第7章：揺り篭

　（Aパート開始）
「葛城中佐、男の子って胸が大きい子が好きなのですか」

　西暦2031年5月下旬、MEATIA内スパ。

　白兵格闘の訓練を終え、全身の緊張を解すために湯の中に浸るレイ。
「ううん、ひとそれぞれなんじゃ、なあい！？」
　確かにレイは華奢で腰も細いが痩せているのではない。
　レイを見やり、他の適格者の女達をみやりながら、
「まあ、ここにはでかいのが揃っているから影響あるかもねえ。
　さっき、何か言われたの？」
「いえ、そんな。
　シンジ君は別に…」
　誘導尋問に気付き言葉を切るが、横ではにたりと笑うミサトが言葉尻を
聞き逃さなかった。
「やっぱり、レイ、シンジ君が気になるんでしょう」
「……判らない」
　レイと共に住むミサトにとって、僅かであってもレイの変化がよく分かっていた。
　シンジを加えた3人での生活。
　この3年で綾波に微かな表情が生まれていた。
　シンジ自身も内向的な部分が減っていった。
　まるで家族のような生活。
　きっとそれが二人にとって少年で、少女で居られる場所だから。
　二人が適格者でなくて居られた場所。
「心配しなくたって大丈夫よ、レイも大きくなるから、これからよ」
　手振りでレイの胸もばあーんとなるとちゃかすミサト。
「何二人で楽しそうに話してるの」
　ユラナが聞いているにもかかわらず切り込んでくる。
「ってことは、私も更にナイスなプロポーションになるのね」
　立ち上がり、しなを作るアスカ。
　思い出しながらも、つい笑い出すミサト。
（しかし、まさか私より大きくなるとねえ）
「何一人で笑ってんの、こんな時に」
　隣接地域での叛乱を鎮圧し、戻ってきたグランディスが、あきれたと
でもいいたげな仕草をする。
「レイも最初の頃は人形みたいで無口、無表情、無愛想だったのに、
　人間らしくなって、女らしくなって、こんどの水曜には結婚式だもの」
「今度のことが無ければ一番良かったのに」
「仕方ないわ、EVAに対抗できるのはEVAだけで、EVAを動かすことが
出来るのは二人以外、もう、誰にも為し得ないことなのよ」
「二人は？」
「（月の）裏側のシャフトのEVAシリーズ群を殲滅に行ったわ。
　地球側のシャフトとリングを叛乱軍に占拠されてしまった以上では月から
EVAシリーズを駆逐するしかないもの」
　戦況報告がテーブル上に置いたパームトップに映し出される。
　館内スピーカーからも逐次、状況が流されている。
　月では国連宇宙開発庁側が優勢に推移している。
（宇宙軍は開発庁側に分駐されている経緯であり、指揮自体は開発庁が行う）
　駐留部隊である月面ガンバスター隊１個小隊が叛乱勢力に組した事から
実質上、今回の対叛乱・対EVAシリーズ殲滅の指揮権は国連側に委ねられ
ている。ましてや本基地は元MEATIA月面活動拠点であり、EVAを収容整備
できる大型エアロックも支援設備も残されており、スタッフの大半が組織縮小
後の移行者とあって状況を有利に展開出来る立場にあった。
「順調よ、残る機体も２つね、シャフトの奪還も成功したし、多分、そうねえ、
（地球標準時間での）夕方には戻ってくる筈よ。
会ってく！？」
　作戦案ウィンドウを画面に開きながら内容を指差し、
「最後の（月面の）1本、シャフト奪還の突入部隊に任命されたわ。
　明日の昼過ぎね、戻れるのは。
　レイちゃんに宜しく言ってといて」
　コーヒーを飲み干し、豪奢な赤髪を後ろに結わえながら出て行く。
　カフェテラス内を見渡せば、交代要員が食事に附いたばかりの様だ。
　皿に残っていたソテーを頬張りながら、別のウィンドウを開く。
　シンジ、17歳の誕生パーティーの写真。
　ミサトのパーティードレスを着て、シンジの頬にキスをするレイを捉えたもので、
他の適格者達が冷やかしている光景だ。
「あなた達の幸せ、必ず実現させるわ」

