| ダブルデート
その4 |
| カラオケで──とくに、セイリオスの歌で──おおいに盛り上がった一行は
行列のできていたラーメン屋で、30分待って名物のクラインラーメンを食べた後、 夜の繁華街を駅に向かっていた。 シルフィスたちが先に歩き、その少し後ろを、セイリオスとレオニスが並んで、ついていっている。 「レオニス、つれの中に、食べ終わっていない者がいるのに、 先に勘定場に行くのは卑怯だぞ」 ラーメン屋で、レオニスに先を越されて、不本意にもおごられてしまったセイリオスは、 少しばかり不機嫌だった。 レオニスはにやりとした。 「御曹司、そういうことは経験と勘がものをいうのです」 「私の分だけでも、受け取ってくれないか」 セイリオスがなおも食い下がると、レオニスはため息をつく。 「カラオケ代はあなたが出したでしょう」 「いいんだ。あれは。 きみはほとんどいなかったし、私がもっとも楽しんだのだから」 VIPルームを5時間も占拠し、食べ物や飲み物をふんだんに注文した代金は、 有名歌手のディナーショー並になったが、 シルフィスたちの歌には、それ以上の価値があると、セイリオスは思っていた。 「そうだとしても……」 レオニスは横目で、セイリオスの反応を伺いながら、おもむろに続けた。 「あなたが、私の妻のいとこと結婚すれば、我々は親戚です。 親戚づきあいでは、こういう機会は何度もあるでしょう」 「親戚……」 「そうです。ですから、遠慮は無用です。 私のことを、実の兄と思ってくださってかまいません」 となると、セイリオスは弟ということになる。 セイリオスには、レオニスを兄と呼ぶ自信がなかった。 「そ、そうだね。その件は少し考えさせてくれるかい」 「はい。しかし、シルフィスたちのために、 なるべく、気持ちの良い親戚づきあいをするようにしませんと」 「あ、ああ、そうだね」 セイリオスの歩調は乱れていた。わずかに、よろけてもいるようだ。 レオニスは口元に手をあてて、吹き出しそうになるのをなんとかこらえていた。 「わっ。見て。これ、かわいい!」 ふいに、シルフィスたちの声が聞こえた。 |
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| 彼女たちは、露店の前に立ち止まって、
ペンダントや指輪などのアクセサリーを熱心に眺めていた。 セイリオスは足早に近づき、婚約者に声をかける。 「シルフィス、欲しいのなら、ちゃんとした宝石店に……」 そのとき、レオニスがセイリオスの肩に手を置いて、言葉を遮った。 【小牧】 クラインラーメンって、どんなでしょう? アイデア募集中(笑)。 |
| ダブルデート
その5 |
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「レオニス?」 セイリオスが肩にかかった手のひらの重みに驚いて振り返ると、 レオニスは引き止めるように、首を横に振った。 「御曹司、あのくらいの年の娘は、高価な宝石ひとつよりも、 あの手の気軽に身につけられる装飾品を、いくらでもほしがるものです」 「そうなのかい?」 「はい。彼女たちが行くような映画館や遊園地 ……今日のような、カラオケボックスやラーメン店などでは ダイヤモンドのピアスやエメラルドのネックレスは目立つうえに、 防犯上、問題があります」 「なるほど」 レオニスはセイリオスから離れると、今度は自分の妻の側に行って肩を抱いた。 「気に入った物があれば、買いなさい」 クレベール夫人は戸惑ったように目を見開き、あわてて手と首を振った。 「そんなつもりで見ていたわけではないんです」 遠慮は、カストリーズ一族共通の習慣であるようだ。 セイリオスの婚約者も、プレゼントをなかなか受け取ろうとしない。 告白の後に、宝石店に引っぱっていったときも、 彼女は高価な宝飾品を受け取るのを拒み、 恋人になった記念として、おそろいの品を持ちたいと説得して、 ようやく銀のペンダントを選ばせたのだった。 レオニスも妻の説得にかかった。 しかし、その手際良さはセイリオスとは段違いだった。 「このところ、骨董品の仕入れがあって、お前に店を任せてばかりいる。 欲しい物の一つや二つ、買う資格はあるぞ」 「そうですか。じゃあ……ひとつだけ」 言葉とは裏腹に、クレベール夫人は嬉々として、アクセサリーの物色をはじめた。 ここで黙っていられるようなセイリオスではない。 当然のように、便乗を狙う。 「シルフィス、よかったら、きみも好きな物を……」 「いいえ」 シルフィスはセイリオスの行動を読んでいたようで、即座に断った。 