シルフィス恋物語
 
 広場
 
 
眠り
その4
 
 
「私が側にいることにきみが慣れるまで、
2、3日ほど待った方がいいと思うんだ」
シルフィスの問いかけるようなまなざしを受けて、
セイリオスは繰り返した。
それでも、シルフィスはまだ、自分が解放されたことをわかっていないようだった。
セイリオスは気が変わらないうちに、急いで彼女から離れた。
そうでもしないと、前言を撤回しそうだった。
 
 
 
 
  
 
眠り
その5
 
 
 
「私のせいですね」
しばらくしてから、シルフィスがようやく口を開いた。
「慣れていないので、こんなとき、どうすればいいかわからなくて……」
この前、ファーストキスをしたばかりの恋人が、
2週間会わないうちに、キスの達人になっていたら、
その方が、セイリオスは気を悪くするだろうに、
シルフィスは思いつめた表情で、膝の上で拳を握りしめている。
「きみは悪くない。私が急かしすぎたのだろう。
きみはここにいてくれるだけでいいんだ。
そのうち、じっくりと、ひとつひとつ教えてあげるからね」
「そんな……」
セイリオスが思わせぶりに笑ってみせると、
シルフィスは真っ赤になってうつむいた。
「さて、風呂に行こうかな」
新品の洗面器を手を伸ばしながら、セイリオスは立ち上がった。
「この部屋には風呂がついてないんだ。
歩いて5分くらいのところに銭湯があるんだが、きみはどうする?」
セイリオスはシルフィスと一緒に行きたかった。
湯上がりのシルフィスと並んで、この部屋に帰ってくるのが楽しみの一つだった。
しかし、シルフィスは首を振った。
「学校でシャワーを浴びてきました」
「では、私だけ行ってこよう」
落胆した様子を表に出さずに、セイリオスは言った。
なにしろ、これから何度も、通うことになるのだ。
「鍵を持っていくから、眠かったら先に休んでいいんだよ。
布団の敷き方はわかるかい?」
「はい。北と西がダメなんですよね」
「窓側に枕を置くといい」
「わかりました。では、あの……」
シルフィスは恥ずかしそうに小さな声で言った。
「いってらっしゃい、セイル」
あまりにも初々しい姿に、セイリオスは息が止まる思いがした。
「行ってくる。なるべく早く戻るよ」
それはただの決まり文句ではなく、本心だった。
セイリオスは部屋を出るなり、風呂屋に向かって走りはじめたのである。
 
 
 
 
 
眠り
その6
 
「私のせいじゃない、とおっしゃってくださったけど、どう考えても、雰囲気を壊したのは私だ」
部屋に残ったシルフィスは、ひとり、考えこんでいた。
だが、いくら思い返してみても、何がいけなかったのか、さっぱりわからない。
拒絶するような素振りを見せた覚えがないのだ。
キスを求めるような気配を感じたので、きちんと目をつぶった。
過去のごくわずかな経験から考えると、セイリオスのほうから唇に触れてくるだった。
が、いくら待っても、唇が合わさることはなく、それどころか、セイリオスは途中でやめてしまった。
「積極的すぎたのかもしれないな」
布団を敷きながら、シルフィスはつぶやいた。
「キスをして欲しい、とせがんだように見えたのかもしれない。
あまりに積極的だと、男の人は気持ちが萎えると聞いたこともあるし……」
女友達に吹き込まれた知識をなんとか寄せ集めて導いた答えは、真実からかなり脱線していたが、シルフィスにはもっとも納得のいくものだった。
「恋は駆け引きが肝心と言うし、ちょっとじらした方がいいのかな」
2組の布団を並べて敷いた後、シルフィスは枕を膝の上に置いて、ぽんぽんとたたいた。
「今夜からセイルと2人か……」
ひょっとしたら、同棲は早すぎたかもしれない。
学業の途中でして良いことではなかったかもしれない。
さまざまな不安がシルフィスの心によぎる。
独り言も、緊張をほぐすためだ。
けれど、どんなに不安でも、後戻りしようとは思わない。
「セイル……早く帰ってきてください」
考えすぎて疲れたシルフィスは、ついに考えるのをやめた。
初めて触れる蕎麦がらの枕に、金髪の頭をこすりつけ、やがて眠りに落ちていった。
 
【小牧】
AQシルツーに恋人がいることに、最近になって気づきました。
AQ殿下じゃなく、保護区に来る前からつきあっている彼氏。
いえ、考えてみたら当たり前だったんだけど、
養女にした際、ちゃんと引き離したつもりだったんです。
移籍くらいで、セイリオス族からシルフィスを隔離できるはずもなかったのに……。
私って、シルフィス保護官に向いてないのでしょうか。
 
 
 
 
 
 
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