カロラドの町から望む背後の山々。
西方に大陸を貫くタートン山脈から続く高い山々と深い渓谷、森林地帯に大平原、
氷河が形成した湖と川。
ダグラドルナ湖とヴァータータン湖が「山脈が大平原に出会う場所の湖」と呼ばれ
ており、東南方向に向けて4000〜5000mクラスのジェラバルナール山脈が枝分かれす
るように連なり氷河が大地を抉り取った痕跡のジョセマイト渓谷とワイケルセトェウ
渓谷とが悠久の時の流れが彫りだした荘厳な造形美を見せており景観の活目さは他の
地域を圧倒している。
北方からドブソン山、パイラミド湖、マリグーネ峡谷、メディシォーネ湖、ファイト
レス山、エイス・カーヴェル山、エイスバスキャ滝、ケリケリスム山、マリグーネ湖、
ブラゼゥー山、サンヴァプタ山、サンヴァプタ峠、カロンバイア山とカロンバイア大
氷原が見事なコントラストを描き出してグラシエール湖、ピヤート湖、ミステイヤ湖、
ボウ湖、エメロラゥード湖、ルイーズ湖、モレイネ湖らを抱えるワブタ氷原に続いて
いる。更に西方の山脈側には長さが150キロ近くに及ぶキンバケッタ湖が青く澄んだ
水面を見せている。そこから真南に下ったところからツォルメ連山が始まり、ホフマ
山とテーニャーヤ湖、キャプタン山、バーナル滝、アダヴェン滝、リエヴェラヂル滝を
作るデクレーム川を越えると広がりゆくヴァエリーストーネ州を見渡すワウォナ峠にさ
しかかる。そこからがカロラドの町である。
カロラドの町は最低部で673m、最高部で3329mと標高差が際立っている為動植物の
多様性は正に幅広い。そしてこの町、山々、渓谷には冬の景色がブラシ掛けするように
北方から南方へと何度も、何度も繰り返し繰り返し色合いを替えていくようであった。
「あんたがそん時の仲間の一人だってことは調べがついているのよ」
銃口を押し当てながら血走った眼で恫喝するアスカ。
「し、仕方が無かったんだ、逆らえないんだよ、あいつらには――」
抗弁する男の左腕を捻じ曲げるようにしながら机の上の書類にマッチを投げて燃やし
ていく。
「あんたの御蔭で何百人が不幸になったと思うのさ、ええっ?」
既に数発の銃弾を受けた男は息絶え絶えである。
「どうせ勝てやしないよ――」
男が言い終わらない内にアスカは引き金を引いた。
「あたしはお前等を殺すために生きているのよ、一人残らず殺すためにね」
男の机の中から取り出したケースの中身がGP-04である事を確認するとランプを床に
叩き付けて部屋に火を放った。火事の怨念の思い出と対峙する為には自分の全てを焼き
尽くしてしまった火で相手を葬り去る、アスカはそう決めていた。GP-04が家にあった
ばかりに私の家族は殺された。ならばこれを追いかけ続けて最後の一人まで辿り着いて
やる。GP-04の投与で得られる肉体の増強と超感覚を使って。
「あと二本か」
その手掛かりの材料であるこのアンプルも残すところ2本にまで減ってしまった。
「でも、もう少しよ、きっと」
J・D・A・B"か!!」
マサミとファナの日記より。「鉄道建設、その決定が成されてから3週ばかりが経過しました。
そのため町には業者と目される男達が何人も遣って来て半ば強引に土地買収の商談を
進めていました」
「町の殆どの人々は大規模な鉄道の建設には反対でしたが、鉄道そのものの建設には反
対ではなかったため受け入れ派と反対派とに二分されてしまう事になってしまいました」
「また冬に向かって旅人が減っていくのにも関わらず素行の悪い人たちが建設を巡って
利権に預かろうと町に訪れるようになって町の治安が次第に悪くなっていきだしました」
「ちいさないざこざでしたが、日を追うにつれて件数は増えていき、飲み屋の多くでは
憂さを晴らそうとする町民や招かざる来訪者達との喧嘩が繰り返されていました」
「アスカさんはその都度に相手の腕や脚を折るという、本人曰く"穏便な"解決に奔走し
ていました」
「ですが、肝心な保安官は言葉で説得するだけで逮捕などをしたりしませんでした。
留置場に入れたとしても多すぎて出していかないと追いつかない、というのが理由だそ
うです」
「ここ、ぬくぱら亭でも軽い小競り合いがありましたが乱暴や狼藉といった類までには
発展しませんでした」
「そして、町の中にゲンドウ一味に対する反感が募っていく中でその事件は起きたのでした」
歩くと踝までの厚さの雪が積もった街路をアスカが大股で足元を確かめるようにしながら
