WildWestEvangelion
第十一話「ドレッドノート」


 城塞の町はカテドラル以上に炎に覆い尽くされていた。

 圧倒的な攻勢で制圧する筈が、逆撃によりほぼ壊滅状態に瀕している州軍。
 火の粉が赤い雪のように舞い散る中で生焼けの肉の匂いと焦げる血の音が絶えない。
「おおい、まだ息のある奴はいるか、ここは一旦退却だ」
 副官が民家の廃墟に隠れながら周囲に呼び掛けるが、声は一つも返ってこない。
「……」
「副官、我々二人しか生き残っていないのでしょうか!?」
「…ら、しいな」歯軋りの音の後でようやく「生きて帰ることを優先しよう」と搾り出した。
「はいっ」
 炎以外には何も見えないほどに全てを覆った城塞の町を見やりながら副官が悔しそうに拳で壁を叩く。
 その乱舞する焔の舞台の上で弾けている影が一つあった。
 真紅の衣装に身を包んだ血の影の人型、それはシンジに使徒と呼ばれたモノ。
 戦塵のマントを翻す女神のように。


『心配することはないさ、シンジ君と綾波レイは無事だよ』

 城塞から立ち上る炎の柱を遠くに見ながら渚カヲルがマサミとファナに確認するように話し掛ける。
『彼女はどうやら邪魔な闖入者達を掃除してくれたようだ。
 くくくっ、ハラハラするだろう。  すべて君達が望んだ世界としての出来事は…。
 まだまだ楽しみは続くよ』
 その言葉にマサミとファナは無言で答えるしかなかった。


「そうか、全滅か」

 秘書官からの報告を聞き終えると州知事はこめかみを押えながら「恭順する限りは手出しはしない、
という訳か」と独り言を呟いた。
「該当者の碇シンジと綾波レイ夫妻への収監は如何為されますか?」
「連邦政府の影がちらついているからな、牽制程度の監視でいいだろう。今は時機を待つしかない」


「手配は尽きましたか? ミサトはん」
 トウジに笑顔で答えるミサト。
「馬車の手配は何とかついたわ。
 武器の調達は少ししか出来なかったけれど、出発予定時刻までには間に合うはずよ」
 懐中時計を見ながら答えるミサト。
「アスカは?」
「相変わらず塞ぎこんでいますがな」
 顎をしゃくって意気消沈しているアスカを指す。
「トラウマの克服は、容易じゃないのは確かだけど…」
 包帯を巻いた左手を擦りながらミサトは思い出していた。
 炎の海に包まれて恐慌状態になったアスカがシンジとレイに銃を向けて撃ったことを。
 直撃はしたものの、強度の打撲程度で済んだらしい。
 そのさいにミサトの左腕を弾が掠めて銃創を作ってしまった。
 無我夢中で脱出経路の城塞地下の秘密の抜け道を伝って出た時には朝陽が東の空を明るく
染め上げていた。
 気絶させたアスカを背負いながらトウジがなんとか快速艇に乗り込んだ。
 鈍痛に喘ぎながらレイに肩を貸して歩くシンジも乗り込み、煙だけが燻る城塞を後にした。

「予告された列車と落合うにはこの経路で馬車を東に走らせ丘を回る場所で乗り込むしかないわ」
 地図を指しながら鉄道路線図に朱書きを加え、移動ルートを羽ペンで青く書き込んでいくミサト。
「時間の余裕はどれくらいですか?」
 シンジの問いに
「相手は西から東海岸都市への急行貨客混載列車よ。
 6ヤール手前での水と石炭の補給も走行しながら汲み上げるエングランディア方式だから、次の
目的地のバーリンダーネンまでノンストップ。速度をここで落とすぐらいよ」
「…つまり、走る列車に飛び移るしか無い訳ね…」
 レイの言葉に相槌を打つミサト。
「問題は渚カヲルが本当にこの列車に乗っているかどうかよ」
 脱出前、幻影の少年の姿をした渚カヲルが現われ、
『とんだ邪魔が入ってしまったね。
 掃除は僕がしておくから、君達は遅れて脱出してくれないか。
 そして、二人の観客はもう暫く預かっておくことにしたよ。
 勿論、君達には最後のチャンスを提供するよ、
 ――僕達は脱出後に東行き急行のエル・タウラス号に乗る。
 予定では貸切にして君達の到着とそれからのゲームを待っているよ………。
 それでは、お早い炎の海からの脱出を願っているからね…』


