WildWestEvangelion
第十三話「スピントレット+(プラス)

「なんとか間に合ったわね」
 双眼鏡を覗きながらバレンティーナがガッツポーズを作る。
「おいローザ、一発きりかよ」
 ジャックが口を曲げながら奇跡的に命中したことへの賛辞でもなく見せ場が只一度きりの不満を
口にした。
「偽装して持ってくるのだけでも大変なのに当てた事への誉め言葉ぐらい聞かせろってものよ」
 中指を立てながら反駁し、次の出番はそっちだろ、と頭上を指差した。
「…お客さんがお出ましだよ」
 スパイクスからの無線が入り、左斜め向こうを見やった。


「どうやら"僕"が色々掻き回していたようだね…」
 目を覚ました渚カヲルが欠伸をしながら自省の言葉を吐いた。
「…仕方が無いわ。
 …"あの使徒"を連れて来ているとは思わなかったもの…」
 戦闘衣装の胸元のスリットに入れた手を出し、小さなアンプルの口を切ってマサミとファナの口に
含ませた。
「二人の容態はどうなのかい?」
「まだ目は覚ましていないようだ。
 アスカは目覚め掛けたようだけど使徒の顔を見た以上、暫くは無理になったね」
「…いつか気付くわ………、本当の自分という事に…」
 けだるそうな背伸びをしてカヲルが立ち上がった。
「見送るのかい?」
 屋根越しに空から来る何かを見る格好のカヲルに「二人を帰すのが先だよ」と答えるシンジ。


『君は今、迷っているね、自分というものに…
 だが、それは誰にでもあることなのさ、人である以上、自分というものに
 迷いは残りつづける…
 また会おう、君が探し続ける限り…、
 シンジ君と綾波レイも、この螺旋が続く限り…無限の世界の回廊で…』
 素顔を曝した使徒の顔を胸元に抱きかかえ余裕の笑みを浮かべる少年の姿のカヲル。
 ぐぉぉおおん、と音と共に周囲が暗くなった。
 と同時に列車の速度が落ちだした。
「…ようやく暗示が切れたようね」
 機関士の暗示を緩やかに解く処置を行ったレイが外の様子に気付いて口を開いた。
「…最後まで演出されているのね」
 びゅん、と接近してきた飛行船に向けて飛び上がっていくカヲル。
 余りの驚愕にただ見送るだけのアスカ。

「…さあ、目覚めなさい。
虚無の中で世界を意識しないと再び囚われの心が世界を閉ざしてしまうわ…」
 上下も左右も広がりも閉塞も全てが何も感じられない時間の白い闇の世界に浮遊するレイ。
マサミとファナの意識が拡散し時には収縮し無数の幻影となって不規則に乱舞を繰り返している。
「…元の世界に帰るのです。
 ……ここは貴方達が留まっていてはいけないところ…目覚めなさい…」


 ――眩しいわ。
 眼を開いたマサミが明るさに眩んで思わず手を翳してしまう。
 開けられたままのカーテンから朝陽が射し込み、窓際の白いベッドに寝ていたので高くなった
太陽からの光がシーツの半分以上を輝かせるほどに強い。
「ファナ?」
 起き上がり部屋中を見回すと隣のベッドでファナが大きめの枕に半身を埋めるようにして寝入っ
ていた。
 マサミの日記より――。
「気付いた時には私たちは収容された病院のベッドに眠っていました。
 その日の午後には葛城さんが見舞いに来てくれました。
 アスカさんは過労のために休息を摂るらしく、カロラドに戻る日になっても会う
 ことは出来ませんでした。
 先に戻るという挨拶だけで碇さん夫妻ともカロラドに戻るまで会えませんでした。
そして、カロラドに戻るということは皆さん達とのお別れに他なりませんでした――」


「ほな、短い間やったけど来てくれてありがとな」

 トウジが馬車に乗り込もうとしているマサミとファナの鞄を馬車の荷台に置き終えると挨拶の
口を切った。
「あの、ほんとにお世話になりました」
 ぺこりと大きく礼をしたファナの隣でゆっくりと静かに礼をするマサミ。
「家に戻っても貴方達がここに来たということは消えはしないわ。
 お元気で、さようなら…」
 焼立ての菓子の小包を手渡すヒカリ。
「じゃあ、ローザさん、頼みます」
 ローザと強い握手をするミサト。
 シンジやレイと同じような不思議な感覚を感じながら眼でしっかりと頷くミサト。
「分かっているわよって、心配は要らないわよ」
 勝気な笑みで答えるローザ。
「さあ、出発よ」


