WildWestEvangelion
第十話「スターファイア」


 月は既に天頂の高みから睥睨するように輝いていた。

 薬莢の排出と装填の音が城塞のすぐ前の海からの潮騒にタップを踏むように重なる。
 濃密に漂う汐の香りが硝煙の匂いと混ざり、会話のない中ではより一層鼻をついた。
「残弾はどのくらいですか、ミサトさん」
 弾頭が緑色の薬莢を入れた弾倉を互いの拳銃に入れ替えたシンジが例に銃を手渡し
ながら訊いた。
「斉射三連がいいところね、あとは一発ずつ撃っていくしかないわね」
 連射の歯車の噛み合いを解放し、単発に切り替えてコッキングハンドルを引くミサト。
「でもほんと、うまくここまで来られたものよね、尋常じゃない御仁の夫婦が居たとしても」
 こちらの出方を窺っているような攻勢じゃない――と言いたげな視線をシンジとレイに
向けるアスカ。
「…それは本当よ」
「外野で控えている団体に対しては容赦しないと思うよ」
 語尾に含ませた隠喩の流し目を受けて目をそらすミサト。
「まあ、もうバレちゃっているかな、二人には」
 手短に小石や棒きれで状況を説明するミサト。
 城塞の後方、北西方向1.5ヤールの近傍に州軍が終結しつつある事を快速艇受諾
時に知らされており、撤収時の退避ルートの確保を連絡員に既に確保させているとの
事だった。
「つまり、わいらは斥候と橋頭堡の確保のダシに使われておる訳かいな」
 壁に背を付けながら呆れたように小さく笑うトウジ。
「でもダシにされたのは癪だわね」と指も一緒に鳴らそうとしたが不発に終わり、あから
さまに嫌な顔をするアスカ。
「でも、ほんとは前々から機会を窺っていたのではないのかしら。私たちはその道化に
担ぎ出されただけに過ぎないように思えるけれど」
「裏は兎も角、どっちがどっちを利用しているつもりか分からないけれどゲンドウ一味に
黙って従うつもりはない、と見せたいのでしょうね、州政府は」
 賭けに興ずる客を眺めるディーラーのような意地の悪い笑みのミサト。
「残念だけどパーティーの梯子をする余裕はないから、手早く済ませて返りましょう」
「…はい」
 すっと立ち上がるシンジ。
「そうね、行きましょう」
「行こか」
「行くわよ」


「――司令」

 薄暗い洞窟のような空間に設けられた広間への入り口から女の声が響いた。
 どこまで続くのか奥行きさえ判然としない闇の奧へ呼びかけた声が吸い込まれていく。
「動き始めたか」
 二回りほど大きめの棺のような白金色の箱状の二つの漕の前で男が呼びかけられた
声に振り向かずに答えた。
「はい。感知器のレベルが上昇を続けています」
 入り口横の照明で逆光に浮かんだ顔の表情は微かしか分からない。
「こちらも感応を始めたようだ」
 独り言のようにさっきと同じように喋るゲンドウ。
 二つの槽の底辺部を被う霜のような冷気が次第に床一面に広がっていく。
「…まだ目覚めるには早いのに、やはり判ってしまうのですね」
 呼応するようにそれぞれの槽から弱いながらコツン、と内側に何かが当たる音が聞こ
えてくる。
「…そして、やはり互いを呼び合っているのですね」
 孵化する前の卵の音のように小さな音がまた響く。
「今は未だその時期ではない。
新たな調整は覚醒後で十分だ。何も必要ははい、今は――」
 その言葉を聞いているリツコの表情はこの空間以上に冷たいもののように感じられた。

