第6章:流転
(Aパート開始)
西暦2039年3月28日
「地球、月、火星の各オービタルシャフト、リングの同時占拠、叛乱、EVAシリーズの展開。
どうみてもゲンドウは黒幕ではなさそうね」
月面基地の半球状全天モニターにマルチディスプレイ表示された現況を眺めながら、
ノリコが呟いた。
「損害状況は?」
「各占拠場所とも元々警備部隊は少数でしたが、叛乱部隊は全員射殺した模様です。
これほどの拠点を同時多発占拠ですから、叛乱部隊というよりも統括され丹念に計
画された、一種の地球規模のクーデターではないでしょうか」
経過時刻の表示と共に遷移状態が次々に表示されていく。それを分析するように見詰め、
事後報告されてくる各国軍隊の移動状況がそれらを裏付ける。
「そうね、ゲンドウがシャフトの占拠ではなく破壊を目的としていても何の為に?
そしてあのプラグは一体?」
解析担当者が首を横に振る。
冬月教授が手を上げ、後で説明する表情を浮かべる。
あのプラグが全ての鍵を握っているのではないか、そうノリコとミサトは思えてならなかった。
きっとユイ長官も何かしらかをしっているのかもしれない。
今は指示に従うしかない、そう決意をきめていた。「EVAシリーズは?」
「現在確認されている機体は62体。撃破数は136体です」
「報告された限りでは製造されたのは205体ですから、残り7体がどこかに潜伏している
可能性があります」
"Lost"を明滅表示させる正面の大型モニター。
「継続して調査するしかないようね」
カツン、と靴音が響き、司令室中心に座るユイが立ちあがり、
「皆さん、この状況で唯一組織的抵抗が出来るのは私達の月基地のみです。
幸いにもここには降臨戦争を戦った方々が沢山居ます」
静かで尚且つ訴求するような透き通る声が司令室を満たしていく。
「…相手は占拠後、具体的な声明を出していませんが協調を目的としたものではありません。
私は元々科学者ですし、MEATIAに子供達を預けることしか出来ませんでした。
此の度、主人の妄挙でお騒がせしました。
そして、今一度、お願い致します。
どうか子供達を、シンジとレイを助けてください」
「トウジ…」
エントリープラグ内から降りてくる人影を見て、思わずシンジは涙ぐみそうになった。
「すまんなあ、何も知らせなかって」
剥き出しのエレベーターから申し訳なさそうに笑いながら手を振っている。
半身をメタリックの輝きに包まれているが人懐っこい表情は変わらない。
「シンジ」
「レイ」
嬉しそうな互いの顔を見やり、トウジの元に駆け寄っていく。
「ホントにすまんな、二人の大変な時に何も出来んで」
「そんなことないよ、今、来てくれただけで十分だよ」
「鈴原君、ほんとに有難う」
「シンジもええ男になったのう。
綾波も別嬪さんになってなあ」
「私達…」
「ああ、知っとるで冬月さんから聞いとる。
やっと結婚するやな、おめっとさん。
二人が幸せにならなあ、あの戦いはまだ終わらんのや」
「トウジ…」
云いたいことが山ほどあるのに無事な姿を間近で見ると表情が綻んでいく。
「あいかわらず泣き虫やのう」
涙がこぼれるシンジの目元をレイがそっとハンカチでふき取る。
トウジはその光景を満足げに見ていた。
「ほな、ミサトさんに挨拶してくるわ」
(Bパート開始)
「どうしたの、映像、切れたけど」
「ちょっと待ってください」
別回線に切り替え、火星の状況が再び映し出される。
監視衛星、および中継衛星の運用状況をデータバンクから確認する。
「これは宇宙使徒の残骸がぶつかった模様です」
「使徒の残骸?!」
「はい。使徒の構成物質の大半は残骸として残っていますし、回収はごく少数だけ
しかされていませんので地球と火星との間の宙域に漂泊してると考えられます」
次々と残骸の分散予測宙域が表示されていく。
「これ現時点でのものなの?」
「いえ、これは去年のものですね。今年、3月のは解析中です」
「今年のが遅れた理由は?」
「合衆国と欧州連合宇宙軍との観測データの共同解析の際、横槍が入って
一時中断したようです」
「急いで現時点、いえ、叛乱軍決起以降の分布状況をシミュレート。
何か悪い予感がするのよ」
解析データの一覧が表示され、次々と使徒のリストが表示されていく。
「その、色の違う残骸をマークした輝点は!?」
「惣流・アスカ・ラングレー、自身のものです」第九九使徒、99th.Angel:Vagila、それがアスカの分類名である。
「第6ケージに宇宙使徒侵入。弐号機の直前です」西暦2033年9月半ば、月面MEATIA基地は最後の使徒との死闘を続けていた。
ズズン、と戦闘の震動が響き渡る。
「くそお、ホモ野郎(カヲルのこと)と入れ違いで襲ってくるなんて、ついてないわねえ」
「アスカ、隔壁が閉鎖されるわ、早くこっちに」
「待って、ちょっ、、」
装甲隔壁が閉鎖直前、ケージからアラエルが加えたゼロ距離攻撃が暴君の如く
館内を荒れ狂い回る。
