐ正午を迎える頃だ。
 この町、イラストリオスはカロラドを前に北北東から南西へと流れるマイセルピ河の東岸に
位置し、大河の緩やかな流れの両岸に広がる肥沃な大地の対を為していた。河幅は1ヤールを
越えており、現在の架橋技術で渡河するには不可能ではなかったが鉄橋の技術自体が旧大陸の
鉄道発祥国より10年近く遅れており、実質両岸の橋渡しは艀を使っていた。
 しかし、山脈越えのルートに於いてここに架橋することは重要である為に基礎工事の着工が
州議会で先日に議決されたばかりだった。
 河岸段丘の頂上部に対岸を望むように敷設された線路の終端部が、マイセルピ河を飛び越え
たいかのようにその末端を空へを反らしている。
 その先を追うようにホームの末端でカロラドの町方向を凝視していた加持が出発5分前を報
せる鐘の音を聞いてから客車に乗り込んだ。


 目を開けてみると黒い靄の中に包まれているような掴み所のない場所に居ることにファナは
気付いた。
「マサ姉、起きてる?」
「起きているわよ」
 水中に沈んだような位置感覚がする中で首を左右に振ってみれば、逆さに沈むような位置に
マサミが居た。

「ここ、何処かしら?」
「判らないわ、いつから居るのか、どのくらい時間が経っているかさえも判らないわ」

 浮遊するように身体を捻ったり、回転させたりしてやっとお互いの手を握り近付く二人。
「ちゃんと起こしてくれれば良かったのに」
 頬を膨らませながら不平を唱えるファナ。
「探したわよ、でも、ファナが起きるまでファナの姿は見えなかったのよ」
 注意してお互いを見ていないと互いの姿は途端に霞んでしまう。
「起きたのかい、二人とも」
 陽炎のようにぼんやりと渚カヲルの姿が浮かび上がる。
「あなた、私たちに何をするつもりなの?」
「僕は何もしないさ、ただ、君達…が望んだ事を望んだようにしているだけなのさ」
 その声は何重にも反響し、その姿も上に下に右に左に前に後ろに大きさを変え粘土のように
姿形を変えて現れては消え、また別な方向に現れてくる。
「心配することはないんだよ、望んだ通りに二人はやって来るよ」
 少年の姿に変わったカヲルが半身で名残惜しそうな表情で呟く。
 そして、マサミとファナの世界は再び虚無に包まれた。


 シンジとレイが着替えている最中の暇を持て余したアスカが手製の装弾器に1発ずつ銃弾を
篭めだしていた。回転式拳銃で引き金の前に蝶番があり、折れ曲がることで弾倉の入れ替えを
行うのだが、一回で手早く行えるように空薬莢を排出と同時に装弾器で6発を装填するのだ。
二丁分、それぞれ2セットずつの装弾器に弾を込め終えると銃身内のスラッジを掃除しだす。
手つきは軽やかだで鼻歌混じりだが目つきは真剣そのものである。

「お待たせっ!」

 顔を上げて玄関を見ればライフルを担いだミサトが大きな木箱を持ち込んできた。
「何これ?」
「とってもいいものジャァ〜ン」
 木箱にハンマークロウを勢いよく当てて釘を次々と抜き、油紙を開くと機械歯車式のガトリ
ング銃が現れた。
「ブルタコのガトリング銃じゃない、こんなものどうやって手に入れたのよ?」
 訊ねるアスカを無視してドラム式弾倉を次々と積み上げていく。
「さあぁて、どうしてでしょうかね〜」
 肩に掛けたライフルをトウジに手渡す。
「それにそのライフルもキングダムのロイヤルエンフィールドじゃない、あんた何者なの?」
 出立の準備をしている手を休めて背中越しにアスカに返事をする。
「人にはそれぞれ遣らなければならないことがあるわ、
 そして生きていく為にはその道をまっすぐ進めるとは限らない。
 曲がったり迷ったりしながらその時点で最善の事をしているだけよ、その一つよ、これは」
「あんたも訳有りな人生って事ね、ただ胸がデカイだけの女じゃなかったのね」
 鼻息をつきながら、素性を見抜けなかった自分に自嘲気味に笑う。
「コルトを使っている内は大人の女にはなれないわよ」
 勝利者のように右手の人差し指を銃身に見立てて唇に妖しくあて、笑みをこぼす。
「ふんっ、だ。化粧と香水で硝煙の匂いを隠すようなあばずれに成りたかぁないわよ」
「銃口からミルクが出てくるような乳臭い小娘よりはマシですよ〜だ」
 などといつもの口喧嘩を始めてしまった。
「行くのかね」
 止めても一緒に行くのだろう、と分かった顔で冬月がトウジに確認する。
「ええ、行って来ますわ」
「マサミとファナさんは私たちの宿の客です。助けに行くのは当然ですわ」
「それにわいが一緒に付いていけばシンジも無理はせんやろからな」
 子を見る表情で頷いて
「二人を宜しく頼むよ、これからもな」とトウジとヒカリの肩を抱いた。
「分かっていますがな」
 ピィッ―――――ゥィッ、と口笛を吹き、手を掲げ上げ、飛来した伝書鳩を手にミサトが
留まらせた。
「どうやら場所が分かったみたいだわ、出発しましょう」
 ミサトが足下に結わえられていたメモを確認して言い放つ。

