真・世紀エヴァンゲリオンシリーズ:外伝

 外伝第参部 とても大切な、大事な事 〜あなたに逢えてよかった〜


_外伝第参部メインタイトルバックイラストを表示


 最終章:息吹


 
 鉄骨トラス組の重厚な鉄橋を昇り始めると、眼下にはオークランド湾に無数のヨットが点在していた。
 日本では真冬だが南半球のニュージーランドでは夏の盛りである。
 しかし寒冷化のために日中は暑さを覚えても朝晩は寒いほどである。
 ハーバーブリッジを渡り終え、ウェウストヘブンの横を道路は抜けていく。
 途中、2000年のアメリカズカップ優勝以降、連勝中(但し、降臨戦争期間中を除く)の大きな看板が
市内中心部に入ったことを報せてくれる。
 ハンドルを握るシンジがかつて来た通りを右に左に曲がり、坂を上り、オークランド中央駅を見下ろす
坂の中腹にあるホテルの玄関前にレンタカーを止めた。
 綾波レイは自動車免許を保持していない。
 刑役により一旦、全ての諸権利・資格が剥奪されて最低限の必要とされるもののみが再権利化された
のみなので国際免許は所有できない。碇シンジは刑役職務遂行上、国連証明の自動車免許を限定交付
されているだけなので法的有効性は極めて弱いものである。
 勿論、レイが自動車の類を運転出来ない訳ではないが。

 フロントでは支配人が恭しく応対し、二人をVIP室に直接案内していく。
 寒冷化の進行する情勢ではニュージーランドの主要産業の農業も多大な影響を受けていたが、二人に
対する国民感情は穏やかでむしろ同情的でもあった。これは適格者の一人であった故ユラナ・ウィンス
ロット
が南島のクライスト・チャーチ出身である事が大きいと思われる。
 今回のミッションは、南半球に落下した宇宙使徒の残骸と類推された物体の調査と確認であり、一般市民
への物理的接触は国際条約で禁じられており、実質"耐性をもつ二人のATフィールドの相互干渉で無効化"が
形式上では処理手順とされていた。

「宇宙使徒の遺骸は放射性廃棄物以上の存在なのよ、人類にとってはね」

 廃品回収の人身御供と揶揄するミサトの嘆息に苦笑いをしていたシンジであったが、毒には毒を以て制
することに愛想笑いを浮かべるしかないことに辟易しているのも事実であった。
 通された広いスゥィートルームには先客が居た。
 ユラナの遺族である。
 退役軍人らしい謹厳実直さを彫り込んだ父親と小柄だが心の強い笑みの母親の二人は、シンジとレイに
深々とお辞儀をし、二人への刑役に対して力にならなかったことを詫びた。

「いいえ、来て下さっただけでも十分です」
 何も気にしていないことを伝え、老婦人の手を両手でそっと包むレイ。
「…お気になさらないで」

 日差しは強いものの、涼しいくらいのオークランドの早朝、ターミナルからはマイテマタ湾の対岸とを結ぶ
シーバスの汽笛が響き、抜錨し往来を行き来する貨物船や漁船、小舟がエンジン音を響かせている。
 ハラーズ・スカイシティ・スカイタワーで朝陽が長い影をつくっていく。
 市場では穫れたての野菜や魚介類の卸が始まり、街灯が残り火を小さく残していた。
 潮の匂いがホテルの脇まで立ち篭めて草木は薄い露を表面に輝かせ、小鳥の囀りが時折耳に入ってくる。

「行こうか」
「ええ、行きましょう」

 坂を下り、海岸通に出て、進路を南東方面にとる。
 まだ早い時間なので対向する車はまばらだ。
 低い丘の稜線越しに西の空も明るくなり、湾の向うから奧まで照らし込んでいく。
 湾は穏やかに凪いでおり、航跡だけが波を打っていく。
 座面の高い、夏蜜柑色の丸っこい水素電池自動車は「シゥェーン」と独特のモーター音を唸らせ快走している。
 暫くの間、併走する鉄道路線が家並みの影やメテロシデス・エキセルサの木立の間に顕れては消えていく。
「…はい」
「ありがとう」
 ホテルで詰めて貰ったセイロン・ウバの薄い紅茶色の芳香がコップから立ち上がる。
 バスケットを開けてボリュームのある作りたてのツナサンドをシンジが取りやすいようにハンドル脇に差し
出すレイ。
 開け放した車窓から入り込んだ濃密な朝の潮がレイの髪の毛を羽ばたかせるようにゆらしていく。
 ラジオの天気予報では、日中の天気は良好の模様である。
 世界初の水中トンネル式の水族館ケリー・タールトンズを通り過ぎ、曲がりくねった海沿いの道タマキドライブを
縫うように十数分走り、モーターウェイに乗り換えて進路を南東に向き直り一気に車速をあげていった。


「たまには二人だけで仕事をするのもいいでしょう」
 第2東京市での旧MEATIA、現国連宇宙軍駐在武官事務所で徹夜の仕事を終えながら話し出す。
 エヴァの月への輸送作業工程の宇宙軍側:宇宙開発局側の調整と確認で忙殺されているのだ。
 それにナディアの移送の件もある。
「機材の調整と手配、済んだ?!」
 移送の警護と責任監督のハンソンとサムソンに問い掛ける。
「こちらはもう十分なんですがね、日本側、つまり警察機構の融通の利かなさは洒落になりませんよ」
「しゃあないわよ、私たち、迷惑かけっ放しで事後処理任せきりだったからね、恨まれても当然ね」
 缶ビールを開けてごくごく呑み出すミサト。
「やっぱ仕事の後のビールは格別ねぇ」
「じゃあ、姐さん、行ってきやす」「行きまあす」


