真・世紀エヴァンゲリオンシリーズ:外伝

 外伝第参部 とても大切な、大事な事 〜あなたに逢えてよかった〜


西暦2033年、8月下旬。

富士五湖の一つ、山中湖の北、湖から忍野八海へと至る道沿いにあり、山中湖へと注ぐ桂川が流れている
花の都公園。周囲には国の天然記念物に指定されていたハリモミ純林が立ち、遠景に富士を望む場所。
寒冷化の為か正午過ぎなのに気温は20℃を少し上回っただけしかない。
紅やピンクのコスモスが咲き乱れ、人々の営みを見下ろすような紺碧の空の下にキバナコスモスが黄色や
橙色の花をつけて対峙するように埋め尽くすように広がっていた。


「うわぁ、来てよかったわぁ、満開じゃない」
 木立を抜けた先にアルピーヌがゆっくりと停止すると、そこから先は一面の花の絨毯で埋め尽くされていた。
 ミサトが開けたドアに持たれかかるようにして叫ぶ。
「ほんとだぁ、あぁ、きれいだなぁ、ね、すごいよね、綾波」
 人の手が入らなくなって数年経つというのに変わることなく目映く咲き誇るコスモスに感動するシンジ。
「ほなぁ、御昼にしよかっ」
 トウジがトランクから弁当を取り出し掲げる。

「ま、今日はわいが下ごしらえしたさかいに味はええ出来やで」
 弁当を広げながら得意気になるトウジ。
「あら、私だって手伝ったわよ」
「ミサトさんは御握り握っただけですよ、この」
 と見るからに歪な形のトウジ曰く"使徒握り"を指差す。
「はいはい、見た目は悪いですよ」
「味もでしょ」
 シンジの突っ込みに片方の眉をピクつかせるミサト。
「だんだん嫌味がマリーに似てきたわね」
…誰が作ったかではないわ、誰と食べるかよ、美味しいのかなんてものは
 ぼそっと溢した綾波の言葉に破顔するシンジ。
「そうだね…、はい、御茶」
 水筒から入れ揃えた4人分の暖かいホウジ茶の一つを差し出す。

 それから始まる過酷な戦闘の前の、ほんのひとときの休息。

 束の間の点景に擬えられる憩い。

 だが、翌日の一発の銃声がシンジ達にささやかな憩いも許されない現実を告げたのであった。



 第四章:綾なす糸


人の仇為す衝動の源泉が何か判るかい、シンジ君?
 エヴァ壱拾参号機に搭乗し、最終使徒と対峙する状態のままで通信回線を開く渚カヲル。

 既に崩壊した月面基地のクルー達は脱出艇を使い、ノーチラス3に収容されていた。
 戦闘準備状態のまま待機する初号機は壱拾参号機の後方3千キロメートル、ノーチラス3の前方130キロ
メートルに位置している。

「衝動の源泉、て、カヲル君、何を、こんな時に何を言い出すんだ」
答えてくれないかな、シンジ君
 さながら哲学の授業での教官のように話すカヲル。
「…、そ、それは、欲望…」
…違うわ、畏れ、よ…
 初号機のオリジナルエントリープラグにタンデムで後席に座るレイが口を開いた。

「畏れ?」

…そう、畏れ、よ

 超然と突き放した口調だが、シンジへの配慮か僅かばかり語感が柔らかい。

光も闇も、怒りも喜びも、悲しみも楽しみも、こころから、からだから、湧き出す人の、魂の滴…
 滴が形作られた途端、そこに畏れが宿る…
 その畏れが、人と人とを引きつけ、分かち、故にこそ、回帰と再生を繰り返す、永遠に…

 回顧するように瞼を閉じて話し続けるカヲル。
希望も絶望も、自分も、他人も、人は人としている限り、人としての世界に呪縛されてしまう
 ゆっくりと瞼を明けるカヲル。

…だから、可能性を賭けて新たな証を作るのね
「…じゃあ、あの無限の僕と綾波の世界は、あの果てのない昼と夜の世界は、全てが融け合った」
 LCRの向こうに垣間見えた二人だけの、あの世界。