烈震が基地周辺をスープを掻き混ぜるように揺らしていく。
空調も次々と停止していき、至る所で捩れた壁と装甲シャッターがこじあけられてしまう。
カラカサカサ、と爆轟で衝撃波が吹き飛ばしていく破片が通過した後に音が聞こえてくる。
「い、イタたったたあ、ひぃぅ!?」
己が身の惨状に息を詰まらせるアスカ。
目を見開くユウ。
左腕が肘辺りでスッパリと切断されている。
ぼたぼた流れ出る血飛沫とささくれ立った骨。
現実を直視したくない衝動がアスカを貫く。
「い、い、いやああああああああああああああああああああああ!!」
喚くと同時に無くなった左腕に渾身の力を思わず入れてしまった。
何故だか、アスカには判らなかった。
ただ、そうすればいいと感じたからだ。
ズビャリッ、と奇妙な感覚と共に切り口から腕がみるみる再生していく。
手先の感覚が戻った事実が更に恐慌に拍車を駆けた。
「ヴァアァァアダァガグァアガグ、びどだばびだばばびごな」
身体中の毛穴が逆毛立ち、全ての汗腺から汗が噴出す感覚がアスカを塗りつぶしていく。
――わたし、一体何ナノ?「君は使徒だからね」
壁面から現れ出でる渚カヲル。
「あぶだまんに、ばびご、なにがあんたなんかに、わかんの、この、ナルシスホモ野郎!!!」
パニック状態から呼吸も荒くなり喉奥から声を出す。
活性化した情報抗体が展開し、意識野の彼方から太古の情報をアスカの脳裏に
焼き付けていく。
意識がオーバーロードし、全身を蝕んでいく。
まるで神経に針を刺すように。
異物が全身を這い回る感触がアスカの精神を凍えさせる。
「ひぃぃぃぃいいいいっ」
「違う、あなた、カヲルじゃないわね」
アスカを庇うように立ち、カヲルに銃を向けるユウ、だが、
「!?」
一つはカヲルから、もう一つはアスカから伸ばされた手刀で胸と背中を貫かれる。
「な、なに、なになんなの??」
自分の身体が勝手に動くことが信じられない。
「君は、(カヲルの声)
私でもあるからこういうことも出来るのよ(アスカの声)」
渚カヲルから今はアスカに姿を変えている。
「私が人の営みから生まれ出でたものではないことは知ってた筈よ。
その私が人だと信じてきた訳、馬鹿じゃないの、あんた、バカ?」
自身をアスカ自身と言い切る。
その事実に反論できないアスカ。
最高の知性を持つ女性(母)の卵子と選りすぐりの頭脳の精子とを組み合わされて
生まれて来たものだと。
誇りであり、コンプレックスであった部分だ。
そして3歳から16年、可愛がってくれた姉。
「せめて最後は最愛の妹の手に掛かって死ぬのが本望でしょう」
倒れ、突っ伏しているユウをアスカ(使徒)が踏みつける。
「偽りの心と身体が解き放たれる時は近い。
あなたには仕組まれた子供として最後の役に立って貰うわ」アスカを睨み上げていてもユウの命が戻るわけではない。
「お姉ちゃん、お姉ちゃん、お姉ちゃん、お、お、お、、」
どうにもならない自分の身体と切り離された心で泣きじゃくり、ただ泣くことしか出来ない。
私は人間だ、私は人間だ、人間だよ、そうでしょ、お姉ちゃん、と問い掛けたい、
でもこの異形の私は何!? 心が犯されていく。「あ、アス、カ、ちゃん、あな、、は、わた、、の、たい、、つな、
いも、、と、よ、これっ、までも、いま、、も、こ、れ、か」
臨終の微かな声を懸命に聞き取ろうと近づきたいが身体が自分の意志で動かせない。
やっとのおもいで懐かしい身体に触れられた、が。
壁際のアスカから漆黒の羽がユウに投げつけられ、LCRへと熔けて消えていく。
両手から流れ落ちた姉だった液体で咽ぶが、「殺してやる殺してやる殺してやる殺してやる殺してやる殺してやる
殺してやる殺してやる殺してやる殺してやる殺してやる殺してやる
殺してやる殺してやる殺してやる殺してやる殺してやる殺してやる
殺してやる殺してやる殺してやる殺してやる殺してやる殺してやる」呪詛を繰り返し、アスカを睨み上げる。
「ふん」
妖しく舌なめずりをし、アスカにも羽を投げつける。
「地球へ行きなさい」
アスカと弐号機をヴォイド転送させる。
消えた瞬間、部屋を打ち砕く衝撃。
「アスカをどうした?」
渚カヲルとEVA-13号機である。
「同類を憐れむのかい?」
「違うね、私は私であるだけだ。
悲しみに綴られた人の運命だとしても、使徒としてでもなく、
人としてでもなく、私は渚カヲルとして生きているだけだよ」
「そうかしら」
成熟した大人の身体の形をしたアスカに姿を変え、
「沢山あるということは何もないのと同じなのではないの!?」
続いて渚カヲルに再度姿を変え、周囲に適格者達の虚像を浮かべていく。
ただ、その変化を見ながら、
「それはあなたが…………………………だからなのかい?」
再び別の者へと変えた後姿。
髪の色も形も、全身のラインも適格者とは違う。「贖罪の時を、人々は知らずに待てばいい」
まるでそこには何も無かったように言い残し、消えていった。
つづく