EX-S EVA(イクス・スペリオル エヴァ)

 ACT.1 漆黒の宇宙に穿つ鎚

 ある恒星系の内惑星域の小惑星群から約1光秒程離れた宙域。

 反転後の量子励起を伴う次元震の波が揺らめくと星船が実体化してきた。
 船体表面の量子固定場が解除されると惑星上で炭素系生態系、つまり、
我々が良く知る生命体が、恒星が照らし出す陽光では僅かに弱くて温暖な
気候を維持出来ない光の強度が映し出した星船の船体は、細長い八本状の
アウトリガー部と中心の船体殻からなる全長二十キロ弱の全容が現れた。
 現れると同時に幽玄のように薄っすらと展開されていた十二枚の光の翼
が消え去った。
 中央船体殻の船首先端から二キロばかり場所にある球形ブリッジ。
 内面は全天球表示が行なわれおり、その中心部にはフルバケット形状の
タンデムシートが三列並んだカヌー状の航法用シートが浮いていた。
「座標確認終りました、父様」
 最前列に座っていた少女がヘッドコンソールを上げると薄蒼氷色の長い
髪が広がり、三列目に座っている父親に向かって小鈴が鳴るような声で報
告した。
「観測結果からこの恒星系の第四惑星近傍の小惑星体群のようだわ」
 二列目に座っていた母親もヘッドコンソールを上げると娘と同じく薄蒼
氷色の艶やかな髪が全天球内に表示されている恒星に照らされ輝いた。
「チェック終了、船体に異常は見られない。
 PS−DSをハーフレートで展開して船体表面の保護するようにした。
 体調は大丈夫? 綾波、ルリ」
 三列目に座っていた碇シンジが妻と娘を気遣うように声を掛けた。
 本来ならば超感リンクと体内ウェブ経由でお互いの体調や精神状態はモ
ニターする事が出来るのだが、敢えてシンジは言葉にして気遣った。
「私は大丈夫よ、ルリは?」
「全然問題ないわ、平気よ」

       ――― ◇◇◇ ―――

 ルリが生まれてから何年も超光速航行を度々繰り返していた事からシン
ジも綾波もウラシマ効果で実際には二十八歳でしかなかった。
 ルリももうすぐ十六歳になるのだが三人を一見しただけではとても親子
には見えなかっただろう。
 ルリと同い年の頃は『月光の姫君』と呼ばれた綾波の人智を越えた超然
とした美貌はいささかも衰えてはいなかったが、その目尻と口許には母と
しての慈しみが滲み出ていた。
 その美貌を受け継いだルリは生まれてからの決して幸福とはいえない時
期が長かったのにもかかわらず、天性の可憐さを曇らせる事なく、いつし
か『星虹の妖精』と噂される神秘さを漂わさせていた。
「父様、左舷中央から七時の方向、十八宙浬付近に反応あります」
「このままの船体速度で三十四秒後に船体重力場に捕らえられます」
「ああ、フォローしている、映像まわして、これかな?」

       ――― ◇◇◇ ―――

 射出されたカメラポッドからの映像に映し出されたのは全長50メート
ル強の物体だった。
「戦闘艇かな?」
 どちらが上か下かは分からなかったが、後部にかなり大型の二基ずつが
パックになったスラスターが四つ組み合わされており、前部中央付近に3
基のスラスターが二対とその反対側にスラスター二対ありAMBACディバイ
ダーらしき細長い翼上の構造物が六対付いていた。
「変な形ね、でも構造物を組み合わせているのは星船と同じね」
 映像を見ながらルリが超感リンク越しに思った事を伝えてきた。
「スラスターの前にあるのは多分、プロペラントタンクね」
「後部のはブースタユニットで化学反応タイプなのかな」
「今、少し動いたわ」
 そういって綾波が前後の位置変移を指し示した。
「航法機器はスリープ状態だったのか、生命反応は?」
「いえ、ありません、父様、無人のようです」
「回収してみようか」
「待って、あなた、これは――武装よ」
 ゆっくりと回転している物体の反対側から全長の2/3近い長さのビー
ム砲もしくはレールキャノンらしき武装が二門映されていた。