「どこなの場所は?」
 拡げられた地図を覗き込むようにアスカが身を乗り出す。
「目的地はここよ」
 地図の上で指先を這わせて一点を指し示す。
「マイセルピ河を下って200ヤール下った先、河口の先にある旧い城塞よ」
 マイセルピ河河口の城塞、それはかつて州南部の綿花の輸出港であり、更に遡れば植民地
時代には数多の海賊と渡り合った旧い港湾都市でもあった。
 しかし、現在は州南部を貫く鉄道により綿花の輸送は貨車により東海岸へ運ばれるため、
今やかつての面影を残すだけの寒村となっていた。

 その町を右前方に望むようにして一隻の快速船が白い波頭を盛んに切りながら進んでいた。
「やっぱ新型は早いわね、この分だと日が暮れる前に到着できるわね」
 梶を切りながらミサトが叫ぶ。
 煙突からは盛んに蒸気を吐き出し、ボイラー横のシリンダーが盛んに上下運動を回転に変
えてスクリューを回している。蒸気圧を加減するようにシンジとトウジが釜に石炭をくべ、
コックを調節しながらレイが温度を調節している。
『ますます謎の多い女ね』
 船尾で手持ちぶたさに腰掛けているアスカが河岸方向を航跡越しに眺めている。
 イラストリオスで快速線を調達する際に徴票一つでミサトが手に入れたからだ。
「もうすぐ桟橋よ」
 古い町なのに通りに人の気配がないことに五人は気付いた。
「やはり夏のハリケーンの影響かしら、どこもかしこも家々の補修がされていないわ」
 石畳を歩きながら周囲を見渡すミサトが漏らす。
「水害がひどかったみたいやからのう、皆出ていったしもうたかもしれへんな」
 窓枠が壊れたまま補修されておらず、至る所に乾いた泥や海砂が目立つ。
「それにしてもここは蒸すわね」
 被っている帽子を脱いで扇ぐアスカ。
「…まるで夏のままね、ここは。…あそこね…、目指す先は」
 レイの視線の先には城塞が月明かりに照らし出されていた。
 薄ら灯りが幾つか見えている。
「その運河を越えれば本番だね」
「ああ、そうや、沢山のお出迎えがあるかもしれへんで、シンジ」
 海賊避けに入り組んだ狭い石畳と煉瓦積され漆喰の塗られた壁に囲まれた通りを警戒しな
がら、ゆっくりと月明かりのみで進んでいく五人。灯火など居場所を教えるからだ。耳を澄
ませ、自分たち以外の物音に注意を払って用心深く角を曲がり、先を伺いながら進んでいく。


 辻からそおっとアスカが曲がった先の通りを伺ってみると、5つの棺が置かれている。
 私たちの棺って訳ね――と思っている後ろから「…どうしたの?」とレイがぼそっと喋る。

