第四章:恩讐と孤独と拒絶の狭間で
(Aパート開始)
「まったく24にもなって自分の女に遠慮してどうすんねん」
無線から懐かしい声が響いてくる。
EVAシリーズを零号機から引き剥がし粉砕したEVA-3。
「トウジ!!」
「まあ、月面はわいに任せて、存分にやりな」
両手に抱えたMRLSを一斉に開放し、ミサイルの集中豪雨を降らしていく。
零号機が槍を薙ぎ払い、LCRに還元し、EVAシリーズの墓所へとしていく。
「まずいことになったわね」
制圧部隊と叛乱部隊の行動情報がモニタに次々と表示されていく。
「まさか増強された守備隊、各国軍隊が叛乱部隊になるとはねえ」
「虚を衝かれたも同然ね」
「減少したとはいえ、EVAシリーズの脅威にさらされた各シャフト群やリングでは来援した部隊を味方だと判断しますよ」
作戦スタッフが嘆息するように言葉を漏らす。
「EVAシリーズ同士が戦闘を始めた時点で裏があると考えるべきだったわ」
「でも、ここでは何も出来ないわ」
「そうですね、シャフト、リングへの命令執行権は別です。
膠着状態で権限委譲されれば解決への糸口が見つかったかもしれませんが、我々には初号機と零号機を使う以外の
選択肢はありません」
状況を見守るように分析していた碇ユイが始めて口を開いた。
作戦室でのシンジとレイのモニタ横にトウジのモニタウィンドウが開く。
司令室で状況分析を実施中だが、ユイの言葉に参号機が含まれなかったので
「3号機は戦力外っちゅうことか」
「トウジ、遊撃戦力って意味じゃない」
「シンジも皮肉がうまあなったなあ」
「シンジ君、月面はトウジ君にお願いするわ。
レイと一緒にリング周囲に取り付いているEVAシリーズの殲滅をお願い」
ミサトが片手で済まないと詫びながらウィンクをする。
「シャフトと第三新東京市は?」
「シャフトを襲った側が破壊を目的としていない以上、奪還部隊を突入、人力で奪い返すしかないわ。
初号機と零号機にはそのサポートを担当。
リング外周部の工事用スポット、今から転送する場所でそれまで休憩をしていて。レイもすぐ向かわせるわ」
「突入部隊は?」
「編成に時間が掛かるし、地上と宇宙、両方向から攻め込むしかないの」
作戦案の説明に入るノリコ参謀。
各シャフトの占拠状況と対応する戦力、作戦方法、時間等。
実質には地上軍は当てに出来ない。
国連部隊もほぼ叛乱部隊との戦闘に投入できるか疑わしい。宇宙軍の装甲部隊しか信用できないのだ。
初号機と零号機が合流するリング部分を示していく。
「6時間は休めるわ、シンジ君」
「レイ!!」
エアロック内に入り、プラグアウトして零号機から綾波レイが降りてきたのを見つけて、シンジが床を強く蹴り飛び上がる。
「シンジ!!」
体を捻り、シンジの来る方向へ向き返し、両手を広げて、
「あぐっ!?」
シンジの飛び上がった速度が速かったのか、レイとぶつかった時点で相殺され止まる筈が残った慣性で二人をゆっくりだが
エアロック上面デッキへ進ませていく。
「シンジ」
声と共に軽くシンジの頭を小突く。
「私は大丈夫だから、思いっきりして良かったのに」
言葉とは裏腹にその気遣いを案じているのが態度から滲み出している。
「ごめん、もう二度としたくなかったから」
「判ってるわ」
背中に廻した両手で強く抱き締める。
何も言わないレイの髪をそっと撫でる。
ここには二人しか居ない。
二人の鼓動と吐息のみしか聞こえない世界。
短くて、永遠に続いて欲しい静寂。
抱き締めた華奢な、柔らかな綾波レイの躯。
ライトも少なく、薄暗い世界。
工事用一時施設なのだ。
デッキ上部の底面を蹴り、キャンピングルームへと降りる反動をつける。
「シャワーは?!?」
「一週間分あるよ、でも後から来る人の分もあるから余り使うわけには」
「二人一緒で済ませましょう」
「?」
レイの意外な言葉に意外な表情を隠せないシンジ。
「10年前の私なら考えもしなかったわ」
「それは僕も同じさ」
スーツの実装を解いていく二人。
休憩室の壁面パネルに月からの回線を中継できるように設定を変更。
アクセス経路を指定し、実行。
「ミサトさん、突入案を上げてください。
情報の割り込みは検出できませんが多分、突入案はワッチされないと思います」
「ビームは絞っているから30秒だけ送信、後は解凍して参照して」
