Wild West Evangelion
第三話「トゥームストライク」


 馬鹿騒ぎとなった歓迎会を終えて帰宅してみると、家の中には先客が居るようだった。
「綾波、後ろに」
 左手で背中に隠すようにレイの前に立ち右手にはこの世界では見慣れない拳銃を抜いて
伺うようにしてドア横に立ち気配を殺した。
「あ、お二人さん、お帰りのようね、私よ」
 ゆっくりとドアを開けて中に入ってみれば、見覚えのある顔、賞金稼ぎのヴァレンティーナ・
ローザが投げ出した脚をテーブルの上で組んで座っていた。
「とうとうここまで来たのか」
 当然、とでも言いたげな表情でタバコを吹かすと
「あたしは中立のつまりだからね、何もしやしないわよ」
「そう願いたいね」「……何なの」
 弱くも毅然とした口調でレイが在室の義を問い質す。
「どうやら“あの男は”動くようよ、今度こそね、根こそぎで」
 判っているんでしょう、それが何を意味するのか――。
 流し目をしながら紫煙をふぅっと吐き出す。
「ま、あたしは、借金は踏み倒しても、借りはきちんと返す主義でね」
 情報を書き込んだ書類を掲げながらテーブルの上にバン、と置く。
「ちゃんと利子の分まで働いたわよ、今度はね」
 不器用な物言いに苦笑しながら「判っていますよ」と礼をするシンジ。
「スパイクスとジャックは?」
 相棒、というより居候元の二人の事を尋ねるレイ。
「あのバカ共は別のヤマを追っている最中よ、これはあたしのプライヴェート・マター」
 気にしなくていい、と照れ隠しの素振りで大袈裟に手を振る。
「そう…、ところでアスカ、という名の賞金稼ぎのこと、どの位知っているの?」
「あたしに借り? 高くつくわよ」


 マサミとファナの日記より

「この町に来て以来、毎日が愉快な出来事の連続です。
 居候を決め込んだ賞金稼ぎのアスカさんが食事代を稼ぐためにトラブル解決の出前を行い
だしたのですが問題を解決するよりも話を大きくして滅茶苦茶にカキ回して騒動を広げてしま
うのが殆どです」

「今日も勘違いと強引な結論付けで騒ぎを巻き起こしている声が町のあちらこちらから聞こえて
来ました。
 深刻な事態になることには首を突っ込まずに、首を突っ込まなくてもいいほどの事にわざわざ
突っ込み、酒場の話の肴になるネタを今日も提供しているようですが、今のところでは余りの馬
鹿馬鹿しさに当事者達皆が問題を取り下げてしまうのが結論のようです」

「酒場では賭けに割り込んで上がりを巻き上げるように勝ったアスカさんがいつものように喧嘩を
始め瓶が割れる盛大な音の後でタバコを吹かして出てくるのを見掛けました。
 どうやら相手が買いたくない喧嘩でも気勢に任せて売りつけているようでした」

「保安官の所へ今日も出掛けて体よくミサトさんと喧嘩して夜に酒場でなんとまあ腕相撲マッチを
したようです。ギャラリーの男達が大部分ミサトさんに就いたのが最大の不満だったようです。
結果は、明日の保安官事務所に出掛ける口実になるくらいに負けも勝ちもしなかったそうです」

「今日は植物標本の採集を終えて帰ってくる時に乗馬して駈けているアスカさんの姿を見ました。
その姿はとても凛々しくて私と同じ女性だとは思えないほどでした」

「夕方、(ぬくぱら亭の)ラウンジで少し綾波さんと話をしていると入ってきたアスカさんはそのまま
踵を返して出て行ってしまいました。どうやら綾波さんとはウマがあわないようです」