 タンゴが打ち鳴らす床の拍が酒場のテーブルを共振させている裏通り。
 貧民街と移民船団の港に挟まれた猥雑な空気と喧騒が背景音として遠くから聞こえて向こう
側に消えていく。
 身体に巻き付けたようにタイトなワイン色のロングドレスを着た女の前にソフト帽を目深に被った
黒服の男がグラスを2つ持って立った。3ピースの襟元を紅いネッカチーフが巻かれて胸元のポ
ケットに一輪の紅い薔薇が刺されていた。薄く髭を伸ばした口元がゆるみ、グラスの1つを目の
前の女に渡した。
「見つかったのかい?」
 答える必要のない質問をして軽くグラスの琥珀色の液体を喉に流し込む。
 浅黒い肌にナイフのように鋭い目が帽子に隠れるれるように覗いている。
「ああ、この世界に居るそうだ、それに――」
 胸ポケットの薔薇を抜くと女の黒く長い巻き毛に注しながら、
「ジャックとスパイクスも居るらしい」
と猟の獲物の名を挙げるように嬉しそうに話す。
「きっと二人はギャリーに会えるのを愉しみにしている筈だわ」
「はははっ、それはドミニクも同じだろう」
 グラス半分ほどを一気に飲み干したギャリー・マックウェルの腕に寄り掛かるようにドミニク・サロ
ネンが寄り添った。
「いよいよ本番ね」
 その女の言葉と共にタンゴの踊りが終わった。拍手を贈る二人。

 旧大陸の産業革命と大陸への国際列車出発地となった華の都、全盛期の高級歓楽街のある
館の奥。焚き籠められた香の匂いが女の匂いと化粧の匂いと合わさって息を詰まらせるほど強烈
な澱みを館中に充満させていた。落とされた仄かな瓦斯灯の照明がより一層淫靡さを深めていた。
 装飾過剰なまでに彫り込まれた壁の彫刻と踝まで埋れる程の絨毯の続くドアの向こうから虚ろを
虜にしてしまうような妖しく堕ちていくような声が漏れてきた。
 女主人が沈むようなソファーの中で喋っていた。
「…どうやら新大陸では骨董品達の蚤の市が開かれたようだよ
 …古い皮袋に新しい酒と云うけれど、入れ物も新しくしなくてね、
 そう思うだろう二人とも」
 薄く入れた紅茶色の長い巻き毛を後ろでまとめ編み上げて、白いレースのチョーカーが乳房を
突き出すように胸元を大きく開けた青紫のドレスを際立たせていた。手を動かす度に袖口の白の
レースから幻惑が振り撒かれているようにも見える。僅かに切れ上がった菫色の瞳が前に立つ二
人を舐めるように瞬いた。
「アナクロな音域の狭い調律は終わりました…、
打ち鳴らす弦と震える笛の音の元に…」
砂色の短い髪に真鍮色の瞳、銀糸の刺繍が施された深緑の礼服の冷やや
かな表情の女が僅かに開けた口で云い、
「聞こえぬ光、見えない音が奏でる世界が始まることを今、示すときです…」
奔放さを檸檬色の巻き毛に現すように二つに結んで、レースの袖口と金糸の刺繍が施された臙
脂色の礼服の唇に陽気さを乗せた女が男を誘うよう悪戯っぽい笑みを浮かべた。
「本当の世界はこれからさ、あの二人もそろそろ認めるべきだわ…」
 艶っぽい口元に運んだ紅茶を啜った女主人が揺れる髪を手で捲くった。


『どうしたんだい。
 全てが再び始まろうとしているのにそんなに浮かない顔をして』

 少年の渚カヲルが洞穴を背後に控えた森の中、洋館の窓辺で暮れ行く冬の夕映えを眺めて
いた碇ゲンドウに拗ねるような仕草でじゃれるようにテーブルの胴の長い銀の杯を天井に掲げて
いた。
「もうすぐ目覚める…、全てはそれからだ…、ギャラルホンは今又響くのだ」


