真・世紀エヴァンゲリオンシリーズ:外伝
外伝第参部 とても大切な、大事な事 〜あなたに逢えてよかった〜
遡る記憶、辿り着く想い、邂逅する時と光の雫は儚い現実。
西暦2028年。
Nノーチラスが沈む海域に第6宇宙使徒ラミエル出現。
MEATIA直上、迎撃都市に出現し初号機を大破させた後、忽然と消失。同日夕刻、屋久島西南西に転移。
初号機緊急修復後、零号機と共に空輸、衛星軌道上に存在する全SSS並びに日本全国の電力を供給による
超長距離荷電粒子砲狙撃と近接零距離射撃(ノーチラス1による牽制砲撃を含む)を行う"ヤシマ"作戦を実施。
エヴァ二体のみ稼働可能時点における最大の作戦であり、最初の大出力攻撃であった。西暦2033年9月、最終宇宙使徒に対し、熱核コンデンサのパルス電力を利用した陽電子砲二門による虚数
空間生成を行いディラックの海の深淵に弾きtばす邀撃作戦が執り行われた。瞬間最大出力において地球上の全
電力をも上回る出力で陽電子を亜光速まで加速し、使徒と形成する空間並びに周囲の次元係数を圧し曲げた。
この邀撃作戦終了をもって降臨戦争は終結したことと公式上記載されている。
そして、記録上から渚カヲルの抹消が行われた。渚カヲルはそこに居た。
降臨戦争期間中において綾波レイが日本国外に出た唯一の機会が遺跡宇宙船での"発掘された"EVAとの
シンクロ感応試験の期間に、渚カヲルはそこに居た。
その数日前に留守を守るシンジが宇宙使徒爆発蹟の第二芦ノ湖湖畔で夕刻、見かけた記憶があるが確認は
されていない。
第五章:糸を手繰るもの、結びつく糸
「君たちには、未来が必要だ……」
碇シンジにとって未来は散漫と続く今日の連続では無かった。
不定期で来襲する使徒に対する邀撃作戦が恒常化するにつけ、現実と虚構、いや、使徒の襲来という不合理
との現実の遊離が、シンジ自身の心を蝕んでいった。「――でも、綾波が――、みんなが――、周囲にいたみんなが居たからこそ、
僕は僕でいられることの自信になったと思うんだ」窓外一面に星星が煌めく夜景を見ながらソファーに腰掛けている綾波に話すシンジ。
雪降る第壱東京市、ベイエリアの公舎でのレセプション出席という仕事を終え、ミサト達の宿泊するホテルで
ディナーを済ませるとミサトから1枚のカードキーを手渡された。
クリスマスイブなのだから外泊ぐらいして楽しみなさい、というのだ。
勿論、全ての煩雑な手続きを既に済ませているのだろうことを察して、二人は快く応じた。
寒冷化が進み、水位の低下でベイエリアの水際の大半が干上がった今でも、クリスマスイブとなれば人々は
短い夕べを楽しもうとしている。
そのためにホテルまでの道すがら歩く綾波は衆目の好奇を集めずにいられない。
その視線が友好的なものが少ないとしても、そのことが逆に生きていく事に真摯になれたとシンジは思っている。「――私は、、――繋がりが出来て、そこに居る私が私を形作れた。
私が、私で居続けることが私自身の、みんなとの絆、そして、碇君への絆…
私が一人になっても、碇君がいることが、私で有り続ける、唯一の絆…
私たちは、一人じゃないもの……」
10年の日々を慈しむような眼差しでシンジを見ながらレイは想いを続ける。
「…碇君ともう一度会いたい、それは始まりの一つ…。
今、こうして一緒に居られていても、それは終わったのではなくて…」「そうさ、続きじゃない、新たに始まっていくのさ」
振り返りながら、静かだが力強い語調で確認するように言い切る。
慢性的な飢饉と干魃、両極の氷原の延伸による平均大気湿度の低下により高緯度地帯の生活圏は減少し、
寒さに耐えられない樹木は次第に枯れていき、この20年で両回帰線より極方向の森林面積は減少していった。
逆に深層海流の停滞に伴う赤道域の高温下と対流圏の狭域化でかつてステップ平原やサバンナ地帯に森林が
増え総人口の減少により地球全体での森林面積は降臨戦争開始以降、僅かながら拡大に転じていた。
また各大陸での穀倉地帯の収穫量は2033年時点で2000年の半分にも満たなかった。
漁獲資源量も同様に減少の一途を辿り、高緯度海域でのイワシ・サバ類の大衆魚は激減していた。
極寒の雪原から灼熱の砂漠、暗澹たる地の底から砂礫の茫漠が急峻な岩肌に接する世界の高峰まで、ありと
あらゆる地域、国々において窮乏する人々の救済を企図した国連開発計画の職務を碇シンジは遂行してきた。