 ワルサー、モデルP38。

 西暦2038年に量産が開始されたこの拳銃は国連宇宙軍正式採用の拳銃である。
 火薬式実包モデルだが反動が少ないことと発射時のマズルブラスト&フラッシュが出にくい
(火薬の調合や量により出方は変わるのだが、相対的な意味で)為、重力圏外活動での使用を
 考慮しての採用である。
 ミサトは常に予備弾倉2つを携帯し、常時55発を帯弾している。
 勿論、これは外交上の特例であり、シンジとレイは日本国内での銃器の所持と使用は出来ない。
 海外活動では単独行動時にはシンジにのみ貸与され、左胸のホルスターに仕舞い込まれていた。


ラグエル:Rguelとラジエル:Raziel、ライラ:Lailah、メファシエル:Mefathiel、
 ムンカル:Munkar、ナキール:Nakir、マルシバー:Mulciber、ペネム:Penemue、
 ファヌエル:Phanuel、パハーリア:Pahaliah、ハダーニエル:Hadarniel、ナサギエル:Nasargiel、
 ドゥビエル:Dubbiel、ツァキエル:Tsadkiel、ジョフィエル:Jophiel、シャムエル:Chamuel、
 ジャオエル:Jaoel、シェムハザイ:Shemhazai、アザエル:Azazel、サドエル:Samael、
 ザドキエル:Zadkiel、ザグザゲル:Zagzagel、クムエル:Kemuel、カカベル:Kakabel、
 エルリム:Erelim、オファニエル:Ofaniel、コカビエル:Kokabiel、ラティエル:Rahtiel、

 そして、ラファエル、ウリエル、サリエル」

 降臨戦争最終戦闘を挟み、顕現した宇宙使徒。渚カヲルと惣流・アスカ・ラングレーはこの中に
入れられてはいない。

フラショークルティ:Frashkartはイスラーフィール:Israfilに吹かれた笛で始まる、――か。
 アズラエル:Azraelはアポリオン:Apollyonと
共にシンクロナイズド・フラッターを励起させてしまった
初号機と零号機に虚無の洞穴に落とされた。

 
メタトロンの封印を持つとされるナディアを発動させる前に覚醒させなければならない」

 ナディアのプラグ前で独白を続ける冬月。

ケテル:神の意志ないし思考、コクマー:宇宙に関する神の計画、ビナー:神の知性、ヘセド:神聖な愛、
 ゲブラー:神聖なる審判、ティファレト:聖なる美、ネツアー:永続性、ホド:神聖なる威厳、イェソド:
 神が為される総ての行為の基本、シャキナー:神の存在、
このままではセフィロトの樹は天空に現出されて
 しまうかもしれぬ。

 碇よ、そして、ユイ君、我々は正しいのであろうか」

「例え人が道具を捨て去ったとしても、再び道具を取るものです。
 正しいかどうかを決めているのはいつも後の者たちです」
 背後からの声に半身で振り向く冬月。
「君か…。
 碇の元に行ったのではないのかね」
 自嘲とも哄笑ともとれぬ笑いを残して男は影の中に消えて行った。
「まるで碇そっくりだな、不愉快なところまで」


 延々と広がる牧草地には草を食む羊や牛ののどかな光景が続く筈なのだが、羊や牛達の姿はまばらであり
ただただ牧草地が広がっているだけであった。熱帯果樹のマンゴー園やキウイ・フルーツ園も荒れたままに
なっているのがどこかしらにみうけられていく。

「この道でよかったのかな?」
 国道を数時間走り、シンジとレイが自動車を降りると一人の女性が出迎えに来ていた。
「マオ・ヒドラン:Mao Hydorand;です、御待ちしておりました」
 周囲は閑散としており、牧草地帯も放牧の気配も無く、伸び放題になっている。
「幸いにも落下地点はこの周囲五qに集約されます。
 合計、5つの隕石と思しき宇宙使徒の残骸が落下しております。
 まず、一つ目が、その丘を越えた、あそこです」

 緩やかな丘陵を越えると小型トラックほどの黒焦げた塊が鎮座していた。
「使徒の残骸と判断した根拠は?」
 シンジの問いに対して
「通常、あれほどの大きさの隕石が地表に到達した場合に推測されるクレータ痕、つまり衝突エネルギーが
 開放されたならばこの周囲一体は只の穴になっていたでしょう。
 原形を留めながら地表に到達した事を考えれば落下速度が遅かった事と体積に占める比質量の小ささから
 空気抵抗でブレーキが働いたものと推定されました」