 とある夕暮れ時のぬくぱら亭。

 午後の仕事を終えたシンジがいつものようにぬくぱら亭に立ち寄り、レイと一緒に帰るのが日課
なのだが今日はホテルの帳簿計算で遅れる見込みらしく、ぬくぱら亭のレストラン側で待つことに
した。店内は週末とあって旅の客で溢れんばかりに賑わっている。その中で奥の窓際に座り、食
前のビールを軽く呑んでいるとシンジに呼び掛ける声が聞こえてきた。
「あら?シンちゃ?ん、今夜は独りなの?」
 声のした方に顔を向けてみればミサトが大きなビールジョッキを2つ抱えながらシンジのテーブル
へと近づいてきた。
「ミサトさんですか」
 憮然とした口調で肩肘付きながら応えると「ですか、はないでしょう」と拗ねた素振りでミサトが話す。
「こんな時間に何をしているんですか、ミサトさん」
「今日はあのバ?カは仕事で出張って行っているの、だからベッドが寂しがって」
「寂しがっているのはベッドじゃなくてミサトさんでしょう」
「秋の夜長はベッドは冷えるわ、やはり独り寝は寂しいものよ、判るでしょう」
 椅子をシンジの横にまわしてシンジの手を掴むと強引に自分の胸に当てるようにじゃれ付いて来る。
「からかうのは止してくださいよ」
 振り解こうとするシンジの手を引き放さまいと引っ張り返すミサト。
 ミサトの体が動く度に香水の匂いが撫でるようにシンジを包みこんでいく。
「からかってなんかいないわよ、シンジ君」
 急に真顔になり柔らかな眼差しを向けて話し出した。
「あなた達がこの町に来てもう5年ね、来た時のもう痩せた野良犬のような殺気立った眼が印象に
残るだけの少年からしたら、随分逞しくなったし、目付きも丸くなっているわ」
 ビールを半分ほど一気に飲み干し
「ほんと、いい男になったわよ、あなたはね、惚れ惚れしちゃうくらいにね」
 聞き流すようにジョッキを口元に運ぶシンジ。
「加持から聞いたんでしょう、私のこと」
「…亡くなられた弟さんが居たそうで」
「歳が離れた弟だったけれど、世界中で一番カワイイと思えていたわ」
「だから、弟さんの影を僕に重ねるのですか」
 シンジの横顔を見守るような眼差しで凝視するミサト。思い出すように笑みを浮かべて
「手のかかる悪戯っ子だったわ」
「それって、共犯はミサトさんじゃないんですか」
 屈託の無い、いつもの男に媚びる笑みではない表情を曝け出すように笑い声をたてて返事とする。
「いい得てるわね」
「だから僕にチョッカイだすのは判りますが、露骨過ぎませんか」
 シンジも姉に口答えする弟のように覗き込むように指先で糾弾のゼスチャーをしている。
「ふふっ、でもね、シンジ君、私はあなたが思っている以上に沢山の男達と寝たわ、今までの人生の
中でね、それだからこそ、男の出す独特の匂いには敏感なつもりよ」
 サラミを頬張りながら、眼の色だけを一瞬、光らせたシンジ。
「シンジ君から加持と同じ匂いを感じるわ、今もね、
とても危険な、それでいて抱き締めていないと腕から永久に離れていってしまうような、脆い感じをね」
「…ちょっと勝手な言い分ですね」
「外れているとは思ってはいないわ」
 ちらっと真剣な表情を見せたミサトだが
「私を遣り込めるならベッドの上でないと到底無理よ」
と頬に強く痕が残るほどのキスをして「マイ・ハニーのお出ましよ、お暇するわ」とウィンクして入れ替
わるようにしてレストランに入ってきたレイに挨拶すると帰って行った。
「あ、綾波、ごめん」
 頬のキスマークの弁明をするシンジだが気にする様子も無く淡々と
「平気よ、ミサトさんはそれ以上は多分するつもりは無い筈だから」と受け流した。


 山々の葉も紅く染め抜かれ、落葉樹たちは根元を深深と落ち葉で埋め尽くしだす季節も半ばを
過ぎて、空の雲は薄く高く海原に曳かれる航跡のように長く伸びて寒気が近づいてきていることを
示していた。小動物達も越冬に備え盛んに蓄えを集めることに勤しみ、雛鳥から若鳥と成った渡り
鳥達の群れが暖かな南方へ向かって今日も隊列を組んで幾つもの群れとなって川を越え、谷を
越えていっていた。
 冬に備えて干草を丸めて縄で縛り、納屋の横に積み上げていくシンジ。
 傍らでは綾波レイが冬物の衣料を陰干しし、セーターの袖口の編み直しをしている。
 この町に来て以来、過ごして来た大半の日々と同じく、長閑な日曜の午後であった。


