EX-S EVA(イクス・スペリオル エヴァ)

 ACT.2 反目する諍いから流れた嵐

 居住用ブロックで夕食をとる三人。
 船内時間ではなく、経過時間として今は夕方だったのだ。

 星船の船室として似つかわしくない掘り炬燵式の卓袱台を囲んで
湯豆腐をつついている。勿論、寛ぐのに最適な他の手段が完備され
ていたのだが、地球の日本での風俗をあまり知らないルリの為にと
ライブラリ映像の中から飛騨高山の家屋を見た綾波が「あれにしま
しょう」と囲炉裏と座敷を星船の中に用意しようといったのだ。
 極秘裏に調達したのだがタカヤが絶句したのがシンジには容易に
想像出来たのだった。
 ルリの初単独ミッション(サポートのアルカナ達を指揮してだが)
からの帰路、親子揃ってこの世界に星船が顕現した直後に戦闘用ロ
ボットに遭遇したのは多分、その先にシンジ達が遣るべき事がある
のだろう、とシンジも綾波も感じ取っていた。
「父様も母様も動かせないの?」
 ルリの素朴な疑問に「操縦訓練は受けていないから無理だね」と
答えるシンジ。
「細かい操作法が不明だわ、私達は知識として航空機の操縦は知っ
ている、でも、実際に飛ばす事は困難な筈よ、エヴァもこの星船も
実際には操縦していないもの、イメージしているだけなの」
 両親の返事に「そうなの」とだけ云うルリ。
 遮断しきれていないシンジとの超感リンクから洩れてきた心理パ
ラグラフから『操縦はしたくない』のを感じ取った綾波。
 操縦デバイスの制御層に超感リンクの変換インタフェースを介し
てアクセスを行い、エヴァと同様に操縦する事も可能な筈だったが
敢えてルリに答えるのを避けた。
 それは、シンジが人を殺せない事だった。
「!!」
 警戒装置から伝達されたサリーネンからの情報により同時に箸を
止めた三人。
 短く『接近する艦影あり』と。

       ――― ◇◇◇ ―――

 接近してきた艦影を確認してみると破壊された航宙艦や諸施設、
戦闘艇のパーツを回収するジャンク屋だと判明した。
 小惑星帯十二群の中のアポロ群内の資源採掘小惑星群内のリニア
ドライバーから射出されて回収作業に来たのだという。サリーネン
により偽装された識別信号で深次元探索艦と回答していた。
「こんな外れた宙域で航行している船があるとは思わなかったけど、
あんた達、戦闘に巻き込まれなかったかい?」
 応答した通信から聞こえて来たのはジャンク屋のクルーだった。
「探索と観測作業に集中していたので気付きませんでしたが、何か
戦闘があったのですか?
 それと少し困ったものを回収したので手を貸して頂けませんか?」
『――あなた、渡すの?』
『我々が手にしていていいものじゃない、それにデータではなく、
 生の声でこの世界の情報に接したいからね』
「こちらの船体内に繋留していますので確認して下さい」
 シンジからの通信を受けてジャンク屋の船内では四人のクルーが
話し合っていた。
「ここは地球連合の目の届かない宙域です、何も正体不明の船籍に
出向かなくてもいいのではありませんか、ロブ」
「怪しいかもしんないけどさ、見た事もない船形だろ、中に入って
みたいじゃん」
 ブリッジのモニターにはシンジ達の内宇宙用の小型船、小型船と
いっても全長は八百メートル近くある白い双胴船体だった。

