シルフィス恋物語
 
 広場
 
 
ダブルデート
その1
 
生まれて初めて求婚をした、その日の夜、セイリオスは生まれて初めて……カラオケボックスに連れていかれた。
名だたる名家の出身である彼としては、最愛の婚約者と二人きりで、美しい夜景の見える豪華なレストランで祝杯をあげるつもりでいた。ところが、喫茶店を出ようとしたとき、婚約を知ったクレベール夫人が、みんなで派手に祝いをしようと、言いだした。
彼の婚約者は、一も二もなく賛成し、彼自身も同意せざるをえなかった。
そして、若い彼女たちの要望を受けて、やってきたのがカラオケボックスである。
確かに、派手な祝宴だった。
ただし、派手なのは騒ぎ方ではなく、女性ふたりの姿である。
美少女コンテストに出場すれば、間違いなく優勝を争いそうな少女たちが、若々しい体をリズミカルに動かしながら、ノリノリで歌っている。
照明やミラーボールの効果もあって、テレビの歌番組に勝るとも劣らない華々しさだ。
ステージが設置された大部屋を借りたのは、カラオケボックスの個室を初めて見たセイリオスが、座ったまま身動きが取れない部屋では息がつまる、と主張したためである。
少女2人は最初こそ渋い顔をしたが、ステージを見たとたん、大喜びで歌いだした。
セイリオスも歌うように言われたが、彼はやんわりと断った。見ているだけでこのうえなく楽しいのに、自身で歌う気にはなれなかった。
そう、彼はカラオケという娯楽が、とんでもなく気に入ってしまっていた。
飲み物を運んできた店員が、双子にしか見えないブロンドの美少女を歌わせて、ソファーでふんぞり返って鑑賞しているセイリオスを見て、どう思ったかはわからない。
しかし、数分おきに、店員がかわるがわる、廊下に面した小窓から室内を覗くのは、気のせいではなかった。
そして、時計が21時を回った頃、黒髪の大男が大部屋にずかずかと入ってきた。
「レオーっ!」
ステージで手を挙げたのは、美少女の片割れである。
無論、セイリオスの婚約者ではない。
セイリオスは目を丸くして、レオニスがステージに引っぱられていくのを見ていた。
彼が来ることを知らされていなかったのだ。
だが、彼らが夫婦であることを考えれば、当然のことであった。
「レオ、駆けつけ1曲、歌ってください」
レオニスの妻が慣れた手つきで、曲をセットする。
「いつもの曲でいいですよね」
歌うのか!?
セイリオスは仰天して、ソファーから腰を浮かした。
しかも、クレベール夫人の態度から察するに、レオニスもまた、カラオケボックスの常連であるらしい。
婚約者がステージから降りてきて、セイリオスの隣に座った。
「のどが乾きました」
彼女はアイスティに口をつけた。
驚いていないところを見ると、彼女もまた、レオニスの歌を聴いたことがあるようだ。
セイリオスはソファーに座り直して、婚約者の肩に腕をまわした。
曲のイントロが流れてくる。
レオニスはステージに戸惑っているようだったが、肩幅に脚を開き、直立不動の姿勢で歌いだした。
 
【小牧】
ああー楽しいです。やめられません。
そろそろ同人誌に着手しなければなりませんし、アンケートの要望に添って、
執筆しようと思っていますのに。
次回はレオニスの晴れ舞台をご覧ください。
もちろん、セイリオスにも犠牲になってもらいますよ(笑)。お楽しみに。
 
 
 
 
  
 
ダブルデート
その2
 
  人生いろいろあるものだが、セイリオスはまさかレオニスの歌を聴くことになるとは思ってもいなかった。
父の会社で一緒に働いていた頃のレオニスは、目立つことが嫌いな男だった。パーティのスピーチですら、よほどの理由がない限り断っていた。
だから、てっきり芸能関係にも疎いにちがいない、と決めつけていたのだが、意外にも、レオニスが選曲したのは、最新の流行歌だった。
しかも、テンポが速く、明るい曲を、楽々と歌いこなしている。
もともと深みのある声質なので、なかなかのうまさだ。
もっとも、この選曲は彼の妻が影響していると思われる。
彼の妻は、夫のそばで、すっかり聞き惚れていた。
 
ふと、セイリオスが隣を見ると、彼の婚約者はドリンクのメニューを広げていた。
「コーチ、飲み物は?」
間奏に入ってまもなく、シルフィスが尋ねた。
「白ワインを」
歌っている最中だったが、レオニスはメニューも見ずに慣れた様子で答えた。
シルフィスは席を立つと、電話に向かった。
 
「まさか、こんなところで同席することになるとはね」
セイリオスは、歌い終わってステージを降りたレオニスに話しかけた。
レオニスは喫茶店にいるときとは違い、リラックスした様子で、ソファーにどっかりと腰を落とした。
「自分も、御曹司に歌を聴いていただく機会があるとは思いませんでした」
レオニスがセイリオスのことを御曹司と呼ぶのは、会社勤めをしていた頃、正式社員ではない子供の彼を、親しみをこめて、社員みんながそう呼んでいた名残である。
また、子供であっても、セイリオスの方が何年か先輩であったので、未だに敬語を使っている。
「さっきの曲は、奥さんの好みなのかい?」
「それもありますが、喫茶店でBGMとして流れていますので、自然に覚えるのです」
なるほど、とセイリオスは頷いた。
 