「もう馬車の準備は出来たわ…」

 アスカにアスカの銃を差し出すレイ。
 顔を上げ、差し出された自分の銃を眺めるアスカ。
 両頬には涙が流れた跡の筋が光っていた。
「同情しているの…?」
「……」
「へん、そうね、意気がっているのに燃え盛る炎の前では怯えて何も出来ない。
 見下されて当然よね…。
 ――付いていってもお荷物になるだけかもしれないわよ」
「…私はあなたじゃないもの。
 …同情も何もしないわ。
 …私は二人を助けたい、それだけよ」
 表情一つ変えずに淡々と喋るレイ。
 目の前の床に二挺を置くと部屋から出て行った。
 拳銃を手にとり、考えるように瞼を閉じたアスカ。
 そして、胸の内ポケットにまだ入っているものに気付いた。


「結局、アスカ、来なかったわね」

「仕方が無いですわ、ミサトはん。こればっかりは自分だけやからのう」
 手綱を奮い、出発するトウジ。
 4頭立て馬車のそれぞれの馬たちが蹄を踏むこみ、土を蹴り上げ、次第に速度を上げていく。
 衣装の襟元の突起をシンジが押し込むと、衣装の色合いがぶれるようにして鈍く輝く、衣装の
丸みが少し増したように見えた。レイも続いて同じように動作を繰り返した。
 なだらかな丘を幾つも越えて次第に大地は荒涼とした草原へと移ろい潅木が次第に増えていく。
「接触まであと2ヤールほどね」
 方位を確認するように中腰になりながらミサトが叫ぶ。


 その頃のぬくぱら亭では、ヒカリが洗濯物を取り込んでいるところだった。
「洗い物も全て終わったし、あとはみんなの帰りを待つだけね」
 干したシーツを畳みながらアイロン用にストーブで暖められているアイロン底を手にとりアイロンに
装着してアイロンを掛け始めた。


 疾走する馬車と遠くを見据えるミサト、シンジ、レイ、トウジ。
 出発前の状況説明を思い出すトウジ。
「いい、目的の列車は常時100ヤール(時速約180km)でこの平原を突っ切るわ。
 そして、この区間、州都への分岐点となる駅構内にある待避線と上下線が平行して走っているわ。
 手前のヤルクタルムから線路を逆送させ、並走する僅か十秒ほどで移乗するの」
 目を凝らせば右手前方に走る短い編成の列車が見えてきた。
「この列車は時間の関係上、先に出発させるわ。
 そして1ヤール先で私達が無蓋貨車に乗り移るわ。トウジ君はそのまま後を追ってきて」
 次第に列車の輪郭が大きくなり、短い4両編成であることが判った。最後尾が無蓋貨車だ。
「でも、時間的に下ってくる列車を避ける為にこの平行線の前方でポイントを切り替えないといけない
から失敗したからといって追い続ける事は出来ないの、いい、判った?」
 線路に馬車を近付けると無蓋貨車の前に連結されている貨車の扉は明け放たれていた。
「大丈夫よ、電信で連絡したとおりだわ」
 鞭を奮い、速度を上げてぎりぎりまで線路に近付けていく。
 線路脇なので敷石が跳ねて馬車にあたり、車輪もガタガタと大きく揺れて真直ぐ走らせるのも困難だ。
「さあ、乗り移るわよ」
 馬車の荷台を蹴り、無蓋貨車へ飛び移るミサト。続けてシンジ、レイ。
「じゃあ、トウジ君、後を御願いね」
「ミサトさんっ、反対側ァツ!!」
 トウジが手を指しながら叫ぶ。
 その指した方向を顔を向けて見みれば。
「アスカッ!?」
 線路の反対側、右方向から線路に沿うように一頭の馬が一気に近寄ってきた。
 騎乗しているのはアスカだ。
「いけない、機関士が速度を上げるわ、アスカッ、急いで!!」
 ミサトが声を張り上げる。
「どりゃぁぁぁぁぁぁあああああ」
 鞭を一振りすると鞍の上に足先を乗せ、手綱を放すと一気にミサト達に向かってジャンプした。
 バシッ、と無蓋貨車の側面にへばり付き、腕と脇で挟んだ側板でかろうじて掴まっている。
 爪先が流れる枕木に当たり、身体が揺れ、側板からずり落ちそうになる。
「アスカ、掴まって」ミサトとシンジがアスカの腕を掴み、引き上げ、レイが胴を抱え上げる。
「アスカ、来てくれたのね」ミサトが破顔する。
「あったり前じゃない、今度こそ貸し借りなしにしなければ、アスカ様のプライドってものがあるわよ」
 意地張ったように大見得を切るアスカ。
「…心配しないで。火の海さえなければ大丈夫よ」
「…アスカ…」
 そっと手を差し出すミサト。握り返すアスカ。
「見えてきた」
 シンジの声に左前方を見つめてみれば、間を詰めるように上り線が近付いてきた。
「あれよ、目的の列車、ゴードン・エキスプレスのエル・タウラスだわ」
 豪快にブラストを吐き出し、蒸気を轟かせ巨大な鋼鉄の蒸気機関車に曳かれた貨客混載の
17輌編成車が砲弾のように大気を穿つように線路上を駆け抜けてきた。