「ひぃぃぃぃぃぃぃいっ」

 怯えたアスカが思わず悲鳴を上げそうになったのをミサトが懸命に口を塞いで堪えさせた。
「ち、ちょっといきなり後ろからいきなり喋らないでよ、こういうの苦手なのよ、私は」
 意外な発見をしたようにトウジが顔を綻ばせ「得意な奴もおらんと思うけどな」と茶化す。
 それに応えるようにそれぞれの棺が、ギィィィィッ〜と音を発てて開いていく。
「あちらが役者が上のようね」
 ニヤリと笑いながらガトリング銃の把手を掴んで装弾ハンドルを回し装填する。
「先手必勝よ!」
 歯車がジャァッ、と唸り、絞られた発条が解かれて束ねられた銃身が回転を始める。
 ドドドッ、ドドドッ、ドドドッ、と閃光と爆炎を迸らせて重い銃弾が五つの棺を粉々に粉砕
していく。
「やったの?!」
「上よっ!!」
 ミサトの問いにアスカが上を見上げて抜き放った両手の拳銃を目にも留まらぬ早業で乱れ打
ちする。撃ち終わった後の静寂に包まれるとガシャ、ガシャと四散したホムンクルスの残骸が
落下してきた。
「やるじゃない」
「当然よ、決まっているじゃない」
 装弾ハンドルを再び回して次弾を装填するミサト。
「でも、ちょっと動き辛いわね」
とおもむろにドレスの裾を腰まで引き裂いて太腿も露にスリットを作った。
「これで動き易くなったわ〜ん。ねぇねぇシンジく〜ん、た〜っぷり見ていていいわよ〜ん」
 しなを作りながら引き裂いた裾を捲くり、露骨に脚線美をシンジに見せつけるミサト。

「あはぁはははっ、とても生き死にを前にしての沙汰やないけど、少し楽になったわ」
 体の緊張が解けたのかトウジがシンジの肩を叩く。


 ヴァエリーストーネ州州都、ラルムスプリング州議事堂内、州知事執務室内。

「そうか、戦闘が始まったか」

「はい、電信によりますと夕刻時分過ぎからマイセルピ河口城塞前にて火炎が上がったとの
報告であります。この件をゲンドウに報告なさらずに宜しいのでしょうか?」
 高等参事官の問いに対して目線で無用であることを返答する州知事。
「既に掴んでいるだろうな、我々は州内での無用の混乱を避けるだけでよいのだ。
 それで、展開は」
「はい、既に部隊を駐屯地から手前2ヤールに向けて移動中であります。
 指揮官への追信は如何いたしますか」
「待機だ。現時点はあくまでも示威行動が目的なのだ。
 自治連邦政府に口実を与える訳にはいかんからな」
「かしこまりました」
 深深と礼をして退室する参事官。

 廊下を小脇に書類を抱えながら歩き、階段の手前ですれ違う男に耳打ちをした。
「示威行動のみだが注意が必要だ」
「(ミサトの)退路の確保が必要だ」
「判った、電信の時間を都合しよう」


 城塞前までに前進したシンジ達一行。

 既に攻撃は4度繰り返され、夜空から鴉のように飛来するホムンクルスに対してシンジと
レイが互いの連携で一撃で仕留めるのを繰り返していた。1つのホムンクルスに対しシンジが
1発射ち込むとレイがほぼ同時に1発撃ち込む。そして爆発するように黒い泡が吹き出るよう
ホムンクルスを覆い尽くし、酸に溶ける肉塊のように、乾いて崩れる土人形のように潰え去っ
ていった。

「さあて、いよいよ城塞の裏門側ね」
 ミサトが城塞への入り口前でゴシック様式の外壁を眺めながら促す。
 城塞そのものの正面は海側であるからだ。
 城塞の中は小さく区切られた街区でもあるが、これは城塞都市の発展がここから始まったも
のであるからで、町の始まりの頃は少人数であったのであろう。中の平屋のオレンジ色に褪せ
た煉瓦屋根がそとの街並みより一層古さを感じさせている。
 その屋根の向こうには装飾を施されたカテドラルが漆喰の白い肌を見せながら灯りを洩らし
ている。