「さあ、最後の道程よ、
 ここを抜けて貴方達は貴方達の世界に還って行くのよ」

 馬車から降りたローザがマサミとファナを連れてムガール朝様式の庭園を歩いていく。
 乾燥した茫漠の冬の草原からすれば木々の梢から豊饒の彩が散りばめられたような色彩が
白亜の殿堂まで続いている。
「この先でお別れになるのですか?」
 ファナの問いに短く「ええ」とだけ答えるローザ。
「皆さんのことを覚えていてもいいのですか――」
 続きの言葉を飲み込んだままのマサミにローザが立ち止まり後ろを向きながら一拍置き軽く
笑みを浮かべた。
「あなた達はここで亡くしたモノも捨てたモノもないのよ、
 思い出さなくても、それは忘れたことではないのよ……」
 再び歩き出し、噴水の横を通っていきだした。
 大理石から切り出した装飾の柱が対となって左右に吹き抜けの柱廊の天井迄続いている
中を歩いていく。天窓から差込む陽光が磨かれた廊下に反射して目映いばかりだ。絨毯が
再び敷かれた階段状の通りと踊り場を二つ上がり背の高い扉の鍵穴をローザが示した。
「ここを開けて貴方達の元の世界に戻ります。
 ここが境界です、さあ、お持ちの鍵で開けてください」
「でも、私たち、鍵なんて…」
 怪訝なファナに「ポケットに手を入れてみてください」と答えるローザ。
 お互い、それぞれを見合ってポケットの中を確認するマサミとファナ。
「あるわ、鍵が」
「ほんとだわ」
 手の中から少しはみだす長さの鍵を互いに示す二人。
「――鍵は一つの扉を開けるだけのものとは限らない」
 天井から響く力強い声が響いた。


「あのバカども、なんでちゃんと見張っていなかったのよ」

 毒づくローザだが今はマサミとファナを床に伏せさせ対応するしかない。
 腰に装着しているホルスターから拳銃を抜くと遊底を引いて初弾を薬室に装填する。
 横に向けて構えて二発続けて連射する。
 反動で銃口が横にぶれたのを利用して回避運動を牽制する為だ。
 しかしカウボーイ風の男は半歩動いただけで銃弾は掠めもしなかった。
「私はホムンクルスではないのでね」
 両手を前に構え、正しい拳の姿勢を採るとバタフライナイフのように腕の中から銃身が飛び
出した。数発の銃声が轟き、ローザが身を伏せたテラスの柱が砕かれていく。
「ヴァーダル・ネメシス? こいつらまでこっちに来たの?」
 驚くローザを余所に一歩ずつ、一歩ずつ西部劇の主人公のように段を上ってくるカウボーイ。
 ――鍵を開けて送り出さないといけないのに、遮蔽物が無い!
 歯軋りするローザ。
 ジャキッツン! と金具が組み合わさったような音が回廊中に響く渡る。
 回廊途中の渡り廊下に新たな武装したヴァーダル・ネメシスが出現した。
「歩兵は兵法の基本でね」
 嘲笑うように口元を緩めるカウボーイ。
「でも、それは奇襲が成功した場合だよ」
 シンジが渡り廊下の真下で皮肉を放った。


