ワイルドウェストエヴァンゲリオン第十二話 WildWestEvangelion
第十二話「サドンインパクト」


 無駄弾を避けるためにシンジは人形が重なるようにミサトに牽制させてから
次々と撃ち込んでいっていた。
「一発撃てば五発は返ってくるわ、何とかならないの、シンジ君」
 座席と座席との間、それぞれ右と左に身を隠したミサトがシンジに叫ぶ。
「弾に限りがあるんです、効率よく使わないと最後まで持ちませんよ」
 と反論しながらも普通の弾丸を装填したもう一つの拳銃を左手で持ち、斜め
上に向けて2発撃った。
 キン、キン、と跳ねるような音がして一瞬、銃声が止んだ。
 その隙を縫って立ち上がったシンジが右手に持つ銃を撃った。
 バシュッ、と人形の一人から黒い泡が吹き出し、猛烈に膨張すると隣に居た
別の人形2体を巻き込んで一気に間口一杯まで酸に融かされるような気味の
悪い音が広がり、ぼろぼろになった人形が崩れて塵に変わっていった。
「はっぁ〜あ。
 何度見ても馴れないわね、溶かすしかないの? やっぱり?」
 滅入ったような表情で恐る恐る残骸を飛び越えながらミサトが愚痴る。
「こうするのが、人形を再生させないようにする一番の方法ですからあと暫く
我慢して下さい」
「でも、あと何体いるのやら。アスカは上で派手にしているみたいだけど」
「48体の筈ですから、残りは少しの筈です」
 あっさりと言いのけたシンジに真顔で「へっ?」と言ってしまったミサト。
「夕べの”カヲル君”が言っていましたよ、48人の盗賊だって」
「…あれは言葉のあやじゃなかったの?」
 シンジの疑いのない物言いに半ば呆れるミサト。
「目的がハッキリしている以上、余計な小細工は渚カヲルはしませんよ。
 ただ、”カヲル君”が使徒を連れているとは思いませんでしたけれどね」
「レイは大丈夫かしら」
 ミサトの心配に機関車側を窓から覗くようにして
「20体ほどのホムンクルスが向かったようですけれど、問題在りませんね」
と気にも留めていない口調でさらりと言いのけた。
「問題ないって、そんな軽く云っても」
「綾波なら夕食を作るより早く片付けられますよ」
 気にしなくていいと手を振り、後尾側へと進んでいくシンジ。
 次の客車に移ったところ、車内には半分以上の座席に乗客が座ったまま
眠らされていた。


 牽引するマレー式2−4−4−2型のボイラー周囲を銀色に塗った蒸気機
関車の次に連結された荷物車掌車へと渡る連結面の扉をゆっくりとレイが
開けた。
 予想した通りに車掌車内には一見して山賊のような風体をした大男達が
たむろしていた。
 見渡したところ20体ほどのホムンクルス。
 窓の少ない車掌車の中を前に向けて歩くレイ。
 一斉に男達から野次が飛び交い、嬌声が空気を濁らせた。
「…明けてくれないかしら」
 気にもせずに呟くレイ。
「おうおう、姉ちゃん、色っぽい格好だね〜」
「開けて欲しかったら力ずくで通りな」
「へっぽこな旦那じゃ助けにも来られねえぞ」
「サービスして欲しいねえ〜」
等とストリップ酒場での歓声のように嘲笑う声が重なる。
「…酷い者ね、低級な品位しか与えられなかったものは」
 独り言のように呟き、右手を左胸に当てたレイ。
「おっ、なにをしてくれるのかな」
 と天井に届きそうな巨躯の男がいきなりレイを後ろから羽交い絞めにし
ようと腕を回した。
 だが、実際にはその男はレイの前に勢いよく躓いただけだった。
「…私に触れていいのは夫である碇シンジだけ……。
 …ここでの非礼は夫への侮辱とみなします…まだ…引けませんか?」
 薄く目を閉じて忠告する視線で半身になり周囲を怜悧なまでに威圧する。
「よっしゃ、注文どおりボロ切れにしてやるわ」「いてこませ」
 一斉に周囲からレイに飛び掛ろうとしたと同時に左胸にあてた手を離して
手首を捻った。
 ピンッ、と糸が張った音がした次の瞬間、20体ものホムンクルス達は積み
木を崩すようにバラバラになり瓦解した。
 まるで操り糸の切れたマリオネットのように。
「…私は碇君ほど寛大ではないの…」
 車掌車内を交差する條筋で空間が切り刻まれたように見えた途端、右手
人差し指を唇にあて、振り向きながらホムンクルスの残骸にその指を振った。
指先に何かの滴が光る。
 一気に残骸が黒く沸騰し、爆発した。
 側面と天井、屋根が吹き飛ばされ粉々に飛び散っていく。