       ――― ◇◇◇ ―――

「じゃあ、行ってくるよ」
 簡易ノーマルスーツを着込んだシンジが船外活動ボートに乗ると星船の
船倉用架搬アーム(延ばせば三百メートル近い巨大なロボットアーム)に
柔らかく捉まれた戦闘艇らしき物体へと近付いていった。
「すぐ目の前まで来た、しかし反応はない」
 システムが稼動しているかどうかは分からないが、Xレイ走査と漏洩し
てくる磁気反応から核融合機関を内蔵しているらしかった。
「スリープ状態の自己防衛機能が反応してしまわないの?」
「大丈夫の筈だわ、反応するぐらいならエネルギー副射量の多い私達に過
敏に反応して一瞬で私に原子に還られてしまっているわ」
「胴体部分と思われる箇所の中央に出入り口らしいハッチがあったよ」
 シンジからの映像からするとそこには読み慣れた文字と言語で書かれた
コーションマークがあった。
「どうやらこの世界は多元世界の一つだったようだわね」
 モニターの外宇宙側には恒星光を反射している一筋の細い線が横切って
いた。それはこの恒星系内のリングだった。

       ――― ◇◇◇ ―――

 この世界での純粋な戦闘艇らしいと判断されて回収したその艇体は防爆
遮蔽フィールドの中へ引き寄せられた。
『非常の場合には爆破します』
 星船本体の運行管理を司っている生体ドールが抑揚の無い声で告げた。
「サリーネン、大丈夫だ、僕達で何とかなるから君は待機していてくれ」
『カシコマリマシタ、碇様』
 映像を超感リンクに転送して三人共同じアングルで見られるようにした。
「父様、これは動かせるの?」
 ルリの問いに「システム内の管制ライブラリを検索中よ、FAQ位はどこ
かに入れているから、あと八分もすれば解析完了よ」と綾波が答えた。
「操縦席は三つあったよ」
 搭乗ハッチを開けたシンジがハンドライトを当てながら身体を潜り込ま
せる。
「パイロット三人が動かすのね?
 まるで合体ロボットみたいね」
「合体?」
「(タカヤ)提督の家で見たライブラリで合体ロボットのパイロットが三人
乗っていたもの」
 ルリの素直な表現に苦笑するシンジ。
 今一つルリの言葉の意味が結びつかない綾波。
「とりあえず、まずはセイフティの物理封印の方法を検索したわ、
 それが終れば主電源を入れましょう」

       ――― ◇◇◇ ―――

 星船の主核船体を遷移回廊に秘匿すると内宇宙用の小型船に移乗した。
 戦闘艇の主電源をONにすると操縦席のモニターが初期起動メニューを
表示しだした。
「やはり強武装の戦闘艇ね、拠点制圧用の強襲型ね」
「でも、どうしてこんな小惑星帯まで流れて来ていたのだろう」
 火器管制ユニットの解析を続けながら超感リンクで情報を共有しながら
会話するシンジと綾波。
 整備用メンテナンスモードでの起動は問題無いようだった。
「“我は求める、光の鎚を撃ちはらさんことを”、何の意味かな、これ」
 コクピット内に残されていた整備ログのチェックシートにミリペンで書
かれた言葉を読み上げるシンジ。
「きっと、この機体のミッションコードではないかしら」
「かもしれないね、それをこの世界への道標に使いましょう」
 両親の会話を聞きながら下側の操縦席に座ってライブラリ解析の手伝い
をしているルリ。
「歩行? 戦闘艇が歩くの?」
 歩行というライブラリ内の項目に興味を引かれて更に奥へと検索を深く
していくが、操縦方法自体のライブラリは見つからなかった。
「歩行への移行レバー? これかな?」
 左手をモニター上部のレバーに伸ばして右に九十度廻して手前に引いた。
途端にガクン、と振動が操縦席越しに伝わってくると機体が変形し始めた。
「なになの?」
「ルリ?」
 五秒程たつと振動が止まり、変形も終ったようだった。
 外に出て何が戦闘艇に起きたのかを確認しようとするルリ。
 シュッ、とシンジと綾波がルリの横に転位してきた。
「ロボット?」
 離れてみて見ると戦闘艇の前半部が人型のロボットに変形していた。
 大きく張った両肩、力強く伸ばされたがっちりとした両脚。
 背部の大きなスラスターに背中と腰と両膝にバインダー。
 背丈ほどの長さがある二門のビーム砲。
 そして、厳めしく禍々しい顔。
「殺戮用の兵器だよ、エヴァと同じ」

  続く

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