「第11装甲擲弾兵大隊、シャフト下部に取付きました」
「裏の状況は！？」（ユイ）
「内部の掃討は終了、機関部、制御室の制圧も完了しました。
　ただ、元々9割は解析できていない構造物です。
　状況の推移によっては撤退する必要になると思われます」
　淡々と報告し、予測を述べるノリコ参謀。
「確かにね。原因不明の彎曲空間が至る所で顕在化してきているし、
　元来は何かの目的で作られたものでしょう。
　遺跡文での６th：フェーズと観測状況はまったく同じなの」
　司令室の各パネルに進行状況が次々と映し出されていく。
　月面の彎曲空間の模様が最上段のパネルに表示される。
　階下ではミサトが制圧部隊へのコマンドを行っている。
「分析はして貰っているけれど、時間が掛かりそうね。
　鈴原君のEVA-3は？」
「火星方面の鎮圧に向かってもらいました」

（Bパート開始）

「そんな、宇宙使徒との戦いが、このための準備だったなんて」
　大型スクリーンに映し出されたシミュレート結果が、地球・月・火星とそれら
惑星・衛星に跨る宙域に拡散された宇宙使徒の残骸と彎曲/次元リープ計測
結果が一致し、10個所の相克象面と特異点が形成、22本のクァンタムトンネルで
結ばれた後に、遺跡文面に記された宇宙樹が発現、発動することを示していた。
「現在、火星方面から大量の、計測出来ない程のエネルギーが注がれています。
　ゼロ･フィールドを形成し次元の位相を融解させる模様です」
　３Ｄパネルに地球、火星、月の相対情報が表示されていく。
「現在のEVA-3の状況は？」
「とても火星には向かえません。中心の樹方向に移動する（火星の）シャフト群の
奪回とEVAシリーズとの戦闘で手一杯です」
　EVA-3、初号機、零号機の現在位置が示されている。
「初号機か零号機かどちらかを廻すしかないわね」
「葛城大佐、今回の叛乱軍の上級関係者が判明しました」
　副官から手渡されたボードに次々と映し出されていく各国政府関係者、官僚、
企業重役、高級軍人達のリスト。
「こいつら！？」
　ミサトの瞳が警戒色を放ち出した。
「こいつらが首謀者だったのか」
　表情がみるみる般若の様相を呈していく。
　あの事件を忘れるものか、と。

　今回のシャフトとリングの占拠、それも始めから計画されていたものだった。
　すべては遺跡発掘に遡る。
　過去に構築されたシャフトとリングの機能解明がEVA発掘以前から行われて
いた。初号機の突然の起動、そして突如伝えられた情報。この事件の発端とも
今は考えられる。
リングとシャフト、本来の機能の中にはヴォイド転送を大規模に多方面に渡り
展開拡張できる方法があり、地球、月、火星ばかりではなく木星と金星を含め
た太陽系中間圏での資源の移相が半永久的に可能となる。
　つまり、資源の確保ばかりでなく獲得するために必要とされる資源の消費を
最低限に抑制することが出来るのである。つまり、供給が需要を常に上回り、
熱エントロピーの問題を最小限に抑えることが出来るのだ。
「つまり、軌道エレベーターや静止軌道での恒久施設としての役割は副産物で
しかなかった訳か」
「破壊すると見せかけた狂言に対する鎮圧で占拠し、既得権を行使するシナリオ
だったのね」
「散々横槍が入ったのも、EVA回収の邪魔もこの為か」
「これじゃあシンジ君とレイは堪らないわね」
「じゃあ、二人に責任を負わせたのは」
「エヴァを利用できなくなったからではなく、利用されないため」
「くそっ、何で今ごろ気付くの。
　あの時、撤退なんかするんじゃなかった。あの時」
　時は5年前に遡る。

つづく

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