「あ〜あ、綾波の気に触ることをしたらしいみたいだ」

 前方車輛での爆発を窓枠に顔を当てながらシンジが仕方がなさそうに呟く。
 そのシンジの大したことでもない、と聞こえる口調に前を行くミサトも呆れて
「よかったわ〜、私。レイを怒らせなくて…」と胸を撫で下ろす。
 その前で、カタ、と眠っている何人かが動いた。
「危ない! ミサトさん!」
 前方で動いた人影を殴りつけ、腰の拳銃を3つの人影に次々と撃込むシンジ。
 ――いつの間に前に出たのシンジ君?
 通路は人一人がすれ違うだけの幅しかないのにシンジは既に前に居る。
 黒く泡立たないので「ホムンクルスでないの?」と訊ねるミサトに「カロラドの人
たちと同じです」と答えるシンジ。
 ガタンゴトン、と交差する鉄骨トラスが、ひゅん、ひゅん、ひゅん、と両窓の外を
後ろへと流れていく。


「アディレーン!?」

 アスカの行く手を阻むように屋根の上に立っているメイドの姿に覚えのある名を
叫んでいた。
 見目麗しい黒髪はシャギーが入って、控えめな容姿と華奢な肢体、大きく円らな
菫色の瞳。顔の右頬から耳に掛けてマスクをしているが、懐かしいアディレーンで
あることに違いは無かった。
「アディレーン?!」
 アスカの思いを無視するように突進してくるアディレーン。
 か細い手に握られた銃から次々と弾が放たれる。
「やめてアディレーン!」
 間一髪の動作で流れてくる弾筋を見切って回避するアスカ。
 眼前にアディレーンが迫る。
 ――速い!
 膝蹴りを腹に受けて転がるアスカ。
 屋根の段差で弾んで屋根から落ちそうになるが懸命にしがみ付き指先を支点に
して背面から身体を回して屋根に再び上がった。
 アスカの胸の内など躊躇せずに殴りつけてくるアディレーン。
 堪え切れずに撃ち返すアスカだが蝿を叩くように全てが手で叩き弾かれてしまう。
 首筋を掴まれ、屋根にそのまま叩き落とされるアスカ。
 喉が潰されないようにと左足でアディレーンの腹部に蹴り込むがそれすらも押し
返されそうな勢いだ。必死に右手の銃口をアディレーンに近づけていくアスカ。
 ――このままじゃヤラレル。
 不意に世界が萎縮したような衝撃が視界を走った。
 身体中が凋んでいくような脱力感に支配されていく。
 ――GP04の時間切れ? こんな時に!!
 しかし首筋を押える力が不意に緩んだ。
「ア、ス、カ、サ、マ?」《最優先行動規範:アスカ様の乳母》と奥底の思いが響く。
 凍てついた瞳が輝きを取り戻していく。
 アディレーンの表情が緩み、愛くるしい、はにかんだような表情がそこにあった。
「ゴ、ブ、ジ、デ、ナ、ニ、ヨ、リ、デス」
 幼い時、遊びで怪我をするといつも心配して慰めてくれたのはアディレーンだった。
「イタク、アリ、マセンカ、ダイジョウブ、デスカ」
としゃがんでアスカの目線に合わせるようにして顔を覗き込んでくれていた。
 アスカも人形達の中でアディレーンが大好きで遊びにはいつも随伴してくれるよう
親に頼み込んでいた。お花畑ではアディレーンの作ってくれた花びらの冠を被った
りもした。水遊びではアディレーンの衣装をびしょ濡れにさせてしまったこともあった。
いつも遊んでくれるお礼にとビーズで作った首輪をプレゼントしたこともあった。
 館が焼け落ちたあの日、灼熱の炎の海から庇うように立ってくれたのもアディレーン。
「アディレーン、あなたも無事で…」
 ――事故の後遺症? 話し方が流暢でないのに気付くアスカ。
 アスカの目から涙がぼろぼろと流れ出し、アディレーンの姿が滲む程に止め処なく
流れつづけていく。
「アスカ、サマ、ドコカ、イタイ、ノデスカ?」
 抱き着いたアスカを介抱するように頭を撫でるアディレーン。
 幼い日と同じ光景のように。
「また一緒に居ようよ、アディレーン。
 きっと私がなんとかするから、一緒に来てよ、アディレーン」
「ソレ、ハ……」
 急にアディレーンの目付きが険しくなり、両手でアスカの肩を屋根に押さえつけた。
 驚くアスカ。