 分析資料のファイルを開きながら説明を続けるヒドラン。
 実際のところ要約点はシンジ達に事前配布された資料と何ら変わらない。
 南に眼を向ければMt.トンガリロとMt.ナウルホウイ、Mt.ルアペフが望まれる。
 頂きに大きく冠雪し、タウポ湖:Taupo;も夏だというのに水温は冷たい筈だ。
 人の気配が無い、心の中に人の住んでいる感覚がここに至る道中では少なかった。
「――周囲は疎開したのですか?」
 シンジの横顔を見ながらレイが問う。
 ヒドラン女史は困惑するような仕草で
「元々ニュージランドは人口が少ないですし、この周囲一体は放牧以外これといった産業もありません。
 ですが寒冷化と気候変動で作物の収穫と漁獲高が激減してしまったので過疎化と都市周辺部への集中が
 起きてしまいました。ほぼ1/2がオークランド周辺です。
 人口も現在300万人ほどですが、死亡者が降臨戦争当時から今まで少ないのだけましな方です。
 元々裕福な国では無かったですし、ユラナ・ウィンスロットの存在が貴方達二人を疎ませる感情を防い
 でいるのですよ、無人地帯に落下したので実際、被害はありませんでした」

 周囲をゆっくりと見渡しながら遠く沈んだ目をしているシンジ。
 かつて訪れた場所はここではない、だが、しかし、人の訪れぬ場所と人のかつて住んでいた場所とでは
荒廃しても意味するところは違っている。
 毅然とした自然の横顔が無言なだけにシンジの全身は心を無防備に曝け出してしまった。
 この五年の世界各地での惨状が叩きつける様にシンジの心を通過して行く。まるでヒドラン女史の言葉は
寒風となってシンジの心を吹きぬけていくようだ。
「…ええ、そうですね」


 場所を移動し、落下残骸の統括管理センターの置かれたロトルア:Rotorua。
 北島のほぼ中心に位置し、大地熱地帯の温泉が涌く観光都市でもあるが、昔年の面影を残すのみであり
かつての観光客を集めて賑わった町並みはひっそりとしている。
「いいかしら?」
 寂しげなロトルア湖を独り眺めているレイ。
 ガバメントガーデン、チューダーハウスの中で佇む。
 シンジは湖岸の淵で膝を抱えて俯いたままだ。所在なげに見詰める事しか出来ないレイ。
 冷めた紅茶を注ぎ直しながらヒドラン女史がレイに相席を求める。
 ローン・ボール・グラウンドの巨大な皐月は閑散とした庭園を気にすることもなく世紀を超えて佇む。
 その姿にレイは違和感は感じなかった。
 ――人の気配?
「――ええっ、ええ、よくてよ」

「ありがとう、安心したわ」
「安心?」
「ええ、一見冷たそうに見えたから世界を突き放しているのじゃないのかしらって」
 覗きこむように右人差し指でレイの右頬を軽くつつくヒドラン。
「そんなことはないわ…」
 世界の不条理も理不尽も生きて行く中での一つの出来事にしか過ぎない、レイはそう思う。
 突き放すのではなくて、抱える術を世界から持ち獲なかっただけなのだ。
 でも、シンジ君は全てを抱え込んで押し潰されてしまうのかもしれない、それなのに私にはシンジ君の
苦しみや哀しみをどれほど判るのだろうか、癒せるのだろうか―、と。
「――私、分からない、何故分からないの、何故…?」
「彼のこと?」
 ゆっくりと頷くレイ。
「シンジ君の心が痛い、痛くて寒くて凍えているのに、私、何を話せば良いのか分からない…。
 心が痛い、でも、何も出来ない…、私、ダメね、何も知らないのね、
 彼が背負ったものも何も、何一つ、そう、ひとつも―――」

 今までのミサト達とのミッションでシンジは軽口をたたいてハンソン達とお馬鹿な話をしていた。
 あの笑顔は辛さの照り返しだっと今気付くレイ。
「それでいいのではないのかしら?」
「…?」
「あなたは、確かもう知っている筈ではなかったのかしら、知っているからこそ彼の痛みが分かって、
 貴方自身の心が痛むのではないのかしら…?」
 シンジがレイを心の拠り所にしているのではないことは判っていた。
 レイもシンジを心の拠り所にはしては居なかった。
「…」
 だが、寄り縋るのではなく携えるのだとレイは思える。
「私には、貴方自身が彼の支えになっている事に自信を持つのが一番だと思うわ、
 心配ないわ、男はね、涕を見せられる女が居てこそ強くなれるのよ、
 きっと彼、貴方の前では泣くのでしょう?」

「――ええ、とても泣き虫よ、いつも私のお腹で涕を流していたわ」
「そう、じゃあ、貴方は彼に愛されているのね、とても。
 そうか、だから貴方達は最強なのね、天をも突くほどの神の僕(しもべ)を従えるほどに」

 二人が話しているとシンジは思い立ったようにボートを出して湖に繰り出して行ってしまった。
 レインボー・トラウトやブラウン・トラウトの鱒類が多いのだが寒冷化で減少している筈だ。
 鱒の養殖場もかつてはレインボー&フェアリー・スプリングスに湖とつながっていたが、成魚が少なく
なった今では細々と営んでいるだけである。全天が夕映えに塗り込められていく頃、大物を何匹も釣
上げたシンジが子供のような笑顔で帰ってきた。