 ――あなたは二人に嫉妬しているのね、ずっと。


 シンジとレイを先頭にしてカテドラルへの道を進む一行。
 軽く両肘を曲げてマントの裾から両手の銃を覗かせているシンジとレイ。
 続くアスカが銃の撃鉄を起こし、セイフティを掛ける。
 石段を数段昇り、溝のような回廊を右に左に曲がりながら抜けると中庭のような場所に
出た。その先には目指すカテドラルがある。
 そのカテドラル正面に仁王立ちしている巨躯の影が一つ。
 ゆっくりと出方を窺うように歩みを進めるシンジ達。
 影の中に浮かんできたのはぬくぱら亭を襲ったのと同じ異形の男だ。
「あいつは!?」トウジが惜念の声を漏らす。
「これからあんなのと戦うわけ?」虚勢を削がれそうな声を出すアスカ。
 巨躯の男がふっ、と浮かんだ。
 と、見えた次の瞬間、シンジ達に割り込むように飛び上がってきた。
 咄嗟に避ける五人。
 間近で全弾をアスカが撃ち込むが、雨でも当たったように何ともない。
「避けてっ!!」
 ミサトがみぞおちにドンッドンッ、と2発撃ち込む。
 後ろによろめきながらもダメージを受けていないように笑った呼気を吐き出す。
「…?」
 驚愕するミサトの脇からシンジとレイの腕が伸ばされ、互いに1発ずつ、ミサトが撃ち込
んだのと同じ場所に撃ち込んだ。数瞬の沈黙が包まれると、咳き込むように男の身体が
戦慄き、袋を引き裂くように胸元が弾け飛んだ。べちゃり、と散らばる肉片と体液。沸騰
するように音を発てて裂け目は次第に広がり、崩れ落ちる塊の中から山吹色の衣に身を
包んだ人の姿が現れた。
 ウェットスーツのような肌に密着した衣装に甲冑状のもので肩や肘、膝、胸元や頭部を
被っている。
 全身に巻き付けた拘束具のような綱や帯、器具が体液に濡れて不気味に光っている。
 肉片は煙となり、沸騰するように腐るようにぼろぼろになっていく。
 ガクン、と片膝を着くと一気に爆発してしまった。
 互いのマントを拡げ、降り注ぐ破片からアスカとミサト、トウジを防ぐシンジとレイ。
 引き寄せるように拡げたマントを振り払うと、シンジとレイも同じように身体に密着した衣
装と甲冑のような器具を同じように着けている。
 その後ろ姿に既視感を覚えるアスカ。
 ――昔、似たような後ろ姿を見た記憶がある、と。
「あんた達…、ほんとに一体、なに者なのよ…」


 爆発の後に残された煙がはれると中から人の姿が出てきた。
 山吹色の衣の人型はまだ動きそうである。
「あれもおなじ人形なの?」
 ミサトの問いにシンジは答えない。
 動かない人型の衣装が次々と削げ落ちていく。
 顔面のマスクが剥がれ、女の顔が覗かれる。頭部の甲冑が崩れ、ブルネット色の髪が
こぼれる。胸元の器具もずり落ち、青白い肌と小ぶりだが形のよい乳房が露わになる。
「あれは!?」
 露わになった胸元の肌を凝視し、そこにある小さな光が何なのかに気付くアスカ。
 素早く狙いを定めてその光る部分を撃ち抜く。
「何か知っているの?」
「昔、館の人形達には同じ場所に輝く宝石が埋め込まれていたの――」
 辛い記憶を呼び戻すようにミサトに答えるアスカ。
「――人形の魂だって聞いていてわ」
 胸元を撃ち抜かれ、輝きを失うと急速に土を崩すように潰えていく人型。
「でも、あの衣装は違うわ、あの衣装は、私の全てを奪ったのよ……」

「ちょっと、答えなさいよ!」
 シンジとレイに詰問しようとするアスカを抑え
「いくら同じ様なもんといってもおまんが子供の時はシンジ達も子供やろ。
何ができるっちゅうねん」
 と諭すトウジ。
 アスカの問いに顔色も変えず表情も変えず、何も云わず何も反応しないシンジとレイ。
「さっきのも同じホムンクルスなの、それとも、アスカの知っているのと同じ人形なの?」
 責めるでもなく確認する口調で訪ねるミサト。
「…そのどちらでも無いわ」
「あれは…、使徒の粗悪なコピーでしか… ありませんよ」
 ミサト達を見ずに半身で答える二人。