 次の瞬間、アディレーンの腹部から射貫かれた槍が突き出てきた。
 アスカを庇ったのだ。
 次々に射貫かれる槍に肩は折れ、腰は砕け、腕は抉られ、左太腿を貫かれ。
 射貫かれた槍がアスカを刺さないように手で懸命に逸らし、腕の肉がそれに伴い
削がれていく。
「アディレーンッ!!」絶叫するアスカ。
 頭を槍に砕かれる、そう見えた瞬間、車内から撃ち抜かれた弾丸が槍にあたって
アディレーンの脇を抜けた槍が前との車両の連結面側、幌の左上側に突き刺さった。
「オケガ、ハ、アリ、マセンカ?」
 口元から紅い体液を流しながら心配するアディレーンに「…わ、私は大丈夫よ」と
頬を撫でるアスカ。
「ノゾマヌ、アラソイニ、ツカワレ、ナイヨウ、ニ、ワタシ、ヲ、ネム、ラセ、テ、クダサイ」
 小さな声で懇願するアディレーン。
「いやよ! 助けて一緒に暮らしましょう」
「ワタシ、ハ、ニンギョウ、デス、アスカ、サマ、ト、トモニ、イキルコトハ、デキマセン」
 右頬のマスクが落ち、うっすらと火傷の跡が耳にかけて残っていた。
「ミ、ナイデ、クダ、サイ、ミニ、クイ、カオ、デス」
「なにいってんのよ、あなたは可愛いわよ、わたしよりずっと、ずっと」
 ぐずるアスカをなだめるようにアスカの鼻の頭を撫でる。
 幼い時もこうしてなだめられたのだ。
 アスカの後ろにシンジが立っていた。
 シンジが立っているから槍を投げたものが次の手を仕掛けて来ないのだ。
 シンジを見て納得したような表情をするアディレーン。
「アリガトウ、ゴザイ、マシタ、タスケテ、イタダイ、テ」
 アスカに顔を戻して「ハ、ヤク」と云い、衣装の胸元を引き裂き、胸の輝く宝石を
露わにする。
「オゲンキ、デ…」
 左手でアスカの銃を引き寄せ、アスカの手に指を添えた。
 細く、折れそうな白い指を。
アディレーンの慈しみ
「アディレーン!!」
 銃弾が宝石を打ち砕き、一気にアディレーンの全身が格子状の光の筋で埋め
尽くされると霞のようになって雲散霧消していった。
 残されたのは仄かなアディレーンの残り香と幼い日にアスカが贈った首飾り。
 首飾りを握り締め、顔を俯けたアスカがシンジに問う。
「アディレーンをこんなにしたのもカヲルなの?」
「…いや、違うよ。“カヲル君”は宛がわれただけさ。
 仕掛けたのは別の場所に居るさ…、ずっと前からね…」
 涙を拭い、最後尾の車輛を見据えるアスカ。
「二人を助けには、シンジとミサトが行って…
 あたしはアディレーンを殺した奴を相手にするわ…」
 最後尾の客車、その屋根の上の最後部にある展望室の上に立つ紅い影。
 その真紅の弓のようにしなやかな影を怒りの視線で刺すアスカ。
「GP04の無い状態では“使徒”には敵わないよ…」
「そんなのやっていなければ判らないじゃない、
 あいつの顔に一発ブチ込んでやらないとあたしの気が収まらないのよ」


 仁王立ちしている紅い影の使途に向かって、屋根を一歩ずつ踏締めながら
近付いていくアスカ。
 シンジは車内に戻り、額から血を流して席に座っているミサトに声を掛けた。
「大丈夫でしたか?」
 不意打ちで殴られて額を切り、応戦しながら「上に行って、早く!」と叫び、ゼロ
距離射撃で屠った際に突き飛ばされて頭を打ちつけて脳震盪を起こしていたのだ。
シンジの声に眼を開け、頭を少し振りながら顔を顰めがら「……ゴメンナサイ…、
トリはシンジ君に任せるわ」と痛みで唇をゆがめながら左手の包帯を押さえた。
 傷口が開いたらしく、薄っすらと血が滲んできている。
「…シンジ君」
 悲しそうな笑みを浮かべシンジを見つめるミサト。
「なんですか?」その言葉ごとシンジの唇を塞いだミサト。
「…無茶しちゃダメよ。みんなで帰るのよ、いいわね…」
 もう帰ってこないではないかと心配する眼のミサトに「勿論ですよ」と抱き締める
シンジ。
 最後尾の車輛に向け客室扉を開けて出ていったシンジに手を振りながら見送る
ミサト。
「ゴメンナサイ、ほんとはあの後…」
 座った座席の背が赤く染まっていく中で床にミサトは倒れこんだ。