 翌日、2つめの残骸落下地点へ。
 ラウンド・サ・マウンテン・トラックと国道1号との間のデザートロードと呼ばれる荒涼地帯へ。
 ヒドラン女史の運転で水素エンジンの4WDで向かう車中、後席の二人を見ながら
「夕べは良く眠れましたか?」
 温泉付きのプールの有るモーテルに泊ったのだが、今までの厳重な監視付きではないゆったりとした
開放さに唖然として、これが普通なのだとしばし思わずにはいられなかった。
 ジェスチャーでレイの首筋のキス跡を茶化すヒドラン女史だが、レイは茶化された意味がわからず、
ただただ赤面するだけのシンジであった。
「ヒドラン女史」
「マオで結構ですわ」
「――では、マオさん、貴方は日本の方ではありませんか?」
「どうしてですか?」
「アクセントの所々にキーウィシュと違ったニュアンスが感じられます」
 シンジとレイはマオ・ヒドランの何かに気づき始めていることに感づき、「鋭いですね、はい、勿論、
私は日本人です、結婚してこちらに来ました」
と古い日本のパスポートを見せる。
「そうですか、それで――」
 話し込みながら小一時間ほどで目的地に到着した。

 残骸を遠巻きに見るようにしながらマオは気軽に話し掛けてくる。
「本当にあの残骸を二人のATフィールドで無効化できるの?」
 申し訳なさそうに困った笑いを浮かべて「無理ですね」とシンジは言い切る。
「"耐性をもつ二人のATフィールドの相互干渉で無効化"というのは、そうでも云わないと誰もあれに
 近寄ろうとはしませんからね」
 黒焦げになった残骸を見上げながら、両手を押しつけて「見てみて下さい」とレイに目で合図を送る。
 不意にマオの身体が海辺で波に洗われたようにぐらついた。――いや、違うわね、と気付くマオ。
「ATフィールドは物理的に有効なのは極めて輻射範囲を絞って結界のように包み込むような状態で、です」
「これはATフィールドを展開できていません、つまり、もう死んでいるのです、心が――」
 シンジとレイの正反対の返答に怪訝な表情をするマオに更に困ったような表情を浮かべるシンジ。
「でも使徒は通常兵器が無効なくらいのATフィールドを展開しているのではなかったかしら」
 マオの問いに「ええ、そうですが−」と頷くシンジ。
「ATフィールドは自分自身では周囲の身体の維持に働くだけです。
 使徒ほどの巨大さなら元々のゲインが高くてN2兵器も役立たずです、まあ、足止めくらいにはなります」
「つまり、只の塊には無意味だと、そうねえ、炭を電子レンジで過熱して茹でるようなものね」
 絶妙な且つ奇妙な例えに声を上げて笑うシンジ。
「うまい例えですね、でも、これは炭じゃないんです、間違い無く使徒の残骸です」
 急にレイの目線が厳しくなり、シンジの表情も厳しくなった。
「では、何故に碇シンジと綾波レイ、君達はここにいる。
 こころの壁を失った骸の前に――」

 声がした方向に向直ると一人の男が慇懃に立っていた。
「それは殉教の払いか、それとも赦しを乞うつもりなのかな?」


 帆場瑛明の言葉が頭の中で反射を繰返す。
「人として生きていくのを願うのなら、払う犠牲は自分達でいいと思うのかな?」
 帆場のモノクルがキラリと光る。
「どのような者にも生があり、どのような者にも死があるのだ。
 人が人として生きていく中で、人である限り全ては分かつものだろう?
 不幸な死も、往生した死も、同じ死だよ、そして、生もだ――それは判っているだろう?」

 シンジの展開する微弱なATフィールドが僅かだが浪打ち、幽かに空間がゆらめいていく。
「君達は"あそこで"感じたものを自分達の罪だと思っているのかな」
 カッと睨むように帆場を見据えるシンジ。
 激発しない事はわかっていてもシンジの手を固く握るレイ。
「知っているのか? 貴方はあそこでの出来事を――!?」
 低くハッキリと、それでいて毅然とした口調で問う。
 あの場所での出来事。

 西暦2033年、10月。

 第二東京市の病院から拉致監禁され、ある研究機関の施設に収監された日々。
 それは解剖の無い人体実験に等しかった。
 最初の一周間、シンジが気付いたとき、二人は全裸のまま無数の計測プローブが全身に付帯されて
筋弛緩剤と拘束条で身体の動きを制限されていた。全裸なのはサーモグラフで体温の変化と、筋肉や
神経系の伝達状況をモニターする為だった。向かい合わせのガラス部屋にそれぞれ隔離され、薬剤に
よる嘔吐と下痢で吐瀉物と排泄物、不快感を煽るノイズで心身を疲労困憊させていった。
 なによりシンジにはレイが曝されている状態から庇うことが出来ない事が心を穿っていった。
 薬物反応、抗体反応が繰返される最中、二人は失神してしまった。
 再び目を覚ましたとき、清潔な別の部屋に一緒に二人は入れられていた。
 そして、そこからミサト達に救出されるまで更に酷い実験が繰り替えされるようになっていった。
「なればこそ、人の形を君達が選んだ以上、為すべき事はこのようなことではなく、
 エヴァと共に切り開いていくことではないのかね? やがて来るときにこそ、だと」

 構えていたワルサーをゆっくりと降ろし、胸のホルスターに仕舞い込むシンジ。
「エヴァと共に人があるのではなく、人と共にエヴァがあるんだ、
 エヴァはその証しにしか過ぎない」
「力を持つものは、どのように力を使ったかが評価される…、
 愉しみにしているよ…、君達が君達自身で選んだエヴァと君達の力の顕れを………」