 カテドラル内に入り、中を奥へと進む一行。

 祭壇の右か左の奧に鐘楼へと昇る階段があるに違いない。
 遺棄されて壁や天井のフレスコ画が至るところで綻び、救いを求める者の居なくなって
荒れた空間は神々の遺影のようにもトウジは感じた。

『さあ、見ていてご覧。
 君達を助けに来た勇者様一行はもうすぐそこまで来ているよ。
 でも、君達はこれでもまだ不十分だよね、そう、判っている。
 楽しみは最後まで判らないものさ』

 無限の闇の海に漂うマサミとファナに少年の姿をしたカヲルが独り言のように囁く。


 城塞を望遠鏡で覗いている州軍部隊指揮官。

 既に2ヤール手前に展開して3時間近く経過しているのだが待機命令の次の電信が中々
来なかった。
「副官、返事は未だ来ないのか」
「はっ、まだであります」
 薄っすらと焔の煌きに歯軋りしながら咥えたパイプの火を焚きつける隊長。
「電信が入りました!」
 伝令の掛け声が後ろから響いてくると「ようし、読み上げろっ!」と叫ぶ隊長。
 その様子を陰に潜んで見ている男が一人居た。
 ――さあて、俺が出きる時間稼ぎはここまでだ。後は宜しくな、葛城。
 変装した軍帽を深く被り直して加持は闇の中へ消えていった。


「あそこからかな?」
 鐘楼への吹き抜けを見つけたシンジがミサト達に手招きをする。
「下の階段は崩されて昇れないようです。
 ここの壁の穴から踊り場に入って昇るしかありません」
 手を差し出し、レイの右手を掴むと短く動かしすっと引き上げるシンジ。
 足場を確認するとシンジの横に並んで、膝間着くと手を下に伸ばすレイ。
「さっさと肩貸しなさいよ」
 アスカが踏み台の役をしているトウジに催促するが「下から見たら殺すわよっ!」と凄むと
「パンツも見えん格好して何ゆてけつかる」と切り返す。そのトウジの後頭部を蹴るアスカ。
「アスカ、変なちゃちゃ止めてよ」
 ミサトがスカートの裾を更に引き裂いて動き易くして、たくし上げようとしている。
「?」
 何かが煌いた? そうミサトが天井を凝視したと同時にレイがアスカの手を離す。
「ちょっと、何すんのよ!」
 抗議の声と同時にレイが身を引き、シンジがその隙間にすかさず数発射ち込んだ。
 すると、ガシュッ、と歪むような音が目の前で弾けた。
 何かが弾け飛ぶように天井に戻り、反動をつけて再び突進してくる。
 シンジが咄嗟に左手首を捻り、手のひらの中に閃光を瞬かせた。
 目映い白き無数の光の剣がカテドラルの中を全て貫くように満たしていく。
 両手の拳銃をクロスさせ"落ちてきた物体"の打撃を受け止めたアスカが思いっきり蹴りを
入れたがかわされてしまう。輝きの残光の中を赤い影が条となって右に左に機動を繰り返し、
直撃させることがミサトには出来ない。
「何、こいつ、バカみたいに速いわよ」と、上に居るはずのシンジに聞いたのだが居ない。
 蒼い一條の筋が横切ると、カテドラルの柱を幾本もぶち抜いて赤い影が土煙の中に飛ば
されていった。
 見ればその方向にシンジが居る。
「何時の間に?」
 驚嘆するミサトを不意にレイが小脇に抱えて「伏せて」と叫ぶ。その後ろにトウジが居る。
 ――レイも何時の間に降りたの?
「こいつは僕とレイに任せて」
 声がすればシンジが目の前に守るように立っている。ミサトとトウジには二人の動きが捉え
られない。その声に振り向いたアスカが「顔ぐらい見せないかっ!」と更に右手を胴越しに左
脇へと廻し、後ろ向きで引き金を2度引いた。踵を返し、左手の拳銃を突きつけると同時に
赤い影の人型の仮面が銃口の前に現われた。
 躊躇わずに引き金を引くアスカ。仰け反る赤い影、真紅の衣装を身に纏った人形。
 仮面の目元が割れ、栗色の長い髪の毛が甲冑の隙間から零れる水のように溢れた。
 ――蒼い瞳?
 瞬き続けていた閃光が消えて更に深い闇がカテドラルの中を塗り込めた。
 しゅおっ、と気配が消えた。
「大丈夫です、よ、もう、足止めの時間を稼ぎたいだけだったのでしょう」
「…それと、私達がどれだけやるつもりなのかを確かめたかったようね」
 腰が抜けたミサトの前でやるせない表情のシンジがレイの無事を確かめるように抱き締め
ていた。
「あれも、人形かいな」ミサトに肩を貸しながらトウジが聞く。
「…違うわ…」「…使徒、…だよ」