例えそれが贖罪という名の元の刑役としても全身全霊をあげての仕事はシンジ自身の再生を伴うものであった。
「いろいろあったよ」
後にシンジは、短くそう語っただけであった。
綾波もその刑役の約5年間の内幕については訊こうとはしなかった。
おおよその内容はミサトから直接会った僅かな機会で聞かされていたが、敢えて聞こうとはしなかったのだ。
「…碇君を信じているから」
一言、そう言っただけであった。
そして、それは刑役解除以降のシンジと綾波両名に対する数度のミッションで通じ合えたのかもしれない。「歌が聞こえるわ……」
「歌? そうだね、きっとクリスマスだからだろうね」
鐘の音もどこからか響いてくるのが窓越しに聞こえてきた。
巷には喧噪が溢れているだろうに、開演を待つ客席のように二人の部屋には静寂が、二人だけの時間で満た
されアンバーに霞んだ間接照明の燭光のように、食後の紅茶でスコーンを食す時の下に広がる甘みのようにリ
ラックスしているように穏やかな時間で満たされていた。
「あのさ、綾波、その――」
右手をポケットに入れ、妙に落ち着かない、視線を部屋中にばらまきながらシンジが神妙な面持ちで、咳払
いをして話し始めた、それは――。
町明かりも、外灯も、道路を彷徨うヘッドライトも、何も星々と月明かりを妨げるもののいない、忘れたように
打ち寄せる波音と逞しくも姿を見せずに棲息する虫達の鳴き声が時折聞こえるだけの浜辺。
島々を揺らし、空を戦慄かせた怒濤の戦闘が日中行われた気配は完全に消失していた。
空を撃ち抜くほどの砲撃が残した夕立も既に上がっていた。
手を伸ばし、漆黒のヴェールで烈しく誕生と崩壊と再生のドラマティックな旋律を隠す、夜空という名の宇宙に
白銀に輝く月を掌で包もうとする、シンジ。
かつて同じ様なことをサファイアブルーに透けて輝く地球に対しても行った気がするのだが、記憶にはない。
そう、記憶の奥底には見当たらないのに、心の奥底からデジャブが手を震わしていく。
手を拡げ、再び指の間から月の姿を零させると白銀の光は変わらずに指し込んでくる。
天を見上げるように全身を曝すように仰向けに寝たままで顔だけを横に向けると、同じように仰向けになって
いる綾波が変わらずに其処に居る。疲れていたのか微かな寝息をたてている。
白磁の肌理は月明かりを霞ませるように反射させ、芸術家に彫られた大理石像のように突き放すような雰囲
気の中に薄い頬の紅みと柔らかな唇が息づく鼓動でほんのり動く。
そっと重ねた手は冷たく、そして、何よりも温かい。
束の間の平穏、終わりが見えない使徒との闘いはこの先、5年にわたって続くことになるのだが、命の息吹に
囲まれた貴重な時間をただ、何をするでもなく、何でもないままで過ごせたらとシンジは思っていた。西暦2028年、夏、第六宇宙使徒ラミエル撃退後、孵化し海へと帰る子亀達の海岸。
「小さくても、必死に生きようとしてるんだね」
使徒来襲の戦禍で島内の人影は少ない。静かに荘厳に満天を照らし出す満月の下、漣の音しか聞こえない。
孵化し、短いながらも砂浜を渡り、波打ち際へ懸命に向かう小亀たち。
砂地の窪みに嵌ったのか、懸命に這い上がろうとしても抜け出せない小亀を綾波が見つけた。
懸命にヒレを動かして砂塗れになりながらも這い上がろうともがいている。
両手で抱えたその小さき命の躍動に琴線が触れたのか、綾波の体が小刻みに震え出す。
波打ち際へ小亀を抱えたまま歩みより、膝までの深さに入っていく。
「綾波!? どうしたの!?」集落跡で手当てをして、小休止の後、近傍の集落跡から以前、シンジが本で読んだ浜辺に来ていたのだ。
「どうしたの、綾波?」
そっと両手を海に沈め、小亀を海原へ解き放つ。
小刻みに洗われる波間に泳ぎ出た小亀は浮き沈みを繰返しながら沖へ沖へと戻るように進んでいく。すーっ、と綾波レイの頬を涙が流れた。
涙を流す訳が分からず、当惑する。
「――これは、涙?
私、泣いているの? ――何故、泣いているの…!?」小一時間ほど前の状態を心配して、焦る様にシンジが傍に寄って来て手を掴み、感極まり
「綾波!! 別れ際に"サヨナラ"なんて……、云うなよ……、ちいさい命も必死で生きてるじゃないか
サヨナラだなんて、もう、云わないで…」
綾波を抱き締めるが、泣き声になり、口篭もってしまう。
シンジに抱き締められた事態を把握できずキョトン、とし
「どうして泣いているの、……私、何故、泣いているの?