 不遜な笑いを横顔に見せながら、蝋燭の燈りが消えるように帆場瑛明は去っていった。


 ポツン、と何かが水面に落ちる音。

『ここから先に行っちゃダメっ!!』
 幼いシンジが泪をぼろぼろこぼしながらレイの行く手を制止している。
『ダメ、ダメっ!』
 両手を広げ、必死で行かせまいと立ち止まっている。
『…そう、ダメなの、でもね、そこは私でないと行けないところなの、そこへ行かないとね、
 出口が見つからないと泣いている子をね、連れ出してあげられないのよね、だから、御願い』

 しゃがみ込み、抱き締めて我が子を諭すように母のように話すレイ。
『でも、でも、独りで行っちゃうと帰れなくなるよ』
 泣きじゃくりながら足止めを試みる幼いシンジ。
『大丈夫よ!』
 別な声が響き渡る。幼く、小さく、見守られている声で。
『心配ないわ、私は"みんなの"お母さんよ、いつも一緒だからね』
 シンジを抱き上げ胸元に抱き寄せると世界のイメージは光り輝き、シンジは赤ちゃんとなって
レイの乳房を吸っていた。渦巻く光りと時間と世界の奔流が乱舞すると、大勢の子供達の歌声が
聞えてきた。沢山の、沢山の子供達の歌声、笑い声、泣声、怒り声、無数の無限の星々がレイを
取り囲み、離れてはくっ付き、包み込んではパッと花咲くように弾けていく。
 恍惚の笑みで頬を薄く染めながら両手で両膝を抱えていくとレイの腹部が目映く輝きだした。
 瞳を開けた時、レイはシンジに抱擁されていた。
 そして、何かをシンジの耳元に囁こうと唇を近づけていった、その時。
 レイの夢は醒めてしまった。

「夢!?」
 夢をみてしまったことに当惑してしまうレイ。
 自分は夢を見られない人間ではなかったのか、と。
 いいえ、一度だけ私は夢を見たわ、私は綾波レイという一人の少女、別な世界での私である、
 と云う夢を――。

 では、今見た夢は何を意味するのか。
「どうかしたの…!?」
 シンジが薄目を開けながら心配げにレイの顔を覗き込む。
 ここ二週間ほどのレイの体調が万全でない事を気にしているからだ。
『私が夢を見たのは、私がシンジの希望だから?
 ならシンジも私の希望、夢、そして、現実。世界との繋がり、絆、そして――』

「寝よう、今は兎も角、ね」
 額にキスをしながらレイの顔を抱き寄せる。
 シンジの鼓動と歌を口ずさむような寝息に導かれるように深い眠りに包まれていった。


「進捗状況はどの程度ですか?」
 ユイが執務室内でネモにNノーチラスの出航準備状況を確認する。
「船体下部のウェポンベイのロータリーチェンバーのスライドシャッターの調整が手間取っています」
 モニターに港湾ドックのモニタリングを表示させながらマルチレイヤーで船殻構造のスケルトンチャートを
重ね合わせていく。
「ここです、ここにEVA移送用拘束台ごと重ねて二体収容できるのですがプラグエントリーしたままですと
 ずっと乗り放しになってしまいますので、クリアランスを現地調整する必要があるので、その為のプログラ
 ム修正を現在行っているところです」
「判りました、出航期日まで宜しくお願いします。
 それと、新横須賀に行く前にケルンに寄港して頂きたいのです。
 これがその指示書です」
 バインドされた宇宙軍正式指令書をめくるネモが驚きを見せる。
「これをノーチラスに? しかし所以は何をして為されるのですか?」
「保険、とでも言っておきましょう。
 それにそれは地球では必要の無いものです」


 翌日、シンジとレイは活動報告的な儀礼で首都ウェリントンの首相官邸にて事務的な挨拶を済ませると、
マオによる市内観光を行った。
 そして唯一の夜行列車であるノーザナーでオークランドに戻る事になった。
 急遽オークランドにてレセプションパーティーが開かれることになったからだ。
 次の日、シティの南、シモンズ・ストリートとKロードの交叉する、マイヤーズ・パークの近くのホテル、
シェラトン・オークランドホテル&タワーズ内の一室にてシンジとレイは今宵のレセプションパーティへの
出席の準備をしていた。

 既に礼服に着替えたシンジがレイのドレスの着付けを手伝う。
 相変わらずレイの着替えは無造作で脱ぎ捨てるように一糸纏わぬ素肌を曝してしまう。
 凝ったレースの装飾の鏤められたオーガンジーのドレスを下着から一枚一枚重ねてレイヤードしていくと
構造色の幻想的な煌きが薄く透けたレイの白磁の肌に染まるように神秘的に妖しく艶やかに瞬いていく。
 シームレスのファスナーを締め上げると細く華奢な腰が包む込まれてふっくらと柔らかく豊かでぷるんと
した胸元を豪奢に引き立てていく。襟裳とのレースにイミテーションジュエリーをシンジが慣れた手付きで
つけ終えるとレイは耳飾を手に取った。