 カロラドから300ヤール離れた州都の中央停車場。

 大陸横断鉄道の分岐点の一つであり、南西方面の鉱物資源開拓団及び西方開拓の前進都市と
しての性格と西部方面の政治の中心としての色合いが年々濃くなってきている。その中心の衆議会
場近くにある中央停車場。カロラドは西部方面への物量には欠かせない短絡ルートになると見込ま
れており、州都には投資が活発に行われ誰もが財務の最大限の効果を得ようと虎視眈々と隙を伺っ
ていた。

「それで支配勢力圏を拡大している裏組織というのはこの男のことかい」
 夜行列車の発射前の為か停車場周囲の酒場では見送り客や出立客で酒宴が繰り広げられていた。
 それら店の界隈一つに加持リョウジは壁を背にして座り、隣の男を並ぶようにして話していた。
 州新聞の影に一人の男の似顔絵が添えられていた。
「裏組織の間じゃあ新興の武器商人としてでなく政財界に影響力を行使するまでに権勢を揮うように
なってきて組織抗争が東部じゃ頻発しているらしい、連邦政府も及び腰らしい」
「そうか、他には」
 顔を互いに見合さない事で会話しているようには一見、思われない。
「探し物もしているらしい」
「探し物?」
「あくまでも噂だ、それ以上はわからんよ」


「45口径の400グレインを2カートン、御願い」
 銃砲店にて弾薬の見定めをしているアスカ。
「そんなに沢山どうするのね」
 ぶっきらぼうに問い掛ける店主に対して「使える弾を探すのよ」と受け取った箱をひっくり返して
一発ずつ手にとって慎重に吟味を始める。
「おいおい、何するんだ」
「錆一つでも付いていたらこちらの命に関わるからね」と約半分ほどを駕籠に入れて残り半分程を
箱にバラのまま詰め直して返した。
「撃てるのと使えるのとは別なのよ、でもこれはお返しするわ、勘定も1カートン分でいいでしょ」
 銃腔を掃除する器具の品定めも始めて店主の不平も聞く耳は持たないようだ。
「しかしな、何もそこまですることは」
「あるわ」と真剣に威嚇する目付きで吼えるアスカ。
「1発でも撃ち洩らしたらこっちの命が無いのよ」


 ぬくぱら亭のホテル側、フロント横の事務室でゆっくりと左手を広げては握る、を繰り返している
綾波レイ。

『なんとか当分の間は薬で持ちそうね』
 数度繰り返した所作を止めると帳簿のタイプライター打ちを再開した。
 小刻みな打音がリズミカルに部屋に響く。
「綾波さん、身体の調子は大丈夫かしらん?!」
 ヒカリが三時のお茶を持って奥の扉から顔を覗かせた。
「ええ、もうある程度は大丈夫ですから、差し支えはありません」
「無理はなさらないでね、最初が肝心だって聞いているわ」
「有難う御座います」
 茶菓子のバスケットを事務卓横に置くと焼き上げたばかりのスコーンをとりレイにすすめる。
「うちは中々、子供に恵まれないからってこんなの言うつもりはないのだけれど…
無理はなさらないでね」
 トウジと結婚して長いのに二人の間には未だ妊娠の兆候は見受けられないのである。
「なにかあなたたち、あまり嬉しそうに思えていないように見えて…」
 気に留めるヒカリの心遣いに感謝するレイだが
「そんなこと、ない、わ。
 私、とてもそれは嬉しいわ、とても、シンジの子供を授かることが出来たらどんなに幸せな事か、
 ゴメンナサイ、私、気持ちを表すのが上手く出来なくて、下手だから…」
 いつもと同じように淡々と喋るレイ。
「気遣ってくれてほんとに有難う…」
 頬をほんのり桜色に染めて目元を緩めるレイ。

