| 眠り |
![]() |
|
|
夏休みの前日、ついに、シルフィスが引っ越してきた。 セイリオスは、秘書のアイシュに強引に午後のスケジュールを空けさせ、 彼女を出迎えた。 「荷物はこれだけかい?」 シルフィスが持ってきたのは、ダンボール箱ひとつだけだった。 ほんの数日の旅行にも、スーツケースを二つも三つも持っていく、 セイリオスの妹に比べると、驚くべき少なさだ。 「制服はクリーニングに出しましたし、 合宿中、部活に使う物は部室に置いてありますが、 それを除けば、これが私の全財産です」 シルフィスは冗談めかして言って、申し訳なさそうにつけたす。 「前の部屋で使っていた家具や電化製品は、下宿屋の備品だったんです」 「たいした問題ではないよ。必要なものがあれば買えばいいし、 この先、長く使うことを考えたら、自分で好きな物を選ぶ方がいいだろう?」 「はい」 シルフィスは嬉しそうに笑って、ダンボール箱から荷物を出しはじめた。 2人の間に満ちたりた空気が流れ、6畳のアパートに広がっていった。 【小牧】
|
| 眠り
その2 |
荷物は少なかったが、片づけはなかなか終わらなかった。
シルフィスが、引き出しひとつを空けるのにも、いちいち、セイリオスの顔を見たからだ。 「見られたくない物や大事な書類はありませんか?」 初々しいシルフィスに、セイリオスは思わず、にやりとした。 「ないよ。今日から、ここはきみの家なんだから、遠慮せずに好きなように使っていいんだよ」 普段から、セイリオスはこの部屋をほとんど使っていなかったが、シルフィスが引っ越してくることが決まってすぐに、業者に依頼し改装させた。 畳の入れ替えはもちろんのこと、エアコンや冷蔵庫などの電化製品もすべて買いそろえたのだが、その際、もともと置いてあった荷物の運び出しや、不用品の処分、改築後の荷物の収納などを、すべて他人任せにしたので、彼自身、どこに何があるのか、わかっていなかった。 「小さな押し入れなのに、まだ余裕がありますね」 荷物をしまい終わったシルフィスは、困惑したようだった。 「お互い、持ち物を増やす必要がありそうだね」 「まだいいです。そのうち余裕ができてからで……」 不思議なくらい、シルフィスはセイリオスの経済力を理解していなかった。 会社がビルを建てるのに銀行から借金をしていると聞いたのが、誤解の原因だ。 ことあるごとに、お金を使うセイリオスは、シルフィスから見れば、ただの浪費家だった。 「ですが、私もちょっとだけ、無駄遣いをしてしまいました」 シルフィスは、箱の中から湯飲みを2つ取り出して、照れたように笑った。 「おそろいの……湯飲みです」 恥ずかしくて夫婦茶碗とは言えなかったらしい。 「ここに書いてある文字は異国語で、それぞれ、私たちの名前が書いてあるそうですよ」 「ほぉ。珍しい湯飲みだね。で、どっちが私のなんだい?」 「こっちです」 シルフィスが差しだした湯飲みには、「生」と書いてあった。 「この1文字で、せい、と読むそうですよ。私の方は、しる、という文字だそうです」 もう一方の湯飲みに書いてある「知」という形の文字を、セイリオスはまじまじと見つめた。 「きみのほうが画数が多くて、判別できそうだね。大事に使わせてもらうよ」 「さっそく、お茶でも淹れましょうか」 「いや、それより……」 セイリオスは、立ち上がりかけたシルフィスの腕をつかんだ。 「形のある贈り物も嬉しいが、きみからは形のないものの方が嬉しいな」 「セイル……」 唐突に濃密になった空気を感じとったかのように、シルフィスは頬を赤らめた。 セイリオスは小さな肩にそっと手を置いて、彼女を引き寄せた。 ほぼ3週間ぶりの触れあいだった。 【小牧】 一昨日は、セイリオスの誕生日でした。 恋物語での、セイリオスの誕生日ネタと日付を合わせるつもりだったのですが、 いつもながら、間に合いませんでした。 本当なら、とっくに一線を越えている予定でしたのに。 両想いになってから、更新が滞り始めたのは、 精神的な影響もあるのかしら(汗)? |
| 眠り
その3 |
彼女と出会って以来、彼女のことを考えない日はなかった。
艶めかしい夢を見たこともあった。 柔らかな唇を知ってからは、仕事中にその感触を思い出し、にやけた顔を書類で隠したこともたびたびだった。(マジかよ) しかし、そうした我慢の日々は、もう少しで終わる……はずだった。 セイリオスはシルフィスと二人きりになったとき、理性を抑えられる自信はなかった。 彼女が荷物を解くか解かないかのうちに、手を出すつもりはなかったが、 良い雰囲気になったら、シルフィスの気持ちがどうでも、そのまま先に進んでしまうだろう、と予想していた。 だが、いざ、そういう場面になると、 シルフィスは想像以上に、幼かった。 セイリオスが引き寄せると、シルフィスは身をこわばらせ、まぶたをぎゅっと閉じた。 ただのキスではないことを、しっかりと自覚しているのは確かだ。 彼女の緊張が伝わってくる。 期待よりも不安、欲望よりも恐怖が勝っているのだ。 ここまで体が硬いと、初めての経験を台無しにする可能性が高い。 ましてや、セイリオスは我慢に我慢を重ねてきていただけに、欲求の最大値が新記録更新中なのである。 「シルフィス……」 思ってもみないことだったが、セイリオスはいったん退却を決意した。 「シルフィス、無理をしなくてもいいんだよ」 「だ、大丈夫です」 健気なシルフィスの言葉を聞くと、いっそう、彼女の純潔を奪うことに気が引けた。 「いや、もうしばらく様子を見よう」 セイリオスは、シルフィスから手を離した。 【小牧】 予告と大幅に違ってしまったことにお詫び申し上げます。 (予告通りの展開を期待した人はいないでしょうけど……(汗)) |