 このドレスはシンジからのXmasプレゼントだった。
 勿論、影でミサトが(シンジは知らないが実はユイも)殆どを画策してシンジを説き伏せてオーダーさせ
たことは判っていた。刺繍されたレースの名前さえ知らないシンジがそこまで器用だとは思えないからだ。
 まるで傅く侍従のように、象牙細工で彫り上げられたようなレイの腕に長手袋を片腕づつ通すシンジ。
「はい、御姫様、支度が出来あがりましたで御座います」
 恭しく片腕を胸元に当てて頭を垂れるシンジ。
「…、一つ、忘れているわ」
 バッグの中から指輪を取り出し、左薬指に填めるレイ。
 それはシンジからのエンゲージリング。
 レイにすれば、その指輪だけ有れば充分なのだ。
 嬉し泣きをするような笑顔をしたシンジがレイの唇を噛むようにして深いキスをする。
「たった一人の、僕だけのお姫様の唇は、僕だけのキスをする唇だよ」
 下手な世辞で返礼をするシンジ。
「行きましょう……」
 頬をほんのりピンク色に染めて囁くような小声を洩らすレイ。


 ハラーズ・スカイシティ&スカイタワーズ

 40年ほど昔の1997年8月にオープンしたスカイタワーズは今も南半球最高の建造物である。
 地上328mのタワーは3層の展望デッキをもち、メインの展望デッキ上の階はレストラン・オービット。
 パーティ会場である。
 午後8時過ぎ、手配されていた高級オープンカーで会場前に乗り着けたシンジとレイ。
 目立つような物々しい警備は現在世界で最も治安の良い国と他薦されるだけであった見受けられない。
 巧妙にカムフラージュされた警備担当者が相当数配置されている筈なのである。
 会場前にはプレスや二人を一目見ようと大勢が取り囲んでいたが、ガルウィングドアを開けてシンジに
エスコートされるように優雅に降り立った綾波を見た観衆達は一瞬、静まり返り、無数のストロボライトの
明滅と一緒に感歎の声を漏らしていった。


「へっへっへ、寝首を掻かれるとは正にこの事だな、今までの怨み辛みここで晴らしてくれるぜ」

 大型の装甲車両用対物狙撃銃、マクミランM40A1をECAD装備で構える男が居た。
 50口径の重機関銃用の弾丸を使用するこの狙撃銃は初速900m/sを超えて40g以上ある弾頭を撃ち
出し、距離2500mからでも人間を射殺可能である(この口径での対人射撃は国際条約で禁止されている)。
 焼夷徹甲弾を薬室に装填し、スコープを覗き込む。
 ターゲットサイトに映し出されているレイ。
「お休み、人形――」
 トリガーに指を掛けようとした途端、吊るし上げられる様に首筋を持ち上げられてしまった。
「無粋なことは止めて頂きたいね、君達には」
 帆場瑛明が片手で大柄なフル装備の男をまるでビールジョッキを持つように掲げている。
「貴様、何を」
 左手で腰の拳銃を抜いて反撃しようともがく男を広げた左の掌から出された黒い流れが消し去った。
 灰のように潰えた男の足場でスカイタワーを見やる帆場。
「今度のは今までのようには対処できないがどうするのかな」


 パーティ開始から30分が過ぎていた。

 ニュージランドが太平洋上のオービタルシャフトに近い事からオーストラリアからの中継貿易による
経済状況や展望を披瀝した後で各界の有氏のスピーチが延々と続いていた。
 慣れていたとはいえ、シンジとレイにはツマラナイだけの時間でしかない。
 ようやく中味の薄いスピーチが終わると歓談が始まった。
 こういった席といえでも愛想笑いを浮かべたりしない綾波の横で儀礼的に挨拶と短い喋りでフォロー
するシンジ。その気苦労を判ってはいるが上っ面をなぞるだけの笑みは憶える必要はない、と言いきる
シンジの気遣いで仏頂面を続けるレイ。

 列席者の大部分はシンジ達より年長者であり、社交辞令の決まりのようにレイの美しさを褒め称えて
降臨戦争の気高き英雄だとか、地球を救った戦士だとか似たような科白を繰り返すのだ。
『口だけでなくて行動で示してくれよ』と内心、辟易しながら愚痴るシンジ。
 レイの通称"紳士淑女達の芋洗い"の場から抜け出し、ガラス越しにオークランドの夜景を眺める。
 何杯目かのシャンパングラスで乾杯を上げ、互いに相手の口許にグラスを掲げる。
 談笑の中から、まるで映画のようだとか、街灯かりの星に浮かぶアダムとイブだとかが聞えてくる。
 シャンパンを半分ほど呑み終えた時、胸元をザカザカする不快感が二人に走る。

「シンジ君」
 シンジの手を握り締めるレイ。
「こっち、か?」

 海側を見やった時、窓外に光りが近付いてくる。次、閃光と轟く爆発音。
 続けて二発目が命中し、爆焔が会場内に吹きこんでくる。
 湾内に停泊した船舶から携帯用対戦車ミサイルが撃込まれたのである。
 今夜は護身用のワルサー一挺でレイは武装していない上に、ボディアーマーすら纏っていない。
 虚を突かれた状態のまま、身を隠せるテーブルの近くまで移動しようと思案している最中に二幕は
上がってしまった。
 青白い閃光がパンッパン、パンッパンと数度瞬き、催涙ガス弾が数発以上撃込まれてきた。SP達も
反撃の機会を与えられずに一人、また一人と突入してきたテロリスト部隊に制圧されてしまった。
 煙が晴れたとき、対テロ用突入装具で武装した集団12名がそこに居た。
 劣勢を跳ね返すほどの戦術はシンジとレイには判っていた。
 だが、それを行うには躊躇せざろうえなかった。何故ならば―――。
「そこの化け物と人形、窓側に寄れ」
 列席者側にサブマシンガンを突きつけて脅迫するテロリストのリーダー。
 どうやら列席者がシンジとレイの人質になったらしい。
 窓に背を向けるようにして並んで立つシンジとレイ。
 その場所は展望フロアの中で床一面がガラス張りになっているところである。