 ゴメンナサイ、ほんとは―――――――覚えてしまった作り笑いの下で心は鉛のように冷たく
沈みこむようだった。


 教会の祭壇前に鎮座しているシンジ。
 牧師の冬月がその横で窓外を見るようにしながら話し掛けている。
「しかし、いつまでも隠し通せることではないぞ、いずれは周囲に判ってしまうことになる」
「判っています、冬月さん、でも、後少しだけこの町に居たいんです」
 背中で聞きつづける冬月と、祭壇を向いたまま話を続けるシンジ。
「薬が上手く効けば半年は十分持ち堪えます、その間に次の行き先を決めます…」
 あえて次の言葉を塞ぐシンジ。
「そうか、判った、町の皆には巧く話を逸らせておくよ」
 窓外には晩秋の山並みが澄んだ群青の空にうっすらと積もった白い雪が峰の稜線をクッキリと
鋳込むように際立たせている。掛かっては綿飴を挽くように集まっては梳かれていく雲の流れが
天候の崩れを告げている
ようだ。中腹に至る山肌の木々の植物相はこげ茶色に深く冬化粧の準備をしている。
「厳しい冬がもうすぐ来るな」
 シンジに聞かせるように、独り言のように冬月は呟いた。


 その夜。

 山沿いに覆い被さった厚い雲で山間では雨交じりから雪へと変わっていた。
 町に吹き降ろす風はヒューヒューと寂しく冷たさを戸板や窓ガラスに振るわせて伝えていく。
 薪ストーブの残り火が未だ紅く小さく暗い部屋の点描となっている部屋の中で今まさに雪雲に
隠されんとしている上弦の月を全裸のアスカが険しく見つめていた。
「手掛かりはきっと向こうからやって来るわ」
 極北のような凍てついた瞳はラピスラズリのように虹彩が燃え上がる炎のように光を放つ。
 来るべき未来への緊張なのか興奮なのか下唇を妖しく舐めるアスカ。
 快楽と憤怒の入り交じった刺激が全身を貫き、乳房と下腹部が張り詰められていく。
「……ふふっん」
 勝ち誇るように唇が緩み、拳に力がこもっていく。次第にそれは奮えとなり確信となる。
 胸にまわされた右手にはGP04をうち終えた注射器が握られていた。

 同じ頃、シンジはレイを背中側から抱き締めていた。
 蒼く水底のような月明かりに照らされたレイの裸身は後ろのシンジを見るように斜め上に向け
られた顔により弓反り、ツンと立った乳首が上を向ている。俯くように左頬を乗せるようにレイの
髪の毛をあてているシンジ。
 月の輝きにきらきらと輝く髪の毛からはシャンプーの残り香が漂い、汗と混じったレイの芳醇な
甘い香しい匂いがシンジの鼻腔をずっと刺激している。細い体つきに驚くほどガッシリした骨格と
筋肉が柔和なシンジに鍛えられた鋼の運動神経が隠されているのを覗かせる。その胸板に象牙
から一級の芸術家が彫り上げたほどの繊細で神々しい程の白い肌を重ねている。
 右手をシンジの右手に、左手をシンジの左手に重ねるレイ。
 静寂の中、均整の取れた肢体が光と影を織り成し艶めかしい姿態を醸し出している。

「…シンジ」
 瞳を閉じたまま自分に確認するようにシンジの名をレイが呼ぶ。
「…私、このまま…」
 続けようとする唇をシンジの唇が塞ぎ、更に抱き締める両手の力を強くする。
 応えるように身をよじり、左手をシンジの首筋に廻して強くきつくキスを交わしていくレイ。
「これからも同じだよ」
 互いに言い聞かせる言葉をシンジは繰り返した。幾たびこの言葉を云っただろうか。

 同じ月明かりの下、カロラドから2ヤール離れた峠道にそそり立つ岩の一つに少年のような姿を
した男が町の方角を見るように佇んでいる。
 羽織ったマントが風に靡き、目深に被った帽子が音を切る。
 軽く上を向いた顔の下半分が照らされる。

 そして、その口元が笑った――。

続く


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