「碇さん!」
 マサミの眼が輝く。
「キザは出来ないんだけどね」
 とシンジが指を鳴らすと渡り廊下が爆砕され崩れ落ちていく。
「!?」
 ファナが驚き目を見開くが、瓦礫の下敷きにならずにその上にシンジが立っていた。
 その右手には拳銃が握られていて銃口からは撃ち終えた煙がうっすらと立ち上る。
「送迎に来賓が来るのが分かっていたら"ホスト"は準備しておくものでしょう」
 照れるように笑うシンジにカウボーイ男が銃口を向けた。
 互いに反対方向に走り出し銃を打ち合う二人。
 横転とバク転を混ぜながらも銃撃と弾倉の交換を行うシンジ。
 一気にカウボーイの間合いに詰め寄って両腕を鷲掴みにして交差させへし折るシンジ。
 そのまま腕を掴んだままでジャンプしカウボーイ男の胸元に両足で蹴りを打ち込む。
 腕が引きちぎられ、吹き飛んでもんどりをうって転がるカウボーイ。
 むくっと上半身を起こして両太腿が分かれて中からより太い銃身が飛び<出した。
「チェックメイトだ」と笑うカウボーイ。
 その途端、飛び降りてきたレイの両足がカウボーイの両太腿を押さえ付け両手で握った
ライフルを短くしたような馬鹿デカイ拳銃を顔面に向けて叩き込んだ。
 砲声のような轟音と共に反動で弾き飛ばされたように宙を舞うレイ。
 その体勢のままで体操選手のように巧みに身を捩じらせてニ発目,三発目,
四発目、五発目を撃ち続ける。
 右肩、左胸、右太腿、左膝と破壊されていくカウボーイ。
 天使が舞い降りるようにふわっとシンジの横に着地したレイ。
 レイの腰を引き寄せて抱き、微笑むシンジ。
 応えるように口元をほんの少しだけ緩めるレイ。
 その二人の姿を天窓から差し込む光條が硝煙と漂う埃に彫り上げていた。


「ファナ、起きなさいよ!
 もう朝なんだから早く起きないとお母さんにまた叱られるわよ」
 パジャマ姿のまま、枕で妹の顔を叩くマサミ。
 何度も叩かれ抗議するように枕を掴み「やめてよマサ姉、起きているわよ」と口を尖らせる。
 ガバッと起きて目覚し時計を見るファナが「まだ時間あるじゃない、もう少し寝かせていてよ」
と布団を再び被る。それを「起きなさいよ」と布団の上に飛び乗り、強引にめくろうとするマサミ。
終いにお互い笑い出し涙が出てくるまで声を出して笑った。
「…帰ってきて一週間になるのにもう半年以上も前のような気がするわ」
「…それなのに昨夜の事のように思い出せるわね」
 姉の言葉をぎゅっと枕を抱きかかえながら返すファナ。
 ――それじゃ、お二人ともお元気で。
 と握手を最後にしたときの掌の感触がまだ残っている気がして右手を見つめるマサミ。
「なにしているの〜、二人とも。
 朝ですよ、大学に行く仕度をしなさい」と母の声がキッチンから届く。
「あ、は〜い」「はいは〜」
 二人の住む集合住宅を離れた木陰の場所から看ているローザ。
 敷き詰められた煉瓦タイルの歩道に仕度を終えて階段を下りてきた二人が駆け足で通り抜け
ていく。
 隠れたローザの前を通り過ぎていくマサミとファナ。
「バスまだ間に合うかな?」
「並んでいる人が居るから大丈夫よ」
 息せき切ってバス停に辿り着き深呼吸をする二人。
 不意にマサミがローザが居た方向を向いた。
「どうしたのマサ姉?」
「?誰か知っている人が居た気がしたから」
 しかし、そこにはもう誰も居なかった。
「着たわよ、バスが」
 ファナの声に振り向くと二階建てのいつものバスが乗客を半分以上乗せてやって来た。
 乗り込み発車した様子を見送るローザ。
 ベルサーチ調のデカダンスーツを着ている。
「さあ、こっちはもう問題ないからシンジの手助けに戻るわよ」
 サングラスを掛けながら後ろに隠れているスパイクスとジャックに命令調で言い放つ。
「おいおい、もう行くのかよ」
「あと少しぐらいこっちのビールを呑んでいくぐらいいいじゃねえか」
「何いってんのよ、
 肝心な時にサボっていたのにナマいうんじゃないっての!」