「処刑の時間だ!」
 サブマシンガンが一斉に二人と手前の床面に向けられグレネードも次々と撃込まれていく。
 また3発めの対戦車ミサイルが下側に撃込まれ、爆発で空中に吹き飛ばされてしまう二人。
「この高さだ、神の子でもない限り助かるものかっ!!」
 高笑いを上げるリーダー。
 放り出され、舞いあげられたシンジとレイは無数の破片と共に落下を始めた。
 受け止めるものは何もないビル群が下にある。

「レイ!」
「シンジ君!」

 空中で手を伸ばして繋ぎ合わせ、強く強く互いを抱き締める。
 目を閉じ、耳を閉じ、全ての感覚を遮断し、感覚を一点に集中させ、研ぎ澄ませていく。
 互いの鼓動が重なり、目蓋を開けて互いを見詰めた、その刹那。
 空間が波打ち、周囲を、スカイタワー一帯を震わしていく。
 二人の落下速度が急激に弱まり、ふわりと浮かぶように漂うようにゆっくりと落下して行く。
「なんなんだ、一体?!」
 何が起きているのか理解できずに驚き、怯えるテロリスト達。
「始めて自分達のために使ったな、ATフィールドを」
 待ち構えるようにビルの屋上に佇む帆場。
 階段を降りるように屋上に降り立った二人を何を言う訳でもなく目で笑い続けている。
「再びその力をここで使えば人としてもう扱ってはくれなくなるぞ、
 例え多くの人を救っても、蔑み、畏れ、疎まれるだけだそ、人知を超えたものとして」

 それでもやるしかないのだろう――、二人の回答を知っているかのようにほくそ笑む。
 悟ったように帆場をきつい眼差しで見詰め口を開くシンジ。
「何もしないで糾弾されるよりはマシですよ」
「……一人でも分ってくれる人が居れば辛くはないわ」

「行くのね、じゃあ、装備は何にするのかしら?」
 振り向けば屋上への出入り口から大きなケースを載せた台車を押してくるマオが居た。
「――あなたは一体?」
 少し怒ったような雰囲気のレイに「さあ、誰でもいいではなくて」と受け流す。
 二人の思惑を受け付けないようにテキパキとケースを開けて中から銃器を取り出していく。
 手前にはバートレットM38A2対物狙撃銃さえ並べられている。
「これにするわ」
 自動装填式の暴徒鎮圧用の12番ゲージのショットガン二丁を襷掛けするレイ。
 弾頭は非致死性CSフェレット弾である。
「僕はこれでいいよ」
 ゴム弾の弾頭のロードしたワルサーを3丁選び、予備弾倉を五本選んだ。
「それだけでいいの?」
「ええ、充分よ」
 背中で答えながらバートレットを掴みコッキングさせやおら向直り、片手で海側に銃口を振って撃つレイ。
 二人が降りたであろう場所に向けて4発目の対戦車ミサイルが飛来してきていたのだ。
 闇夜に融け込むように飛翔する弾頭は撃ち抜かれ、直前で爆発する。
 爆風も破砕片もATフィールドのベールをなぞる様に逸れてしまう。

「貴方達、普通の人ではないのね」
「僕達の"この"ATフィールド内で平気なんですね」

 何も応えず、平然としたままの帆場とマオ。
「ま、いいでしょう。
 でも、どうやってあそこまで行こうか」
「それの心配は無用!」
 不意に帆場の両手から衝撃の流れが溢れだし、ATフィールド越しにシンジとレイをまるで糸に曳かれて
空に昇って行く凧のように一気にスカイタワーより上に持ち上げられていく。
「これでよし、と。
 私達がここで出来るのはここまでだ、これでいいかな?」

「勿論ですよ、二人には本来居るべき世界でその姿を、その証しを見せていかなければなりませんからね」
 ビルの照明の影から聞えてきた声は渚カヲルか?
「では私達は帰るとしましょう」
「この遷し世の仮初めの身体を返してな」
 帆場瑛明の身体から影が消えると、生体ナノマシンの身体は霞のようになって消え去った。
 そしてマオはゆっくりと倒れこみ意識を失った。


「なんだ、あれは、ええい、構わん、撃てば済む事だ」
 湾内の船上から次弾を装填して構え、照準を合わせるテロリスト達。
「やっほ〜、ピザの出前お待たせ致しました〜」「まいど〜」
 素っ頓狂な間の抜けた掛け合いの言葉に動揺したテロリストの動きが固まった隙を捕らえて甲板にゴム
式手榴弾を転がした。閃光と鈍く弾ける音がした後に残されたのは、呻くように喘ぐ哀れな姿だった。
「ふう、普通人間相手に対戦車ミサイルを撃つか?」
「それをやるからテロリストなんだよ」
 ハンソンとサムソンが手際良く仕事を片付けてスカイタワーを見ながら話し出す。
「どうやったかわからんが、シンジも綾波もスカイタワーの上に張りついたようやな」
「じゃ、こちらはおっとり刀で駈けつけますか」


