EX-S EVA(イクス・スペリオル エヴァ)

 ACT.3 慟哭する大地、そして怯え

「どうやら相手は力づくのつもりのようね」
 キャスリーンが航法スクリーンに地球連合の巡洋艦から発進した機影が
敵対行動(つまり、戦闘制圧)をとる信号が出されているのを確認して溜息
をついた。
「俺達はジャンク屋の識別信号を出していて、あの船も正しい識別信号を
だしているのにな」
「仕方がありませんよ、回収したモビルアーマーを正直に申告したのに、
あのように分かり易い態度をとる連中です」
 ロブの愚痴に苦笑するサザーラント。
「よっぽどあれは隠し通したいものらしいな」
 迫り来るモビルアーマーの機影に対し意気揚揚とした表情を見せるロブ。
「そう簡単に思い通りになると見くびられるつもりはないぜ」
 ロブが格納庫に秘匿しているモビルアーマーに搭乗しようとブリッジか
ら出ようとした時、シンジからの通信が入った。
「大丈夫ですよ、多分、彼らは私達を攻撃出来ないでしょう」
 そう言い終わった途端に閃光が数回瞬いた。
「発進した地球連合の機影の動きが止まったわ」
「巡洋艦の後ろ、何かが爆発しました」
 突然、何が起きたのか呆気にとられているロブ達に「相手は行動不能に
なったようです、暫くは動けないでしょうからこの間に急ぎましょう」と
シンジからの通信が続いた。
 ロブ達とシンジ達が巡洋艦を背にした時、自爆するようにして巡洋艦が
爆裂して四散してしまった。
「愚かね、大人しく座視していれば死ぬ事もなかったのに」
「たとえそうだとしても、可哀相だね」
 冷淡な綾波の言葉に対して黙って見過ごして欲しかった、という横顔の
シンジ。
「父様、相手が悪い人でも倒すべきではないと?」
 ルリの問いに「命を一方的に奪うのはちょっとね…」と語尾を濁すシンジ。
 超感リンクからやりきれない苦い思い出の感じが微かにルリに伝わって
きた。
 三十分ばかり経過した頃、全周囲モニターの浮遊ブリッジで航行状態を
監視している綾波の隣にルリが泳ぐように身を躍らせた。
「聞きたいの?」
 ルリが先程のシンジから洩れた苦い思い出の感じについて聞きに来たの
だろうと思ったからか、綾波の言葉は短い。
「父様、話すのが辛そうだもの」
「そう…、そうね」
 航法情報を体内ウェブ経由へ切り替えて表示していたホロウィンドウを
全て閉じると「きっと、あの戦闘が碇君の心に残した痛みは今も残るのね、
そして、それが、私が初めて知った切ないという想い……」と淋しそうに
呟いた。

       ――― ◇◇◇ ―――

 東シナ海上空二万八千フィートを巡航中のAMH-3-BHT(EVA専用長
距離輸送機)通称ブーメランの2機編隊。
 中央翼胴体部下面にはそれぞれエヴァ零号機と初号機が搭載されていた。
「上海上空にはあと弐時間ほどで到着するわ。
 現場の状況が不明な以上、作戦行動に最適な場所に降下後待機、第弐種
警戒態勢のまま、私達が電源車を廻せるまで戦闘は控えて、分かった?」
 先を行くブーメランの指揮室から状況を説明するミサト。
 西暦2031年、夏、使徒の襲来は一時的な休息を終えると再び活発化
しており、C整備中の参号機を除く八号機までの全機が稼動状態に入って
展開を行なっていた。
 上海近郊の中国大陸MEATIA支部の東方二十キロに突如現れた、低層雲と
濃霧の中からシグナルブルーが検出されたのはこの日の午前三時の事だっ
た。
「上海市内の避難状況は」
「不明よ」
 地表を這うように垂れ込めた雷雲のように平穏と不穏とに遮られた中で
立つ初号機と零号機。
「通信は一切途絶、あの中で何があるのか分からないなんて」
「ATフィールドが展開されているから使徒が居るのは間違いないようね」
「綾波…」
「なに?
 ――碇くん」
「…熱あるんじゃないのかな、大丈夫かなって」
 早朝叩き起こされてジオフロントに向かう中で見た綾波の横顔に差した
薄っすらとした頬の紅みに気付いていたのだった。
「……ありがとう、でも、大丈夫よ」
 既に待機状態に移行してから三十分余りが経過していた。
 電源車が到着したのはそれから更に三十分近く経った後だった。
「いい?二人とも説明したようにATフィールドを展開して内部の策敵を
予定マップに従って行なう事、分かった?
 連絡はアンビルカブルケーブルを通した通信以外は無理だからこまめに
欠かさない事、それとシンちゃん――」
 移動式稼動電源車四台の最前列に仮設された簡易作戦指揮室から指示を
与えているミサトがマイクをインカムと零号機、初号機の閉鎖回線に切り
替えて声を潜めた。
「なんですか、ミサトさん?」
「お化け屋敷みたいな中に入って行くのだからレイの手をしっかり握って
放しちゃダメよ、でも、だからっていい事しちゃダメよん」
 そそのかすように茶目っ気たっぷりに甘えた声を出すミサト。
「いい事がダメって何?」
「それはね、レイ、シンちゃんが――」
「わぁ――、了解しました、直ちに向かいます!」