「私は店番をしたわけではありませんし、いただく理由はありません」 「いや、2週間も、きみをほっておいたわけだし……」 「仕事だったんですから、仕方ありません。 私はちゃんと理解しています。ですから、何も買っていただかなくてもいいんです」 「だったら、新しい家が見つかった記念ということではどうかな?」 「引っ越しは、いろいろと物いりなんです。余計に無駄遣いなんかできないでしょう?」 「いや、しかしだね……」 セイリオスがなんとか理由を見つけだそうと、頭をしぼっていると、 間近で、わざとらしい咳払いが聞こえた。 「シルフィス、受け取ってあげなさい」 見かねたレオニスからの支援だった。 「ですが、レオニスコーチ。私は……」 「恋人になったばかりで、お前に何か買いたくて、仕方ないのだろう。 素直に受け取って、喜ばせてやれ」 「……はい」 シルフィスはためらいがちに頷いた。 「そうですね。わかりました」 続いて、セイリオスに振り返る。 「私、強情すぎました。ごめんなさい。 でも、今回だけですからね。 おごられてばかりいるというのも、肩身が狭いんですから」 「わかった。私も気が利かなかったようだ」 クレベール夫人と並んで、アクセサリーを選びはじめたシルフィスの背中を見て、 セイリオスは小さくため息をついた。 あまりにも自分がふがいなくて、今度ばかりはレオニスに嫉妬する気にもなれない。 「あの子たちは、買ってやれば何でも喜ぶ、そのへんの女性とは違います」 同情した声で、レオニスが言う。 「贈り物を受け取ってもらうには、コツがあるんです。 私も、慣れるまでは何度も妻を怒らせましたよ」 苦笑いしながら、失敗談を話すレオニスに、 セイリオスは意外にも、親近感をおぼえた。 「だろうね。私のシルフィスも頑固でね」 「そうでしょう。この件に関しては、私の方がいくぶん先輩ですから、 よろしければ、コツを伝授いたしましょうか」 「レオニス。本当にかまわないのかい」 「はい。遠慮は無用と言ったはずです。 私は、弟に優しい兄になろうと努めておりますので」 セイリオスが言葉につまって固まると、レオニスはなぜか、顔を背けた。 手を当てて隠しているが、その口元が笑いをこらえてゆがんでいるのは、 傍目にもあきらかだった。 【小牧】
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| ダブルデート
その6 |
「セイリオスさんとレオって、気が合うみたいですね」クレベール夫人が嬉しい驚きに声を弾ませて、シルフィスに耳打ちした。
真剣にブレスレットを選んでいたシルフィスは、手を休めて、セイリオスの方に視線を向ける。 「本当! コーチがあんなふうに笑うなんて」 クレベール夫人には、それがたんなる笑いではなく、人の悪い笑みの部類に入ることを知っていたが、肩をすくめてごまかした。 「レオはお堅いと思われがちですが、気に入った相手には冗談も言いますからね」 「コーチがセイルを気に入ったの?」 「たぶん。私も、セイリオスさんは良い人だと思いますし……」 クレベール夫人は、シルフィスがホッとした表情をしたので、言葉を切った。 数年前、学校を中退し、レオニスの喫茶店に押しかけたときの彼女自身と、重なるものがあったのだ。 レオニスに喜んでもらえるものとばかり思っていたのに、逆に、一言の相談もなく学校をやめた軽率さをひどくしかられ、たっぷり1週間は落ち込んだ。 その後、レオニスの支援で、学生結婚が認められている専門学校に入り、喫茶店経営に関する知識を身につけることになったのだが、そんな幸運がどこにでも転がっているなどとは考えていない。 復学できるとは期待していなかったし、レオニスとの結婚はもっと遠い話だった。 それどころか、アンヘル村への強制送還の恐れもあった。 シルフィスは、いま、そのときの彼女と同じ不安を抱えているにはずだ。 「シルフィス……本当に、彼と一緒に住むの?」 愛称ではなく、わざわざ本名を呼んだ。 真剣な話であることを伝えるためだった。 だが、シルフィスの表情は、少しも変わらなかった。 多数のアクセサリーの中から、ブレスレットをひとつ手に取り、熱心に眺めている。 やがて、ぽつりとつぶやいた。 「ええ」 クレベール夫人にはその短い返事で十分だった。 婚約直後のデートに無理矢理ついてきたのは、交際を反対するためではない。 応援し、支えるためだ。 「幸せにね。だけど、困ったことがあったら、うちに来て」 「ありがと」 夜の町はふけていく。
【小牧】
さて、次回はいよいよお引っ越し。 |