第参章:満ち潮の時


(Aパート開始)
西暦2039年3月26日

 南米コロンビア共和国、第3の都市であるカリ。
 4本のシャフトの一つ、南米部シャフト地表基底部接合域を南に控えている事もあって降臨戦争後の
資本と人民、物資の流入により亜米利加地域一大経済特区と化した。太平洋に面した港湾都市である
ブエナベンツーラとも近いことから活況を呈したかつてのエメラルドの大地に今、魑魅魍魎であるEVA
量産機が跋扈していた。
 貧弱な地上部隊はローラーに踏み潰される犬猫のように蹂躙されていった。
「いいわね、シンジ君。画像情報の転送は最新10秒に満たないわ。
 今から5秒後に転送開始、5秒後に斉射、宜しくて?」
「はい、大丈夫です。マッピング行います…はい…合わせます」
 かつて日本国外追放時に国連開発計画局の任務で基底部接合の仕事を行うために数週間ほど滞在
したエメラルドと黄金のかつての都。コンキスタドールに征服された大地が再び白きコンキストドール達に
制圧されている。
 僅かな記憶とイメージを重ね合わせ、射撃官制マッピングをシミュレートする。
「そこ!」
 展開した初号機の光の翼が羽ばたく様にバサッと広がり、幾十幾百の光の鏃が放たれていく。
 ホーミングフェザーが上弦を描くようにほぼ地球の裏側のカリめがけて迸って行く。
 薄暮のカリ、明滅する一等星の煌きが増えた、と感じた瞬間。
 熱帯雨林のスコールのように激しくEVA量産機を光の鏃が撃ちつけて、四散させていく。
 陶器人形が粉砕されるように粉々に跡形も無く、只の肉片に朽ちていく。
 それはほんの数秒の出来事。
「ミ、ミサトさん…」
「シンジ君、攻撃は成功よ。大丈夫?」
「ちょっと、ま…疲れます…よ…、これ」
「じゃあ、ついでに阿弗利加のシャフト基底部への超長距離射撃にいきますか」
「その前に少し、休ませて下さいよ」
「じゃあ、30分後に開始、いいわね」
 日本はどうなっているのだろうか、そう思いながら珊瑚礁が広がる海岸線を見渡すシンジ。

 大地が割れ、元第三新東京市を形作っていた全てが埋没していく。
「とうとう、約束の時は来たか」
 空に誓いの芽は蒔かれ、眠れる鷲達も飛び立っていく。
「碇よ、遅すぎたようだな」

 プラグを中心とした半径100mに突如、釘打つよう叩きつけ屹立していく12枚の巨大なモノリス。
 高層ビルほどの大きさがある。
 モノリス内の空間が歪だし、時間の流れも感覚も飴のように輪郭を失い侵食と融解と剥離をパッチ
ワークのように繰り広げている。
 プラグ内部の膨張に堪えきれずに割れ、蒸気となり、人影が消えていく。
 子供の笑い声が幾重にも重なり、モノリスが共鳴を始める。
 光の渦が空間を切り刻んでいく。
 一瞬、垣間見えるプラグ内に居た人影。
 中心に出現したもの。
 生命の樹。
 伊豆半島が崩壊していく。
 零号機を宇宙に送り出した後、松代に一時待機していた初号機。
 シャフトに取り付くEVAシリーズ撃破の為に昨晩の間にインド洋に飛び発っていた。
 残存していた弐号機も量子崩壊していく。
 核子が次々と触手のようにゲンドウに纏わり付いていく。
冬月、遅かったかもしれん。
 だが、仕組まれていた事だとしても誰かが業を背負わなければならない。
贖罪するには代償が必要だ。無に回帰するのならば、人としての存在すら不要になろう。
生きていこうとするなら甘い果実よりも苦い麦を食べなければならんのだ

「ふふ、私ももう少し早くからくりに気付けばな」
まだ終わりではない。
 父の贖いをお前に任せて済まなかったな、シンジ

 セントラルドグマ構成核子に摂り込まれて融合していくゲンドウ。
「私の死に際はここではなさそうだな」
 ヴォイド転送で月面基地へと飛ばされる冬月。

 太平洋上オービタルシャフトのパールヴァーナティ。
 点在する島嶼は余りにも小さく、基底部接合の基地には為りえてはいない。
 天空から垂らされた蜘蛛の糸のようにそれは手を伸ばせば届く場所にはまだ無いのだ。
 例年になく遅く発生した北半球のミニ台風を遥か下界に見下ろしているだけで、まだここにEVAシリーズは
一つも訪れてはいなかった。
「どうやらここは無事のようですな、警備主任」
 各シャフトの戦闘状況がそれぞれの大型パネルに表示されている。
 モニタ状況は深刻だが、官制室内の雰囲気に深刻さはない。
「そうですな、こいつは最下部でも高度30キロメールありますからな。
 そう簡単には上がって来れませんよ」
「天頂部とリング接続部を警戒していれば済みますからな」
 増援部隊が昨日中に駆けつけているのだ。
「はっは、そうはいきませんよ」
「おい、何を寝言を、と、おい!!」
 警備主任は銃を管理責任課長に向けていた。
 昨日の手際の良さが逆にこの事態を準備していたことをいま、実感する責任課長。
「最後は敵は、同じ人間なのですよ」
 ぱしゅ、と風船からガスが漏れるような音の後、課長は机に崩れた。
To the wolf in the North Pole from the tiger on the southern seas、As long as it begins a control、Over!!
(南海の虎より北極の狼へ、これより制圧にかかる、以上)