「葛城大佐」
「ん、なに、レイ」
「月面でのEVAシリーズの展開状況は」
「まだ突っ立ったままね、向こうもこちらの出方待ちみたい」
「後手、後手、だね。相手が幾ら弱いといっても、EVAだし。
シャフトの周囲は気を使うしね、思う存分、戦えないね」
「弱気!?」
「ううん、シャフトは任せるしかないよ、EVAじゃ壊しちゃうしね。
でも、一人だとカヴァー出来なくても、レイが居るから、大丈夫。早く終わらせて…」
「はい」
(Bパート開始)
突入部隊の先陣と合流し、シャフト外郭部手前23Eブロック内。
「碇シンジ殿ですか」
屈強な装甲服姿の士官が壁面を蹴り、シンジの元に近付いてくる。
「そうですが」
「自分は先遣隊国連第32宇宙軍所属装甲擲弾兵第423UFWのケインツ・バーナード大尉であります。
マリー・フランソワ・グランディス教官から碇夫妻のことは伺っております」
「まだ夫妻ではないよ」
「失礼しました」
まるで怒声のように声を張り上げる大尉に苦笑し、
「形式ばらなくて構いません。僕達は民間人ですし」
「いえ、我々にとりまして御二人は敬愛すべき御方です。
いつも教官からは苦労談を拝聴しております。先の大戦での御活躍、今回の戦闘の手際良さ、感服致しております」
「いや、まあ、いいか。じゃあ、バックアップ手順を説明して下さい」
「はっ。分隊長、碇殿に説明を」
綾波レイは少し下がった所で休んでいた。
少しばかり眩暈がして、シンジから落ち着くまで座っていて、と懇願されたからだ。
「失礼します、スープをお持ちしました」
目を開けると、亜麻色の髪の女性士官が立っていた。
瞳を閉じていたので声をかけようかどうかを戸惑っていたのだろう、
進もうとする足許と戻ろうとする腰がぎごちなさを表していた。
「ありがとう、あなたも突入するの?」
少し冷えかけていたが、心配りが心を熱くした。
「いえ、自分は経験不足のために2次隊として参加します」
「そう、じゃあ」
と、カップを左手に持ち替え、右手を差し出す。
自分と年の変わらない女性士官が、握手したいことを口に出せないのを察したからだ。
「あ、ありがとうございます、月光の姫君に握手して頂き光栄です」
少女のように感動を全身で表現しているのは、レイには為し得ない事だ。
「月光の姫君!?」
「はい、碇婦人を我々は月光の姫君と奉っています」
天頂窓から差込む月光に照らされたレイは、確かにまばゆく輝くように女性士官の眼に映し出されていた。
トリトンブルーの髪、紅い瞳、白磁のような肌、慈しみを湛えた表情。
幻想的な、宗教的な、永遠の時間があるかのような光景に感じられる。
士官の眼差しは少女の憧れにも感じられる。
ばくばくと高まる鼓動を抑えきれないのだろうか、士官の頬は深く紅潮していき、何かを言いたくても言葉に表せない
ようだ。
「そう、有難う」
「突入は!?」
「4本とも地球側からは成功しました。
占拠個所までは到達するのに半日は必要です」
「リング側は!?」
「36箇所の中継施設を押さえられているので多少手間取りそうです。
初号機と零号機の支援で犠牲者は出ていません。これが現在の進行状況ならびに予測到達時間です」
「30日か、意外と手間取るわね」
1日でもいいから早く終えたい、そうしないと−。
ミサトが時間が掛かりすぎる事を懸念する真意をノリコは察したが口には出さなかった。
「被害を最小限に抑えるには仕方がありません」
「初号機、零号機の支援で突入時点での損害が全く出ていませんので」
シミュレートパターンを幾つか同時表示させて行くが、損害状況のヒドゥンパラメータが多すぎることを仕草で示し、
「進行に伴う被害だけですが、なにぶん、補給が追いつきません」
作戦スタッフが補給が持たない事を最大の問題だと告げる。
「管制室・制御室近辺は強襲できても爆破が大規模になるからね」
「落下を防ぐにはこの手段だけか」
「月面は?」
「現在、2本目の奪取部隊が突入したところです。
グランディス隊が居てくれて大助かりですよ」
「第3新東京の状況は?」
「ゼロ・フィールドの頒布状況が大きすぎます。他の箇所の鎮圧が終息しないと、とてもではありませんが近づけません」
西暦2039年3月27日、標準時22時35分。
第3新東京市が光に包まれた。
つづく