第弐章:無慈悲な女王のような月影
(Aパート)
地球上の4本のオービタルシャフト。
その内、1本はインド洋モーリシャス諸島近くに屹立していた。
現在、稼働率の最も高いシャフト、通称:イルヴァーナ。
遺跡の宇宙船にも近いことからシャフト基底部へのアクセス環境の整備に重点がおかれていた。
この時期、最も月面のリングとシャフトに近いシャフトである。
「警戒警報、周囲60km圏内に未確認反応。
24機のAMH-3-BHT(EVA専用長距離輸送機の正式名称)ブーメランが急速接近中」
「輸送計画には含まれていないな。所属は?」
「IFFに反応無し。退去コードのみを送信してきています」
地表部官制室内に緊張が走る。
「攻撃?するつもりか」
「警備部隊にデフコン体制発令、対空防御へ遷移せよ」
サイレンが鳴り渡り、非常灯が紅い光を点滅させていく。
「しかし、所長、相手はEVAを搭載している可能性が」
「EVAは第3東京にしかない、まさか、噂の?」
「ブーメランから大型積載物が投下されました」
ブーメラン胴体腹部から次々と巨大な人型が降ろされていく。
「あれは」
「量産機!?」
「生産中止になったのではなかったのか」
「だめです、来ます!!」
ぐんぐん迫り来るEVAシリーズ。
モニター一杯にその姿が映し出される。
やられる、と管制室全員が考えた刹那、光弾に吹き飛ばされていく。
「遅くなって済みません」
「あなたは?」
「こちらは国連宇宙軍所属、Nノーチラス艦長、アドミラル・ネモ。
全艦を上げて貴殿を守備する」
「了解しました」
艦橋内、帽子を被り直し、
「遊弋する手前の6体の量産機にホーミングレーザー。
周回散在する残り18体の量産機へはプロトン魚雷を使用する。
機関4速、主翼を展開、近接する機体にのみ主砲を撃て。
量産機といえどもATフィールドは侮れんぞ。
斉射、開始!」
両翼端から雲を牽きながら主砲を轟かせる。
リニアドライブで円弧を描くが、飛び去った跡には乱流が竜巻を起す程に
激しく機動を繰り広げる。
「主任、管区内の駐留軍から支援の連絡が来ています」
集結を始める装甲兵の挺団達。
「ノリコ参謀、接続されている各データリンクの衛星回線が次々と遮断されていきます」
接続状況のディスプレイから次々と表示が消えていく。
「変ね、宇宙軍の回線はバックアップも含めて6つあるのよ」
リンク状態は何れもが正常切断されていることを示している。
「緊急用の回線(民間用に偽装された回線)を開いて」
「それと軍用のをクラッキングして」
モニタ上に別の色で軍用回線が表示され、クラッキング出来次第赤色に変化して行く。
「文句が来ても応答の必要はないわ、知らぬ存ぜぬを繰り返してね」
ノリコが手許の受話器を取り、
「グランディスの応援が必要になるかもしれないわね、ミサト」
夕闇の迫る箱根地域。
「シンジ君」
「はい、ミサトさん。こちらは数が多くて手間取っています」
「ですから、一気に全周囲攻撃で二号機のコピーを殲滅、次いで即時に
量産機へのヘッドブームを行います」
地図上に状況を転写、各勢力の分布図を描いて初号機と零号機による
作戦プランを説明していくレイ。
「全周囲攻撃は弐号機をそれぞれ8つのグループに分別し、連携を遮断、
続いて機動・収束・撃滅の動作を繰り返します。経路はこの順です」
シンジは戦闘経路を指し示す。
「でも、何か他に情報が?
「そっちは陽動よ。各地シャフトをEVAシリーズが襲撃しだしたの。
月面も裏で不審な動きが観測されているの。
零号機だけでもこちらに上げられないかしら」
「しかし、移動手段が」
本来なら初号機、零号機ともにシャフト経由で月面に移送する手筈だったのだ。
現在の地球にはNノーチラスを除いてエヴァを宇宙空間に輸送出来る能力を有する道具はシャフトしかない。
「レイ、飛べるわね」
「…」
「初号機が自力で重力突破出来るのだから、零号機も出来るはずよ」
最終使徒への戦闘時に零号機を利用して武装した初号機は自力で大気圏を離脱したのだ。
だが、その時はシンジとレイが二人で初号機に搭乗し、シンクロ率も驚異的な900%に達していた。
「レイ、出来るのかい!?」
「シンジ君、飛べると思うの。今は、今はきっと私も飛べるわ」
背中に広げられた12枚の翼で天空へと駆け上がれる初号機。
あの時、零号機も翼を広げられた。
そして、帰ってきたのだ。
二人で生きていく為に。
手を共に携えることを誓ったとき、二体のEVAは大空に舞った。
全てを終る為に零号機は初号機を押し上げ、リモート制御のまま第参東京に落下した。
全てを始める為に初号機は二人を乗せて宇宙へと飛び発った。
あれから5年、レイは翼を持っている、その想いが零号機も飛べると確信する。
無言で頷くシンジ。
「ということは、あのクソジジイの相手をする訳にはいけないな」
「とりあえず、シンジ君はそこで牽制していて。
時機を見てレイは月へ」
「提督、これではいくら撃っても埒がありません」
大破させながらも行動不能には出来ず、撃滅に時間が食われていく。
「腐ってもEVAか、EVAにはEVAでしか対抗できないからな」
Nノーチラスを翻弄するようにEVAシリーズが周囲を乱舞している。
被弾を避けるように飛行するが、的としては巨大なだけに損傷は免れられない。
「提督、通信が入っています」
「こんな時に、どこからだ」
「私だ」
「冬月教授、御無事でしたか」
「私は何とかな。シャフトのEVAシリーズは無視して構わない。
目的は別だからな、それよりお願いがあるんだ、いいかね」
対戦状況が五分五分な現状を見て、この場に踏み止まりたく、ネモは
「しかし、これらを壊されると地球は」
「ゲンドウは壊すつもりだったが、黒幕は別でな」
だった、とはどういう意味なのか?ネモは反芻する。
「そう急に言われましても」
「彼を宇宙に上げてもらいたい」
ウィンドウが切り替わり、ある男が映し出された。
「君は!?
分かりました。
どうやら大変な裏がありそうですな」
一旦、後退し、肩に零号機を乗せ、今まさに飛び上がらんと翼を広げる初号機。
立ちはだかる敵体を張り手で肉片に変えていく。
力量の差は圧巻だが、多勢に無勢、無駄に時間ばかりが過ぎていく。
「いくよ」
打ち羽ばたき、弾き飛ばされたように天空へと駆け上がっていく。
衝撃波が雲散霧消させ、上昇気流を巻き起こす。
大地から天空へと打ち上げられる回廊のようにプラズマが両機体を取り巻く。
モニター越しに互いを見詰める二人。
レイの左手がシンジを写すモニターに手を当てる。
シンジも映されたレイの手に右手を添える。
既に高度は14万メートルを越えている。
光輝く4枚の翼が零号機の背中から伸びていく。
月を見据え、
「行ってきます」
「ああ」
槍を手に持ち、羽ばたく零号機。
「そう、それでいい。全てはこれからだ」
プラグ前で高笑いをするゲンドウ。
手元にはシンジ達の状況が表されている。
コポッ、コポッ、とプラグ内で息をする人影。
「約束の時は来れり、か、碇」
「冬月、遅かったな」
陥没していた大地が震動し出した。
地鳴りが雷鳴の如く山々にこだまし、地崩れが第三新東京市を包み出していく。
つづく