……生きていて嬉しい筈なのに、
…ごめんなさい、こんな時、どういう顔をすれば――」
そっとシンジの背中に手を廻しながら吐露していく。
間近で顔を見詰めて照れるようにシンジ、顔を上げて
「――嬉しかったら、笑えばいいとおもうよ」
泣き笑いのまま、レイの頬の涕を拭うシンジ。
はっと見開くレイの瞳。
「…!」
遠い記憶の彼方、原風景の風と草原と空の下、まるで寝入るベッドのようにあたたかい想いが甦ってくる。
月光に照らされ、優しく慈しむようなシンジの笑顔。
応えるようにぎごちないながらも力を抜くレイ、ほんの少し笑った唇。『生きてさえいれば、いつか必ず生きていて良かったって思うときが来るよ
それがたとえずっと先のことでも――。
でも、それまでは、一緒に生きていこう。
どんなに辛くても哀しくても、僕たちは、一人じゃないのだから――。
真っ暗で何も無い場所でも二人で行けば、きっと何かが見つかるよ。
あの月が照らす光の道筋のように……』
「この際、ハッキリ言わせて貰うけれどね、あんた見ていると胸の中がザワザワして腹立つことがあるのよ、
自分には何もないって云ってもファースト、あんた一人で今までずっと居たわけ?
ミサトやシンジと居たわけでしょぅ、何もないってのは何も自分で決めないってことよ」
「………」
「あんたシンジが"死ね"と言ったら死ねるのね!?」
「……ええ、死ねるわ」
すかさずスパンクを見舞うアスカ。
「それじゃあ本当に人形じゃない」――信じているのは碇君だけ、その言葉を躊躇無く言葉に出来る綾波を羨ましくも反発せずにはアスカは
いられない。それではダメ、それだけではダメなのだと。
「信じているというのはね、(その人の為に)死ねる事じゃなくて、生きることなのよ!!」
自分で確認するかのように声を荒げ、舌打ちを残して立ち去るアスカ。だが、アスカには遂にその言葉の先が見つけられなかった。
「そう、生きることと死ぬことは無限に繋がる連鎖での一つの現象にすぎないのさ――
価値は無価値と同じで果てなど無き道標の一つが人の歴史、生きていた証、
誰かに愛されたかではなく、誰かをどのように愛したこと、生きていたことでなく、生きていくこと…
一つでは得ることも、失うこともない、さあ、早く、躊躇うことはないよ…シンジ君…。
君たちには未来が必要だ………」
かつて人は死ぬと星になれると言われていた。
終わりではなく、新たな始まりとして天に集い輝くのだと。
シンジと綾波は、カヲルの最後の言葉を忘れることは無かった。
『そう、人が生きていく未来が見えるわ……』
穏やかな日差しの中、梢に背凭れて歌を口ずさみながら読書をしている碇ユイ。
その姿は若々しい。
空は郷愁を呼ぶように高く、雲はなびき、そよぐ風は季節の匂いを運んでくる。
ゆっくりと眼を閉じ、再び目蓋を開けると左手には幼いシンジが立っていた。
『たっぷり遊んだの?』
照れるように笑いながら応えるシンジ。
シンジの目線の先、右手を見ればシンジと同い年くらいの緋色の瞳をした女の子が立っていた。
『――そう、一緒に遊んだのね』
はにかむ様に嬉しそうに返事をする幼女。
『ふ〜ん、そう、それはよかったわね』
シンジと幼女の声は聞こえない、ユイにだけは聞こえているようだ。
『さあ、疲れたのなら今は、眠りなさい、
そして太陽の下、月の影を越えて、また明日おもいっきり遊びなさい……』
ユイに身体を預けるように寝入るシンジと幼女。
『‥あなたは未だ迷っているのかしら?』
二人の頭を撫でながら顔を上げ、少し下の草叢に栗色の長い髪の少女と銀髪の少年が立っていた。
『――独りで泣いていては誰も貴方を見てくれないわ、あなたは独りじゃないのにね』
その二人の向う、背中を向けてしゃがみ込み泣きつづける少女が居た。
『そう、そうね、貴方達が居るのよね、大丈夫だわ…』
シンジと少女は起き上がり、手をとりあって二人と少女の下へ歩き出して行く、ゆっくりと姿を
子供から少年と少女に、四肢は伸び、青年と淑女にへと残像を残しながら成長して行く。
慈しむようにその行く先を見守るユイに光りの奔流が包み込み、意識が遠のいていく。
『そう、見えるのよ……』
シンジが手を繋いだ少女、淑女が振り向いていく、蒼い髪をゆらしながら――。「プラグ排出急げ!」
「シンクロ率急速低下、精神汚染の危険があります、LCR濃度変動」
「外部電源、パージッ!!」
「ベークライト注入、急いで、ワイヤゲージ!」
初号機からプラグが緊急排出するが、出力調整が月面重力に合わされていないのか壁面にぶつかり
床面に反動と慣性で叩きつけられる。重力が6分の1でも慣性質量は同じであるからだ。
プラグの排出ハッチのレバーを強引に抉じ開けていく碇ゲンドウ。
「ユイっ! ユイっ! 大丈夫か?!」
うっすらと眼をあけるユイがこぼす様に囁いた。
「…あなたにお話ししたいことが有ります――」西暦2018年、月面遺跡基地内、初号機格納ゲージにおけるエヴァンゲリオンへとのシンクロ実験は
こうして終了した。全ての記録を封印して。外伝第参部、最終章へ続く
Copyright By PasterKeaton project Inc(C) since 1992