保安官事務所に日課のようにやってきた。
「おっはよう、加持さん、居るっ?」
応対のデスクに身を乗せるようにして奥を覗き込んだアスカが声で問掛けるが返事はない。
「あのバ〜カっ、は夕べから州都に行ったままよ」
ミサトが着込んだコートに両手で持ったバケツに石炭を山盛りにしながら奥から出てきた。
「ちぇっ、つまんないの、残ったのはヤレタおばはんだけか」
アスカの毒舌に方頬をぴくつかせながら火箸でストーブに石炭をくべるミサト。
「小便くさいガキに言われたかないわね」
「けっ、垂れた肉よかマシよ」
「胸も尻もペッタンコのあんたなんかに男は寄って来ないわよ」
「何よ、デカけりゃいいってもんじゃないわよ」
「胸もないのに乳臭いあんたに比べりゃあったほうがいいのよ」
「何その匂い、臭いだけじゃない」
「汗臭いのはあんたよ」
「男くわえて喜んでいるだけじゃない」
「濡れたことも無いマグロに色気はないじゃない」
「なんですって〜」
二人が毎日の日課を繰り返しているところに早馬で戻ってきた保安官助手が手配犯の一部が
カロラドに向かっていることを告げた。
少年時代のシンジ。
全てを鎖し込んでしまうほどの暗闇の中で歯を食いしばるように何かを睨みつけている。
「僕は許さない!!」
思い出は替わり傷着きながらも歩くシンジとレイ。その行く手を劫火が走っていく。
雪辱の眼差しで劫火の中に消えていく人影を、涙を流しながらも見ているだけしか出来ない
ことに叫ぶ。
「やめてよー!!」
肩を落とし項垂れるシンジの唇をレイがそっと塞いだ。
「こうすれば、あなたの悲しみを吸い出せるかもしれないから……」
瞼をそっと開いたシンジ。
全ては遠い日の出来事。
暖炉の薪が転寝の残照のように小さくパチパチと音を立てている。
肩に掛けられた毛布が椅子と背中の間に落ちる。
「綾波……ありがとう」
「もうすぐ時間よ、行きましょう…」
週末前の手伝いにぬくぱら亭にこれから行くのだ。
冬も本番になれば馬達の世話で小さな厩舎との往復になってしまう。
畑仕事も雪が消えるまでは休止である。
「悪いけれど、今度の獲物は絶対戴きよ、手出ししたら承知しないからね」
ぬくぱら亭で昼食を摂りながらアスカが真向かいに座ったカヲルに言明する。
「どうしてだい? 一人で手に負える数じゃないだろうに」
宥めるようにカヲルがアスカのグラスにワインを注ぐ。
「ちょっとぉ、自分のことは自分でやれるから、余計なこと、しないでくれる?」
フォークでボトルの口を押し上げるようにして遮る。
「なんや、やけに先走りしそうなぐらい張りきっとるやないか」
厨房まで聞こえてくるアスカの声にトウジがテーブル側を覗きながらこぼす。
「きっと手懸かりの人物が手配されているのじゃなくて」
皿にテキパキと盛りつけながら声の調子を落としてヒカリが答える。
「そうか。それにしても客が増えとるのに売り上げが伸びんのはどうゆうこっちゃ」
亭内のテーブルは殆ど埋め尽くされているのに注文が少ないのだ。
「カヲルさん目当ての客は余り食べないからだわ」
「いけすかんやっちゃな、もっと高いもん注文させろってゆうに」
カロラドの手前、南南東3ヤール付近の平原を疾駆する馬上の者達4人。
「日が暮れねえ内にカロラドに着かねえと野宿する羽目になっちまうぜ、ダーブの旦那」
「国境の小競り合いがなければ逃げ込めるものを、山越えして巻くしかねえっすよ」
見るからにチンピラ風情の若い男二人がが先頭を行くがっしりとした体格の男に話し
かける。
「ガショムにヘーポ、今夜は丁度、保安官は居ないから山越えの支度は出来るだろう」
言いながら左後ろを付いて走る男の方を見やる。
逃げる羽目になったのは左後ろの男が役人を殺し損ねたためだが、今迄は官憲を上手く
まけたのが今度は予想以上に手配が早かった。
ゲンドウの野郎、捨て駒にする気か――内心想いながら馬に鞭を入れた。
詰られる視線を受けながらやつれた表情のその男は全てに疲れ切った目をしながらも逃
げ切りたいという一念で手綱を握っていた。心の中では「これでいいんだ」と繰り返し、
州都から離れて地味だが平穏である日々に戻れる為に今は馬を駆けることのみに専念しよ
うとしていた。峻険な山々の帯の向こう側に日が隠れていこうとする頃に手配された男達はカロラドの
町に到着した。
夕闇が山の稜線と星が瞬き始めた空との境界線を曖昧にしだして町灯りのランプが作る