「セイルは歌わないのですか」
隣の席に戻ってきたシルフィスが、ねだるようにセイリオスを見つめた。
レオニスも歌ったのだから、断る理由はなかったが、あいにくセイリオスが日頃、聴いている曲は、カラオケのリストには載っていなかった。
アカペラ(無伴奏)で歌えないこともないが、雰囲気に合っていないことくらいは、セイリオスにもわかった。
「残念ながら、こういう曲はあまり詳しくないんだ。
レオニスがさっき歌っていた曲だったら、なんとかなりそうだが、同じ曲を続けて歌うのはマナー違反だろうか?」
「そんなことはありません。そうですよね、コーチ?」
シルフィスはすばやく否定し、レオニスの顔を見た。
「そうだな」
レオニスは大きくうなずいた。
「どうぞ歌ってください、御曹司」
「ああ、では……いや、椅子に座ったままでいいよ」
歌うのを承諾するやいなや、シルフィスがステージに引っぱっていこうとするのを、セイリオスはさりげなく拒否した。
しかし、クレベール夫人が持ってきたマイクは、しぶしぶながらも受け取るしかなかった。
部屋にいる3人が3人とも、セイリオスに期待のこもったまなざしを向けていた。
 
【小牧】
レオ?シル? です。一応。
いやー、アンケートの要望に少しでも応えられてよかった。
「なんでもいいから、とにかくレオシルを増やせ」
ま、これで、レオシルファンの保護区離れがいっそう加速することになるかもしれません(汗)。
願わくば、敵に回ることだけは、避けていただきたいんですが……。
 
アンケートといえば、
IF…のセイルシルバージョンが2位に浮上してきました。
実は恋物語よりも同人ネタよりも、このネタのことばかり考えていますので、
正直、ちょっと嬉しいです。
このネタ、
セイリオスの方が身分が低くて、シルフィスに仕える身なんですが、
そんなことはおかまいなしに、シルフィスを自分好みに育てていく、というのが醍醐味。
シルフィスが謙虚なうえに、素直で騙されやすいので、そういう現象が起こりうるのです。
そして、セイリオスは物欲、出世欲、名誉欲がなくて、一見、高潔で立派な人物なのに、欲しいものができるととたんに執念深くなって、手段を選ばず獲物に突進するので、シルフィスなど簡単に攻略されてしまいます。
ああ、よく考えると、とんでもないネタですね。
 
 
 
 
 
ダブルデート
その3
 
 
セイリオスの多彩な趣味の一つに、作曲がある。
その際、ピアノを弾きながら、メロディーを軽く口ずさむのだが、
人前で歌うのは、これが初めてだった。
たいていの曲は譜面を見ただけで歌えるので、音程はしっかりしているし、
発声練習をしていないわりには、声もよく伸びる。
カラオケボックスは初めてだと言いながら、密かに練習をしていたのではないか、
と思わせるうまさだった。

つい先ほど、同じ歌を歌ったレオニスが、
比較されて参った、というように肩をすくめ、
隣にいた彼の妻は、自分はレオニスの歌の方が好きです、と
照れながらささやいた。
そして、セイリオスの婚約者は、彼に腕を絡めて、うっとりと歌に聴き入っている。
ようやく、普通のカラオケに雰囲気が近づいてきたのだった。

だが、2コーラスめに入ったところで、
クレベール夫人の表情が困惑ぎみに曇った。
妻の変化を察知したレオニスもまた、その理由に気づき、
呆れたようにため息をついた。
セイリオスの婚約者は、相変わらず曲に耳を傾けていたが、
間奏の途中で、ぎょっとしたように前のめりになり、彼の顔を見た。
セイリオスは歌詞にはない言葉を言ったのだ。
「白ワインを」と。
セイリオス以外の3人は、同じ結論にたどり着いた。
セイリオスはレオニスの歌を聴いて、曲を覚えたに違いないと。

「1度聴いただけで、歌えるんですか?」
曲が終わると同時に、シルフィスは婚約者に質問した。
「いや、聴き覚えのある曲だったんだよ。
最初から最後まで、まともに聴いたのは初めてだったけどね」
「ゴルフでしょう、お料理でしょう。それに歌まで。
セイルはどれだけ特技があるんですか?」
「いや、たいしたことはないよ」
セイリオスは心の底から、言ったのだが、
端から見ると嫌みなヤツである。(by小牧)

「それでは、さきほどまで、シルツーと私が歌っていた曲も
歌えるんですね?」
好奇心を抑えきれず、口を挟んだのはクレベール夫人だった。
その言葉に、セイリオスはぎょっとする。
彼女たちが歌っていたのは、セクシー系アイドルのヒット曲だった。
歌えないことはないが、できれば避けたいジャンルである。
しかし、すでに、セイリオスの婚約者は期待するように目を輝かせている。
ただ、遠慮して、言いだせずにいるだけだ。
とどめを刺したのは、レオニスだった。
「それはぜひ、歌ってください、御曹司」
咳払いをして、付けたす。
「この子たちも、聴きたがっているようですし」
シルフィスもクレベール夫人も、うんうんとうなずく。
もはや、セイリオスに逃れるすべはなかった。

【小牧】
万能セイリオス。
殿下にできないことは何もないのです。
でも、なぜか、あんまりかっこよくない。
ヘンだな〜(笑)。

 
 
 
 
 
 
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