「あそこかいな」
「多分、そうだよ」
 背伸びしながら見やるトウジの腰を支えながらシンジが相槌を打つ。
「後少しか、あ〜あ、汗かいちゃったから水浴びをしたいわ〜、シンジく〜ん、
 一緒に浴びない、いいでしょう」
 ミサトがマントを着たままのシンジの背中に抱きつく。
 シンジもレイもカロラドで着替えてからずっとマントを着たままなのだ。
「水浴びしている間くらいは襲ってこないわよん」
 じゃれるようにシンジにくっつき、しなをつくるミサト。
「…浴びていいわよ」
 レイが他人事のようにシンジの返事をする。
「ほんとに〜!? レイ、私ほんとに最後までいっちゃうわよ」
 ミサトの挑発に眉一つ、目線一つ動かさないレイ。

 両者に数秒の沈黙が横たわった。
「はいはい、判ったわよ、後にしておきますよ」根負けしたミサトがシンジを放す。

 その様子を見ていたアスカが小声でトウジに囁く「レイって怖い女ね」
「なんでや?」
「あんなの余ほどシンジの事を自信しているのか、他人を見下しているのかのどちらかよ」
「そないなもんかのう」
「じゃあ、ヒカリの前でああされても平気なの?」
「う〜ん、わいは欲望に素直やけど、さすがにあないな具合には出来へんわ」
 二人の横にミサトが寄ってきて壁に背を当てる。
「冗談と本気の区別がついているのかしら、レイったら」
 負け惜しみともとれる発言をするミサトにアスカが嫌味として
「ミサトは加持さんがいるのにどうしてシンジにちょっかいばかり出し続けるの」
「まぁ、相手にされないと判っていてもじゃれてみたい相手がいるのは半ば当然よね。
 その気持ちに正直でいるからこそ、加持との関係を続けられるのよ」
「それって変じゃない?」
 アスカのストレートな疑問に初々しさを感じて顔をほころばせてしまうミサト。
「アスカもその内に分かるようになるわよ」
 レイが時折見せる勝ち誇っているのが当然とした表情と同じ笑みに困惑するアスカ。
「そういうものかしら」
 確かに、戦闘で上気したミサトの雰囲気はやけに艶めかしくて、不釣り合いな屈託のない笑顔を
されると表面的でない心の繋がりを持っていながらも自分を確立しているように見え、その類への
蓄えがまだまだ子供と変わらない感じがした。

「じゃあ、この時計は今からシンジ君ね」
 とクロスの紋章が刻まれた懐中時計を取り出すと胸の谷間、両乳房の重なりで包むように挟んだ。
「はい〜!?」呆気にとられたアスカが怪訝な表情で口を大きく開く。
「切ない思いを今はこうやって耐え忍ぶのよん」
 抱き込んだ懐中時計に添えるように両手を胸に当てたミサトがうっとりした表情で悦に入る。
「…碇君」
 不意に呟いたレイがシンジを後ろから抱き締めて肩口に顎をのせ、瞼を閉じたまま離さない。
「あ、綾波…」
 人前であることに戸惑ったシンジだが、レイの手の上に手を添えて、ゆっくりと握り締めた。
 そしてゆっくりと顔をレイに向けて頬にそっと、柔らかく、触れるように、
 強く、吸い付くようにキスをした。
「はははっ、ミサトさん、こりゃ勝てんわなぁ」
 レイがミサトへのあてつけをしたことに、つまり、嫉妬と情愛の無垢な表現にトウジが笑った。
「こっちが照れるじゃない、そんな風にされたら」ぷいっ、とアスカが顔を背けながら赤面した。

『どうやらみなさんは怪我をしていないようですね。よく御出で下さいました』
 不意にシンジ達の前に少年の姿をしたカヲルの幻影が現れた。
 ミサト達が銃に手を掛けるがシンジとレイが制する。
『全ての門と扉の鍵は開けておきました。我々はカテドラルの鐘楼の間です』
 幻影のカヲルがその鐘楼の方に顔を向ける。
『客人は至って健康ですのでなんのご心配も為さらずに御越し下さい』
 ふっ、と消えたカヲルの幻影がアスカの前に再び現われてアスカの唇にそっとキスをして囁いた。
『では、待っているよ、マイハニー』甘い声を残しながらカヲルの幻影は消えた。
 羞恥と手玉に取られ続けていることでアスカは紅潮させながら唇を噛んだ。
 胸の中で様々な感情がぶつかり合いながら身体が正直に感じていることに屈辱を覚えながら叫んだ。

「さあ、みんな、行くわよ!」


第拾話に続く。[BACK][MENU][TOP]

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