影が人を潜めるには丁度良い落とし穴のような黒い隙間を幾つも町のあちこちに作り出し
ていく。小雪混じりとはいえ足を取られるほどに積もってはいない。煙突からは夕食の準
備が始まったことを煙と匂いで主張している。
「丁度いい頃合いだ、ランプの薄明かりでそう見分けはつくまい」
ダーブがあごをしゃくり、ガショムとヘーポに人気の多そうな料理屋を探させる。
「おい、もう少しの辛抱だ、びくつくんじゃねえ」
4,5分もした頃、ガショムとヘーポがお誂え向きの場所がありそうだと手招きしてきた。
馬を亭の前のバーにつないで中に入ると空腹を刺激するような匂いと、食事と会話とが
丹念にブレンドされた賑わいが4人を包み込む。
「ほう、ここじゃ旅の奴が大勢居て隠れるには丁度いいな」
ダーブが入り口傍のテーブルが空いているのを見つけ、座ろうとするとウェイトレスら
しき女が声を掛けて来た。
「済みませんが、生憎そこは先約がありまして、こちらにして頂けませんか」
ヒカリが済まなそうに奥側のテーブルを指し示す。
片方の眉が上がりかけたが騒動を起こすのはまずいので奥のテーブルに座る4人。
小声でヘーポに保安官事務所の様子を尋ねるダーブ。
「大丈夫でしたよ、今晩は留守みたいで、助手が番をしています」
「そうか、残るは賞金稼ぎでどんな奴が居るかだな」
怯えるように周囲を必要以上に覗う男にガショムとヘーポが配膳された酒のグラスをぐぐっ、
と呷りながら「堂々としていろよ、堂々と」「そうだぜ、そんな顔していたら逆に怪しまれるぜ」
とめいめいに肩を叩きながら一見、普通の客を装う。
「手配が回ったとしても、顔が割れている訳じゃねえ、腰を低くしていれば心配は要らん」
「へえ、そいつはそうですが…」
「感じたかい?」
「ええ、感じたわ、この感じ、弱いけれど…」
ささやかな晩餐を自宅で摂っているシンジとレイが狼の遠吠えを聞き取った鹿のように
感覚を研ぎ澄ませる。
南瓜のスープから甘い匂いが漂い、余計に緊張感を高めてしまう。
「町に行こう、気のせいにするには強すぎる」
きっ、と結んだ唇でレイが容易ならざる事態が起きうる可能性を顔に浮かべ、シンジに
拳銃を差し出す。
「胸騒ぎが、収まらないわ…」カロラドの町を見下ろすもう一つの南側の峠に巨躯と小さな影が立っている。
梟のような低い声を発しながら笑い声のような鳥の啾き声が森の中から響いてきた。「ちっ、名前や人相がよくわからない手配だなんて当てにならないじゃない」
愚痴りながら遅くなった夕食を取ろうとぬくぱら亭の玄関を開けて中に入る。
今日はいつになく盛況じゃない、といつもの自分の席に座り帽子をテーブルの上に置いた。
「こん中に一人や二人ぐらい餌が居てもいいのになあ」
空腹を抑えるように胸から上をテーブルにもたれ掛かるようにして手を伸ばす。
晩御飯は何にしようか、酒は何杯がいいか、と思い巡らせていた耳に奇妙な口調が流れ
込んできた。
不快感よりも寒気を、緊張よりも閉塞を、独特の皺がかかったような低音の声が背後か
ら聞こえてくる。
全身の毛穴が逆立つように、汗腺から噴出す脂汗と筋肉が強張り、埋め込んだ恐怖感が
呼び起こされてくる。
『――忘れたのかい?』
嘲笑うようなカヲルの皮肉が暗闇にポッカリと浮かんで競り上がってくる。
『忘れた? 何を?』
この声、この声、この声!!
フラッシュバックされるあの日の光景、家族を焼き尽くした炎熱、怒号、悲鳴、絶叫、
喪失と虚無の連続。
ゆっくりと背筋を起こし、歯軋りしながら奥のテーブルを見るために振り向く。
独特の皺枯れた声、はぐらかすような喋りのような笑い声。
そいつの名を隣の男が呼んでいる、ダーブと。ダーブ、ダーブ、ダーブ、ダーブ!?
「ダーブ!?」
実体化した傷痕が煉獄の屏風に燃え盛る火となって体中を呼び起こし心が叫び上げる
「ママ、パパ」と。
体中の細胞が沸騰したような熱さに心が怒りに燃え上がっていく。
「きっさま!! ダァ〜アアアブ!!」
今までの中でもっとも早く両手で拳銃を抜いて奥のテーブルの男達に突きつける。
鮮明に重なる記憶、一気に組み合わされていくパズルのように激流となった怒りが
闘争の一念のみを鋳込んでいく。煮え滾る思いが周囲を焼き尽くしてしまいそうなぐ
らいに怒気が亭内に居る者達を威圧する。
「貴様はユールブリナル・ダ・アムザスト・ブーツリルナハト、"
PasterKeaton project©