「怒っている?」

 最後尾の客室扉の前に立つシンジが、後ろから最前方の荷物車輛から来たレイに
訊いた。
「…何を…」
 シンジの左手を握るレイ。
 相槌を打つような笑みで頷くシンジ。
「入るよ」
 分厚い扉を開けるシンジ。
 重厚な大陸式の調度品が左右に埋め尽くされていて客室中央に執務机とミニバーが
あった。その奥には分厚いソファーが一番後ろの展望ドアの手前まで広げられていた。
 そのソファーの左右にドレスで着飾って座っているマサミとファナが座っていた。
 しかし表情に明るさは無く、虚ろな瞳が見開かれているだけだった。
「これは無事だと云えるのかな」
 二人の奥に渚カヲルが座っていたが眠っているように見える。
 いい終えると後ろを向くシンジ。
『残るは二人の意志、そうではないのかね、碇シンジ君、そして綾波レイ』
 ミニバーに少年の姿の渚カヲルが座ってグラスを傾けていた。
「“カヲル君”、アディレーンを宛がったのはアスカを試すためなのかい?」
 きつく、雷のような眼光で詰問するシンジ。
『あの方が不要な人形を処分するのを使っただけだよ』
 道具を使っただけのような顔で答える少年のカヲル。
『それにしても巧く残したね、メイカーを。
 “防疫”も“邀撃”も共に12個ずつ残させた。
 これ以上は使うわけにはいかなかったからだ』
 嬉しそうに笑いながら話すカヲル。
「…判っていたわ、あなた達の本当の目的を」
 マサミとファナの容態を診ていたレイがそのままで口を開いた。
「…不要な人形達を処分させるのに利用したのね」
「それにしても本当はもっと多いのではないのかい? それらは戦場なのかい?」
 シンジの問いに満足そうな目線で『もうすぐ戦争が始まるからね』と答えるカヲル。
 ふっ、と消え、眠る渚カヲルの前に現われた少年のカヲル。
『縮退炉の調子はもう限界じゃないのかな、綾波レイ。
 早く搾乳しないと二人は元の世界に戻すのは難しくなるよ、ははははっ』
 グラスの中で氷が当たるような笑い声を残して少年の姿のカヲルは消えていった。
「分泌にどれくらい掛かる、レイ?」
「…5分は必要よ」
 その答えに頭上を見上げながら「アスカ、後少しだけ耐えて」と洩らしたシンジだった。


「嘘っ!?」

 アスカは我が眼を疑った。
 ゆっくりとアスカの方へ歩いてくる、しかも疾走する列車の最後尾の屋根上なのに
まるで舞台の袖を滑るようにすーっと向かってくる。そこへ銃弾を立て続けに撃込ん
だのに、避けてもいないのに平然としている。
 ぐぐぐっ、っと一気に間合いを詰め、手を伸ばさなくて触れるぐらいに接近してきた
赤い衣装の使徒。
 ――小さい? まるで少女じゃない?
 その、シンジが使徒と呼んでいる者が小柄なことに驚くアスカ。
 尻餅をついて頭上を手刀が切った。
 ほぼゼロ距離の胸元に銃口を押し当てた好機を逃さずに引き金を絞る。
 だが、錯覚でも見ているように銃声が響いたときには後ろに下がっていた。
「そんなっ? バカなことって?」叫ぶアスカ。
 全ての弾を撃ち尽くしている事に気付き、焦るアスカ。
 後退りながら混乱する頭で必死に次の手を考えるが思い浮かばない。
 にじり寄って来る中、後ろをまさぐっていた手が何かに当たった。
 再び間合いが詰まった瞬間、それを掴んで手首のスナップを効かせ思いっきり振り
回した。それはアディレーンを突き刺し損ねた最後の槍だった。
 指揮棒を受けたように軽く掌で受け止めた使徒が動きを停めた刹那、閃光と爆発が
使徒の目の前に起こった。
 吹き飛ばされまいと必死に屋根を掴んで爆風に耐えたアスカが使徒が元居た場所を
見ると居ない。
 辛うじて展望デッキの屋根端で落ちないように膝を突きながらも踏ん張っている。
 俯いていた顔から仮面が割れて落ち、栗色の長い髪が流れる風に広がった。
「いったい何なのよ、これは?」
 その顔を見たアスカが息を詰まらせた。衝撃の大きさに恐怖すらも感じない。
 その顔は――。

続く


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