       ――― ◇◇◇ ―――

 しかし任務の実行は容易ではなかった。
 正体不明の地表から高さ三百メートルまで覆った雷雲状の中には独断で
突入した中国人民軍第二十四装甲機械化軍団二個中隊が取り残されたまま
であり、また避難が確認されていない市民とMEATIA上海支部員が二千余人
居たからだった。
 不気味なくらい静かな鉛色の中を注意深く進む零号機と初号機。
「使徒らしき反応は以前拡散して分布しています、
 ですが、最も反応が強い方角に向けて前進を継続中」
「ケーブル伸長限界まで残り2キロよ、二人とも策敵を現位置から1キロの
場所で固定、変化が二十分見られなかったら一旦後退、判った?」
「了解しました、でも何か霧の夜みたいで不気味ですよ」
 嫌な感じを憶えたシンジが慎重に歩みながら上空を伺う。
「またこの雲全体が使徒だって事、ないよなぁ」
「大丈夫よ、ただの帯電した浮遊粒子だわ」
 展開したATフィールドをまるで素肌で感じるように研ぎ澄ませた綾波
がシンジの独り言に答えた。
「かもしれないけれ――待って綾波!」
「判っているわ、碇くん」
 上空の異変に気付いてパレットガンとガトリングライフルを構える初号
機と零号機。
「何か多数の物体が振ってくる」
 モニターを望遠に切り替えるとそれはW字型の物体の群れであった。
 まるで真上に放り投げた無数の玉が落ちてくるように降ってきた。
「シグナルブルーの検出!?、これがあの反応の正体!?」
 両手にパレットガン二挺を携え、上空に向けて構えるシンジ。
 空を見上げた綾波が何かに気付いて目を細め凝視した。
「ダメ、碇くん、モニター拡大」
 零号機を初号機の前に移動させ急いで中止させる綾波。
「え、なに、そんな――」
 視線入力でアイコンを切り替え、モニターを拡大させて映った画像で見
たもの。
 それは小型の使徒に取り込まれた人の姿だった。
「ど、どうすれば――」
 恐慌状態のシンジ
 躊躇した隙を衝かれ、さらにその上から一斉攻撃のビームの砲火に曝さ
れる初号機と零号機。
 アニビリカブルケーブルが切断され、内部電源に切り替わった。
「碇君、一時撤退よ」
 恐慌状態に陥りかけたシンジを綾波が叱咤する。
「碇君!」

       ――― ◇◇◇ ―――

「碇君……」
 初号機と零号機が雲の外に撤退してから地表を蔽っていた濃霧は晴れ、
その上空には長さ三キロ、幅八キロに亘るX状の使徒の姿があった。
 整備と破損箇所の補修を受ける初号機のエントリープラグから離れて搭
乗用タラップでシンジが膝を抱えたままでいた。
「綾波……
 どうやってあそこから戻ったのか憶えていないんだ、
 もしかしたら…、
 もしかしたら、人を撃ったのかもしれないのに…」
 どう答えたらいいのか分からず、話しあぐねてしまう綾波。
「殺しちゃっていたらどうしよう…人を…」
「碇くん……」
 どうしていいのか分からないまま、零号機のタラップから初号機のタラ
ップに移りシンジの前に立つ綾波。
「今、葛城中佐が作戦を立案中よ、降りて食事を摂らないと…」
 答えずにつらそうな表情を続けるシンジ。
「碇くん…」
「――欲しくない」
「……どうしたらいいのか、分からない、でも碇君、今は降りましょう」
 そっとシンジの手の上に手を添える綾波。
「綾波…」
「…降りましょう」
 添えた手でシンジの手を握る綾波。
「――ごめん、降りるよ」

  続く

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