 突然、包まれた静寂を破り砲撃の閃光と爆炎が立て続けにカテドラル周囲に包んでいく。

「これも、カヲルの仕業かいな」
「違うわ、トウジ君、これは州軍よ」
 ミサトが悔しそうに唇を噛む。
 燐光が城塞を包み込み、建物が次々と燃え出し、延焼していく。
 暗いカテドラルのステンドグラスの向こう側から紅蓮の炎の海がめらめらと揺らいで闇を
軋ませる。
「マサミとファナは」
「大丈夫だ、トウジ、カヲルが守ってくれる」
「適わんな、こんな時にあいつをあてにせなならんとは」
「…ミサト、きっと抜け道の地下道がある筈よ、海賊避けの昔からのが」
「分かったわ、急いで探しましょう、アスカ、何しているの、あなたも探しなさい」
 床にへたり込んだまま、わなわなと震えて目の焦点が定まらないアスカ。
「……ま…ぁ…ぁ…」
「アスカ、どうしたの!?」
ミサトの声はアスカには聞こえず、まるで巨大なハンマーで振り下ろすような鼓動が身体の
奥底に打ち付けられてくる。ドクン、ドクン、と心臓が高鳴って、指先が痙攣を始めていく。
 全てが炎に獲って変わっていく記憶が再びアスカを塗り尽くしていく。
「‥…いや……い……いぁ…」
 喉が割れてしまうほどに乾き、吸い込めど吸い込めど息が出来ない苦しさが、体中を剥が
すほどの熱さが。灼熱の炎に焼かれ、手が、腕が、脚が、身体が灰となって塵になっていく。
「いやぁぁああああああああああああぁぁああああああああああああああああああああ」
 アスカの絶叫が産声のように響く。
「¢¢£▼※〒☆*##@☆☆☆●◇」
 アスカのうめきは声にならない声を紡ぎ出し、蹲るように身体を丸め込んでいく。
「アスカ、しっかりなさい」ミサトが揺り動かしても反応しない。
「まさか、子供の時の記憶が甦ったんとちゃうか」
 館の奥で父を殴り殺したダーブの顔が甦る。横に横たわる母。
 扉の影からその光景を小さな目で凝視しているアスカ。
 母? 母はそのときには死んでいた?! 走るように炎が館中を駆け巡っていく。
『ニ・ゲ・テ・ク・ダ・サ・イ・ハ・ヤ・ク』
 アディレーンが表情のない顔を炎の壁に向けて熱からアスカを庇うように立つ。
『ハ・ヤ・ク』
 当て所もなく逃げ惑うアスカ。行けども行けども館に炎の出口はない。産毛が焦げていく
匂いがする。そして、友達だった人形達も壊されて、誰も助けてくれない。誰も――。
 触れないくらいに壁が熱くなり、天井も燻りだし、床もじっと立って居られないほどに沸く出
していく。
「…ぅぐ、どぅれか、来て…よ…」
 その炎の中ら抱き締めて助け出してくれたのは誰?
「アスカ!」近寄るシンジとレイに炎の壁におぼろげに映された影が重なる。
 誰? 誰?
「いやぁあ、来ないで!」
 両手に握り締めていた銃に不意に力を込め、引き金を引いた。
 シンジとレイに向けて。
「やめなさいっ! アスカっ!!」

 鈍い音が2つ同時に響いた。

続く


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