       ――― ◇◇◇ ―――

 ジャンク屋の船は全長が二百メートル強の箱型だったので接舷を
するとまるで艀のようだった。
「ようこそ、"西風の誘い"号へ」
 三重の接舷用ハッチを開けると重ったるいノーマルスーツでなく、
普段着そのままの男と女の四人が扉の向こうに現れた。
「俺はロブ、こいつはサザーラント、こいつはエミカ、んでもって
最後が俺達の船の船長、キャスリーンだ」
「物騒な拾い物をして困っていた所です、
 私は碇シンジ、隣が妻の綾波レイ、そして娘のルリです」
 シンジの説明に一瞬、?という顔をする四人。
「娘って云う割には二人とも若過ぎないか?」
 小声でサザーラントに耳打ちするロブ。
「見た目はそうですが、あの少女の雰囲気は母親とそっくりですよ」
 十代半ばのルリと二十代後半に見えるルリと綾波を見比べる四人。
「確かに人とは思えないくらい綺麗な女性だよね」とエミカが素直
な感想を洩らす。
 キャスリーンが「ま、いっか」と息をつくと三人の肩を叩いた。
「私は船の管理があるから残るわ、三人とも、失礼の無いようにね」

       ――― ◇◇◇ ―――

「これは連合の識別標ではありませんね」
 船体下面の船倉に繋留された可変戦闘ロボットの戦闘艇状態を見
上げるサザーラント。携帯端末に現れた識別信号を見ながら声を上
げる。この世界ではモビルアーマーと呼ばれているらしい。
「やっぱり破壊されたのは反連合勢力の工場衛星だったらしいのか、
それにしてもまぁ極上のまま無事だったとはねぇ、ついているかな」
 ロブが嬉しそうに戦闘艇のコクピットを覗き込む。
 その脇で年頃が近いエミカとルリが話をしていた。
「反連合?」と意外そうに訊ねるシンジ。
「知らないのかい?
 9ヶ月前にコロニー連合と地球連合の間に起きた戦争直後に両勢
力とも一線を分けた非政府組織体の連中さ」
「外惑星域の観測で私達は公転軌道を高速航行をしていたので時系
列が一年ほどずれているのですが、船内時間では二日ほどしか経っ
ていないので良く解らないのです」
 偽装した時計のカレンダーを見せるシンジ。
 その後、現在の政治状況の説明を受けたシンジ達。
「これから戻るってのなら途中までこの船の中で預かってくれない
かい?」
「それは、どうしてですか?」
 居住用ブロックの和室での歓待が終るころ、ロブが足を伸ばしな
がら切り出した。
「あの可変戦闘用モビルアーマーですが、あの大きさでは我々の船
倉内に収容しきれません。これからの帰路ではデブリ帯の中を通る
事になりますし、叉、他に散逸しているパーツ類を回収する余裕が
ありません。
 ここは貴方達の船体で暫く預かっていて頂けませんか?」
「解りました、私達も地球圏への帰路の水先案内をお願い致します」

       ――― ◇◇◇ ―――

 自分達のホームシップ、"不良息子のボロ船"号に戻ったロブ達。
 戻って来るまでの様子をキャスリーンから聞いたサザーラントが
考え込むように「気付きましたか、ロブ」と問い掛けた。
「何がだい?」
「我々を歓待した彼らがお茶を出したのは憶えていますよね」
「ああ、美味い紅茶だったなぁ」
「カップが揺れていませんでしたね」
「カップが?」
「ええ、我々の技術でも簡易な重力場制御は出来ますが、それでも
1/10ニュートンがやっとです。あの船内はほぼ地球大気圏内と
同等の重力加速度を感じましたが人工的に回転偶力で発生させた場
合には、コリオリ力によりずれが生じて液面には揺れが生じます」
「それに途中で隕石回避で基準面にたいして3/4秒の針路変更を
したのよ、憶えている?」
 不良息子のボロ船号から見ていたキャスリーンがその時のログを
表示する。
「つまり、あの船の中では慣性制御が行なわれているってえと」
 三人の会話を聞きながら不安になるエミカ。
「あ、あのさぁ、あの人達、幽霊って訳ないよね」
「はははっ、ユーレイがちゃぶ台か、コイツはおかしいや、
 だが、あの眼はユーレイとは思えなかったぜ」
「沢山の人の生命を背負った眼でしたね」

       ――― ◇◇◇ ―――

「いいの、あなた?」
「ああ、大丈夫だよ……、でも戦争だなんてね」
 この宇宙で目的とする"あれが"どこにあるのか分からないまま、
シンジは星を見つめた。

  続く

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