…人が人で有ることを止めた世界…
 3人の声が重なる。


「熱核コンデンサの結合状況は?」
 ノーチラス3艦橋より舷側で作業中の工作班に確認が飛ぶ。
「1門目はジェネレーターへの結合が終了し加速剤の充填に取りかかれます、2門目は最後の1器の締結が
 始まるところです、あと20分弱で全て完了します」
「と、いうことだ、タカヤ君」
 作戦ボードの進捗ラインを指し示しながらネモ艦長がノーマルスーツを着たタカヤノリコと到着したばかりの
ミサトに告げる。
「陽電子注入準備、爆砕ボルトの安全弁解除、および両ライフルの射出準備開始!」


たとえ、人が行き着く先に混沌と秩序が繰返すだけの世界だとしても
 モニター上に始めて顔を見せるカヲル。
生きとし生けるものとしての大きな波涛は幾重にも連なり、広がっていく、
 どの世界、どの星でも、どの歴史でも、それは顕れては現し世の霞のように滲んでは消え、消えては
 晴れ、晴れては原子に還元して終わることなのナイ、拡散と収束の只中へ姿をかえていく

 プロペラントタンクを切り離し、背部スラスターさえもパージして光りの翼を展開していく拾三号機。

それが、あなたの選択なの?
 レイがカヲウに問う。

君達はもう解っている筈だよ、真実を知るということと、真実との、違いと同じ事を


「ダメです、初号機と拾三号機間の通信リンクのワッチがモニターできません」
「どういうことだ」
 ネモがエレクトラに問い直す。
「いわば一種の結界です、通常のATフィールドではありません。
 つまり、ATフィールド間で直接会話を3人が行っている事に為ります」
 艦橋の各種モニター上に解析不可の文字列が連呼されていく。
「既にこれはもう、人の領域を越えている…」
「いえ、多分、二人がエヴァを依り代にして闘っているのよ」
 ノリコがタカハマの驚きを諭すように遮る。
「でも、何とっぉ?」
 ミサトが最大望遠でパネル表示された初号機、拾三号機、最終宇宙使徒を指差しながら絶叫する。

「さああな、それは人の有り方かもしれんし、そうでないのかもしれん、
 碇司令なら真実の扉を知っていたかもしれんが、もう亡くなれた以上、解らんよ」
 提督帽を被り直しながらネモがごちる。

 そして、工作班から作業終了の連絡が入り、その話題が会話される事はなくなった。


 西暦2033年9月28日から時は流れ、2039年3月20日

 横浜の外国人墓地。

 花束を抱え、喪服姿の綾波レイと碇シンジが、日当たりのよい南向きの斜面に咲くイカリソウの前を通り
階段を登っていた。日差しだけは暖かいものの、時折吹く北風にコートの裾はひろがり、首筋は寒かった。
 小高い丘から見下ろす袖にはアンズの真っ白な可憐な花弁が集まり、やがてくる着実を教えている。

 二人が立ち止まったのは、惣流・アスカ・ラングレーの墓前。勿論、中は空のままである。
 遺跡宇宙船での生体ナノ・クローンマシンのアスカの髪の毛を墓に供えるレイとシンジ。
 すると、まるでそこで朽ちる事を待っていたかのように艶やかなブロンドの髪の毛は消え去った。

「アスカ、30日に僕達、結婚するんだ。
 その前に第三新東京市の初号機と零号機を月に運ばなくちゃならないんだ。
 結婚式が終わったら、僕達、月に住まなくちゃならなくてね、滅多に日本に来れなくなるんだ。
 でも、さ、出来るだけ、ここへは来られるようにするよ」

…あなたは、ひとりじゃないのよ、これからも‥

 どこからともなく聞えてくる音楽、B-20という曲だった筈である。

 二人を見下ろす様に晴れ渡った空に浮かぶ人影が一つ。
 波間に反射する蔭のようにゆらゆらと実像が現れては消え、消えては別な姿で現れていく。
 時には渚カヲル、時には惣流・アスカ・ラングレー、時には既に死んでいった"綾波レイと碇シンジ"
 以外の適格者の姿を転写するように実像を結んでいく。

「クフフッ、ククッ、もうすぐ全てが始まるよ、ククッ、クフフフッフ」


「そうだ、各基地に展開中のプロダクトは既に起動可能だ。
 ダミープラグの深度も問題無い、奴が動く前に済まさねばならない。カテゴリー4にいま移行の時なり」

「時は熟した、この時機を逃せば我々人類に未来は無い」

「そう、青き星と紅き星は人類の礎を今こそ、築かねばならない」

 居並ぶモノリスの群像。

「初号機と零号機をこの天啓に加えてはならない今こそ、沈黙が必要なり」

「アルカの名の下、アルシオンの風をたなびかせ、ナディアの目覚めを」

「初号機と零号機は天に在りてこそ、その輝きとなる」


別にこれが人の進化の行き着く果て等ではないのだろう?