「やっぱり行くんか?」

 弁当を贈りながら同じ事を繰り返すトウジ。
「ああ、もう雪もだいぶ融けたからね」
 弁当をレイに渡しながら答えるシンジ。
「帰って来れるの?」
「帰ってくるわな、家の掃除はワイらがやっておくからにな、その心配はせんでええわ」
 ヒカリの肩を叩き、促すトウジ。
「…じゃ、ダグラドルナ湖に向かうわ」
「夏には帰って来るよ」
 スーツを仕舞い込んだトランクと武装を入れたケースを荷台に載せるとシンジとレイは馬車に
上がった。
「帰ってこいよ、きっとやで〜」
 大声で手を振りながら叫ぶトウジ。ヒカリは涙が溢れそうで声が出なくて手を振るのが精一杯。
 軽く左手を上げて手を振ったレイと大きく手を振り続けていたシンジの姿が次第に遠く小さく
なっていく。
「泣くな、シンジ達が帰ってきて良かったと思えるようにしておくんがワイらが遣らなあかんことや」
「うん」
「二人が今度こそ子供を産める場所を作ってやらなかんしな」
 いつになく凛々しく笑みを浮かべるトウジ。
「…それで、その…あんた、話があるの…」
 頬を紅く染めながら恥ずかしそうにトウジを見つめるヒカリに「なんや、話て」と答えるトウジ。
「…私、赤ちゃんが出来たみたいなの」
 一瞬、きょとんとしたが「やった〜!!やったがな〜」とヒカリを抱き上げてぐるぐる回るトウジ。
二人が去り、二人が新たな命の芽生えに喜ぶカロラドの町は春の息吹に包まれようとしていた。



「じゃ、俺は人形の真実を確かめるために旧大陸に渡るよ」と書置きを残した加持は東海岸の
港で客船に乗り込み、離れ行く大陸に思いを煙草を吹かしながら眺めていた。

「報告書をお持ち致しました、閣下」
 礼装で挙礼するミサト。脇に抱えた書類を向かい合い執務席に座る大統領に恭しく提出する。
「御苦労だった、引き続き任務遂行に励んでくれ」
「はっ!」

 社交界のパーティーで貞淑な女性を演じ情報収集をしているアスカ。
 身のこなしはハイソサエティの令嬢と見まごうばかりだ。
 その奥でシャンパングラスを傾けながら妖しげな目線で令嬢たちを陥落させようとしている
カヲルが居た。不満げながら無視するアスカ。
 翌朝、目覚めたアスカがホテルの窓を開け澄んだ外気を取り入れる。
 少し冷たい外気が素肌に触れて目覚めには心地よい。
 身体つき、肉付きも柔らかくなり乳房も甘さを、尻から股を介し太腿にかけては香しさを増して
いた。
「もう出発なのかい?」起きたカヲルが後ろからアスカを抱き締め頬に目覚めのキスをした。
「目的地は遠いからね」
 首を回してカヲルの唇を塞ぎ強く吸うアスカ。
 その朝陽に輝く体の首筋にはアディレーンのネックレスが光っていた。


「目覚めたか」

 書類に書き込んでいたゲンドウが手を止めて呟いた。
 その薄暗い地下に棺より二周り大きな白金色をした箱状の漕が2つ鎮座していた。
 槽に接続されていたパイプが自動的に外れ、内部の液体が排水されていく。
 槽の横蓋が外され、半透明のカプセル状のベッドが中から出てきた。操作しているのはリツコ。
 カプセルのハッチが開き、それぞれから人らしい姿が出てきた。
 起き上がり、互いの手をとり合っている。浸されていた羊水が滴る。
 嫉妬するような目付きのリツコが採光シャッターを開くと逆光の中に二つのシルエットが影を
作った。
 一人は少年でもう一人は少女のようだ。
 階段を一緒に昇り、外への扉を開く二人。
 太陽に照らし出された二人、14歳のシンジとレイだった。


 サンヴァプタ峠に差し掛かったシンジが手綱を引いて馬車を止めた。

「遂に目覚めてしまったか…」
「…大丈夫よ、私たちは一緒だから」
 レイの身体の中ではスピントレットが安定期に入っていた。
 斜め後ろを見詰るシンジとレイ。別の何かにも気付く。
 その後方1ヤール程の山腹。
「副官、目標はサンヴァプタ峠に達したようです」
 双眼鏡を構える兵士が副官に告げる。
「捕縛は不可能かもしれない、砲兵、装填用意、合図と共に一斉射!」
 据えられた十二門の山岳砲に砲弾が篭められていく。
「ファイアッ!」

「これからが本当の始まりね…」
「ショーの幕開けさ」
 双方のシンジとレイの言葉が重なった。

The story is the beginning in now which doesn't end.

第一部完


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