「あのカーブを曲がったら待避線から下り線に進入よ」
 ミサトが指差し準備を促す。
「ポイントは大丈夫なの?」
 開け放たれた貨車の右側の戸側から目を凝らすとまだ切り替わっていない。
「並走するわよ」
 一気に巨大な鉄の壁が左手に接近してきた。
 エル・タウラスが速いため、左脇を轟音で震わせながら機関車が前に抜けていく。
 続いて給水車輛、貨車車掌車、天蓋貨車が1両、2両、と過ぎていく。
「ミサトさんっ!」
  「碇君!」
    「アスカ!」
 武器を携える3人、速度差がある中を目的の貨車が後ろから迫ってきた。
 残り5両、4両、3両、2両。
 一瞬、ミサト達の列車が加速し、速度差がほぼ無くなった。
「待って、今、ポイント、切り替えるわぁ」
 狙いを付けてポイントの把手に弾丸を射ち込んだ。同時に飛び移る三人。
 キーン、と硬い金属音が響くが未だ切り替わらない。
「アスカ、早く!」
 ぐぉぉおお、と唸りながら目的の貨車が隣に並んだ。
「おりゃぁぁああああ」
 一気に3発続けて撃ち込むアスカ。
「今行くっ!」
 既に飛び移った先から手を伸ばす、ミサト、シンジ、レイ。
 床を踏み込み、開け放たれた戸から風を切りながらアスカが反対側に飛び込んでいく。
 並行する列車の速度差から巻き起こる乱気流で流されるアスカ。
 ゆっくりと動いていたポイントの切り替えが重みで一気に切り替わった。
 離れる下り線。右へ反っていく列車。宙に舞ったままのアスカ。
 懸命に手を延ばしたがミサトの手を掠めて掴めずに離れてしまう。
「アスカぁ!」
 泳いだ手を白く細い手が掴んだ。
 貨車の側面に打ち付けられるアスカ。手を掴んだのはレイだ。
 その手をシンジが掴んで一気にアスカを引き寄せる。
「また貸しが出来ちゃったわね」
「…宿のツケもまだ払ってなくてよ」
 くすっ、と笑うレイ。苦笑いしながら「勿論、出世払いだからよ」と答えるアスカ。