「さてさて、あの人達は一体何だったんだろう?」
「きっと、何か私達が知り得ない所で大きなうねりがあるのよ、きっと」
「そうだね、じゃあ、下を片付けますか」

 作業用扉からタワー頂上階層に忍び込むと、上下水道用貯水タンクをタイマーで爆破。
 爆破の間隙を突いて展望デッキに侵入。
 一気にテロリストの布陣する中心に踊り出て携帯したショットガンと拳銃を両手撃ちして8人を行動
不能にしてしまう。再度上層の展望レストランに退避し、様子を覗う。
 弾倉を差し替えてスライドを引くシンジ。
 一発ずつ弾をポンプ室に装填していくレイ。
「大丈夫よね」
「大丈夫だよ、相手はボディアーマーぐらい着けているよ、フル装備だったからね」
 そう、躊躇がなければ今のようなことが出来る、迷っても進む限りは――。

 相手はシンジとレイに対するテロリズムが目的だったが二人が生きていたことが冷静な判断を下せずに
狼狽するだけにしていた。
 耳を澄ませば、恐る恐るレストラン階に上がってくる残り四名のテロリスト。
 軽く息を吸い、軽く吐いて立ちあがり一斉射するシンジ。ダンスを踊るように撃つレイ。
 椅子やテーブルが粉々に弾け飛び、跳ね返るゴム弾の不規則な動きが却ってシンジとレイの動きを制限
してしまう。
 物陰に隠れ、倒れたテロリストを確認すると三名である。
 ぺたり、ぺたり、と微かな音がする。
 どうやら自暴自棄になった主犯格がタワーごと爆破しようとしている。
 隠れるように這い回る残り一人を膝を摺りながら探すシンジ。
 設置されたプラスティック爆薬をデートネーディング・コードを手懸りに探すレイ。

『見つけたわ』
 慎重且つ一気にコードを引き抜く。
「ばらばらにしてやる」
 後からイキナリ羽交い締めにされ、首を締め上げられていくレイ。
「くはぁっ」
 喉が詰まりそうに、息が出来なくなっていく。
 左腕に渾身の力を込めて肘撃ちを行い、ウエストポーチのフラッシュライトを奪い顔面で光らせる。
 一本背負いで投げ飛ばしたが、すぐさまリーダーは身を隠してしまう。
 気付いてみればドレスに損傷の一つも見当たらない。
『これはプラグスーツと同じ量子結合した素材?』
 背後の物陰に廻り、残った拳銃でレイを撃ち殺そうと試み、狙いすましたところをシンジのつま先が拳銃を
蹴り上げる。矢継ぎ早にパンチを繰出し、膝蹴り、廻し蹴り、掌蹄打ちを顔面、脇腹、太腿、くるぶし、首筋に
打込んでいく。
 ガスマスクが外れ顔が出されると、その顔はコロンビアのオービタルシャフト爆破未遂テロのあの男である。
 血反吐を吐いて倒れこむその男。

「シンジ、全てコードは抜いたわ」
「そう」男の顔を手で上げ、尋問するような口調で「何度やっても無駄だよ」と淡々と喋るシンジ。

「いや1度で充分さ」

 にやりと笑いながら、隠していた腰のピンを抜いた。
 展望レストランの1/4が吹き飛び、スカイタワーの復興は望めなくなってしまった。
 そして事件の全ては終結した。


 エピローグ1:

 満天の星空の下、オークランド市街を望むマウント・イーデン:Mt.Eden;頂上展望台。

「海からの眺めも良いけれど、ここからの眺めも最高やな」
 背伸びをするようにくつろぎながらハンソンがポケットウィスキーを噛む。
「じゃあ、もう少し早く駆け着けて欲しかったですよ」
 口調とは裏腹に笑っているシンジ。
「済まん済まん、地元警察への引渡しに手間取ってな」
 サムソンが両手を合わせて済まなさそうに詫びる。
「でも、あれだけの爆発でよく無事だったな」
「ええ、まあ」
 語尾を濁すシンジ。
 ――あの瞬間、僕達のではない強大なATフィールドが爆発を遮った。
 ――もしや、あの感覚は彼!?
 きっとこれがEVAの発掘やアスカの遺言に関わる事なのだろうと思わずにはいられない二人だった。
 シンジの肩に抱かれながら、お腹にあてた手に熱い鼓動が芽生え始めてくるような感触に戸惑うレイ。

『もしかして私に――!?』


 エピローグ2:

 仮縫いされたされたウェディングドレスを通すレイ。

 現実感が湧かないが、まるで魔法のように胸の奥が満たされていく感じがする。

「この気持ち、今わかるわ、とても大切な、大事な事だもの」

 レイを呼ぶ声がした方に向き直るとシンジが花束を持って立っていた。

「……シンジ、あなたのこと、とても――――――」

                                   − 完 −

[BACK] [外伝TOPへ] [真エヴァTOPへ]


     Copyright By PasterKeaton project Inc(C) since 1992