 朝靄の発ち篭める芦ノ湖岸の波打ち際の向こう、湖面より数m浮かんだ空間に立つ渚カヲルが問い掛ける。

「暗黒のアダムより司られた地平が揺るぐとき、人との新たなる幕開けが始まる」
 取り囲むように漆黒のモノリスが出現し、まるでそこに大気が存在しないかのように各辺がぼやけることなく
明瞭に輪郭を刻んでいる。
「問い掛けられた因果は贖罪となって天と地を結ぶ架け橋とならねばならない」「失われしこころを償い…」
「人と神々との長き休息の時代が終わる…」「形亡きモノは姿あり…」「姿亡きモノは普遍を求める…」

 自嘲するような笑みを浮かべて
人として作られた僕は死を運べばいいのかい、それとも衝く詠みとしての生を掲げればいいのかい
 差し出した手から泡立つように無数の珠が膨らみ、弾けると白い身体の渚カヲルが無数に作られていく。
「人の悲しみが生まれる限り僕は無数に生まれる」
「そう、歌が唱い継がれるように……」

 シャボン玉に映るように人の歴史がそれぞれの渚カヲルに反射しては消えていく。

「歌を忘れた子供から鋳込まれたこの身体、歌を知った子供と歌を歌える子供との露払いにしかならないの
 かもしれない」

 シャッターを閉じるようにパタパタと消えていくモノリスを見ながら呟く。

「人は宇宙を飲み干すには未だ幼いのか」

 見通した先に見えたモノ、新横須賀港に向かう碇シンジと綾波レイ、そして初号機と零号機。
「さあぁ、もう一人の歌を忘れた子供よ、最後の舞台の幕開けを」


 ヴォォンっ、と起動していく弐号機軍団。
 禍々しい4つの眼光を漏らし、怨嗟の咆吼を轟かせて、第三新東京市を次々と占拠していく。

「碇ゲンドウよ、最後の任務の完遂を期待する」
 旧発令所跡直下、ターミナルドグマの一部と化したゲンドウを取り囲んだモノリスが烈震を鳴動させ、空間を
歪ませ百体以上の弐号機を地上へ続々と送り出していく。

人が人として生きていくことに価値がある。 だが、その為には通過儀礼が必要なのだ、ユイ、二人を頼んだぞ

 それから7日後。

 地球、月、火星を結んだ公転軌道上にはヴォイド転送されたオービタルシャフトとリングの各パーツ群が分離し
生命の樹木を現出させると共に10箇所の特異点同士を結んだ力場に膨大なエネルギー奔流が瀑布のように
注ぎ込まれ―ていく。

 発動していく光と闇の巨人――。

 各惑星の重力場が変動し、潮汐力の中心がずれ、暴風雨と竜巻、巨大な津波が荒れ狂う地球、支点のずれた
独楽のようにぐらつき地震に揺るがされる月。急激に上昇した大気温度により両極の永久結氷のドライアイスが
爆発するように融けていく火星。

 その衛星軌道上、フォヴォスの基幹区域港湾ブロックに鎮座する初号機と対峙している碇シンジ。

 両腕で抱きかかえた綾波レイにそっと話しかけるようにしてキスをする。

「さあ、行くよ、もう、ずっと一緒だよ」

 ひんやりとした頬、開かれることのない唇、光を失い閉じられた瞳。

『まだ終わりじゃないんだ…総ては、まだ、これからなんだ』
 決意を胸に初号機を見上げて念じる。
「起動!」

 リモート感応した初号機は再び目覚め、エントリーは開始される、全ての始まりと終わりの為に――

第五章に続く・・・

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