「乗車している人たちは無事かしら」

「大丈夫ですよ、ミサトさん。
 "カヲル君"は目的以外に興味は無い筈ですから危害は加えていない筈です」
 拳銃に弾倉を込めながらシンジが最後尾をみやりながら答える。
「…あそこね」
 最後尾の展望車を凝視するレイ。
「貨車9輌に客車8輌か、ここから最初の客車まで3両か」
 新たに調達した騎兵銃を両脇のホルスターに仕舞い込み、3挺目のコッキングレバーを引いて
薬莢を薬室に装填するミサト。
 ウェスタンブーツの踵を鳴らし「レイが前方を制圧。私とシンジ君が中を、アスカが屋根伝いに
後ろに向かう、それで宜しくて?」とテンガロンハットを被りながらウィンクした。
「…了解」
「…綾波、頼んだよ」
「判ったわ」
 全弾を装填してハンマーを起こしてセイフティを掛けたアスカが叫ぶ。
「ゲーム、開始よ!」
 後ろに向けて走りだすミサト、アスカ、シンジ。
 障害物競走のように次々と後ろの貨車へ跳び移って行く。
「…行ってらっしゃい」


 貨車に積み込まれた荷を楯にしながら後ろの車輌へと飛び移っていきながら隙を与えずに
向かってくるホムンクルス達を撃破していく3人。
 不安定な足場をものともせずに銃を撃ちながら駈けていく。
 ミサトが撃ち込み、シンジが蹴りや肘打ちを行い突き落として、もんどりを打ちながら落下と
速度差の衝撃でバラバラに砕け散っていく。積み込まれている資材を投げてくるものや天蓋
荷物車の中で待ち伏せをするものも居た。
 その都度、シンジが拳を打ち込みながらミサトが頭を吹き飛ばし、アスカが銃口を唸らせた。
 連結されている最後の貨車である荷物車を抜けるとアスカは屋根伝いに、ミサトとシンジは
車内を通って最後尾まで向かうことにした。
「落ちないでね、アスカ」
「ミサトこそ、先に終わらせていても悔しがらないでね」
 脇の梯子を伝い屋根に上がっていくアスカ。
 ワゴンリー形式の中央が盛り上がった客車の屋根は走りにくいが気にもせずに走るアスカ。
 案の上、連結面の妻面から隠れていた人形達が二体い、三体、四体と襲い掛かってきた。
 ――バーストON。
 左腕に巻き込んでいたGP04の第2反応液を非貫通形アンプルごと叩き、静脈に流し込む。
 "ドクン"、と世界が戦慄き、色合い全てが血に染まったように見えた。
 アドレナリンが一気に噴出して全身から溢れるほどに感じた。
 向かってくる人形達の動きがいきなり緩慢になってコマ落としの映像のように見える。
 撃たれた銃弾の弾筋がチョークで線を引くように流れが克明に見える。
 右に左に僅差で避け、膝を曲げ、腰を屈め、身を反らし、捩り、捻り、一気に間合いを詰めて
懐に飛び込み、胸元に銃口をあてがい、確実に魂を砕いていく。
 3両め、4両め、5両めと走り抜け、空薬莢を排出し予備の弾と入れ替える。
 6両めに跳び移ったと同時にアスカにとって背後の、貨車の前方に連結された荷物用車掌
車輌の側面と屋根が爆発で粉々に飛び散った。
「何? ま、大丈夫だよね」
 その前方を見れば機関車が丁度鉄橋に差し掛かったところだ。
 咄嗟に身を伏せるアスカ。
 そのすぐ上をトラス組みされた鉄橋の骨組みが次々と唸りながら通過していく。
 避け遅れた人形がトラス鉄骨にぶつかり引きちぎられ、砕け散った。
 突然、辺りが白くなった。
 風向きの影響か機関車から吹き上げられた蒸気と煙が列車をほんの数秒、包み込んだのだ。
 鉄橋の欄干を響かせる音が遠退き、渡り終えたことがアスカにも分かった。
 ――居る!!
 人形の気配を感じて銃を向けて1発撃った。
 だが、金槌で釘を打ち損なった時のような音がしただけで命中しなかった。
 煙が晴れ、6両めの屋根の中央にメイドの服装をした少女が立っているのを見てアスカが叫んだ。
「まさかっ!?」

続く


第十二話に続く。 [BACK] [MENU] [TOP]

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