(Bパート開始)
 国連事務総長、ジャンカルロ・アゴスチーニ回顧禄より(声:家弓家正)
「人類が道具と火を手にした時、もう後戻り出来ない道を進むしかなかった。
 今また我々は新しい道具と火を手にしてしまった。
 闇を恐れ、恐れを克服するために、克服する対象を得るために人類の歴史、人類の版図は広がり、蓄積されてきた。
 暖かな大地を追われた大型哺乳類は刈り尽くされるのを待つしかなかった。

 だが、凍える母為る地球が我々を試す為に与えたもうたリングとEVA。
 見上げるシャフトに希望し、切望し、そして絶望した。
 先達なるものはそれを厳冬の後に訪れる春の大地を夢見たのか。
 それとも終わりの始まりだったのか。
 あの時、もう既に繁栄の満ち潮であったのか、奈落への引き潮であったのか、
 やはり、我々は波の向きを知るまで分からなかったのだ」

 4本のシャフトでは続けて占拠が始まっていた。
 陸上と接していた3本では数時間で占拠は完了していた。
 そして接合部は切り離され、高度を20Kmまでに上げて、掃討部隊の侵入を防いでいた。
 出遅れた事は否めない。
 だが未だ気付いたものは少なかった。占拠の手際が良すぎることを。事前に周到に計画されていたシャフト占拠を。

 まるで大昔の帆船が荒波に軋むような音が響いてきた。
「何、この音」
 心を不安にさせるような不気味な音に仮眠の時間が破られた。
「動こうとしている」
 レイが高く高く拭き抜けられた外周部への搬出入経路を見上げながら呟く。
「確かに、微かだけど、震えている」
 壁に額と両手を付け、感覚を3点に集中させる、すると、
 グゥゥゥッゥゥゥッゥ、ギィィィィ、と巨大な質量が動くことから捩れる音が僅かだが伝わってくるのが確認できる。
 外郭部が静止軌道上での誤差を修正するパルス震動とは違う、別種のもの、内部でもなく、リング全体が動こうとして
いる音だ。
 まるで地震の揺れの様に。
「まだまだ隠されている秘密が起動されたのだわ」
 実際、リング及びシャフトの構造上の機能の1%も解明されていない。
 発掘と解析、そして情報の強制的な伝達から30年近いというのに。
「外に出たほうがいいわ」
 インカムを切り替え、月面基地を呼び出す。
「レイ、どうしたの?」
 月への経路の途中、要請された異常信号の調査でリングに立ち寄ったのだ。

 月面標準時間、26日、午前8時20分。

 月面裏とを結ぶリングの中間、無人のシャフト。

「現時刻、地球方面に向かって東部、今見えてきていると思うけれど…、」
 ミサトが情報ウィンドウを次々に重ね、
「そのシャフト近辺にEVAシリーズが確認されの。補足・殲滅急いでね」
 月ではモニターに見える地平線までは僅か6kmの距離でしかない。
 青竹色に反射する月の大地。
 伸び上がるシャフト。
「…」
 手前12キロだが、周囲にEVAシリーズは観測されない。
 NULL表示を続けるレーダー。しかし、
「どこ!?」
 不意に空間転移してくるEVAシリーズ。
 EVAに転移能力?具備されているとは知らされていない。
 初号機ですら只一度しか行わなかった現象をEVAシリーズが行っている。
「違う、このEVAシリーズは作られたものでは」
 一体、また一体と零号機を押え込もうと取付いて来る。
 EVAシリーズ自体にヴォイド転送や位相反転の能力は無い筈だ。
 羽交い締めにされ、翼を展開できない。
 初号機のレイのシンクロモニタが警戒表示に遷移する。
 綾波に何か危険が迫っている、それを察知できるのに−と歯痒いシンジ。
 データリンクを月面基地から半分を零号機に切り替えようとするがリンクが確立出来ない。
「ミサトさんっ!」
 経由情報で零号機の状態が初号機のモニタからシンクロで直接イメージに反映されて来た、しかし。
 数瞬の躊躇が状況を不利にしていく。
「レイ!!」
 ホーミングフェザーを月面まで撃ち込む事自体は可能だし、EVAシリーズを撃滅も出来よう。
 但し、零号機を巻き込む危険性がある。
 この離れた距離が行動を制約してしまうことが恨めしい。
 どうすれば援護が出来るのか、逡巡が堂堂巡りにしかならない。
「どうする、どうする」
 レイ自身もシンジの気兼ねが気に掛かり、思いきった行動に出られない。
 ロンギヌスの槍を奪取されてしまう、その時、
「こんなん躊躇するもんやないで、まったく」
 聞き覚えの有る懐かしい口調がレシーバーに響く。
 零号機の眼前を黒い機体が横切り、一体のEVAシリーズを張倒す。

つづく


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